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6.喧嘩

「おう! うちのもんが世話になったみたいだなぁ!」

「うちのヨアンを前に尻尾巻いて逃げ出したって聞いたぞ」

「んだとぉ」


 獅子王国、王都の外れの廃墟。常ならば静寂に包まれたそこは今、一種異様な雰囲気に包まれていた。

 東西に分かれて横並びとなった男たちの集団。どちらも袖捲りなぞして、相手を威嚇するように睨みつけている。


「手前らのその顔を泥に付けてやる!」

「はん、どっちの台詞だこの野郎! 戦場では俺たちに手も足も出てなかったじゃねえか」

「手前らに負けた覚えはねぇな。前から思ってたんだ、こそこそと卑怯な手ばかり使いやがって!」

「っかぁ! これだから猪武者は嫌だねぇ。俺らが卑怯だって? 手前みたいに考えなしに突っ込む方が馬鹿ってもんだ。なぁ?」


 バーナードが自らの後ろ、エセルフリーダの傭兵隊に問いかければ、盛大な笑い声が上がった。

 そう馬鹿にされて黙っていられるようなギブソンではない。顔を真っ赤に染めてぷるぷると手を震わせると、怒りをぶつけるようにそれを強く横に振った。


「手前ら! この貴族の犬共に俺らの流儀を教えてやるぞ!」

「応!」


 凶暴な笑みを浮かべて、ギブソンの隊はこれに応えた。

 元より闘争を目的としているのだから、このような言葉の応酬は無意味な儀式に思えるところだったが、戦というような特殊な場でもなければ人間というのは意外と暴力というものを行使するのに抵抗を覚えるものだ。

