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ラノベ作家になったドイツ美少女の初恋は俺らしい。  作者: 藤白ぺるか


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第25話 私の正体

 ゴールデンウィークが終わり、再び学校がはじまった。


 既に中間テストへの勉強に取り組む人も出ていながら、文芸部のメンバーは誰も勉強に手を付けていないように思えた。


 私も同じく、それほど心配はしていない。

 なぜなら、これまでちゃんと勉強してきたことはほとんどなかったから。(ドヤ)


 ドヤるところではないが、勉強は苦手だ。

 小説を書いている時だけ、集中できて、ハイな状態になる。


 そして私は今日、部員に伝えようとしていることがある。

 どちらにせよ、いずれバレると思っていたから。



「クラウディアちゃーん、怖い顔してるよー」

「えっあっ……すみません」

「いやいや、怒ってるわけじゃなくてね。今詰めすぎてもよくないと思うから、適度にねぇ〜」


 椎木先輩が私のことを心配して声をかけてくれた。

 ふう、ダメだ。伝えるのなら、もっと柔らかい雰囲気で伝えないと。


 これを伝えることでどうなりたいってことはないけど、私はあまり秘密を隠しておけないタイプだ。

 素人だとも言ってはいないが、プロだとも言っていない。

 信頼を得るためには、せめてこの少ない部員たちには伝えておきたい。


 ◇ ◇ ◇


 椎木先輩がじーっと俺を見てくる。


 すると、スマホが震えた。

 椎木先輩からの直接メッセージだった。


『あのさぁ。映画デートしてから、あんまり変わってないような気がするんだけど!?』


 ゴールデンウィーク前から話していたこと。

 ラブコメのための実体験を増やす目的に椎木先輩は香澄さんとの映画デートを企画してくれた。


 確かにラブコメの参考にはなった。

 だが椎木先輩が求めていたのはそこではなかったらしい。

 こうして香澄さんとデートしてからの俺たちの変化を楽しみたかったと見える。


『一度デートしただけじゃ、そんなに変わりませんよ。教室でだって、積極的に会話するわけじゃありませんし』

『会話しろよ! なにやってんだ! お前は男か! ち◯ぽついてんのか!』


 すごい返ししてきたなこの人。さすが腐っているだけあって、言葉にすることにためらいがない。


『かといって、いきなり仲良くなろうと近づいてもしょうがないじゃないですか。人には人の距離感ってのがあると思います』

『ぬうううう……』


 テーブル越しに睨んでくる椎木先輩。

 いや、どうしろと言うんだよ……。


「あ、あのっ!!」


 そんな時だった。

 香澄さんが、意を決したように声を張り上げた。


「おおっ! どうしたんだい、クラウディアちゃんっ」


 待ってましたというように椎木先輩が目を輝かせた。

 何を期待してはわからないが、今から香澄さんが話すことは、先ほど俺と会話していたこととは関係ない気がする。


「ええと……あの、私……みんなにはずっと黙っていたことがあって……」


 香澄さんは小さい声ながら、少しずつ言いたいことを話していった。

 ちまりとるいるいも静かに聞いている。


「でも、言うには抵抗があって……ほら、私ってこんな性格だし……あああ、そうじゃなくて!」


 煮えきらない。

 言いたいことが言えないポイズンみたいな香澄さんは、顔が赤くなっていた。


「とにかく!! 私は、『限界領域の魔法銃使い』の作者――ハイルヴィヒなんですぅっ!!」


 瞬間、部室内に静寂が流れた。


「――――」


「ふう、やっと言えた」


 香澄さんは額の汗を拭い、ほっとしたような表情になった。


「ぬええええええ!? クラウディアちゃんが! あの!? えええええ!? 天才じゃん! まだ高校一年生じゃん!! 美少女じゃん!!! ナニコレ!!!」


 るいるいだった。

 テーブルをバンと叩いて、立ち上がり、目をキラキラさせていた。


「すご……い、のかな」


 ピンと来ていないちまり。まだ小説初心者だからか、ハイルヴィヒの凄さに気づいていないようだった。

 高校一年生で百万部を突破しているということは、中学生の頃にデビューしたということになる。ラノベ業界でも類を見ない驚異的スピードでのデビューだ。


