第23話 サイン会①
――ゴールデンウィークがやってきた。
約一週間ほどの休み。
文芸部では特に行事はないようで、部活も特にないとか。
ただ、休みの間、部室を使いたければ京本先生に言いさえすれば使って良いとのことだった。
「素直ー! 迎えにきたよー!」
玄関先からの明るい声。
声の主はもちろん真幌。今日は彼女と一緒に『限界領域の魔法銃使い』の作者であるハイルヴィヒ先生のサイン会。正確に言うとイラストレーターのおにのぼう先生も一緒のサイン会だ。
俺は準備をしてから、玄関へと向かい、真幌と一緒に会場である書店へと向かった。
◇ ◇ ◇
「ぎゃわいいいいいっ!!」
「な、なっ……おにのぼう先生、ですよね?」
私は今、一人で書店の控室にいた。
サイン会を前に準備のため早めに到着していたのだ。
そして、そこで出会ったのが、おにのぼう先生。
はじめて自分の本のイラストを担当してくれた人と会ったのだけど、私を見るなりいきなり飛びついてきて驚いてしまった。
「そうですよ〜、この人がおにのぼう先生です」
「男性の人かと思っていました……」
「それはこちらのセリフですよ〜! ハイルヴィヒって言う名前だから男性かと思ってたのはこちらですー!」
「おにのぼう先生、ハイルヴィヒはドイツの女性名ですよ」
「そうなんですか〜! カッコいいから勘違いしちゃいました!」
そして一緒にいたのが網走乃々子さん。
彼女は名談社の私の担当編集者。いつも彼女とやりとりをして書籍の刊行を進めている。
網走さんは茶髪の髪をボブカットにしたスーツ姿の女性で化粧は濃いめだけどできる風の印象だ。
そしておにのぼう先生は今日はじめて会った人。
髪が真っピンクでパーマでゆる巻きにしているお洒落な若い女性。おそらく二十代前半。
普段エロゲのイラストなどを担当している人だったので、男性かと思っていたけど、まさか女性だったなんて……。
「ええと……今日はよろしくお願いします」
「こちらこそですー! こんなに可愛い子が『魔法銃』を書いてたなんて聞いてないですよー!」
「プライバシーですから言うわけないじゃないですか〜」
「そりゃそうかー、あはははっ」
二人共楽観的な性格で明るい雰囲気だ。
私とはタイプが違うけど、中学二年生の時からネット上でやりとりしてきた人たちなので、ある程度話しやすい。
「それで……私、変装するので……手伝ってもらえますか?」
「確かにハイルヴィヒ先生の美貌を見ちゃったら、大変なことになりそうだもんね〜」
「いえ、そうではなくて……私のお友達がやってくるので……」
「へえ〜! ついにお友達できたんだ! 良かったじゃん!」
「だから、お願いします」
「よぉーし! じゃあおにのぼう先生と一緒に絶対に正体がわからないようにするね!」
「任せてくださいっ!」
私はあらかじめ持ってきていた服などをカバンから取り出し、二人に手伝ってもらいながら変装を開始した。
◇ ◇ ◇
真幌とやってきたのは、彼女が働いている書店とは別の大型書店。
駅を乗り継いで到着したその書店では、入口に今日のイベント内容を書かれていた看板が立っていた。
「わー、やっぱうちの書店とはまた違うねぇ」
「そうなんだ。違いなんてあまりわからないけど」
「ほら、推したい本だって全然違うし、並べ方も違う!」
書店に入るなり、真幌は自分が働いている書店との違いに興奮しはじめた。
職業病とも言える発言だ。実家が書店だからこそなんだろう。
真幌は生粋の書店員ということだ。
「あ、あそこだね」
すると、開けた場所に設営されていた会場には、著者とイラストレーターが登壇する机と椅子がセットされてあり、その前には来場者用の椅子が多数設置されてあった。
俺たちは受付の人に当たった応募券を照会してもらい誘導されると、指定の座席へと座ることとなった。場所は最前列だ。
今回は人数分のサインをハイルヴィヒ先生がその場で描き、手渡しするという内容だ。その中で、一部インタビュー形式でのお話もあったりするらしい。
――そうして席が埋まり時間になると、舞台袖から三人の人物が登場した。
「なっ!?」
登場した瞬間、俺は驚いた。
その三人の中で約一名がとんでもない服装をしていたからだ。
全身が『メリポタ』に登場するラスボスが着ている黒いローブのようなものを纏っており、体型がまるでわからない。加えてサングラスにマスク、さらには魔法使いの三角帽子のようなものを被っていた。
その人物が『ハイルヴィヒ』と書かれたネームプレートが置かれている場所に座った。
「あははっ、なにあれー!」
「まじか……あの人が……」
隣で真幌が笑っていた。
当然だ、俺たち以外のお客さんもざわついていたくらいだ。
あのとんでもない服装をした人がまさかハイルヴィヒ先生だったなんて。
「――では、『限界領域の魔法銃使い』の著者ハイルヴィヒ先生とイラストレーターのおにのぼう先生のサイン会に来ていただきありがとうございます。私、編集担当の網走乃々子と申します。本日は司会進行を務めさせていただきます」
スーツ姿の女性――網走さんは、本作の編集を担当している方とのことだ。
そんな彼女が、簡単に二人を紹介すると、さっそくインタビューがはじまった。
「では、早速ですがインタビューに入らさせていただきます。ハイルヴィヒ先生――本作を書きじめたきっかけを教えていただけますか?」
全員がハイルヴィヒ先生に注目する。
「あ゙、あ゙ー。『魔法銃』は、私の大好きな『メリポタ』に感銘を受けて書きはじめた本です」
低くて太い声だった。
ただ…………地声じゃない?
隠しきれない綺麗な声……か細くてどこかで聞いたような声にも聞こえた。
勘違いだろうか。
「『メリポタ』は有名ですよね。どんなところが好きでしたか?」
「たくさんの魔法があったり、悪に立ち向かう…………」
「どうしました?」
「な゙っ、なんでもありません。……悪に立ち向かう、主人公たちの熱さが好きです」
「ふむふむ。素晴らしいですねー」
サングラス越しではあるが、一瞬ちらっと目が合った気がする。
でも、サングラスをしているので、俺の勘違いかもしれない。
その後のインタビューは続き、次はおにのぼう先生の番となった。
「こんにちはー! 私が女の子だって思ってた人ー? ……あー、やっぱりねー!」
インタビューがはじまると、早速自分からお客さんに質問をした。
彼女は明るい性格のようで、質問した通り、俺も男性だと思っていた人物。
あんなに可愛い人が、エロい絵を書いている……唆るッ。
「ちょっと素直〜、変なこと考えてないよね?」
「な、何言ってんだよ……考えてないよ」
隣の真幌が俺の心を見透かす。
クソ、これが幼馴染である弊害か。
さらにインタビューが続くと、サイン本の手渡し会へと移行した。
俺たちは順番に列に並び、二人の先生が本にサインした後、それを受け取ることになる。
「ぁ――――」
並んでいると、俺はあることに気づいた。
――ローブから出ていたハイルヴィヒ先生の手が、細くて綺麗だったことに。




