8.休戦
「撤収だ、撤収」
「平和なものでしたね」
「もう戦う理由もないからなぁ。よっぽどの猪武者でもなければこないだろ」
「ああ、例のあの隊ですね。よく兵もついてくるものだと」
いつぞやの猪武者に率いられた傭兵隊は、相も変わらず突っかかってきては下がるを繰り返していた。
突っ込んでくるかと思えば、逃げ際も見事なもので、その戦法の割に被害は少ないように思えた。
「アレはアレでもうお決まりだからなぁ」
算を乱して撤退するわけでもなく、不利と見れば隊を保ったまま後退するために、友軍も攻めあぐねている様子だった。
意外とあの隊長も強かなのかもしれない。塵も積もれば、ということもあり、十分な嫌がらせにはなっている。
「ぼちぼちうちの隊も撤収だな」
「相手方にも意外と王都に向かう隊もありましたね」
竪琴王国側の兵が解散を始めてから、獅子王国の側も徐々に部隊を解散していたのだが、竪琴王国側に与していた傭兵隊の中にも、獅子王国の王都を目指す隊が見られた。
「近いからなぁ。それに戦になっていなければ別に敵でもないから」
敵でもないから、という事で、脇を通り抜けていく傭兵隊に冷やかし混じりに声をかける者も少なくなかった。
ついでに向こうの状況を聞けば、傭兵隊は冷遇されているとの話が聞かれた。
「いやぁ、次つくなら獅子王国だなぁ。今回は」
「どういうこったい?」
「払いがよくねぇ、ってのもあるんだがよ。そっちさん冬の宿場までくれるんだろ? こっちゃ堪らねぇよ」
聞き耳を立てるまでもなく、砦に立ち寄った兵が口々に言うのが聞こえてくる。
「向こうは国境の端だからな」
とはエセルフリーダの一言だが、確かにこちらは王都もほど近く、懐深く潜り込まれている関係で、寧ろ補給の便は良くなっていた。
「敵方は端まで物運んでこなきゃなんねぇからなぁ」
「しかも、山を越えてとなると、かなり辛いですね」
リュング近辺だけで賄える兵力を大幅に超えている状況である。
そうなると、竪琴王国側は山を越えて物資を運ばなければならない。
迂回して別の国境から持ち込もうにも、そこはまだ獅子王国の領内で、諸侯が睨みを利かせている。
「それに、そもそも港を抑えていますからね」
「真珠の港、ですか」
「そうです。あくまでも獅子王国のものではないので、表立っては止められないのですけれど」
立ち寄ったエレインが言う所によると、真珠の港を牛耳っている商業組合は獅子王国、竪琴王国の戦にはあくまでも不干渉を貫いているらしい。
真珠の港は、ウェスタンブリア随一の大規模な貿易港であり、かつてウェスタンブリアを納めていた帝国の末裔、皇帝の座する場所でもある。
今でも、時に帝都と言う向きもあり、名義上はウェスタンブリアの統治は皇帝が為しており、そして獅子王国と竪琴王国はあくまでも帝国の一部である。
そうなると当然、どちらを重視して軽く扱う、という事はできない。というよりも、商業組合はその双方に荷を卸すことで利益を得ている。
「近い方が有利、っていうのは変わりませんね」
その港の場所は獅子王国の端に当たり、これまた竪琴王国の側からすると一度獅子王国を抜けたものを相手とするしかない。
協定上、それらの行商は止めることもできなければ、荷を徴発することもできない。
彼らに臍を曲げられてしまえば、両王国共に立ちいかなくなるのだ。
「意外と、こちら側有利に事は運んでいるのでしょうか?」
「いえ、それでも王都の目の前まで踏み込まれているのは問題ですね」
「それもそうですか」
こうしてエレインも混ざって話をしている今は昼で、以前ならば戦場に出ている時間だった。
相手方も兵を出してきていないので、こちらも兵を出す必要もなくなっていた。
今ならば攻め落とせるのではないか、と思わなくもないのだが、ここで攻めたところで、次は山城が待っている。
冬の休戦前にそこまで攻めたところでそれほどの意味があるとは思えなかった。
「ない訳ではないですが、冬の戦は悪手、というのが通例ですから」
ウェスタンブリアの冬には雪も降る。物流の滞った状況で、寒い中、ろくに行軍もできないとなると、戦にもなりようがなかった。
「こちら側は、冬明けに攻勢をかけるつもりだろうな」
「お姉さま、軍議の方は終わりましたか?」
「ああ、まあな」
傭兵方の取りまとめである、ご老体と呼ばれる傭兵団長の大天幕から、エセルフリーダが出てきた。
ヨアンが礼をとると、構わない、というように手を軽く振った。
「傭兵はやはり、諸侯が確保しているようだな」
軍議、とはいえ、今の彼女の役柄は自由槍騎士。そうなると、傭兵の動きから全体を想像するしかない。
あるいは、各諸侯に聞けばわかることでもあるだろうが、どうやらそういう立場でもないようだ。
「兵力を確保しておいて、一気に片を付けよう。っていうことですか」
「そうだな。短期決戦は敵も望むところではあるだろうが、こちらも長期戦で得る利益はないに等しい」
傭兵を雇っているのも無料ではないのだ。このまま延々と続けば、財政的な損耗も重なっていく。
その割合は相手方の方が多いのかもしれないが、共倒れになるくらいなら多少の被害には目を瞑ることになる。
なにより、獅子王国側は、戦術的には既に追い詰められているのだ。
「ともあれ、冬ごもりの時期だな。バーナード」
「へい」
「撤収準備だ」
「粗方終わっとります。明日には出れるかと」
「よし」
今回の戦の報酬を得次第、すぐに出発するとのことだった。
順次それは配布されており、エセルフリーダ隊もそれを待っている。
諸侯や一般的な騎士の場合は、おおよそ無償で戦闘に参加するものであるが、エセルフリーダは領地無しの騎士、という半ば宙に浮いた立場である。
だからこそ扱いが貴族とも傭兵ともいえない微妙なものになり、諸侯との調整も難しいものになっていた。
実際的には騎士の肩書は、彼女の青い血にのみ依るもので、書面上も傭兵隊長扱いではあるため、栄誉の代わりに金銭を得れるというのは、一長一短ではある。
「お姉さま、まだ荷が余っていますけれど」
「そうだな、樽を空けてしまおう。どうせ冬に入る」
「合点で。おぅい! お前ら! 今日は宴だ!」
「応! どれ運びやしょうか」
「樽を出しちまえ!」
備蓄とするには心許ない量ではあったが、数度で消費するには余りある食糧があった。
冬を持ち越すのも無理ならば、今ここで荷を軽くしようという心づもりである。
その一声に傭兵らは湧いて、常ならば持ち上げられないような樽を軽々と持ち上げて運んでいく有様である。
その現金な姿に、エセルフリーダも苦笑しているのが見えたが、ヨアンには彼女がそのような表情を浮かべるのが意外なように思えた。




