第24話 サイン会②
綺麗な人の手だ。
細くて、白くて……それでいて、女性の手に見えた。
ハイルヴィヒ先生はやはり女性なのだろうか。
それに、三角帽子を被ってはいるけど、明らかに頭のサイズが小さい。
服装で隠してはいるけど、スタイルだって良い人なのかも。
そうしているうちに俺たちの順番がやってきた。
◇ ◇ ◇
緊張で汗だくになりながら、私はサインを書き続けていたのだが、ついに一番緊張する人物が目の前にやってきてしまった。
素直と爆乳娘〜〜っ!!
叫びたい気持ちを抑えながら、私は二冊の本にサインを書き込む。
「私、ハイルヴィヒ先生の書くお話、大好きです! 『魔法銃』以外にも『錬金魔女』とか『魔細胞兵士』なんかも! 書籍化期待しています!」
「あ、ありがとう」
私は野太い声で答えた。
爆乳娘……私の他のウェブ投稿作品も読んでくれてるんだ……。
「…………」
「あ、あの……そんなに見られると……」
「いやぁ、すみません! 私の知り合いに雰囲気が似てる感じがして!」
「っ!?」
爆乳娘が私の顔を覗き込むようにしてじっと見つめてきた。
サインを書く手が進まないじゃない!
バレてはいない、よね……だって目元も口元も髪も隠しているし……肌は見えちゃってるけど……って、私、手を隠してないじゃない!
今になって気づいた……でも、手だけじゃさすがにわからない、よね……?
先にサイン本を手渡した爆乳娘は「ありがとうございますっ!」と言ってからはけて行った。
残ったのは素直一人。
「お、俺もハイルヴィヒ先生の作品大好きです!」
だいしゅきぃ!?
い、いや……違う。これは作品のことを言っただけ。
私のことじゃない……。
でも、素直からの真っ直ぐな目。
ああ、そんなに見つめないでぇ……。
「あの――一つだけ質問いいですか?」
ん、なんだろう。
「先生の小説を書きはじめたルーツってありますか? よければ――」
素直がそれを聞くのか……。
私は、サインを書きながら、軽くふうっと息を吐いてから答えた。
「――父親……」
「へ、へえ……! そうなんですか! 実は俺も…………いや、似た感じの理由で書いてて……ああ、言うの忘れていました。俺もウェブ小説書いてるので聞きたくて」
少し違和感のある返事だった。
ただ、父親が理由で書きはじめたけど、書き続けられた理由はそれとは別だ。
だから――
「書き続けられた理由は……小さい頃、遊んだ……とも、だち……」
「へえ! そうなんですか! 確かに書き続けるって大変ですもんね……!」
――君だよ。
今、目の前にいる君がいたから、私は小説家になる夢を諦めずにここまできたんだよ。
と、そんなことはもちろん言えず、私はサインを書き切り、彼へと手渡した。
「ありがとうございますっ!」
「あなたも、小説がんばってください……」
「はい! それと、先生の手、とっても綺麗ですね! 俺の知り合いに雰囲気が似てて……なんだか親近感が湧きました!」
「っ!? そ、そうですか……世の中には自分に似た人が三人いるって言いますからね……」
最後にとんでもないことを言い残し、素直はその場からはけて行った。
「あ゙ぁぁぁぁぁぁ〜〜! 終わったぁ〜〜〜!」
サイン会終了。
控室で変装を解いた私は、唸り声を上げていた。
「ハイルヴィヒ先生お疲れ様でーす! すっごい汗ですよ?」
「暑い……室内で重ね着するもんじゃないな……」
担当編集の網走さんが私を心配してくれた。
最初は緊張の汗かと思ったけど、普通に暑さの汗でもあったらしい。
「ハイルヴィヒせんせー! 私にもぜひサインを!」
「あ、はい。私もおにのぼう先生のほしいです」
「もちろんあげますー!」
するとイラストレーターのおにのぼう先生が私にサインを求めた。
互いに『魔法銃』の最新刊にサインをし、それを交換した。
「先生大丈夫でした〜? 知り合いいたんですよね?」
「た、たぶん……? 似てる人が友達にいるって言われたけど、バレてはない、はず……」
「危なかったですね〜。あ、ちなみに帰りは気を付けてくださいねー。まだ近くに参加者がいるかもしれないので」
「はい。時間ずらして帰ります」
こうして私のサイン会は終わった。
大変だった。多分素直たちが来なければこんなことにはならなかったと思うけれど、仕方ない。
◇ ◇ ◇
「いやー! サイン会良かったね! 素直も参考になった部分があったんじゃない?」
「そうだね。もちろんオリジナルの部分もあるんだけど、インタビューで言ってたところを聞くと、ちゃんとテンプレも踏襲して書いてるんだなって思った」
「ああ〜、『メリポタ』をイメージして書いたって言ってたもんね」
ハイルヴィヒ先生のような人でも、全てオリジナルというわけではない。
既にある作品を自分のものに昇華し、オリジナルに仕上げているのだ。
逆に言えば、今までの俺の作品はオリジナルすぎて、テンプレが少ない。
ウェブ読者にしてみれば、それが読まれない原因なのかもしれない。
「それにしても――」
「ん?」
「な、なんでもないやー!」
「いやいや、そこまで言ったら教えろよ」
「だめ〜」
何か言いかけた真幌だったが、このあとも結局続く言葉は教えてくれなかった。
ゴールデンウィークの一つのイベントが終わり、俺は充実感を得ていた。
そして、執筆意欲も増すこととなった。
しかしこのあと、ゴールデンウィークが明けてから、大きな事件――事件ではないが、人生を揺るがす出来事が起きることになるとは、この時は微塵も思っていなかった。




