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5.流儀

「いやぁ、あのお貴族様おっかなかったなぁ」

「おう、あのお方、なんつったかなぁ」

「昔は馬を駆って戦場にも出ていたらしいぞ」


 歳をとって一線を退いた貴族、という事で文官として王に仕えているようだ。


「おう、飯出来たぞー!」


 食事は持ち回りで作られていたが、そもそもが料理なんて高尚なものが出来るはずもない。

 そも、獅子王国は戦には力を入れているが、文化面では然程こだわりを払うような場所でもなく、大陸から輸入されてくるものだった。

 帝国時代は煌びやかな文化を誇っていたらしいのだが。その残滓は王都と、真珠の港に僅かに見ることができる程度である。

 乾燥させて携帯性を高めたエンドウ豆のスープ、豆の形が僅かに残るぐらいにただただ煮込んだそれと、硬いパンの食事にヨアンも特に文句はなかった。

 農村、平民に至っては貴族のような文化も余裕もないから、常からの食事も小麦粉の粥、キャベツのスープ、玉ねぎのスープといった、とにかく煮込んだものである。

 量があるだけ、傭兵隊の食事の方がマシである。エンドウ豆のスープに硬いパンを浸しながら、これは傭兵達の共通認識だった。

 余裕のある時にはニナとナナが調理を行うのだが、これは当たりだった。少ない食料をやりくりして、同じものでもひと手間ふた手間でここまで変わるか、と唸るものだ。

 あの双子は一体何者なのか。


「え? 私たちはぁ」

「お館様の、女中」


 気になって尋ねてみれば、そのような回答が返ってくる。曰く、今も十分小さいと思うが、小さい頃から炊事洗濯読み書きなどなどの手習いをしていたとのこと。


「ニナさんとナナさんは、昔から私たちの家に仕えてくれている家の子で」


 それで、領地を出ると聞いたときに、ついてきたのが彼女らと、昔から槍を手に民兵として戦っていた農夫達だという。


「幾らか数も減っちまったがなぁ」

「俺らが村はお館様のものだからなぁ」


 と言うのも、エセルフリーダはもともと、領主の子息だったが、その領主が亡くなったことで領地を追い出されたものらしい。

 獅子王国では珍しいことでもなく、領地を継ぐのにまだ若すぎると判断されたときに、別の貴族にそれが移ることがある。

 もちろん、領地継承の正統性を失う訳ではなく、青い血が流れているのも変わらないので、後々、問題となることも少なくはない。


「あんな奴が領主なんてぇのは、こっちから願い下げだい」


 と、悪態をついている者が居るように、新領主となった者の統治は中々に苛烈だったようだ。


「先輩方の村はどこにあったんで?」

「リュングだよ」

「リュングってぇと……」


 竪琴王国との西の国境線だ。リュング山脈と呼ばれる場所が自然と境界線となり、獅子王国と竪琴王国を分けている。

 長くその場所は獅子王国が握っており、戦が行われるときは、ここを越えてべルド平原か、あるいは北にずれた平地を舞台とするのが常だった。

 エレインが以前に言っていたことではあったが、そこが領地だったというのは初耳だった。


「先輩方も大変だったんだなぁ」


 村を追われたのは古参の傭兵も村の若衆も同じ、という訳だ。


「おう、お前ら! 旅の労を労うってんで、酒開けていいってよ!」


 バーナードの声に、傭兵隊が沸く。しんみりとした雰囲気はあっという間に霧散していた。


「お館様に感謝しろよ!」

「万歳!」

「エセルフリーダ卿万歳!」


 調子の良いものである。確かに葡萄酒などは農村ではそうそう飲めるものではなかったが。

 傭兵らに人気だったのは葡萄酒はもちろんのこと、あとは稀に手に入る火酒といった強い酒だった。

 一段、二段下に見られることも多いが、麦酒や蜂蜜酒なども手に入れば好んで飲み……こういうともはや酒ならば何でもありな気もする。

 綺麗な水というものが手に入らないこともあり、樽に入れて持ち歩いているものもあるが、どうなるかは想像に難くないだろう。

 木樽の味が移った新鮮ではない水。あるいは水筒となる革袋の味もついてくる。

 その程度で腹を壊すようなやわな胃は持ってない、と傭兵らは豪語するが、実際には行軍中に青い顔をしている者も少なくはない。


「おう、兄ちゃんも飲めよ」

「はぁ、ありがとうございます」


 水筒の蓋に、皆が同じ量になるように葡萄酒が注がれていく。こればかりは真剣だ。

 傭兵隊で最古参のバーナードが、兵の代表としてエセルフリーダの下に兵をまとめているが、こんな時に柄杓を持つのも彼である。

 娯楽の少ない生活の中で食べ物の恨みは恐いもので、その配給をする者となれば、自然と立場がなくてはならない。

 酒で気が大きくなったものか、傭兵隊の声が大きくなっていく。歌っている者なども居るような次第だ。


「うるせえぞ!」

「なんだとー!」


 夕方になって、砦に戻ってきた別の傭兵団から苦情の声が飛んでくる。こうなってしまえば血の気の多さを競いあうような傭兵達だ。つかみ合いの喧嘩が始まってしまう。


「……程々にしておくように」

「アイ、彼らに酒を振舞っても?」

「任せる」


 といった次第で、天幕から顔を出したエセルフリーダも慣れた様子でそれだけを指示して引っ込んでしまう。


「今更になって来やがって」

「けっ、精々が数か月で先輩風ふかしてんじゃねーぞ」


 と言った具合に殴り合っているエセルフリーダ隊とどこかの傭兵だったが、見ていれば、その喧嘩はじゃれ合いのようなものだと解る。

 初めは唖然としていた新兵らも、やんやと煽る傭兵らの群れに混ざって次第に声を上げていた。

 バーナードは他部隊の兵にも酒を振舞い、いつの間にやら、声援はどっちがどっちにかけているものか解らなくなっていた。

 これもまた、傭兵なりに親睦を深めているのだろうか。ヨアンは輪に加わることもできず、苦笑を浮かべているしかなかった。


「またやってますね」

「いいぞーやっちゃえー」

「怪我、しないようにね」


 困り顔で出てきたのはエレインで、ニナは早々に観戦の列に駆け込み、ナナはそれにゆっくりとついていった。


「いつもの事、なのですか?」

「ええ、まぁ、怪我人が出ることも少なくなくて……」


 はぁ、とエレインは溜息をつく。怪我の治療や、病気の看護などは彼女の仕事である。

 どっと場が沸いた。遂に決着がついたものらしい。


「まだまだ! ここは俺が行くぜ!」

「じゃあこっちは俺だ!」


 互いの力量や肝っ玉を試すため、ということだろうか。まだまだ、力試しは終わらないらしい。

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