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ラノベ作家になったドイツ美少女の初恋は俺らしい。  作者: 藤白ぺるか


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第28話 過去と罰

「――桜季おうき素直すなお、ごめんねぇ。お父さんと離れることになったの」


 幼少期の記憶などほとんど覚えてはいないが、鮮明に覚えていたのが母さんの言葉だった。

 ふわふわとした口調は相変わらずで、でも申し訳無さそうに小さな俺たちを見つめる母さんの表情が強く俺の記憶に焼き付いていた。


 小説家の父親とイラストレーターの母親。

 一見、相性が良さそうな組み合わせではあるがそうではなかったらしい。

 作風と絵柄がマッチしていなかったのだろう。


 そんな二人から生まれた俺は、なぜかサッカーの道へ突き進んだ。

 やりはじめた理由も忘れてしまったけれど、たまたま遊びでやったサッカーが楽しかったんだと思う。

 大量に揃えられた漫画は、趣味でありつつも、俺はどこにでもいるスポーツ少年だった。


 離婚する話を聞いた時、正直そうなるのも仕方ないと思っていた。

 父さんは厳格で真面目な性格。顎ひげを蓄えいつも眼鏡をかけたちょっと顔が怖い人。

 仕事に集中すると部屋にこもりっきりで子供の面倒など一切見ないし、母さんの機嫌取りなどもしない。


 仕事が忙しいのはわかる。でも、忙しくない日がないのではないかというくらい没頭していることが多く、愛想を尽かされるのは時間の問題だと思っていた。

 家族四人で一緒に出かけた思い出など、ほとんどなかった。


 それでも俺はあのクソ親父を尊敬していた。

 理由は明白。小説家として売れていたからだ。有名な文学賞を取ったこともある父さんの本が書店に並んでいるのを見た時、自分のことように嬉しくなった。


 だから俺は離婚後、一人寂しくしているのではないかと思い、父さんに会いに行ったのだ。


 その頃、ちょうど小説に興味を持ち出した。

 きっかけは『メリーポッター』。イギリスの小説が映画化したものが日本でも上映され、映画館へ観に行ったあと、その先の話が気になり、ついに小説に手を出しはじめたのだ。

 難しい漢字が多いと聞いていたので、小説にはずっと手を出してこなかったが、気になりすぎて読みはじめたという流れだ。


 そしてラノベというジャンルがあることは幼馴染の真幌からも聞いていた。

 漫画が好きな俺は一般的な小説よりもラノベの方が読める作品がたくさんあると教えてくれた。


 そんな状態で父さんに会いにいった。

 多分俺は、寂しくしているであろう父さんの機嫌を取りたくて、そう言ったんだと思う。


『俺、ラノベ作家になろうかな。なれるかな?』

『――ふんっ。ラノベなど文学ではない。プロの小説家を舐めるな。サッカーばかりしていたお前が、文章を書けるわけがないだろう』


 久しぶりに会った息子にかける言葉ではないだろう。

 しかも本気で言ったわけじゃない。それなのに父さんは差別から入り、俺の夢を正面から叩き潰した。


 この時からだ。

 俺が父さんのことが大嫌いになり、プロの小説家にもどこか怒りを向けだしたのは。


 全員が父さんのような人ではないとわかっている。

 でもどこかで俺のような素人を見下しているのではないかと、そう思われているのではないかと思うようになった。


 だから香澄さんにプロだと打ち明けられた時、俺は反射的に父さんのことと重ね合わせてしまった。



