ルリーナ、旅路で夢を見る。
戦場は硝煙や薪の燻る煙に包まれていた。
陽光を遮るそれによって、昼なお薄暗く、目に沁みる黒色火薬の臭気にルリーナは口を覆う布を引き上げた。
そこかしこで小銃を撃ち放つ音と、時折、砲丸が頭の上を飛び越えていく風切り音が聞こえた。
前方の煙を押しのけて、騎兵が現れた。片手に構えた短銃が火を噴き、銃口からあふれる硝煙を体にまとわりつかせながら突っ込んでくる。
「撃てェ!」
パパパッ、と光を放ち、ルリーナ側、傭兵隊の小銃が応える。
あっという間に、目の前は煙幕に包まれた。その向こう側を見通すのは難しい。
すぐさま、槍持ちの傭兵達が長大なパイクや、ハルバートで槍衾を作る。時ならぬ風が目の前の煙幕を取り払った。
騎兵らの乗馬が、尖った槍を嫌って首を振る。それを狙って、第二列の銃兵が射撃を浴びせかけた。
血が飛び散る。全身鎧の装甲は、銃の火力の前に紙屑同然で、それで一気に騎兵は数を減らした。
槍を折り切って、隊列に雪崩れ込んできた一人に向けて、ルリーナは斧槍を繰り出した。
斧の反対側に付けられたピックで騎手を引っかけるのである。
「せいっ」
騎馬の勢いと、ルリーナの渾身の力が尖ったピックに集中し、鎧を貫通して騎手を貫いた。
堪らず、もんどりうって彼は馬上から落ちる。そのままピック部分を引き抜いて、刃を返すと、斧の側を振り下ろす。
肩口を深く切り込んだそれは、もう致命傷だろう。どくどくと血を吹き出す切り込み口を見て、ルリーナは既に彼を意識の外に置いた。
「おう、やるなぁ。坊主」
「まだまだ、こんなものではありませんよ」
声をかけてきた傭兵に向かって、血まみれの斧槍を構えたルリーナは笑って見せた。
遥か遠方の敵歩兵隊から遠巻きに撃ち込まれる銃弾はそうそう当たるものではなく、隊は続いてそちらに肉薄していく。
火薬を用いた銃が、小脇に抱えるハンドカノンから、引き金や肩当てを備えたマッチロックとなり、それを活かすための防御陣形が生まれてから、戦場の主役はすっかりと歩兵へと変わっていた。
小銃の命中する距離は精々、百メートルあれば良い方ではあったが、その火力は圧倒的だった。
重装の騎士は、槍や剣、時に矢をすら逸らす全身鎧を身に着け、長大な騎兵槍を手にするゆえにこれまで戦場を支配していたのである。
それを貫く威力と、投射武器ゆえの射程を持つ銃の存在は、彼らの存在意義を失わせるほどのものだった。
もちろん、銃だけでは騎士のもう一つの特徴、襲撃を防ぐことはできない。そのために、槍兵が槍衾を作り、銃兵を守る。
こうして銃兵、槍兵が協同して敵に当たる陣形、テルシオが生まれてからは、騎兵はその立場を徐々に下げていった。
「騎士道なんて、あったものじゃありませんね」
「ははっ、違いねぇ」
戦場の主兵が変わっていったのは道具によるものでもあったが、当然、それだけでは戦場にここまでの変化は生まれなかっただろう。
銃それ自体は遥か以前から存在していたし、鎧を射抜くほどの威力、と言うならば重弩弓がそれを備えている。
騎兵槍よりも長い槍を持てばいい。という考えは誰しもが辿り付くことだ。
強固な陣形を保ち、装備を揃え、練度と士気の高い、一定の人数を隊として運用する。
これに必要だったのは、軍制改革。常備的な軍の存在だった。
「おいおい、あいつら、白十字だぜ」
「やるしかねぇな」
「全隊、戦闘準備! 銃兵、構えろ!」
正面に見えたのは、神聖帝国の傭兵と同じく、傭兵の名を冠する白十字の隊だった。
ほぼ国軍と言っても良い神聖帝国の傭兵と同じく、戦争こそを生業とする専業傭兵。それが白十字の隊だった。
