朝起きて
呆然とする少女が一人。
彼女は何が起きたのかを理解できずに、唖然とした様子で、御自身の顔に触れております。
「何だこれ」
「御説明致しましょう! それはマグナトのホワイトエンジェルというデザートでございます」
「デザート」
彼女は顔中にホワイトエンジェルでの白粉をしておりました。白く美しい肌に、ホワイトエンジェルが映えますね。
けれども、幾ら美しかろうとも、目的はお化粧ではございません。
「どうぞ、召し上がれ」
「食べ物なのか? どうして戦闘中に食べ物なんてーー」
「私は戦闘など致しませんから」
「は?」
「いいですから。どうぞ」
私は彼女の顔に触れて、ホワイトエンジェル(通称ホワイトジェル。美容用品は関係ございません)を掬い取ります。
それを躊躇なく、彼女の口内へと誘いました。
「な、何を……甘い?」
「ええ」
マグナトの公式キャラクターであるドナドナ様は仰いました。
『不幸に甘えんな。あめえのはホワイトエンジェルだけでええんやで』と。
あ、違いました。これは店長の御言葉でございました。彼はドナドナ様に見た目がそっくりなので、ついつい間違えてしまいます。
「どうですか、マリアさん」
「……甘い」
「美味しいですか?」
小さくマリアさんは首肯なさいました。
「マリアさん。それが幸せでございますよ」
「こんな小さなことが? 馬鹿にしているのか」
「小さなことも、幸せは幸せでございます」
世界は不幸なのかもしれません。
奴隷がおり、差別があり、マグナトはなく、マリアさんのようによくない能力を持った人が存在します。
ですが、世界は同時に幸福です。
世界は小さな幸福で溢れているのです。
「朝起きて良い天気だなあと思ったり、隣で好きな人が笑っていてくれていたり、好きな食べ物を食べられたり、面白い小説を読めたり、可愛らしい服を着れたり」
「……それは」
「確かに、これらは多くの不幸と比べれば、小さいことなのかもしれません」
「……」
「ですがね、マリアさん。このような小さな幸福に感動できるのなら、きっとその方は幸せなのでございます」
思い出すのは、私がマグナトに勤め始めた日のことでございます。
お父様、お母様、お子様の家族がお越しになられたのでございます。
お子様は心底嬉しそうに幸せ包みを受け取って、ご両親に感謝しておりました。それを見て、ご両親もすっかり破顔なさっておりました。
お子様は玩具を誇らし気に語り、ご両親は優しげな相槌を打っていらっしゃいました。
あぁ、何て幸せそうな家族なのだ、とこちらまで幸せを分けて頂いたのでございます。
小さなことで良いのです。大きな幸せなんて、探す必要はございません。
「どんな不運があろうと、甘い物は甘いのでございます。もしも味覚が壊れる程の不運が訪れようとも、幸せなんて転がっていますよ」
ただそれを見つけるのは大変です。一人では無理かもしれません。
でしたら、それをお手伝いすることこそが、マグナト店員の務めでございましょう。
「貴女様が何度不運に見舞われようと、その回数だけーーその回数以上の幸せを見つけてご覧に入れましょう」
「妾は別に幸せになんてなりたくはない! 不幸で良い! そなたの意見を押し付けるな」
「押し付けます。貴女様も、私に意見を押し付けるなという意見を押し付けたいのでしょう?」
日本人として、本来ならば遠慮をするべきなのでしょう。ですが、伝えたいことも伝えられないのならば、風潮なんて無視致します。
お互いに意見を押し付けあって、共に妥協点を探していきましょう。
「妾はそなたのような奴は知らない。何だ、そなたは」
「私はマグナト店員でございます」
「何だ、それは。悪魔が巣食う魔窟か」
「いいえ。お客様が小さな幸せを見つけられる。そのような場所でございますよ」
それよりも、と私はマリアさんに声を掛けます。手にはもう一つホワイトジェルを持っております。
「これ、もう一つ如何ですか?」
「要らない!」
「あ、では、マグさん。どうぞ」
「……マグはグーがいい」
まさかの裏切りでございました。マグさんには空気という物を読んで頂きたいですね。まあ、読んだ上での判断かもしれませんので、とやかくは言いません。
そのようなマグさんもまた素敵です。
仕方がなく、私がホワイトジェルを食べようとして、それをマリアさんに奪われました。
「やると言っておいて、自分で食べるつもりか。ふ、ふん、仕方がないから、食べてやる。ああ、不運だ」
彼女はそう言って、自らの口にホワイトジェルを運び込もうとしました。
彼女は御自身の能力を忘れていたようですね。ホワイトジェルは勢いよく奪われた衝撃で、地面目指して真っ逆さまでございました。
「う、うあ! や、やめろ」
涙目になりながら、マリアさんは地面に手を伸ばします。無理に動いたからでしょうか。こちらにも聞こえるような音で、彼女は関節を痛めておりました。
『創造せよ、至高の晩餐』
地面に落下する直前、私はバーガーのクッションを創造しました。それにより、ホワイトジェルは無事です。
幾ら汚れないとはいえ、地面に落ちた物はあまり食べたくありませんからね。バーガーには袋があるのでセーフでございます。
「ね? 申し上げましたよね。不運を全て壊す、と」
「この程度は、別に幸せでも何でも」
「では、どうして貴女様はホッとした様子なので?」
彼女はとうとう黙り込んでしまいました。俯いて、そして小さく話し出します。
「妾は幸せになりたくない。妾は誰かと共にいたくない」
「それはどうしてですか?」
「妾の不運は移る。妾が幾ら周囲を愛そうとも、どうせいつかは不運になる」
彼女は言った。
親も友も部下も、全てを不運に導いて来たのだ、と。幸せになっても、どうせ不幸になるのだ、と。
不幸を恐れ、不幸で居続ける。それはつまり、不幸にはなりたくないということではありませんか。
「つまらないですね」




