5.発見
「竪琴王国の軍勢を確認!」
その報告が砦内に響き渡ったのは、ヨアンらが砦に到着してから二日も経った頃だった。
「装具を整えろ! 点呼集合」
傭兵らの間には半ば弛緩した空気が流れていたものだが、その声を聞くと同時に焚火を崩して立ち上がっていた。
それでも焚火を消すときには火種が残らないように砂をかけたりと、間違えても延焼をしないようにと気を使っている。
生木はそうそう燃える訳でもないが、砦は丸太を積み上げて作ったものだ。内側から崩してしまっては笑い話にもならない。
「ようやくお出ましか」
「知り合いの旗あるか?」
「いんや、どうやら有名どころは居ないみてぇだな」
ヨアンも乗馬のノルンに鞍を乗せて、砦の前に整列した傭兵らに混ざる。
緩んだ腹帯を締め直すと、嫌がるようにノルンが数歩よろめいた。巻き込まれそうになった傭兵が慌てて避ける。
「おうおう兄ちゃん、気を付けてくれや」
「すみません、大丈夫でしたか?」
足を踏まれたら事だ。骨折は免れまい。弓を持った彼は大丈夫だと手を振って見せる。
「いつみても軽装ですよね」
「弓を射るのに鎧は邪魔で仕様がねぇからな」
そう言う彼の装備はフェルト帽子に革の短衣。
獲物の鳥の羽を帽子に差しているのを見ると、まさに狩人という風体である。
弓を引くのに邪魔だから、という理由で、弓兵は確かに軽装な者が多い。
鎖帷子に兜、右手には弦を引くための篭手、矢羽を納めた矢筒に腰からは剣か斧、というのが一般的である。
腕や胴を覆う鎧を嫌う者は多い。邪魔だから。
長弓を用いる兵は、基本的に自由農民階級の者かその子息である。領主の所有物である農奴とは違い、税は払うが自由な立場を保証されている。
幾ばくかの給金を与えられて、戦に備えて長弓の腕を磨くのである。
農奴らと比べれば裕福で、自身の意思で以て戦闘に加わっているものだから、一般的な歩兵らよりも屈強な者が多い。
そも、長弓を用いるには随分と膂力が必要なのだ。装具の面でも、貧しい農奴らで構成された歩兵となら遜色はない。
自由農民には、土地の所有権も認められているものなので、領主がその土地を離れても、自身の所有物は手離さないで良いはずだが、現在のリュング城伯はよっぽど苛烈な治政を行っているらしい。
「どうやら、あの鼻持ちならねぇ貴族はいねぇようだな」
「リュング城伯ですか」
「けっ、その称号はお館様のもんだ。あいつなんて野良犬も良い所だぜ」
「あいつと、お館様の領地をぶんどった奴らは腐肉に群がる蛆ってところだろ」
腐肉に群がる蛆、と言った長弓持ちの一人は、その表現が出来たことを得意げにしている。
おそらく、誰か貴族か、学のある者が言った言葉を覚えていて、それを使ってみたかったのだろう。
お館様、というのはエセルフリーダを指しているが、同時に、その青い血の系譜、父親や祖父といった祖先を指している。
その家系はリュング城どころかリュングの地帯周辺を納める大領主であり、城伯ではなく辺境伯の称号を持っていたものだ。
「大体よう、リュングって地名だって、お館様のご先祖の名前から付いた地名なんだぜ」
「土地の名前が先に有ったのではなくですか?」
「ああ。あの一帯を納めていた、生粋のウェスタンブリア人の血族なんだ」
ウェスタンブリアの地は、幾度も諸外国から海を渡ってきた異民族と混血を繰り返している。
その過程で原住のウェスタンブリア人のうち、有力だった小王とでも言うべき家系も、貴族として併合されている。
とはいえ、この地の旧帝国だって大陸側から渡ってきたものだし、特に貴族の血脈は国という単位で見ると複雑なものになっている。
獅子王もまた、前代の王が神聖帝国から妻を娶っているものだから、確か、大陸の方にも名目のみながら領地を持っていたはずだ。
神聖帝国は帝国の名を持っていることからわかる通りに、国の成立に当たって、大陸の旧帝国から皇帝の血筋を持っている。
ウェスタンブリアの旧帝国は、大陸の旧帝国の崩壊の際に分離したもので、皇帝同士は遥か遠いものの血族である。獅子王もまた血族と言っても良いのかもしれない。
もはや、誰が誰と親戚でどういうことになっているのかを把握するのは実に困難極まる作業だ。
正式に用いられる家紋が、家の系譜となっているのだが、それを読解するには専門の紋章官を連れてこなければいけない。
幾つにも分割された家紋が何処のもので、どの順番で、付加された記号の意味が何なのか。
正確にはエセルフリーダとエレインの間ですら、家紋に違いはあるはずである。
「そのお館様の土地を良いように分割しやがって」
「俺らの土地だってな」
一部の諸侯がエセルフリーダはまだ幼く、土地を継承するには適切ではないとして、領土を分割して治めるよう提案したらしい。
その話の顛末は、ヨアンも知っている通りに、その中心となった現リュング城伯が謀反を起こし、リュング一帯を竪琴王国に占拠される事態だ。
「その、今リュング城を治めている人物とはどんな人なのでしょうか」
「最低最悪の屑だな」
という、古参傭兵らの言には私怨が含まれている。
リュング辺境伯領の分割統治についてまとめあげるほどだから、無能という訳でもなければ、ある程度の権力を持っていたのだろう。
あるいは、一番厄介な国境周りを押し付けられた、と見ることもできるが。
しかし、エセルフリーダの為に、という理由では納得がいかないところもあったが、自らの土地を奪われた、という事であれば、この傭兵らの士気の高さも解りやすい。
エセルフリーダの土地を取り戻す戦いはそのまま、自らの土地を取り戻すための戦いでもあるわけだ。
「全員揃ったか」
「はっ、一人の欠員もありません」
雑談をしているうちに、エセルフリーダその人が隊の前面に立った。
白銀の鎧、葦毛の馬に跨った彼女は、動じる様子は欠片もなく、厳しく冷たい一本の剣のようなその姿を堂々と表した。
「よし。旗を掲げろ。誰からも見えるように、な」
旗持ちを任された古参の一人が高々とそれを掲げる。金糸に縁どられ、白地に猛々しい鷲の染め抜かれた軍旗。
同様に、三角の旗の付いた槍を、彼女は空を指すように持った。それは下級騎士の身分を表すものだ。
上級騎士、貴族となれば、槍につく旗は四角形となる。本来であれば、彼女の槍につく旗は四角のそれであるべきだ。
今は、下級騎士に過ぎない。しかしそれに甘んじるつもりもない。
堂々と捧げ持たれた槍は、そう言わんばかりに天を衝き、その穂先を陽光に輝かせていた。