 ――一連のことを話し終えると、香澄さんはゆっくりと声を絞り出すように話しはじめた。


「そうだったんだ……素直、辛かったね。お父さんに言われて、辛かったよね……」


 いつの間にか俺のことを名前呼びしていて、どこか恥ずかしい。

 香澄さんは俺の話に共感してくれたみたいだ。


 その理由は、この後わかることになる。


「……言いたくないことを話してくれて、とっても嬉しい。――だから私も隠していたことお話するね」


 紡ぎ出された過去は、太陽のように眩しくて、刹那のような時を過ごした二人の少年少女の話だった。


「――実はね、小説を書きはじめたのって、お父さんの仕事の影響があるんだけど、今まで続けてこられたのは素直のお陰なんだよ」

「え……俺?」


 話が繋がらなかった。でも、香澄さんはその時のことを鮮明に覚えていて。

 俺の知らない俺が、そこにはいた。


「素直は忘れているみたいだけど、小学校二年生の時、私たち二週間だけ一緒に過ごしたの……あの、時灯ときとう公園――覚えてる?」

「公園はわかる……でも、香澄さんのことは……」

「ううん。大丈夫。それはもうわかってるから」


 既に受け入れて、自分の中で納得しているような表情だった。


「自作の小説を書きはじめたのが、小学一年生の頃なの。でも、二年生になった時、小説を書いたノートを持っていった時、クラスの子たちにバカにされたんだ」

「えっ、そんな……酷い」

「うん。本当に酷いよね。――でも、私はもうお父さんの転勤で引っ越しが決まっていたの。だからそいつらのことなんてどうでもいいやって思って」


 こんなに綺麗な子だ。

 小さい頃も可愛かったはず。人気者になっていてもおかしくないのに、そいつらの目は節穴か?

 いや、でも……髪の色とか外国人ってだけで、いじめられることも多いみたいだし……一概には言えないのかな。


「それで私がこの街から引っ越す最後の夏休み。ノートを持って公園に出かけた時、私に話しかけてくれたのが素直だったんだ」

「ぁ…………」


 全く知らない記憶。

 こんな美少女と話していたなら、記憶に残らないわけがない。

 なら、やっぱり原因は――


「素直はね。私が書いた小説のこと、面白いって言ってくれたんだ。私、お友達がいなかったからとっても嬉しくて。それから毎日のように公園で会うことになって……あ、素直はいつもサッカーボールを持ってたな」

「はは、多分その頃はサッカー少年だったから」

「うん。一生懸命リフティングとかやっててね。あの頃もカッコよかったよ」


 …………え?

 カッコよかった?

 あの頃……『も』?


 なんだか、顔が熱くなってきた。


「それで、私が引っ越す直前、最後に約束したんだ――絶対に小説家になってやるって。だから素直は、離れていてもずっと応援するって言ってくれて……」

「そんな……そんな大事なことを、俺は……そんな……」

「うん……だからね。この街に戻ってきた時、同じ学校になるとは思わなかったけれど、素直と再会できるってワクワクしていて……でも素直は全部忘れていたから――」

「香澄さんの態度が最初冷たかったの、そういうことだったんだ……」


 明らかに香澄さんの態度はおかしかった。

 多分、俺と仲良くしたくて、隣の席を選んだ。でも、俺はそんなことも知らずに初対面のように話して……そんなの悲しいに決まってる。


「でも、嬉しかったことは本当だから……ほら、私ってあんまり人とうまく話せないから。少しずつ素直と仲良くなろうって、頑張って距離縮めようとしていたんだけど、なかなかうまくいかなくて……」


