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11.暗雲

 戦場の雲行きが怪しくなってきたのは、この頃からだった。

 秋も深まり、冬の気配も近づいてきた頃である。

 ここ数日は雨も降り、一時的に自然と休戦と相成ったのだが、誤魔化せない寒さが兵の骨に沁みるようである。

 これと言って目立つことが起きたわけでもなく、決して誰も口にはしていないのだが、どうにも焦りにも似た空気が傭兵を中心として広がっているようだった。


「諸侯方は間に合わねぇな」

「この冬を越えてから、ってことですか」

「ああ、思ったより被害が重かったのかも知れねぇな」


 本軍の到着を待つ暇もなく、衝突に発展するかもしれないとバーナードは考えているようだ。

 他部隊の傭兵達も半ば、希望的観測としてそのように考えているようでもある。

 戦場に残っている諸侯も、傭兵らを抑えることが難しくなっているようで、竪琴王国側との小競り合いもこのところ増えてきていた。


「冬になっちまえば戦どころじゃねぇからな」 

「今のうちに決着を、と? でもこちら側から攻めるのはあまり……」


 獅子王国側の主戦力はと言えば数の上では長弓兵で、竪琴王国側では重装歩兵である。

 騎士の数でもその実、竪琴王国の方が数には勝り、伝統的に騎兵を集中利用するのは竪琴王国の側。

 獅子王国は基本的に堅陣を築いて足止めをしてから射かける戦術を用いていた。

 こうなったのは、そこまで昔ではなく、現在の王の代になってからで、元々はもちろん竪琴王国同様に騎士を主体にしての戦闘を行っていた。

 小部族との戦闘で思わぬ苦戦を強いられたことが、長弓重用の軍を作らせたと言われる。


「傭兵にとっては関係ねぇからなぁ」

「それもそうですね」


 長弓は傭兵に好まれる武器ではない。そもそもが訓練に相応の時間が取られる時点で手が出ない。

 手っ取り早く使える弩が好まれる理由であったし、身丈ほどの槍が好まれる理由でもある。

 更にはその長弓を作る技術と材料を調達できる場所、その双方が有る場所が限られている。

 そして、これは矛盾しているように思われるかもしれないが、弩や弓といった武器は、殺傷能力がありすぎるのだ。

 勘違いされそうなところではあるが、傭兵らは別に殺したくて殺している訳ではない。修道騎士の言い訳ではないが、結果的に死人が出るだけなのである。

 つまるところ、傭兵らのほとんどは持っていたところで弩、あるいは長弓ではない弓などで、後は白兵武器となる。

 ともすれば、傭兵達はやる気がない。と言われる所以もそこに有った。

 これが天下に名だたる神聖帝国の傭兵隊などであれば話は別だろう。彼らは敵味方に分かれたとしても本気で殺し合いをするし、その持つ武器も凶悪だ。

 その至る所で起きる戦争は、現在の戦争とは趣を大きく異とする。


「久々に本気で当たることになるかも知れねぇ」


 だが当然、傭兵らも常に漫然とぬるま湯のような戦場で時間を過ごしている訳ではない。

 追い詰められれば、貴族の規則や領地といった縛りなどもないため、それこそ陰惨な手口をためらわない。

 それが解っているからこそ、自然とお互いにこれ以上はいけない、という線を引いているのだ。

 バーナードの言ではないが「子供の喧嘩ではない」からこそ、引き時を見極めなければならない。


「今度こそ、ですか」

「誰も望んじゃいねぇんだがな」


 冬が来る。それがどういうことかは農村に暮らす者たちだからこそよく知っているものだ。

 冬に戦争をしない、というのはそも、戦争の出来るような状況ではないからである。

 大人数が動くたびに消費される食糧、薪など、そのような物資のすべてが、生産されずに備蓄で補われることになる。

 十分に準備をした村でも、その寒さから死人が出ることも少なくはないし、そもそも越冬というのは命がけなのだ。

 更には雪が降り、あるいは、霜が張りぬかるんだ地面は、物の往来そのものを難しくもした。

 これで傭兵らは解散、と言われれば、厳冬の中を素っ裸で投げ出されるようなものだし、留め置かれたとてじりじりと減っていく備蓄に慄くことしかできない。

 早い所見切りをつけて、冬の準備をしようという裕福な隊もなくはなかったが、そんな者が現れれば、戦線の均衡が崩れるし、傭兵としてあるまじき事として二度と呼ばれることもなくなる。


「ここで一当たりして終わらせちまいたい」


 互いに退く気がないのであれば、どれほど愚かしいと解っていても、そう思わずにはいられない訳だ。

 ここで逸った一隊が攻め始めれば、それにつられて会戦に発展しかねない。あとは、誰が引き金を引くか、それほどの段階にまで来ているのである。


「気ぃ、引き締めていくぞ!」

「応!」


 最後の言葉はヨアンに対してではなく、全員に対してだった。

 ヨアンですら気づくような不穏な空気に、傭兵らは皆、何事かを感じ取っていたようである。

 エセルフリーダはご老体ら傭兵隊の話し合いから長い間戻っていない。これは今度こそ本当に会戦となるかもしれない。

 夜明けの陽を見ながら、傭兵らの表情は険しかった。

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