 一方の椎木先輩はうんうんと頷いていた。

 知っていたっぽいような雰囲気。もしくは、観察眼がいいからか、知っていたというより、気づいていたということなのかもしれない。


「えっと…………」

「ほらぁっ、越智くんも何かないかい? すごいとか、驚くとか、あるだろう?」


 暴露した香澄さんが何かを言い淀んでいたところ、椎木先輩が無反応だった俺に振った。


「あ……え…………」


 視線が俺に集中する。


「そ、それは………………」


『――ふんっ。ラノベなど文学ではない。プロの小説家を舐めるな。サッカーばかりしていたお前が、文章を書けるわけがないだろう』


 なぜかこのタイミングで俺の脳裏に、過去の嫌な記憶が蘇った。

 それは俺があいつと決別することになった、決定的な言葉だった。


 離婚後。一人で寂しくないかなと、母さんに黙って会いに行った日のこと。

 元々興味があった小説。俺は気軽な気持ちで、あいつに寄り添いたくて言ってみただけだった。


 しかし、返ってきた答えは、俺が想像していたものではなかった。


「――――していたのかよ」

「え?」


 おい。やめろ。

 香澄さんはあいつとは違う。違うだろ。


「ずっと――――俺たちを見下していたのかよ」

「え……?」


 もう、やめろ。

 そんなこと、言いたいわけじゃないだろ。


 違う。違う。違う。

 普段の香澄さんを見ていればわかったはずだろ。


 彼女は口数が少ないタイプで、だから影で努力していると。

 今、プロの小説家だと知ったことで、それは本当だったとよく理解できただろう。


 あいつとは違って、デートした彼女は可愛くて、優しくて……人を見下すようなそんな人ではないとわかっただろう。


 なのに、なのに――俺は口が止まらなかった。


「おい、越智どうした。お前、ちょっとおかしいぞ」


 いつもとは違う俺の言動に椎木先輩が心配する。


「俺たちを騙して、見下して、クソみたいな小説を書いてるのをすぐ横で見ていて、嘲笑ってたのかよ!!」

「そ、そんな……私はそんなつもりでいたわけじゃ……っ」


 俺の止まらない口に、香澄さんの表情が一変する。

 先ほどまで顔を赤くしていたのに、今は――


「これだからプロは嫌いなんだ! アマチュアをバカにして、見下して、それでいて――」

「――大嫌い」


 それは、どこまでも深く、暗い。深海の底に突き落とされたような、低い声だった。


 拳をぎゅっと握り、それを震わせた香澄さんから発せられた言葉。

 ズキンと俺の胸に突き刺さった。

 俺が、そう言わせたのに――。


「嫌い! 嫌い嫌い嫌い!! 越智くんなんて――大嫌いっ!!」

「ぁっ――――」


 俺を憎しみの目で見ながらそう言った香澄さんは、涙を飛ばして部室から出ていった。


「………………」


 香澄さんがいなくなり、他の三人の視線が俺に集中する。


「越智くん……さすがにあれはないぞ」

「これだから男ってやつは」

「越智……」


 それぞれ、俺に失望したような目を向けていた。

 当たり前だ。それだけの事を言ったんだから。


「ぁ……あぁ……俺は、なんてことを……なんで、俺は……」


 プロの小説家が全員そうだとは限らない。

 あいつがそうなだけで、香澄さんは違うって、頭ではわかっていたはずなのに。

 なぜかあいつと香澄さんが重なって…………。


「越智くん、何してるんだ? 早く追いかけなよ。彼女をあのまま放っておくつもり?」

「で、でも……今の俺は……」

「素直っち〜。今、ちゃんと謝らないとあとで後悔するぞ〜」

「越智、土下座すれば、大丈夫。追いかけて」

「っ!」


 俺は部室を飛び出し、廊下に出て、香澄さんを追った。


「くそ! くそ! くそ! なんで俺は……っ! こんなバカなことを……!」


 前を見れず、必死になって走った。

 長い直線のある部室棟の廊下を走り、早く追いつかないかと思いながら香澄さんを追った。


「――――え?」


 最初の角を曲がった時だった。

 そこに香澄さんがいた。


 思いの外早く見つかり、俺は安堵――できなかった。


「え…………え?」


 香澄さんは見つかった。


 でも――床に倒れていた。


 うつ伏せになって、ピクリとも動かず。

 呼吸は、していなかった。






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