 今思えば、香澄さんは俺の方を何度もチラチラと見てきたり、教科書を忘れて見せた時やジャージを貸してあげた時、どこか嬉しそうな顔をしていたような気がする。


「…………もしかすると多分、原因は――」


 俺が小説を書きはじめるきっかけとなった、大きな分岐点となった日のこと。


「俺、事故に遭ったって話をしたでしょ。ノートの切れ端で……。実はそれが原因だったのか、記憶が一部曖昧になった部分があって――その時に香澄さんとのことも……」

「そっか…………そうだったんだ…………」


 納得したような発言だったが、大切な思い出を覚えていないことから、香澄さんはどこか寂しい表情を見せた。


「ごめん……そんな大切な約束をしていたのに……俺って……再会したことすら、わからなくて、初対面だと思って……辛かった、よね」

「ううん……素直こそ、とっても辛かったんだね……大きな怪我、したんでしょう?」


 そうだ。あの時の事故が原因で、俺はサッカーの大会に出場できなくなり、しばらくの入院を余儀なくされた。

 もちろん悔しかった。でもそれ以上にあの時は、真幌を救えて良かったという安堵感があったから、俺の心はまだ救われていた。


「でも、それで小説を書きはじめることになったからさ……」

「うん。今は足、動くんだよね? サッカーはもう一度やらないの?」

「体育の時間もちゃんと走ったりできているから大丈夫だよ。……当時は不完全燃焼では引退したけど、サッカーはもう良いかな」

「素直がサッカーしてる様子、見たかったな……」

「はは、そう言ってくれて嬉しいよ。もしかしたら、球技大会の時には、見れる、かも……」

「え、そんなのあるんだ。なら……楽しみに、してる」

「えっと……うん。ありがとう」


 なんだ。この会話はなんだ。

 香澄さんが俺を見る瞳が優しくて、なんか変だ。


 まるで、俺のことが好き……みたいな、そんな雰囲気を感じる表情と口調で――


「――話してくれてありがとう。じゃあ、素直が求めている罰。今から私が言う事を罰として受け入れてください」

「……はい」


 香澄さんと話しているうちに、心臓をかきむしられるような申し訳無さが和らいでいった。でも、ちゃんと罰を受けないと、これからの香澄さんには顔向けができない。

 だから、彼女の言動はとてもありがたいものだった。


「一つ目。できるだけお見舞いにきて、私が休んでいる間の勉強をここで教えてほしい」

「え……それって、罰なんかじゃ……」


 しかし、香澄さんから告げられたのは、罰とも思えないようなものだった。


「これじゃあ罰が足りないか? ならもう一つ。私の名前……クラウって、呼んでほしいな。昔、そう呼んでいたから」


 そっか。その時に香澄さんは俺のことを素直って呼んでたから、今そうやって呼んだんだ。

 一方で俺は香澄さんのことをクラウディアでもなくて、クラウって呼んでいて……本当に仲が良かったらしい。


「えっと……もちろん、かす――」

「んん?」

「ク、ク……クラウ」

「ふふ。嬉しいっ」


 たっぷりと体から血が抜け落ち、ボロボロになっているはずの香澄さん――もといクラウは、俺がそう名前を呼ぶと、とびきりの笑顔を見せてくれた。

 でも、これだって罰とは思えなくて――


「あ、あの……それも、罰って感じじゃ……」

「もう……素直って、本当に頑固だね」

「はは、クソ親父に似たんだろうね……」


 不名誉なことだが、親子は似るものだ。


「じゃあ、最後の罰。私動けないから、こっちに来て…………」


 するとクラウは、必死に腕を動かし、俺を手招きした。

 近づくクラウの弱々しくも美しい顔。


「さっきも言ったでしょ……恥ずかしいって……私の意識がない時にされた、人工呼吸――」


 香澄さんの顔が赤みを帯びていくのがわかる。


「勝手に、女の子に口づけして……ファーストキスだったのに、覚えてないだなんて……」

「そ、それは本当にしょうがなくて……」

「ふふ。わかってる。だから、最後の罰は――もう一度……して?」

「ぁ…………」


 クラウは必死に、必死に、俺の腕に手を伸ばす。

 赤らんだ頬に潤んだ瞳。俺はもう、この先のことがわかってしまっている。


 病室には、心電図の音だけが響き渡る。

 なぜか、今だけは、その音が大きく感じられて。


 結局、最後まで罰ではなかった。

 こんなに可愛くて、健気にずっと俺の事を想ってくれていた美少女とキスをするだなんて、どう考えても罰ではない。


 正直、顔が沸騰しそうなくらいに熱い。

 自分がどんな表情をしているのかもわからない。


 でも、俺から動くしかなかった。

 彼女――クラウは、顔を動かせないから。だから俺から顔を近づけて――


「これが、罰……だよっ」


 唇が触れる直前、クラウはそう言って、頭を少しだけ前に動かした。

 故にその口づけは、俺からの一方的なものではなく、互いに押し付けあったものとなって――


「罰、受けたよ――クラウ」


 血の気が通っていない紫色だった唇は、とても熱く、柔かく感じられた。

 瞬間、ほろりとクラウの目端から、涙がこぼれていった。





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