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1.志願

「諸君。聞いてもらいたいことが有る」


 陣地の作営を終え、すっかり夜となった頃、エセルフリーダの隊は焚火を囲むように集まっていた。

 未だ外されていない鎧や武具が、篝火の照り返しを受けてちらちらと妖しく輝いている。

 寄せられた顔は一様に硬い。というのも、エセルフリーダが如何にも重大な様子で話し始めたので、それに中てられた形だ。


「これから話すことは他言無用。聞けば、断ることは許さない」


 彼女は常ならぬ様子でつ、と傭兵らの顔を見渡す。

 ごくり、と生唾を呑んだ音が、緊張した空気の中で大きく聞こえた。


「かなり危険な策になる。死を覚悟してほしい」


 それでも、と一度目を伏せて彼女は続けた。


「それでも力を貸してくれる者だけ、残ってくれ」


 沈黙が場を包む。傭兵らは互いに視線を交わらせ、しかし、口を開くこともできない。

 その中で、バーナードが一人、手を挙げた。


「お館様。何人程必要なんですかい」

「そうだな。十人、いや、もっと少なくて良いか」


 エセルフリーダ隊の今の人数は四十を超えるほど。

 この作戦に参加しなくても、別に構わない。自由裁量でよいと言うのが、その困難さをより意識させた。

 傭兵にとってはやはり、危険を恐れないということが美徳とされるのが、ここを断りがたい雰囲気にしている。


「俺は乗りますぜ」

「有り難い。しかし、無理強いはしないぞ」

「ええ。おい、お前ら、勇気を見せる良い機会だ。だがよ、こいつは危ねぇ橋だ。馬鹿だけ残れ」


 バーナードの言葉は、傭兵達の動きを促した。

 一人、また一人とおずおずと手を挙げるものが居れば、隊から離れる者も出てくる。


「そう言われちゃあ、俺は残るしかないな」


 そう言ったのは、例の弓手だ。古参の用兵の中でも特に古株で、バーナードに次いで傭兵隊では二番手と言える位置にある。

 手を挙げた者のほとんどは、古参の者だ。むしろ、若手が手を挙げようとすれば、こっそり下げさせてもいる。


「俺たちゃ、老い先も短けぇからな」

「そうだそうだ。こんな時くらい格好つけさせてもらわにゃ」


 そう言って笑う彼らは、実に頼もしく見えた。


「お前は下がってろよ。まだ腕治ってねえんだろ」

「けっ、言いやがれ。でもそうだな。今回は見送りか……」

「別に今でも後でも変らんだろ」

「それもそうだな」


 彼らがそんなことを話している中、ヨアンは手を挙げた。


「おいおい、兄ちゃん。無理すんじゃねえよ」

「まだ若ぇんだからよ」


 そうは言われるが、ヨアンの中では決意が固まっていた。

 つまり、これは騎士になるための武功を立てる、またとない機会だ。


「……兄ちゃん、気を変えるつもりはねぇのか」

「はい」


 バーナードはヨアンの心持ちを察したように、もう一度念を押してくる。

 それにははっきりと首を縦に振った。


「解った。もう言わねぇよ。それじゃ、先に誰が行くか決めるか」


 そう言って、バーナードは集まった兵を見回す。

 人数は十人を超えるくらいで、少々、多いとのことだった。


「バーナードさん、もしかして……」

「おいおい、お前、知ってたのかよ」

「ああ。ダンも知ってるぞ」


 ダンというのは、例の弓兵である。皆が弓の、とか呼ぶので名前を忘れかけていた。

 バーナードと弓兵とで先にどのような策が有るのかを知らされていた、というのは初耳である。


「結局のところ、実行するのは兵だからな」


 と、いうのがエセルフリーダの言う所だ。


「とりあえず、お前は下がれ」

「なんでです。おいらだってやるときゃやりますぜ」

「ひよっこが何言ってやがる。まだ数か月ってところだろ」

「それ言ったら若だって……」

「おいおい。一応、兄ちゃんだってまともに剣を習ってるんだぜ」


 一応。まぁ、言いたいこともあるけれど、口を挟むのは控えておいた。


「今回は正面から、って訳じゃねえからな。槍より剣、数より練度って訳だ」


 ま、気を落とすな。そんな言葉と共に、若衆が追い返される。

 その調子で数人を振り落とし、残ったのは七人。ヨアンを除いて古参の者だ。


「兄ちゃんには後ろに居てもらいたいところだったんだがなぁ」


 そうぼやきながら、バーナードは兜を脱いだ頭をがりがりと掻く。

 どういう事だろうか。首を傾げると、溜息を吐かれた。


「騎士様になったら否が応にも、下に兵が出来るんだぞ」

「それは……考えていませんでしたね」

「だろうな。ま、兄ちゃんなら大丈夫だとは思うけどよ」


 上に立つ者には、上に立つ者なりにやらなくてはいけないことが増えていく。

 貴族ともなれば、義務としての軍役に、兵らの命を預かる以上は采配を執れなければならない。

 騎士は半平民とも呼ばれるだけあって、あくまでも純粋な武力という面は大きいが、それでもやはり、従士や兵を扱う立場だ。

 エセルフリーダは少々特殊な例ではあるが、彼女もこうして傭兵隊を率いている。

 騎士だけで戦が終わる。などという時代ではないのだから、立場から下級指揮官となるのが自然なことだった。

 下級指揮官という意味では、バーナードの役回りが近いだろうか。


「バーナードさんって、本業は農夫なのですよね」

「どうしたい、藪から棒に」


 傭兵の取りまとめ役としての印象が強く、彼が鍬を持って畑を耕している姿が中々、想像できない。


「まぁなぁ。言って傭兵稼業、長ぇからなぁ。いまさら土いじりってのも」


 意外とこれが天職だったのかもな。と苦笑するバーナードは、確かに農夫としておくに惜しい人材である。

 弓兵の方にも同じことが言えたが、彼はどちらかといえば、自身が武器を持つような人間だ。

 以前、どうして傭兵をやっているのか、と聞けば。


「いやぁ、辺境伯に狩りの免状を貰って猟師やってたんだが、今のリュングじゃそうはいかねぇだろ?」


 だったら、弓を使える傭兵をやっても同じだ。というような回答が返ってきている。

 あくまでも的を選ばない弓使いなのだ。彼の下にいる弓兵も、それぞれに腕に覚えのあるもので、専門性が高い。

 全体を俯瞰する、というよりは目の前の仕事を完璧にする専門家。という訳だ。


「では、今回の策について説明しようと思う。いいな」

「応」


 人払いを終えて、いよいよ。エセルフリーダは口を開いた。

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