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10.街道

 朝、靄がうっすらと視界を覆っている。陽の光はぼんやりと差し込み、まるで靄の水滴が一つ一つ自ずから輝いているようだった。

 すっかりと見慣れてしまった平原は広々と。変化のない景色ではあったが、軍勢の居ないだけで開放的な風景に見えるものだ。

 馬の吐く息は白く、ぶるり、と首を振っては馬具の金具が澄んだ音を立てた。

 少々落ち着かない様子のノルンの温かい首を叩いてやる。どうにも、走りたい様子。


「出立の準備は良いか」

「応」

「では、エセルフリーダ卿。我々は先に」

「ああ。貴卿らに任せる」


 騎士、従士で組まれた斥候隊は軽くエセルフリーダに礼をとると、先行して街路を走り始めた。

 彼らは地図を手に、幾つかの隊に分かれて、事前に当たりをつけていた敵の潜伏している場所を捜索する。

 広い平原ではあるが、部隊規模の軍が隠れられる場所は限りがある。

 補給に関してはこちらの輸送隊から奪取して賄っているものと思われるので、輸送路となる街道からもそう離れることはできないだろう。


「我々も出発だ。バーナード」

「へい。行くぞ野郎ども」

「応!」


 一方、エセルフリーダ隊は、砦と王都を結ぶ街道の半ばまで進出する。

 そうすれば、何処に敵の隊が居たとしても対応しやすいという訳だ。


「砦にようやく落ち着いたと思ったんだがなぁ」

「また行進行進と」

「まぁ、俺らは歩くのがお仕事だからな」


 などと文句を言いたくなる気持ちも分からなくはない。

 ヨアンもこのところ馬に揺られ続けて、腰が痛くなってきた頃合いだ。

 疲労の色は村から付いてきた若い衆に顕著だ。

 すっかり傭兵団に馴染んで来たとは言え、これほどの距離を歩くことはそう経験のあるものではない。

 農村暮らしで体は鍛えられているにしても、使う部分が全く違う。

 ただ歩くだけだと高をくくっていたようだが、一日中歩き続ける、というのは中々、辛いものがある。

 筋肉痛にうんうんと唸っている者も居れば、靴擦れに悩まされている者も居て、脱落者が出ていないだけまだまし、という所だ。


「置いていかれたら、それこそどうしたら良いか解らねぇ」


 というもので、必死に歩き続けるしかないという事情もあるのだが。

 街道の半ばに捨て置かれるのは、船から海原に放り投げられるようなものだ。

 鮫に変わって野盗に怯え、飢えと渇きに耐えながら、船ならぬ人の通りかかるのを待つしかない。

 それでも、小汚い身なりをした傭兵を拾い上げてくれるような奇特な人物はそうそう現れはしまい。

 道行く修道士に幾ばくかの銀貨を握らせる者は居れど、誰が好き好んで盗賊とも区別のつかぬ傭兵を助け上げるものか。

 そうなれば野垂れ死ぬか、それこそ本当に盗賊に身をやつすかの選択肢しかない。

 こうなると、恐れていた追いはぎと自身は同じ者になっている。


「そうして野原には不逞の輩が溢れる訳だ」

「何の話ですか?」

「いえ。他愛のない独り言です」


 馬車の中では息が詰まる、と御者席で風に当たっていたエレインが横に並ぶ。

 その白金の髪は戦場の地に有っても痛む様子さえ見せず、朝の冷たい風にさらさらとなびいている。


「よろしいのですか、お外に出られて」

「陽に当たらなければ、気が滅入ってしまいますから」


 冬は陽の射す時間が短い。温かい陽の光を少しでも浴びようと、誰もが愛し気に空を見上げるものだ。

 太陽の下に出なければ気鬱に罹るというのも常識で、しかし、農夫らには関係のない事ではあった。

 それを気にする必要があるのは、陽に焼けることを嫌う貴族の令嬢くらいなものだろう。

 横目で見たエレインの白皙の肌には染み一つなく、同じように生活している双子のそばかす顔と見比べると何が違うものか。


「何か失礼な事ぉ、考えてない?」

「いや、何も」

「そう? まぁいいけどぉ」


 今日の御者はニナだった。荷台にはナナが乗っている。

 間延びした声は如何にも眠そうな様子で、それもまたエレインとは対照的だ。

 エレインはわくわくとしているような様子ですらある。


「エレイン様は、旅はお好きですか?」

「ええ。武張ったことは苦手ですけれど、こうして馬車に揺られるのは好きです」

「そういえば、一度、馬に乗られたときも見事な腕前でしたね」

「ふふっ、恥ずかしい姿を見られました」


 横座りにする鞍を用意するでもなく、堂々とした姿だった。

 武張ったことは苦手と言っていたが、それが何処まで本当なのやら。

 今も護身用に短刀を腰に差しているが、乙女の手にする飾り物のようなそれではなく、武骨で刃渡りも長く未幅も広い、相手を殺傷するためのそれだった。


「エレイン様に剣は苦手と仰られますと、僕の……自分の立場がないのですが」

「あら、また、様に戻られていますね。それに、自分、だなんて」

「従士として剣を握っている以上、青い血を引かれる方にはそれなりの礼節を、と」

「へぇ。お兄さんにしてはぁ、心遣いが利いてるねぇ」


 ニナの茶化すような言葉が胸に刺さる。

 正直に言えば、若い騎士や従士らの態度に影響されてしまったというところだ。

 

「それでは私はお姫様、ですか? ふふっ」


 エレインは実に面白そうに笑っている。

 そうして雑談をしながら、休憩を幾度か挟んで歩いていれば、予定よりもいささか早く街道の半ばへとたどり着いた。


「暫くは待機。いつでも出れるようにはしておけ」


 エセルフリーダの指示を受けて、傭兵達は散らばって休憩をとり始めた。

 ここは街道の半ばであり、どうやら襲撃のあった場所らしい。

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