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【コミック①巻8/30】元婚約者から逃げるため吸血伯爵に恋人のフリをお願いしたら、なぜか溺愛モードになりました【本編完結】  作者: 当麻リコ


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28/53

28.ニコル登場

「まさか本当にこんなところで会えるなんて! ネイサン様に伺いましたの。どうして私に何も言ってくださらなかったの? ずっと探しておりましたのに!」


今にも泣きそうな表情でニコルが言う。

その声は大きくて、周囲がどよめくのがわかった。


「では彼女がフレイヤ・ヴィリアーズなの……?」

「なぜか一度も社交界に出たことがないという曰くつきの?」

「かどわかされて行方不明だと聞いたぞ」

「ヴィリアーズ嬢はずっと彼女を心配していたそうじゃないか」

「彼女さっきブラッドベリ伯爵といるところを見たぞ」

「じゃあまさか本当に誘拐されたんじゃ……」


私達を取り巻いている人たちが好奇心を隠しもせずに、こちらの動向を注視している。


「お姉様……本当に良かった……!」


ニコルが感極まったようにポロリと涙をこぼした。

たぶん自分達に十分に注目が集まったのを察知して、絶好のチャンスだと思ったのだろう。


面倒なことになった、と思う。

どうやらニコルはすでに社交界で有名らしく、姉呼ばわりされたことですぐに私がフレイヤ・ヴィリアーズだと知れてしまったようだ。


ネイサンにも遭遇済みだし、別にもう隠す必要はないのだけど、ミステリアスさが薄れてしまうのではないかと懸念が浮かぶ。


「誘拐犯から自力で逃げていらしたの? 例のブラッドベリ伯爵と一緒にいたと聞きましたが嘘ですわよね? 仮に一緒だったとして、今お一人でいらっしゃるのは、お姉様はもう用済みということ……? ひどいっ……! お姉様に傷をつけられたのだとしたら私……!」


さっきからずっと声が大きい。

取り乱したフリをして、わざと周囲に聞こえるように喋っているのだろう。

心配していると見せかけて私を傷物扱いし、貶めようとしているのだ。


「厭らしいお方ですこと」


私のすぐ横でミラがぽつりと呟く。

その声には軽蔑がありありと滲んでいた。


私の前に進み出て、ニコルに対峙する。

何か言おうと口を開きかけたミラの手を掴み、それを止めた。


「フレイヤ様……」


ミラが心配そうに振り返るのに首を振る。

ニコルの標的は私だ。ミラを矢面に立たせるわけにはいかない。


「……伯爵はお仕事の都合でお帰りになっただけです」


ダンスに誘ってくれた男性たちに向けたのと同じ冷たい表情のまま、冷淡な声で言う。


「そんな……お姉様……」


ニコルの眉根が一瞬だけ不快そうに寄せられた。

私の態度が気に食わなかったのだろう。


けれどすぐに同情に満ちた気遣わし気な表情に戻る。


「強がらないでください。飽きて捨てられてしまったのでしょう? でなきゃ舞踏会にパートナーを残して帰るなんてありえないですもの」


また一粒涙をこぼして、口許を押さえる。

私の境遇を嘆いているようにも見えるけれど、たぶん笑いそうなのを堪えているのだろう。

妹の行動など知り尽くしている。


「かわいそうなお姉様……いつも捨てられてしまう。お姉様は何も悪くないのに」


含みをもたせた嫌な言い方だ。

一体誰のせいだと思っているの。


思わず目つきが鋭くなるのを、息を吐きだして堪えた。


「本当にその通りですよね。悪いのはあの人ですし」


私の少し後ろでバートンがぼそりと呟いた。


「……っ!」


一瞬で緊迫感が緩んで、噴き出しそうになったのをミラがサッと割り込み背中に隠してくれた。

そのおかげで少し冷静になる。


「ネイサン様も心配しているわ。さぁ、意地を張らずに私と一緒に帰りましょう」


慈愛に満ちた表情でニコルが手を差し伸べる。

その手を、感情のこもらない目でじっと見下ろした。


「……ニコル。確かに何も言わずに悪いことをしたわ」


無感情で、淡々と。

真っ直ぐにニコルを見据えると、彼女がわずかにたじろいだように見えた。


初対面の時のミラを意識してみたけれど、かなり効果的だったようだ。


「でも心配してくれるなんて思わなかったの。私が家を出た理由を、あなたとネイサンはよく知っているでしょう」

「な、何を言っているのお姉様。お姉様はブラッドベリ伯爵に」


周囲がざわついて、ニコルがにわかに焦り始める。


このまま全部暴露してやりたい気持ちもあったけれど、ブラッドベリ伯爵の恋人としてそんなはしたない真似をするべきではない。


「あなたには感謝しているのニコル。おかげで私は素晴らしいお方と出会えたのだから」


そう。ニコルがあんなことをしてくれたおかげで、私はネイサンにがんじがらめにされる運命から逃れることができた。

付き纏われて執着されて最悪だと思っていたけれど、オスカーに、ブラッドベリ家のみんなに会えたのはニコルの嫌がらせがきっかけだ。


「だからあなたが私にしたことを責めたりしない。もう、どうでもいいの」


微かな冷笑を浮かべて言うと、ニコルの顔が憤怒に染まった。


「そんな……お姉様ひどい……」


けれどそれは本当に一瞬だけで、すぐに泣き顔へと変わり、目にはみるみる涙が溢れ始めた。


「ええ……こっわぁ……」


その変化の一部始終を見ていたバートンが再びぼそりと呟く。

私は肩が震えそうになるのを必死にこらえた。


今まではニコルが自分を良く見せるために私を利用するたび腹立たしかったのに、バートンのおかげで全部笑えてしまう。

ミラが呆れた表情をバートンに向けるから余計だ。


「わたくしはただっ……おねえさまが、もどってきてっ……うれしかっただけ、なのにっ……!」


しゃくり上げるように泣きながら、ポロポロと涙が落ちていく。


公衆の面前で泣くなんてとても淑女らしい振る舞いとは思えなかったけれど、その効果は絶大だ。

眉をひそめる人も確かにいたけれどそのほとんどは女性で、男性の大多数は可憐で可愛らしいニコルに同情の視線を向けていた。


「――そこまでにしていただこうか」


騒然とし始めた空気の中、凛とした声が割り込む。

衆目が声の方に集まった。


そこには目の覚めるような美青年が立っていて、こちらを責めるような目で見ていた。


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