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3.到着

 一昼夜開けて、軍団は前線にある砦に到着していた。


「戻ってきちまったなぁ」

「敵の姿はまだ見えませんね」


 砦、とはいえ、駐屯用の仮設建築であるのだが、随分と長い間使っているようで、度重なる改修で立派な物になっていた。

 丸太で組み上げた壁にかけられた梯子をよじ登ると、回廊のようになった構造があり、 ヨアンはバーナードと共に、そこから平原を見下ろしていた。

 後ろを振り向けば王都も見えそうなものだが、さすがにそれは無理があるようだ。


「この砦で防衛戦でもする気なのでしょうか」

「いや、そいつは無理があるだろ。俺らだって入りきらねぇぞ」

「ですよねぇ。にしては、力が入ってますけど」


 どこかに凝り性な諸侯と土木作業の出来る工兵でもいたものか、土塁の上に簡素な館と城壁があり、その周囲には堀が回らされている。

 その広さは数百人を詰め込めそうなもので、ただ駐屯するにしては過剰なほどの作りに思える。

 今、立っている、城壁についた回廊には、矢除けのひさしなども用意されている。


「暇に任せて、大工連中が十日ちょっとで作ったって話だぜ」

「……本当ですか?」


 流石にそれは、戦場につきものの、根拠のない噂話に思えた。

 往々にして、戦果などの話は盛られるものだ。

 話しているうちに自身もそうだったと信じてしまうような次第で、いつの間にか小競り合いの戦が数万の大会戦だったことになっていたりする。


「あいつら、あの館の骨組みなんて、一日で作るんだぜ」


 二階建てにされた、木造りの簡素な館だったが、普通に建てればどれほどの時間がかかるものか。

 工兵、というのは主に戦場の後方で矢を作ったり、攻城用の梯子や櫓を用意する者らである。また、投石機といった兵器も作る。

 それらの兵器は、領地から持ち出して動かせるものではなく、到着した現地で組み上げるのである。

 時には坑道を掘ることもあり、その要員は大工や坑夫といった者たちで占められている。


「坑夫さまさまってやつだな」 

「凄いですね」


 彼らはその出自と仕事からただ坑夫、と呼ばれることもあった。

 とはいえ、ヨアンは実際に彼らの作った攻城兵器を見たことはない。

 話に聞いただけだが、城門よりも攻城櫓が動くところなどを想像するだけで、心躍るものがあるのは確かだ。

 または、何メートルもある投石機が、唸りを上げて石を投げだすところ。実際に見たら圧倒されそうなものである。

 今だって、この、もはや城のような建築がただの駐屯用の仮組みに過ぎないと言うのだから。


「昔、絵で見た攻城櫓なんて、一体あんな高い塔があるものか、って思ったものですが」

「ははっ、確かにな。見ないに越したことはねぇけどなぁ」


 攻城戦はあまり考えたくない。籠城戦もそうだが、互いに逃げ場がない以上、死傷者が莫大に増えるのがそれだった。

 だからこそ、昔から、城の明け渡しを求めての交渉もあれば、城主が開城を選択することもあった。

 開城となると持ち物をそのままに、さながら夜逃げの様子ではあるが、それは貴族の名誉を傷つけないものとされていた。


「リュング城がありますよね」

「あるな」


 おそらく、否が応でも見ることにはなるだろう。

 王都はここから見えなかったが、遥か遠方にリュング城のある山は見える。

 風景として、それまであまり気にしてはいなかったのだが、あれがリュングの山だよ、と指さされたときから見方も変わっていた。

 峻厳な山々が連なるそれが、エセルフリーダが、獅子王国が目指す場所なのだ。


「敵さん、今頃どこにいるものかねぇ」

「見失ったと聞きましたが」


 伝令の方が敵の軍勢より速いのは当然の事だ。

 全員が馬にのっていればまた別の話だろうが、軍勢というのは歩兵や馬車といったものに合わせて進むものだ。

 更には、移動が仕事であるのではなくその後の戦闘が本番となるのだから、十分な休憩も取らなくてはならない。

 部隊は大きくなれば大きくなるほど、その行軍の速度は落ちていくものだ。


「なーんかきな臭いんだよな」

「敵の動きが、ですか?」

「おうよ。わざわざ、冬の間に動き出す必要あるかねぇ」

「でも、別にないことではありませんよね」

「そうなんだがな」


 相手が準備を終える前に攻撃をしかける。

 現状を見たところ、ただそれだけでも効果は十分にあるように思えた。

 現に獅子王国側は、急な動員で国庫を広く開放する必要に迫られ、備蓄を切り崩しながら戦に向かう程になっている。


「案外、既に兵を引いているということは」

「嫌がらせか? そのために軍勢を動かすっていうのはなぁ」


 あり得なくはない。しかし、獅子王国と竪琴王国で懐事情はそう変わらないことを考えると、動員してそのまま帰るだろうか。


「軍の規模も大きくないって話ですから」


 確認できた時点で、千人規模か、それ以下。

 おそらくは、リュング諸領からのみの動員で、竪琴王国の本国からは今はまだ戦力は到着していない。


「うーん。そうだな。有りそうな話か」


 バーナードがあごひげをしごきながら頷く。


「これで戦もなし。だったらまぁ、有り難いことだな」


 傭兵達にとっては、大した労もなくある程度の報酬を得られる機会となるかもしれない。

 獅子王国からすると、敵に打撃も与えられず、領土も増えずで傭兵に支払いとなれば、ただただ損ばかりだ。

 軍議は紛糾しているものらしく、この砦についてから一度もエセルフリーダは戻ってこない。

 とりあえずここが拠点になるということで、荷下ろしなどをしていたものだが、今回は初めから荷が少ない。

 こうして自主的に見張りという名の散歩をするのが、精々の暇つぶしだった。


「敵さんが到着するなら今日明日か」

「そうですね。一つ、賭けますか?」

「ははは、兄ちゃんからそんな言葉を聞くなんてなぁ。随分、染まってきたんじゃねぇか」


 確かに、昔だったら言わないような軽口だった。

 構わないだろう。偶には軽口も叩きたくなるものだ。

 しかし、隊に入った頃から見られているバーナードにそういわれるのは少々恥ずかしく、頬を掻く。


「ま、緊張しているずっと良いことだ。緊張しているよりな」


 そう言って笑うと、どれ緊張を解してやろうと肩を揉んでくる。たぶん、最初の頃の事を揶揄しているのだろう。


「痛い、痛いですって」


 ヨアンとしては、苦笑を返すしかなかった。

 しかし、こうして雑談の種としては面白いものだが、実際の軍の動きというのはヨアンやバーナードにはわからない。

 その辺りのことは、お上の考えることであり、傭兵らに求められる仕事は、戦うことだけだ。


「しかし、冷えるな」

「そうですね。そろそろ戻りますか」

「そうするか」


 吐く息も白く、手がかじかんでくるような寒さだ。

 この折に運動などしたら、筋肉痛に苦しめられることは間違いない。

 どうしてまた、こんな季節に戦闘を始めようというのか。

 温かい焚火の炎を求めて梯子を降りつつ、ヨアンは何をしたいのか思惑の見えない敵に思いを馳せていた。

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