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3.理由

 代り映えのしない戦闘である。戦列同士がぶつかり合うと、戦線は膠着する。

 じりじりと互いの戦力を減らしながら、しかし、どちらも決定打に欠けていた。


「おい、ぼんやりすんな」

「おっと、すいやせん」

「疲れてくるのも解るがな、戦場は戦場だ」


 幾度となく敵の部隊と当たり、次の戦場を求め徘徊し、誰もが疲労の色も濃い調子でのっそりと歩き回っていた。

 横を通り過ぎる他部隊の者らも同じ調子で、度重なる戦闘の結果、無傷な者の方が少ない様子である。

 斯く言うヨアンも、敵の槍を受けそこない、鎖帷子に解れを幾つか作っていた。口元を覆う帷子の留め紐が千切れて、今はぶらぶらと顎下で揺れている。


「もう少しで夜だ。流石にそこまでは続かないだろう」


 初めは勢いもあった竪琴王国側の攻勢も、すっかりとそれを失っていた。


「この調子なら、一日で終わるでしょうか」

「多分な。そんなにやる気も続かねぇだろ」


 そもそもが目的もなく、強いて言えば戦闘のための戦闘である。互いの指揮官も関与できない状況で、傭兵達の暴走ともいえた。

 戦闘に参加した、という実績に関しては、ここまで実際に流血があれば、参加しなかった諸侯は文句も言えないだろう。

 これまで押さえつけられた鬱憤も晴らされ、この状況からはもう戦闘は長続きしないものと思われた。


「瀉血みたいなものですか」

「そんなものだなぁ」

 

 熱くなり過ぎた頭を冷やすようなものだ。実際の流血は、死という形であったが。

 結局、こうして戦闘が起きて、一時は冷静になっても、喉元過ぎれば、というべきか、しばらくすればまた戦闘を求めるものである。

 戦闘のために集めた兵は、そこに存在するだけで資金を食うし、用いなければ損である。という考えもある。

 実際の処、こうして消費しなければ、傭兵隊も、あるいは国の側も立ちいかないという事もあった。

 だからこその戦闘のための戦闘。諸侯らもこれを止めるのに強くは動かなかった。


「戦争でもなければ回らねぇんだよ、結局な」


 農村においても、次男三男などを食べさせる余裕などないことも少なくない。

 人数が増えれば食べる量が増えるので、徴用されて彼らが戦場に出れば、それだけ楽になる、という事もあった。

 結局のところ、口減らしのために送られた先でさらに口減らしされるのだから、中々に現実には厳しいものがある。


「おっと、こいつは余り言って良いことじゃなかったな。すまんな、兄ちゃん」

「いえ、そういうものだとは思っていましたから」

「ま、兄ちゃんは元々の出がアレだし、村の若い者には聞かせないでくれよ」


 バーナードは口を滑らせた、と苦笑する。

 しかしながら結局、すべての人間を食わせられるほどの余裕がない、という農村の現状は、広く国全体でも同じことである。

 確かに貴族や、あるいは商人、街に物は集中しているが、これを均等に配ったところで全員が腹を空かせることになるだろう。

 農村においても労働力としての人手は必要だが、それで増える収益が得られるまでの時間を維持することはできない。結果が、凝り固まった変化のない生活である。

 能動的に動けるだけ戦場が良いであるか、あるいは受動的でも安定している農村が良いか。それが嫌なら、あるいは奪う側、賊に身を落とすか。平民の選べる道といえば、精々がその程度である。


「ま、そんなこと考えててもしょうがねぇな」


 小難しいことを考えるのは、貴族の仕事である。

 農夫や兵隊は汗をかき、今日を乗り越え、そして命あることを感謝する。

 それだけだ。何も難しいことはない。気まぐれな神の恩寵があることを祈ることぐらいしかすることもない。


「そうして割り切ってみれば、案外、この暮らしも悪くない」


 そう言ったバーナードの顔を見れば、年輪のように刻まれた皺の深さに、その苦労の程が現れているようにも思えた。


「さーって、野郎ども、また敵さんのお出ましだ。一仕事するぞ!」

「応!」


 ヨアンは後ろの傭兵達に振り返る。疲れの色濃い中にも、今を生きる熱量があるように感じて、酷く眩しかった。

 どうして彼らは、この戦場の中でそのような顔が出来るのだろうか。それは、辛い畑仕事に向かう農夫たちにも似た表情だった。


「辛くはないですか?」

「何だ、兄ちゃん? もうへばってるのか?」

「いえ、何と言うか、こうした生活をしていて」

「考えたこともねぇなぁ。いや、もう慣れちまったのか。生きてるだけでもう十分ってところだ」


 生きている。果たして自分は何のために生きているのだろうか。

 このような戦場で命を落とすことは無為であると考えていたが、そもそも、命に価値などあるものだろうか。

 教会の教えでは、命は神の与えたものであるから、粗末にしてはならない。などと書いてあるが、彼らにそれほど熱心な信仰があるとは思えない。

 勿論、ヨアンの住んでいた村にも教会はあったが、そこには偶に僧侶が説法しに来る程度で、それを真面目に聞いていた者がどれほどいたか。

 生きる理由。かつてを考えれば、それは村の、父の、そして村に住む人々の期待に応えることだったように思う。

 しかしながら、今、生きる理由とは何だろうか。どうして、領主の誘いを断ってまで傭兵隊についてきたのか。

 どうして、戦場に身を置くことを望んだのか――。


「来るぞ!」


 敵の隊列を前にして、ヨアンは内心の躊躇いを振り払うようにただただ足を前に出した。

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