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6.歓迎

 じりじりと、互いの様子を窺うように獅子王国と竪琴王国の軍勢は前進を始めていた。

 通例ならば、使者か、あるいは将による開戦前のやりとりがあっても良いはずなのだが、どうやらそのような様子もない。

 獅子王国側としては、奇襲をしかけてきた相手に丁寧に話し合いをするような謂われもないし、竪琴王国もそれは承知の上だろう。

 だからこそ、開戦の布告もないままに両軍は互いの出方を窺いつつも接近を続けていた。

 常ならば騒々しい傭兵らもこの時ばかりは息を飲む様子で、重苦しい沈黙が戦場にのしかかるようだった。

 睨み合いは続く。互いに何か、攻撃の切欠を探しているようでもあった。

 今回は、獅子王国の側も部隊をまとめて幾つかの大隊を構成している。

 エセルフリーダ隊も、騎士の指揮する傭兵隊ということで自由裁量は与えられているものの、上位に諸侯の居る指揮系統の中で行動している。

 獅子王国の騎士だからこその扱いではある。傭兵隊の指揮官にはどこぞの国の騎士、という者も少なくはないのだ。

 彼らはおおよそ、騎士は騎士でも遍歴騎士と言ったものではあるが。


「全隊、止まれ!」


 その声と、喇叭の音が軍勢に広がる頃には、横一列の線は歪んでいた。

 停止するまでの時間がまちまちになるためにそうなる。出過ぎた隊が下がるまでに十分な時間を置いて、前線の歩兵が木の杭を設置していく。

 上はどうやら、ここで相手を待ち受けることを選択したようだ。

 弓兵を主体とした防衛戦は獅子王国の得意とする戦術ではある。騎士らが下馬して歩兵と共同する事も多い。

 騎士と言えば槍と槍を突き合わせての一騎討ちこそが華だという、昔ながらの騎士気質の者からすれば、卑怯だと後ろ指さされるようなものだが。

 そも、長弓兵を主戦力としたのは、今、全軍の差配をしている獅子王だ。この戦場でその戦術が選択されるのも当然とは言えた。


「弓兵、前に出ろ」


 言われるまでもなく、既に長弓を手にした兵は軍の正面に立っている。

 それぞれに、矢筒から取り出した矢を足元に刺した姿は、ここからは一歩も引かないという意志を表すようだった。

 こうして、馬防杭と弓兵を前面に配置し、中央を騎士で固めた隊列は、防戦には優れる。

 問題点を挙げるとすれば、自らの足を止めてしまうことだ。

 びっしりと横一列に配置された杭は、騎士の突撃を防ぐために木槌でもって地面に確りと固定されているし、弓兵は速射の為に矢を刺している。

 後方から騎士が進出するには、友軍の弓兵やその杭を蹴散らして進むしかないが、そんなことをすれば損害は莫大なものになるだろう。自滅も良い所だ。


「しかし、この平原でそれをやるのか」


 ヨアンは思わず、そうつぶやいていた。

 この防戦一方の陣形は、あくまでも有利な地形をもって行うものだ。

 エセルフリーダに剣の手ほどきを受けている際に、休憩時の雑談という名で各種戦術の説明を受けていた。

 それによれば、平地でこの戦術をとるのは悪手。

 確かに、この陣形は正面からは攻めるに難いだろう。しかし、騎手は脚が速いのだ。

 騎士は、その重装備を支えるために馬に跨っている。

 全身鎧や、鎖帷子、そして長大な騎兵槍というのは、行軍の際には文字通りの重荷となる。

 戦場では城攻めの時や、弓兵との連携のために下馬して戦うこともあるが、騎士の本分はやはり騎乗槍突撃だ。

 それもまた一つの理由なのだが、もう一つ。馬というのは機動力に優れる。

 歩兵が二本の足で行くのと比べれば、騎兵は羽の生えたようだ。もしも全ての軍を騎乗兵で賄えれば、それは運用する側からすれば夢のような話だ。

 もちろん、そんなことは文字通りの夢物語だ。騎士がどうして騎士なのかといえば、軍馬や装具の維持のために地位が必要だったからである。

 それでも、歩兵の機動戦力化を目論んで、軍馬ではなく農耕馬に乗り移動して、降りて戦う跨乗弓兵や跨乗歩兵という試みは各所に見られる。

 せめて、展開だけでも早くしようという努力ではあったが、実際に戦場を見て、それがほとんど見当たらないことから、全体としては失敗だったということだろう。

 結局は、大貴族、有力者が騎士と従者をまとめて運用する、それこそ王の従士隊のようなところで手を打つのが現実的な落としどころだった。


「おっと危ねぇな」

「あんなひょろひょろ玉に当たるのはよっぽど運が悪い奴だろ」


 結局、開戦の報もないまま、なし崩し的に戦端は開かれた。

 狼煙代わりになったのは、竪琴王国側の傭兵が放つ弩のボルトだった。

 届くか届かないかぎりぎりといったところから撃ちだされたそれのほとんどは、最前列の弓兵の足元で勢いを失って落ちていた。


「おい、だれか弩は持ってねぇか?」

「何する気だよ」

「送り返してやろうかと思ってな」

「ははっ、そいつぁいい」

「矢だったらありがてぇんだがな」


 戦闘が始まってしまえば、寧ろ傭兵らの緊張は解れる。

 小難しいことを考えていても仕様がないし、目の前に集中するしかないわけだ。

 そうなれば彼らは強い。一息で気分を切り替えて、きりり、と弓の弦を引いた。

 矢羽が風を切る音と、力を貯めた弦が解放される音が周囲に響く。放たれた矢が空を一杯に埋め尽くす、と言えば大袈裟かもしれないが、ヨアンにはそう思えた。

 どうやら竪琴王国側には弩兵の数が揃っていないらしく、ボルトが飛んでくるのは散発的だった。

 一本に対して十本。もしかしたらそれ以上かもしれない。

 弩兵は大盾を前にしているものの、矢は上から降ってくるものだから、それが用をなしてない。

 僅かに風に乗って悲鳴が聞こえたかと思えば、目に見えて飛んでくる矢玉の数が減った。

 投射戦では当然、獅子王国が有利。耐えきれずに、竪琴王国側の歩兵に動揺が見られた。


「一方的に射られたら、そりゃ堪らねぇよな」


 どうやら、後方に下がろうとするようであり、しかしそれを抑えられているようでもある。

 今のところ、迂回しようとする騎士や騎兵の動きは見えず、このままでは竪琴王国側の出血がかさむだけに思えた。

 後方に下がって隊列を整えるか、前方に出て白兵戦に持ち込むか、さてどう出るものか。

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