心がね
マグさんが魔界族の少年くんをお手伝いするようなのでついて行きます。
少年は樽を奪われたせいで、所在無さげにフラフラしております。
幾ら年上とはいえ、可愛らしい女の子に重労働をさせるのは気が咎めるのでしょうか。
何度も、あのっと声をかけてはマグさんに無視されます。
少年くんのお仕事は、黙ってお家の場所を教えるだけとなっていました。空気が重いですね。
私もマグさんも無言で、足を動かすことに集中致しました。その行動を繰り返すこと一分。
我々は可愛らしい小屋に辿り着きました。
赤塗りの屋根には煙突が付いていて、脆そうな壁には子供の描く頭身のない絵が刻まれております。
家というには小さいのですが、魔界族さんのお家は大体がこのくらいでございます。
「ここがぼくのお家」
ムスッとした顔で、魔家族少年くんが通達をくださいます。お待たせした時のお客様のお顔を思い出しますね。
神のようなお顔でございます。
うわ、神々しい。
私が一人、新たなお客様候補に目を爛々とさせていますと、隣で樽の置かれる音が響きました。
マグさんが水の入った樽を置いたのでございます。彼女は額に浮いた汗を拭いますと、魔界族少年くんに提案しました。
「……ごめん。マグ、もう持てない」
彼女は掌を魔界族少年くんに見せて、ギブアップ宣言をなされました。まだまだマグさんの表情には余裕がございますけれども、おそらくは魔界族少年くんを気遣っての行為なのでしょうね。
魔界族さんは結構プライドが高いのです。まったく何もしないよりは、いいとこ取りをさせた方が喜ぶのです。
流石は同じ魔界族でしょうか。
魔界族少年くんはまだ幼いことも相まって、マグさんを疑うことなく、輝いた表情で樽を持ち上げます。
そのままトテトテと歩いていってしまいましたね。
「またのご来店をお待ちしております!」
「ご来店?」
マグさんは首を傾げますが、知ったことではございませんね。これがマグナトの接客マナーでございますから。
「あ、マグさん。まだ服を見ていませんね。申し訳ありません。では、行きましょうか?」
「待って。何か来た」
私はマグさんの指差す方向へと目を向けました。そこにいましたのは、水浸しの魔界族少年くんでございました。
「どうしたのでございますか?」
「零した」
「それはまた。よろしければ、今度は私がお手伝い致しますけれども」
「メルセルカの助けなんていらない!」
魔界族少年くんが絶叫を上げました。その声は怒りというよりも、悲鳴のようでした。
別に悲鳴をあげる必要はないと思うのですけれど。私はマグナト店員として、お客様の悲しい姿は見たくはありませんね。
我がマグナト人生に於いて、お客様に悲鳴を上げさせてしまったことなど一度しかございませんよ。
その一度は、私が銃殺された時を示します。あれは私の黒歴史(なかったことにしたい事実のことでございます)でございますね。
私がお亡くなりになられましたのは、まあ良いとしましょう。
お客様を怖がらせてしまったことだけが心残りでございます。私の無能が招いた悲劇でございますね。
死んでも死にきれません。まあ、転生しましたので、死にきれていないのは誠でございます。
などと私が過去を嘆いておりますと、また新たに少女が現れました。
犬耳の少女でございます。彼女は杖を突き、青褪めた表情をしております。
ゴホゴホと咳を漏らしつつも、口を必死に開きます。
「こら、レイア。メルセルカさんに失礼でしょう。ごめんなさい。この子そそっかしくて」
「姉ちゃん! メルセルカなんかに謝る必要ねえよ!」
どうやら犬耳少女さんは魔界族少年くんーーレイアくんのお姉様のようですね。
「それよりも、姉ちゃん。寝てなきゃダメだよ。身体弱ってんだから」
「お姉ちゃんはね。身体が痛いのよりもね、レイアが悪い子になる方がよっぽど痛いのよ。心がね」
レイアくんは黙り込んでしまいます。それにしても、良いお姉様でございますね。素敵です。
美人ですしね。
レイアくんのお姉様はにっこりと微笑みました。
「どうぞ、上がって行ってください」
御言葉に甘えさせて頂くことにしました。彼女たちとならば、私たちがここに来た本当の目的を達成できるような気がしたからです。
レイアくんのお姉様に案内されて、我々は彼女たちのお家に入りました。
素朴な内装でございました。
部屋は一つだけ。机があり、椅子が四つ並べられております。部屋の奥にはこれまたベットが四つでございました。
外観で予測していたものよりも、意外と大きなお家でした。
レイアくんのお姉様が着席を許可してくださったので、遠慮なく座らせて頂きます。私に倣って、マグさんもお座りになられます。マグさんは猫の魔界族なので、お座り、というのも変な気が致しますね。猫かわいい。
「椅子が四つ、ですか。御両親さまの物でしょうか」
私としましては、世間話でした。しかし、これは無神経な一言でもありました。
レイアくんがお顔を真っ赤にして、私に詰め寄りました。胸倉を掴まれ、無理矢理に立ち上がらされます。
「父ちゃんも母ちゃんも、殺されたよ! お前たち、メルセルカにな! それに、姉ちゃんだって、お前らに呪いを掛けられたせいで!」
レイアくんはまだ幼い。ですから無論、怒りの制御方法など知る由もありませんでした。
彼は椅子を無造作に掴み取りますと、それを勢いよく私の頭へ振り下ろしました。
魔界族の常人ならざる膂力が、椅子の形をとって私に直撃致しました。




