3.号砲
リュング城の前に進出したエセルフリーダの隊は、まだ距離があるにも関わらず、城の前で停止していた。
矢や弩のボルト等がぎりぎり届くか否かという所で、城壁の上を慌ただしく動く影が見えている。
石造りの城壁は如何にも堅牢な作りで、外からの侵入を拒むその有り様に威圧されるようだった。
当然、矢玉は通らないだろう。そう、生半可なものなら。
ヨアンは、未だその正体の解っていない鉄の塊を見た。
「砲身よーし」
「向きよし」
「風はぁ」
「知らない」
「装薬よーし」
「砲丸よし」
「準備はー?」
「いける」
ニナとナナが声をかけながら大砲の発射準備をしている。
決まった手順があるらしく、これを間違えると大変なことになる。というのが彼女らの弁だ。
それを見ていると、なにやら儀式のようにも思える。
ついにそれらの確認が終わったらしく、ニナが火種を手に大砲に歩み寄った。
ナナはそこから離れて、何故か耳に手を当てている。
「いくよー」
雷を思わせる轟音が体を震わせた。耳と言わず、鎧の表面まで震えるような大音声。指先の血が沸騰したか、というような圧力を感じた。
筒が火を噴いた、と思った次の瞬間には刺激臭のする白煙が漂い、視界をふさぐ。
バーナードがこちらを向いて何か言っているようだが、聞こえない。
不安になって左右を見渡せば、やはり耳を抑えて左右を見回す者が居た。
「一時的なもんだ、すぐ治る」
「はい!?」
ごうんごうん、と未だに頭の中で音が響いているようだった。そして、続く耳鳴り。
耳鳴りが遠ざかってようやく音が聞こえるようになった時には、煙も風に流されて城の様子が見えるようになっていた。
「凄いな……」
「うーん。これくらいかぁ」
「まぁまぁ」
城からは慌てふためくような声が聞こえていた。一方で、傭兵隊の方は静かなものだ。
城壁の上端、凸凹になった狭間は、砲弾を受けて一部がえぐり取られるようになくなっている。
流石に、全体を崩すということは出来ないようだが、この距離からこれだけの打撃を与えられるというのはそれだけで脅威と言えた。
「この大砲ってのは気に入らねぇんだよなぁ」
「どうしてですか?」
ぼやくように言ったのは、例の弓兵だった。
「とにかく五月蠅いだけで、大したことは出来ねぇんだよ」
「この威力はすさまじいと思いますけれど……」
「解ってねぇな。ほら、ニナナナの嬢ちゃんを見てみろよ」
そう言われて目を向けてみれば、ニナとナナはなにやら棒を大砲の中に差し込んでいる。
「一発撃ったらああして手入れしなきゃいけねぇんだ」
成程、確かに連射するのに関しては、劣っているようだ。
「あんな重い物持ち歩くのも大変だってのに、悠長に次の準備してたら戦場じゃ真っ先にやられちまう」
目立つしな。と彼はつづけた。
確かにそうだろう。こうして馬車から下ろして山を登ってきた時にも移動をするのは一苦労と言った様子で、速やかに展開、とはいかない。
平地での会戦であれば、騎士の突撃を受ければ逃げることもままならないことは明らかだ。
歩兵であれば、密集すればあるいはその歩みを止めることもできるだろうが、大砲というものはどうやら近くに立つわけにもいかなさそうだ。
荷物を抱えて、後方に逃げ道のない防衛戦というのもぞっとしない。
「ま、こうして目立ってくれているから、俺らが安全に行けるって訳だ」
バーナードが横に立って、前方を見渡しながら言う。時折、強力な弩で撃ちだされたボルトが飛んでくるが、この距離では勢いを失っており、ニナとナナの前に立てられた木の大盾を貫くことは出来ないでいる。もちろん、普通の弩弓ではここまで届きはしない。
長弓ならあるいは、と思わなくもないが、そもそも、城を防衛するのに長弓は向いているものではない。
弩横向きに弓が固定されているものだから狭い隙間から、あるいは壁の縁に乗せて撃てるが、弓はどうしても縦方向に余裕が必要になる。それが敵の矢玉に体を晒すことや、射れる場所の限定されることにつながるわけだ。
強力な弩と長弓となると、速射は勿論、弓が勝るが、飛距離についてはまちまちだ。弓はそれこそ、射手に依る。
そう、長弓は射手の技量に依るのだ。
どうにも、例の弓兵が大砲を蛇蝎の如く嫌っているのは、やっかみも混ざっているように思えた。
「けっ。それもそうか。精々、目立ってもらわなきゃな」
実際、大砲というのはかなり目立つものだ。その音も、煙も、そして無視できない威力も。
城壁を一部とはいえ破壊してみせるとなると、攻城用の投石器くらいは必要だろう。
それと比べれば、持ち運びができる大きさで、展開する場所を選ばないというのは驚異的だ。
「よし。相手さんが慌てている間にいくぞ。兄ちゃんも、いいな?」
「はい。覚悟はできています」
山を登ってきた疲労も、小休憩で随分と抜けてきた。
ヨアンを含めて七名、全員が既に集まっている。
「よし。それでは、お館様」
「ああ。バーナード、頼むぞ」
「ええ、何とかやってきやす」
エセルフリーダは何かを考えるように、一度目を閉じた。バーナードは目を細めて、言葉を待っている。
「世話になっているな」
「いえ。お館様にはお世話になっていますので」
「そうか」
「ええ」
エセルフリーダはよく見なければわからないくらいに微笑を浮かべると、別働班に向き直った。
「敢えて、別れは告げない。武運を祈る」
それだけを言うと、彼女は軽く頭を下げてみせた。それに慌てたのはヨアンだけではなかった。
貴族が平民に頭を下げる。などという所は見たことがない。寧ろ、人と思わない態度で接することこそ、理想的とされるくらいだ。
実際、こうして上に立つ者に頭を下げられると、動揺の気持ちが強い。
「全員、帰れると良いな」
誰かが呟いたその言葉、それがどれほど難しい事かは、七人のうちに知らない者は居なかった。




