6.遭遇
「ったく、人遣い荒いよな。厨房長も」
そんな独り言をつぶやきながら、食糧庫の扉を開けた青年が目の当たりにしたのは、七人からなる傭兵達だった。
想像だにしない光景に目を点にして固まった彼は、続いて口を大きく開けて叫び声をあげようとする。
「おっと、静かにしな!」
「悪く思うなよ」
しかしそうはさせない。扉の影から飛び出した一人が、彼の口を塞いで喉元に短剣を突き付けた。
もごもごと暫く拘束から逃れようと暴れていた彼だが、状況を理解したのか凍り付いたかのように動きを止めた。
すぐに扉は閉められ、仄暗い中ですら解るほどに顔を青く染めている。
「どうする」
「殺すか」
「いや、一度機会をやろう」
傭兵らは目くばせをしながらそんなことを言う。
半ば本気ではあるだろうが、半ばは脅すために聞かせていることだ。
哀れな捕虜は、その言葉を聞いて膝を震わせている。目の前にはまだ短剣があるのだ。それも仕方あるまい。
手早く、縄で手足を結ばれた彼は食糧庫の奥に連れていかれる。
「よし、声を上げるなよ。いいな?」
是非もなく、彼は首を縦に何度も振った。口を覆っていた手を離されると、詰めていた息を整えようとあえいだ。
「ぷはっ、な、なんだってんだあんたら」
「おう、エセルフリーダ様んとこの傭兵だ」
「エセルフリーダ様って言うと……お館様のご子息か!」
「しっ! 静かにしろ」
驚いたかのように声を高くした捕虜は、注意されると口を噤んだ。
「お館様、ってことはお前、もしかして昔からこの城に居る者か?」
「あ、ああ。親の代からここで飯作ってるんだ」
古参の傭兵らとはいえ、城で働く者を知っている訳ではない。
農夫など平民から徴用されているので、城とは縁もないものがほとんどだ。
「いやいや、こうして城主様の兵隊が来てくれるなんて思ってもみなかったよ!」
冷や汗をかいて、焦った様子ではあったが、口早に彼は言う。
「厨房の者はみんな昔からの人間だ、そうだ! ここから入りたいんだろ? 見逃すからさ」
良いことを思いついた、という顔だ。あるいは懇願するようでもある。
拘束されて気が動転しているのも解る。落ち着け、というのも無理な話だろう。
「どうするよ」
「渡りに船、って話ではあるよな」
「こいつが本当のことを話しているという保証はないぞ」
「いや、本当の事だ! 信じてくれ!」
慌ててそう言う彼を見て、悩み込むような溜息が幾つもこぼれた。
そうなると自然、バーナードに視線が集まる。彼がこの分隊の指揮者だからだ。
「こいつを信じるか?」
「信じるしかないんじゃねえか」
いっそ哀れみを誘うような必死の態度を見せられて、これに刃を向けることが後ろめたくなってきた。
バーナードの指示を受けて、一人が男を縛っていた縄を解く。彼はバネ仕掛けのように飛び上がると両手を組んで頭を下げた。
「おお! ありがてぇ、ありがてぇ!」
「まだ完全に信じた訳じゃねぇぞ。裏切ったらどうなるか解ってんだろうな」
「勿論でさ! ささ、ご案内させて下せぇ」
卑屈なまでな態度で揉み手をしながら言う彼が、裏切りを働くようにはどうにも思えない。
傭兵らは毒気を抜かれたように手に持った武器を下ろした。
「よし、じゃあ案内してくれ」
「ええ、ええ。ま、厨房の外までしかご案内できないんでやすが、ま、許して下せぇ」
それもそうだろう。持ち場を離れれば彼にはどうしようもない。
捕虜になっていた男は、促されて扉に歩み寄っていく。
「本当に大丈夫なんだろうな」
「ええ、ええ。お任せ下せぇ」
傭兵らの緊張を知らぬ顔で、食糧庫の扉が開かれた。
厨房に居た数人の使用人はぎょっとした顔をした。
「おい、何だぁ!?」
「しーっ! 騒がねぇで下せぇ」
ぞろぞろと出てくる武装した傭兵らと、同僚の姿を見て信じられないものを見た顔だ。
「大丈夫です、味方でやすから、なぁ、旦那」
「お、おう。そうだな」
急に話を振られた傭兵の一人がしどろもどろに返す。
「味方、って言ってもよう。何処から出てきたんだ?」
「まま、その辺は後で説明しやすんで、ほら、旦那方、行きやしょうぜ」
疑わし気な目を向けられながら、傭兵らは厨房を歩いていく。
気まずい空気を抜けて、扉を閉めたところでようやく一息を吐いた。
扉を背にかばうように立った男は、傭兵達に卑屈な笑いを見せた。
「厨房の方は俺が話しておきますんで安心してくだせぇ」
「本当なんだろうな」
「ええ。信じてくだせぇよ。ささ、早く行かねぇと見回りが来ちまいまさぁ」
今になって彼を疑う気持ちが起きなかったとは言えない。
しかしながら、言う事はもっともだ。こんなところで立ち止まっている暇はない。
「頼んだぞ」
「ええ、ええ。それじゃ、気を付けて」
言葉少なにそれだけを別れとして、七人は足早に城の廊下を行く。それを見送った男は厨房に戻っていった。
傭兵らの数人はフードを被り顔を隠すようにしている。この城には百を超える兵が屯しているのだ。見とがめられれば、無事にはいくまい。
城の道を知っているバーナードが先導して、角ごとに先を見渡しつつ進んでいく。
知らず知らずのうちに息まで潜め、私語をするものは一人も居なかった。
傍から見れば、完全に不審者だろう。当初の予定通り、素知らぬ顔で通り過ぎる、というのは難しい相談に思えた。




