表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/80

7.後退

「やぁ、ヨアンくん。無事そうで何よりだ」

「閣下! こちらにいらしていたのですか」


 本陣に戻ってみれば、諸侯の輪の中にノルン卿、かつてヨアンが住んでいた村一帯の領主が居た。


「いやいや、私はもう君の主ではないのだから、閣下などとは呼ばないでくれよ」


 彼は穏やかに笑いながらヨアンの肩を叩いた。

 どうやら、今回の援軍はノルン領のものだったようだ。挨拶だけを交わして、ノルン卿は諸侯らとの会話に戻る。

 忙しい中、わざわざ声をかけてくれたことだけでも、十分にありがたいものである。

 話に聞き耳を立ててみれば、どうやら冬前の会戦で早めに戻ったこともあり、今回の戦に軍を向けることに決めたらしい。

 今回の戦では員数外に数えられていたものだから、援軍に来る、というのは計算外だった訳だ。

 自領の統治をこの短期間に取り戻して軍を率いて戻るとは、貴族の務めをよく果たしたものだ、とは諸侯の言葉だ。

 勝利の立役者となったノルン卿は、まさに英雄のような扱いだ。


「帰還の準備を始めますか?」

「うん? いや、少し待とうか」


 エセルフリーダに問いかければ、そんな指示を与えられた。

 どういうことか、と首を傾げる。とりあえず会戦は勝利に終わり、後は撤収するのみではないだろうか。

 やはり周囲の兵らはいそいそとその準備をしている。


「兵らは待機を、ヨアン、君はそう伝えておいてくれ」

「了解しました」


 エセルフリーダから兜を受け取る。彼女はそのまま、軍議の行われる天幕へ向かうようだった。


「待機、かぁ」


 バーナードが頭頂の薄くなった髪をガシガシと掻く。

 鉄兜を常に乗せている物だからそうなるのだ、と言われると少々、恐くなる。

 言われてみれば、傭兵らの中には禿頭の者も少なくない。


「まぁ、ノルンとこの旦那も来たばかりだしなぁ」

「どうせならこのまま攻めたいって所だよな」


 傭兵らが話すのを聞けば、どうやら戦闘は続くものと予想しているらしい。

 獅子王国の本隊はここで下がるが、それとは別に諸侯の隊が戦線を押し上げに向かう、という訳だ。

 本体は春を待って動くにしても、ただ放っておいてはこの勝利が無意味になってしまう。


「上手くいけば、このままリュングを取り返せるかも知れないしな」


 楽観的な予測、ともいえないものだった。

 敵勢の様子を見るに、どうやら、足並みを揃えて動いている様子ではない。

 竪琴王国による攻撃、というよりは、一部の諸侯の連合軍による攻撃、というのが正しそうだ。

 それを噂していたのは、軍についてきた吟遊詩人……というより、紋章官見習いといった風情の者だった。

 彼らは戦の詩を唄うだけあって、軍事や諸侯についても詳しい。

 歌には興味がないが、彼らの言葉は意外と的を得ていることも多く、無視はできない存在だった。


「でも、補給の辺りはどうするのでしょうか」


 と、問いを口に出そうとして気づいた。いつの間にやら、と言うべきか、従軍商たちが既に砦には居た。

 商魂逞しいというか、兵らから戦利品を買い取ったり、その兵らを相手に物を売ったり、いつも通りの戦場の様子になっている。

 雇われた護衛や、付き物の様々な職の者らや、兵の妻子といったもので、対象は実に賑やかなものだ。


「これは、続けるしかないのかもしれませんね」


 物資の輸送というものは、おおよそ彼ら従軍商が担っているものである。

 戦と聞いて駆け付けた彼らは、それまでに十分なだけの糧秣などをかき集めてきただろう。

 ここで戦は終わりです。等と言ったら、大赤字となるのではないか。

 ヨアンの視線を追ったバーナードが、ああ、と首を縦に振った。


「まぁなぁ。売れないよりは多少なりとも売れた方が良いだろうしな」

「烏みたいなやつらだが、居ないと困るんだよな」


 自らは命を賭けないで金だけを巻き上げていくとして、商人は傭兵らからの評判が低いものだったが、それでも、彼らが居なければ何も回らないのは確かだった。

 金さえ払えば、というのは翻って、金がなければ生きるのに必要な諸々すらも渡さないということで、その結果、盗賊に身を落とした者から狙われたりもするのだが、そこはそれである。


「いつも通りになるってこった」


 今度は諸侯が主力となって、従軍商が兵站を担う訳だ。それがいつもの方法である。

 馬の手入れをして、腰かけて休んでいれば、エセルフリーダら諸侯が天幕から出てくる。


「諸君、ご苦労。疲れているところ悪いが、我々は明朝から竪琴王国の軍勢の追撃に移ることになった」


 一言目からしてそれである。大方予想はついていた事なので、傭兵らは特に顔色を変えることもなかった。

 幾つかの隊では驚くような声が上がっているが、彼らが共に戦闘に向かう者だろう。

 砦の中は俄かに慌ただしさを増していた。帰る者はゆっくりと、追撃に向かう者は慌ただしく、商人らも話を聞いたか、旅に出る準備をしていた。


「いよいよもってリュングに入るのか」

「そうか、そうなるんだよな」


 感慨深そうに古参の傭兵らが言う。リュングは山の上にある城だけではなく、その麓の平原までも含めた広大な地帯を指すものだ。

 かつては辺境領として、リュング辺境伯が治めていたもので、竪琴王国との国境を挟むそこを治める者は勿論のこと、大領主だった訳である。

 現リュング城伯を中心とした者らが分割するまでは、ということだが。

 リュング出身の者らからなる古参傭兵達であったが、彼らの住んでいた村々は離れていたりする。

 山の向こう側、竪琴王国側の村出身の者すら居るものだから、リュング辺境伯、ひいてはその継嗣であるエセルフリーダがどれだけ慕われているものか、という事が解ろうものだ。


「俺の村も遠くはねぇ。こりゃ、立ち寄ることもできるかな」

「そうなると良いな」

「ああ、もう数年ぶりだ。あいつら元気にやってるかな」


 傭兵らの顔は総じて明るい。それもそうだろう。数年来の悲願に一歩近づいたのだから。

 ヨアンもまた、胸元に下げた護符を握りしめる。その間に倒れた者も少なくないのだ。


「さて、そうと決まれば準備していくぞ」

「応!」


 バーナードの声に応える傭兵らの声も、気合が入っているように思えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