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7.長閑

「暇だ」

「暇だな」


 実に長閑な昼下がりだった。

 前日の雲はどこへ行ったものやら、燦々と照り付ける日差しが兜と鎧を灼く。傭兵達は苦々しげにそれを見上げると、垂れる汗を拭った。


「敵さんものんびりしてるもんだなぁ」

「かれこれ一か月……いや、もう二か月は経っていたか?」


 長い間続いていた両軍のにらみ合いが、一日や二日で終わるはずもないのだ。

 かといって気を抜くわけにもいかないのは、時折、両軍の騎士が偵察の為か戦線の前方を通り過ぎていくためである。

 両軍ともにおざなりに矢を射かけたりはしているが、そうそう当たるものではなく、矢玉も無料ではないので早々に諦める。


「あーちきしょう、当たらないと思って悠々としやがって」


 と、弓兵のぼやく声も聞こえる。狙って射れるような距離に入ってくれば射抜いてやるのに。というものだった。

 両軍は弓兵を最前に歩兵、騎士と極一般的な隊形で対峙しており、その中でエセルフリーダ隊の役割は遊軍、戦線の押されている地点へ援軍として向かうことを求められていた。


「おう、前進するみたいだな」


 太鼓と喇叭の音が中央から端まで広がっていく。これを使って指示を全軍に伝えているのだ。

 横一列の陣形を崩さず、全軍が足並みをそろえて進むと、砂埃が濛々と上がり、地面が揺らぐようで中々に壮観だった。

 敵側もこれに呼応して前進を始める。両軍が戦場の中央に近づいたとき、獅子王国側が先に停止の号令をかけた。


「射手! 射撃用意!」


 号令がそこかしこで上がり、最前列の弓兵が続々と矢を番え始める。


「放て!」


 大空を仰ぐように弓矢が構えられ、黒鉄が陽光に鈍く輝く。

 それぞれがぐっと力を溜めるように弦を引き、一気にそれを解放する。

 矢が太陽に向かって放たれ、あっという間に空高く昇っていく。それはやがて地面に引きつけられて、ばらばらと落ちていった。

 竪琴王国の軍の頭上に降り注いだ矢の雨は、十分な威力をもって数人の帷子を射抜き、隊列は歯抜きになる。

 それも一瞬、何事もなかったように列は戻り、竪琴王国の軍も止まった。目の良いものであれば旗印も見分けられるか、微妙な距離である。

 敵軍の太鼓が聞こえる。その間にも獅子王国側の弓兵は二の矢、三の矢と撃ち放っている。

 時折、風切り音が聞こえたかと思えば最前列の弓兵が倒れる。竪琴王国の側を見れば、弩を構えた兵が最前列に立っている。

 弧を描いて飛ぶ長弓に対して、弩の放つ軌跡は直線的である。


「こちらが押しているように見えますが」

「そうもいかねぇんだよな」


 矢を放つ速度は明らかに長弓が勝っており、その射程もそう変わりはしない。

 実際に弓矢が当たり倒れる数は、竪琴王国の方が多い気がする。ヨアンから見れば獅子王国優勢は揺るがないように見えた。

 しかし、バーナードはそうは見ていないようだ。それは隊の最前列で戦場を眺めるエセルフリーダも同じに思える。


「こっちの長弓兵は数がたりねぇんだよ」


 というのも、獅子王国の長弓兵は傭兵ではなく、特別に訓練を義務付けられている一部の地方から招集されている。言わば諸侯の兵なのだ。

 現在、傭兵が主となっている戦場で長弓兵の占める数はそれほど多くはなく、また、絶対数に限りがある熟練した兵を失う損害は、傭兵を雇うそれよりも時に高くつく。


「それに……来やがったか」


 敵の隊列が変わる。後方から騎士らが出てきた。

 陽光を照り返す鎧に、捧げ持たれた長い騎槍。大柄な馬に乗ったそれが並ぶと、遠目にも威圧感を受ける。


「弓兵後退! 歩兵前へ!」


 泡を食って弓兵が後退する。前面には騎兵による襲撃を妨げるために杭が刺されていたが、それも万全ではない。

 急ごしらえのそれは、慣れた騎士であれば、それを避け、あるいは飛び越えて突っ込んできてもおかしくはない。

 歩兵らが前に立ち、自らが杭となるかのように槍を構えた。騎士を通さぬようにするための壁である。

 すわ、激突か、そう思った時にはまた竪琴王国の弓兵が前面に出てくる。弩の攻撃を受けて、歩兵らに損害が出始めた。


「後退の太鼓だな」


 じりじりと、獅子王国側が後退を始めた。竪琴王国側もそれを追うことはなく、弩の攻撃も疎らになり始めた。


「……慣れてますね」

「まぁ、何度も繰り返しているからなぁ」


 エセルフリーダ隊は戦列の後方に居るために、今回は一切手出しをしていない。

 両軍の隊の動きは実に整然としたものだった。兵の隊列転換にしても、前進後退にしてもだ。


「実戦演習みたいなもんだな」

「はぁ。これで良いのでしょうか」

「嫌がらせにはなっているし、実際、多少なりとも死人出てるんだぜ?」


 そうだ、幾らのんびりとしているように見える戦闘だとはいえ、矢玉が飛び交っているのだ。

 実際、両軍が退いた戦場の只中には、幾つかの死体が転がっている。


「今晩は遺体回収にいかせるから、覚悟しとけよ」

「……はい」


 確かに、あまりにも緊張感が欠けていたかもしれない。あくまでもここは命の懸かった戦場なのだ。

 見れば新兵らも浮足立っているような状況である。ヨアンと違い、戦闘に出るのも初めてなのだからそれも当然か。


「しっかし、この調子だとまだ暫くは戦闘にもならなさそうだなぁ」


 諸侯の揃っていない戦場を見て、バーナードは呟いた。

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