5.宣戦
この地には珍しくも、ぱらぱらと雪が見え始めていた。これほどに寒くなると流石に浮かれた傭兵も町人も外に出る気も失うようだった。
雪を想定していない石畳の道は、積もってしまえば滑ってしまって仕様がない。王都の坂は荷を運ぶのもとてもじゃないが無理があった。
そうなると、店もそう開いていない訳で、宿屋の食堂は、たくましい男たちが暖炉の前に肩を寄せ合うむさくるしい有様となっている。
「お前、もうちょっとそっち寄れよ」
「けちけちすんなよ。あ、てめ」
「外で運動でもしたらあたたくなるんじゃねぇんですかい?」
「じゃあ外行って来いよ」
「こんな寒い中外に出るなんて犬でもやらねぇですよ」
「お前なぁ」
何だかんだ騒々しく、押し合いへし合いしているので温かそうではある。
さすがにその中に混じるのは気が引けたため、ヨアンは端に座って白湯をすすっていた。
「男くさい」
とは、ベアトリスの漏らした声であり、そればかりは否定できず目を逸らすしかない。
その時、扉が叩かれた。店の戸を叩くような者はそう居る訳もなく、皆が入り口に目を向け、続いてベアトリスに目を移して首を傾げた。
彼女は突然集まった視線に一瞬、辟易としたが、思い当たることはない、と首を横に振った。
「頼もーう!」
扉が轟音と共に開かれた。逆光の下に立つのは筋骨隆々たる大男で――。
「寒ぃんだよ! 早く閉めろ!」
「朝っぱらからうるせえ!」
「扉が痛むだろ!」
とまぁ、傭兵達の温かい言葉に迎えられて、しずしずと扉を閉めて宿に入ってきた。
若干、肩を落とした様子で、流石に少々不憫に思える。
「あー、いや。失礼した」
「で、何用だ? お前さんどう見ても同業だよな」
腰から槌を提げている様子から、前掛けでもつけていれば鍛冶師と言われても頷けそうだが、その鬢の縮れ具合は日常的に兜を被っているものだろう。
それに、顔面には刀傷があり、明らかに戦場に出ている者の様相だ。
「ごほん。こちらにヨアンと申す者はいるか?」
「えっ……」
今度は視線がこっちに集まる。思わず両手を上げて首を振った。知らない。こんな男見た事もない。
そうするとその大男はこちらに向き直った。態度は言葉より雄弁だった。諦めて椅子から立ち上がる。
「ええ、僕がヨアンですが、何か?」
「おお、やはりか」
「まぁ、ヨアンっつったら兄ちゃんの事だよな」
それほど少ない名前でもないが、多い名前でもない。
獅子王国というよりは竜王国風の名前で、父であるパウロがかつて槍を交えた強敵にあやかってつけたと言う。
パウロ自身もその親、ヨアンから見れば祖父が聖人にあやかって教皇領風の名前を付けたとかで、パウロの息子ヨアン、と言えば獅子王国に二人といないものと思われる。
「うちの傭兵団長からの言葉なのだが、どうもうちの者が世話になったようだから礼をしたいという事でな」
「そんな覚えはないのだけれど……」
「はは、とぼけなさるな。ひいては団のみなさんに一手馳走させていただきたいとな」
そこでようやく気付いた。表向きは温厚だったが、これは宣戦布告だ。
「あっ……」
ベアトリスが何かに気づいたように声を上げた。傭兵らの視線から逃げるように、奥に引っ込んでいく。
その様子にヨアンもようやくどういうことか得心がいった。
「あれか……」
ベアトリスが悪漢に絡まれていたのに首を突っ込んだ件は、まだ数日前の事だ。
随分と手早い。こんなに早く泊まっている宿を割り出されるとは思っていなかった。
「兄ちゃん、何したんだ?」
「いや、ベアトリスさんが道で男に絡まれていて……」
「ベアトリス? ああ、宿の嬢ちゃんか」
どう説明したものか、と思っていたら、バーナードが肩に手を置いてきた。
「うんうん。いやぁ、兄ちゃんも隅におけねぇなぁ」
「いや、そういう話では」
「皆まで言うな。若えってのは良いなぁ」
多分、盛大に勘違いされている。
「お、何だ何だ?」
「若が男を見せたいってよ」
「そんならしょうがねえなあ」
「おう、俺らもやるところ見せてやろうぜ」
荒事になりそうだというのに、傭兵らは実に楽しそうである。
先ほどまで暖炉で肩寄せ合っていたのに、今やこっちを囲むように広がっている。
いいおもちゃを見つけた、と言わんばかりに目が輝いている。
「おうおう、俺らに喧嘩売るたぁふてぇ野郎だな。お前らどこの隊のもんじゃ」
「やる気になったか。貴族様の犬ども。うちはギブソンの隊だ」
「ギブソンってぇと」
「あの猪武者か」
あの隊も王都に来ているとは思わなかった。戦場でも顔を覚えられているし、名前も知られている。
正直、あの猪武者とは顔を合わせたくなかったのだが。まさかアレの相手をしろとは言われないかと気が気ではない。
けれども、どうして早々に居場所が割れたのかは、これで解ろうものだ。
「あの男の言ってた、この街を守っている、っていうの嘘じゃないか……」
逆だった訳だ。いや、昨日は竪琴王国でも今日は獅子王国だ、というのが傭兵だから嘘でもないのか。
何とも都合のいいことだ。現実逃避気味にそんなことを考えているうちにあれよあれよと話は進んでいく。
「解っていると思うが武器はなしだ。タレこもうなんて考えんなよ」
「こっちの台詞だ。いまさらビビッて逃げ出すんじゃねえぞ」
「上等だ。場所は街外れの廃教会前でいいな」
当然のことではあるが、街の治安を擾乱するような行為は厳に禁止されている。
正当な理由なく槍などを持ち出すのは禁止されているし、刃傷沙汰となれば暫く牢屋にご案内だ。
「……エセルフリーダ様に許可を得なくてもいいのですかね」
「そんなことしたら絶対止められるだろ」
「それに、俺はここは任せた、って確かに言われてるからな」
貴族なのだから、それはもちろん止めるだろう。
心情はともかく、聞いてしまったら見逃すことはできない。
「……良くなくありません?」
「良くなくないんだよ、よくあることだ」
悪戯を仕掛けるようなノリで笑っているバーナード達にヨアンは頭を抱えて溜息をついた。
まるっきり子供の喧嘩ではないか。