金銭さえ払えれば、誰彼構わず力を貸す。命令には忠実で、たとえ同胞であると容赦はしない。そのあり方はまさに傭兵の鑑だ。
隊を象徴とする武器はハルバートであり、神聖帝国の傭兵の成立からすると、彼らは先輩格にあたる。
「ぶち殺せェ!」
だからこそ、と言うべきか、その存在を許せないという思いが神聖帝国側にはあった。
どちらがより優れているのか、と比較されることも多く、最強の傭兵の地位を相争う立場である。
今日の戦は、激しいものになりそうだ。ルリーナは口の端を笑みの形に釣り上げた。
衝突した両隊は、まさに凄惨極まる乱戦を演じる。
銃砲の類を用いるのを嫌う白十字の隊は散発的な射撃の合間を縫って、神聖帝国側に肉薄した。
初めに長槍が当たるが、そこは流石と言うべきか、あっという間に彼らの斧槍や長剣を以て切り払われてしまう。
斧槍と斧槍、剣と剣、あるいは拳と拳が交わされる。互いに全滅するまで、この場を退く気は毛頭ない。
「だあらああああああああ!」
言葉にもならない雄たけびを上げながら、ルリーナも喧嘩剣を振るった。
とっくの昔に手放した斧槍はどこかへ行ってしまった。そもそも、この乱戦では長物は使い難くて仕様がない。
鉄帽の酷く硬い手応えが手首に響いた。目の前の白十字はそのままふらりと倒れ込む。
止めを刺すのは後続に任せて、ルリーナは先を見た。剣を振り上げる一人。そのまま一歩踏み込む。
肩口に剣を受けて一瞬息が詰まるが、構わない。銃砲には無意味に近い鎧だったが、白兵戦においてはまだまだ有用だ。
剣も振れないほどに近づいて、頭突きを打ちかます。鉄帽子と頭の重量は十分で、しかもその縁は尖っており、これに襲われた敵の顔面は二度と見れない有様になっているだろう。
自らの頭突きの衝撃で目の前に星が散る。ふらふらとする足元を踏みしめて、次の獲物を探す。
傍から見た彼女の姿はまさに悪魔か何かのようだった。
ド派手な襞の付いた服は血で真っ黒に染まり、元は何色だったものかもはや解りはしない。
「さぁ! 次は誰だ!」
そう吠えた彼女におびえる様子を見せず、次々と白十字の兵は襲い掛かってくる。
そうだ、それでこそ傭兵だ。ルリーナは敵の練度に尊敬の念すら覚えて――目が覚めた。
「……夢、ですかぁ」
窓から差す陽の光を見るに、もう昼に近いだろう。
うん、と背伸びをすれば、素肌の二の腕に、伸びてきた髪が触れた。
冷えた空気にぶるり、と体が震え、思わず自らの肩を抱く。
これほどの寝坊をしたのは確か、と宿の部屋に設えられた棚の上を見れば、書置きがある。
それを見てルリーナは微笑を零した。昨日は旅の修道女達と相部屋となり、夜が更けるまでお話をしていたのだ。
特に仲良くなったお姉さんは、金色の髪に理知的な碧の瞳を持った穏やかな女性だった。
寝物語に聞いたのは、遠く目的地であるウェスタンブリアの話。寒さに身を寄せ合い、囁き声に乗せられたのは、彼の地の恋愛物語だった。
その手の話には修道女たちも人並み、いや、それ以上に飢えているものらしく、どれほどの脚色があるものかは解らないが、なかなか面白い話だった。
「しかし、修道女がそれで良いのですかねぇ」
昨日は楽しかった、という旨の手紙を読みながら、そうして苦笑を漏らすのも仕方あるまい。
教会の教えからすると、ルリーナは随分と破戒的な事をしている気がするのだが。
「ウェスタンブリアでは、女性の諸侯が……ですかぁ」
くふふ、とくぐもった笑い声を一人上げる彼女の姿は、戦場とはまた違った恐ろしさを感じさせるものだった。
何やら狡猾な算段を詰める、さしづめ、小悪魔のような。