 こうして互いに言葉をぶつけあい、挑発しあうことで、闘争心を沸き立たせようという訳だ。事ここに至って、ようやく暴力の発露が出来る訳である。

 ヨアンはどうか、といえば、頭を抱えていた。話し合いで解決するとは思っていなかったが、もう少し温厚な道もあったのではないか。


「こんな喧嘩をしてて良いのかなぁ」

「何言ってんだ。兄ちゃんが始めた喧嘩じゃねぇか」


 そう。そうなのである。この血気盛んな連中を動かしたのは元をたどればヨアンの行動なのである。

 だからこそ止めるに止められず、こうして喧嘩の場に引きずり出されたのだ。

 傭兵隊は闘争の空気に表向きは険しい顔をしているが、実に楽しそうである。

 冬の暇な間に、良い暇つぶしが出来たと言わんばかりで、諸侯が彼らの扱いに苦慮する、という話も解ろう。

 武器を用いない素手の喧嘩であるとはいえ、当然悪くすれば死者や、当然ながら負傷者は出る訳だ。

 皆が皆そんなことを始めれば、街の治安なぞあったものではない。

 ベアトリスに絡んできた傭兵の例を見ればわかるように、無法者と傭兵の境界は実に曖昧であり、諸侯らが自領に彼らを迎え入れたくないと思うのも当然の事ではあった。


「手前ら、行くぞ!」

「応さ!」

「者共! かかれぇ!」

「応!」


 遂に戦端が開かれた。およそ人の出す声とも思われない、ただただ本能のままの叫び声が男たちから上がる。

 何も考えずにただただ真正面から突っ込んでいく彼らは、当然の結果として頭を突き合わせて組み合った。


「ヨアンとか言ったなぁ! あいつの相手は俺にさせろ!」

「好きにしろ! 俺も借りがあんだ。後で面貸せよ!」


 と言うのはギブソンと、この前ベアトリスに絡んでいた傭兵のやり取りだ。

 どちらも身に覚えがありすぎて、空を仰ぎ見るしかない。昨日の雪模様から一変して、今日は幸い、というか不幸にも、というか、一点の曇りもない晴天である。

 人の気持ちを天が知るわけもない。見事なまでの青空を恨めし気に睨みつけても、何も変わりはしなかった。


「行くぞおらぁ!」

「ああくそ! 田舎者なめんなよ!」


 吹っ切れた、と言っても良いだろうか。突っ込んでくる男に向かってヨアンはそう言い放つと、拳を振り上げた。

 一発殴って一発貰って、互いにがっしりと組み合う。力比べとなれば小兵のヨアンに勝ち目はない。

 地面に転がされ、けれどもすぐに上下を交代してみせる。そうして組んず解れつ地面を転がり、もはや天地がどちらかもわからなくなったころには、互いに泥だらけで滅茶苦茶な有り様となっていた。


「ははっ、なよいと思ってたが思ってた以上にやるじゃねぇか!」

「これでも悪餓鬼の中では腕っぷしのヨアンで通ってたんだ、負けて堪るか」


 そんなことを言いつつ、ただがむしゃらに腕を振るって殴り合う。

 その中に武器を振るい、隊列を組んで戦う、戦場の兵らしさはなかった。

 本能に従って両の腕、両の脚、体と体でぶつかり合い、地面に転がる。それはただ獣同士の戦いであり、教会の者が見れば文句の一つ二つでは済まないだろう。

 廃教会の前で繰り広げられている戦い、いや、喧嘩はまさにその通りであり、魂を持つのは人のみで、人は人らしく、道具を用い、両足で立たねばならないと教える教会の象徴は、傾ぎながら空しくそれを眺めるばかりだ。


「これでどうだ!」

「何のこれしき!」


 どちらがどちらの言葉だったか、良い一撃を食らった頬がじんじんと痛みを訴えるのを感じつつ、気づけばヨアンは笑みを浮かべていた。

 こうして何も考えずに殴り合いをするのはいつ以来か。農村に住んでいた、もっとずっと小さいころ。

 農夫の子供たちに入り混じって、どうでもいい理由で喧嘩をしていたものだ。

 多少、齢を重ねてからはめっきりそんなことはなくなっていた。農夫の息子たちもヨアンを代官の息子と見ていたし、ヨアン自身も父から習う事も多かったために、自然と悪友らとは疎遠になっていた。

 童心に帰る。とはこのことか、体中、痣と、地面の小石で擦り傷だらけだったが、実に楽しくて仕様がない。


「貴様らぁ! 何をしているかぁ!」

「やっべ、ありゃ従士隊だぜ!」

「おう! バーナードの爺さん! この勝負はお預けだ!」

「けっ、興覚めだな。整列! 整列しろ!」

「ありがとよ!」

「はん! 手前ぇらの為にやってんじゃねえよ坊主! これで貸し借りなしだな!」

「応!」


 大声を上げて廃墟に飛び込んできたのは、馬に乗った王の従士隊だ。

 獅子王国の王都、この場所の治安を引き受ける衛兵隊を代表するのが彼らで、王の私兵とも言うべき立場であることから、この王都では絶対的な権威を持っていた。

 王都の治安維持を信託されている彼らが、このような状況を見とがめない訳もなく、どこから話が漏れたものか、勢揃いの様子で丘を駆けのぼってきていた。

 エセルフリーダの隊はその前方をふさぐようにして速やかに整列した。ギブソンの隊は、速やかに走り去っていた。その逃げ様は戦場で見たそれで、実に見事なものだった。

 それら傭兵らの顔に会ったのは、取り繕ったような笑み。つまるところ、悪戯を咎められた少年のそれである。


「貴様ら、傭兵隊の者か」

「へい、旦那」


 まなじりを決した様子の指揮官はバーナードに詰め寄った。

 怒りも冷めやらぬ彼の強い語調にも、バーナードはのらりくらりと避けていく。


「ええい、話にならぬ。名簿を持ってこい。何処の隊の者だ!」

「へい。エセルフリーダ卿の隊で」


 その時の従士隊長の、鳩が豆鉄砲を食らったような顔は、長い間傭兵隊の中で笑い話となった。

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