第19話 はじめてのデート①
「ノーラ! ノーラ! 私、大丈夫!? 可愛い!?」
「お姉ちゃん、大丈夫ですよ。すっごく可愛くて、すっごくお洒落です。これで可愛いって思わない相手がいたら、むしろ信じられません」
「そ、そう……? ノーラが言うなら大丈夫よね! うん!」
午後からはじまる映画に備えて、私は朝から準備に没頭していた。
最後の最後まで服装が決まらず、ギリギリになってようやく選んだコーディネート。
それにしても、緊張しすぎて今にも倒れそう。
だって、あの素直と、デートなんて……!
私のことは忘れているはずなのに、こんな風に誘ってくるなんて――もしかしたら、どこかで少しでも覚えてくれてるのかな、なんて。
少しくらいは意識してくれてるのかな。私は、ずっと意識しているから。
「じゃ、ノーラ。言ってくりゅっ!!」
「い、行ってらっしゃい、お姉ちゃん……!」
最後に噛んでしまったけれど、初めてのデート。
頑張るぞーっ、オーッ!
一人、心の中で天高く拳を突き上げた。
◇ ◇ ◇
午後一時すぎ。
繁華街の駅前で、俺は香澄さんを待っていた。
天気は快晴。暖かすぎず、寒すぎず。
絶好のデート日和――なのに、俺は不安でいっぱいだった。
香澄さんをうまくエスコートできるだろうか。
ただ映画を観るだけ。シンプルな内容。
……それでも、失敗しないか心配になる。
「ん……なんだ?」
改札の方が、少し騒がしい。
気になって視線を向けると――
「か、香澄さん!?」
まるでラブコメのテンプレのような光景。
若い男二人が、香澄さんらしき女性に言い寄っていた。
つまり、ナンパされていたのだ。
「――――っ!」
香澄さんはきっと俺と同じく、人付き合いが得意ではない。
初対面の他人に言い寄られて困っているのは、明らかだった。
俺は迷わず走り出した。
「――香澄さんっ!!」
「お、越智くんっ!?」
二人の間に割って入り、香澄さんの手をつかんだ。
「なんだお前?」
「俺のツレです! 今から予定あるんで――香澄さん、行くよ!」
「きゃっ」
ナンパ男たちに有無を言わせず、俺は香澄さんの手を引いて走り出す。
「なんだよ……まあ、あんな美人が一人でいるわけねーか」
背後からナンパ男の声が聞こえるが、追ってくる気配はなかった。
「――か、香澄さん、大丈夫!?」
「お、越智くん……じぬっ……死ぬぅっ……」
「あ……ごめん。走りすぎた……」
サッカー部ばりの猛ダッシュが裏目に出た。
香澄さんはヒールの靴で、明らかに走りづらかったのだ。
「大丈夫……助けてくれて、ありがとう」
「うん……どういたしまして」
ようやく落ち着いた香澄さんが顔を上げる。
その姿を見た瞬間、俺の口から思わず声が漏れた。
「お……おっふ……」
登山の時とはまったく違う雰囲気。
白のシースルーブラウスに、ハイウエストの紺色スカート。
手には光沢のある赤いバッグ。胸元にはネックレス、耳元には大ぶりのピアス――学校では見られない装いだった。
大人びた雰囲気に、高校生とは思えない。
というか、可愛すぎるだろ……。
「ど、どう……かな?」
「え、ええと……なんて言えばいいか……」
まさか感想を求められるとは思わず、頭がフリーズする。
可愛いって言えばいいんだろうけど……めちゃくちゃ、恥ずかしい……!
「とっても……かわいい、デス……」
「っ!? あ、ありが、とう…………」
カタコト気味になってしまったが、なんとか言えた。
一方の香澄さんは、顔を真っ赤にして動揺していた。
「そ、それと……これ……いつまで……っ」
「あ、うわあああ!? ごめんっ!」
「あ……」
香澄さんの手を、ずっと握っていた。
気づいて手を離すと、どこか名残惜しそうな表情を浮かべた。
「じゃ、じゃあ行こうか」
「うん……今日はよろしく、お願いします」
「こちらこそ……」
商業施設の上階にある映画館に到着すると、俺たちは受付でチケットを引き換えた後、売店でポップコーンとドリンクを買うことにした。
俺は迷わずコーラを選び、香澄さんはメロンソーダを頼んだ。
ドリンクホルダーを挟んで、ふたつ並んだ席に腰を下ろすと、上映が開始されるまで少し時間ができた。
◇ ◇ ◇
――可愛いって言われた! 可愛いって言われた! 可愛いって言われたぁ!!
ナンパから助けてくれた素直。
驚くほど力強く手を引かれて、息が切れるほど走った。
でも、その手は最後まで私の手を放さなかった。
それが、なんだか嬉しくて……。
そして、その後に言ってくれた「可愛い」――。
恥ずかしすぎて、頭の中がそれだけでいっぱいになってしまった。
大丈夫かな、私。顔、変じゃない?
変なニヤニヤしてない?
お願い、ちゃんとしなきゃ……!
「香澄さんは、『メリポタ』見たことあるんだよね?」
「…………」
ボーッとしていた頭が、突然声に引き戻された。
「香澄さん?」
「ひゃいっ!?」
変な返事をしてしまった。
素直が、ちょっと驚いたような顔でこちらを見ている。
「『メリポタ』。見たことあるんだよね?」
「ぜ、全部見た……小説も……」
ようやく意味を理解して、慌てて答える。
さっきのことで思考が停止していた。
『メリポタ』こと『メリーポッター』。
魔法使いの女の子が主人公の学園ファンタジー。
世界中で大ヒットした人気シリーズで、原作も映画もすべて完結済み。
現在はそのスピンオフが劇場で公開されている。
昔、素直ともこのシリーズについてよく話した。
でも彼はその記憶を、もう持っていない。
「メッセージで言ってたもんね。俺も全部見てたからさ……香澄さんがちゃんと知ってて良かったよ」
「私も、ちょうど見たかったから……」
隣に、素直がいる。
近くにいる。
でも、さっきの出来事が頭にこびりついていて、うまく話が頭に入ってこない。
体が熱い。
心臓がうるさい。
――もう一度、手をつなぎたい。
「もうすぐはじまるよ」
「う、うん……」
きっと今日は映画に集中できそうにない。
◇ ◇ ◇
約二時間にわたる映画は、無事に上映終了した。
正直、内容の半分くらいしか覚えていない。
というか、上映中に何度も隣を見てしまった。
香澄さんの横顔が、スクリーンの明かりに照らされて、すごく綺麗で……。
「面白かったね」
「う、うん……っ」
感想を口にしてみたけれど、香澄さんはどこか上の空のようだった。
俺も集中しきれてなかったので、それ以上映画については何も聞かなかった。
「こ、こういうことって、よくするの……?」
「えっ? 映画のこと?」
「ちがっ……女の子と遊びに行ったり……」
どこか探るような言い方。
香澄さんは、視線を合わせようとせず、少し照れた様子で尋ねてきた。
「んー……真幌とはよく遊ぶけど、あいつは幼馴染で……どっちかというと男友達みたいなもんだからな。カウントに入るかって言われたら、微妙かも」
「そ、そうなんだ……じゃあ、私は……」
「恥ずかしいこと聞くなあ……真幌以外では、はじめてだよ」
映画館の出口に向かって歩きながら、俺は照れくさそうに答えた。
「そっか……私も……はじめて、だから……」
「じゃあ、お互い……はじめてのデートって……こと、だね」
「デ、デート……っ」
「あ、ごめん……! デートというか、映画観ただけだし……」
「デートでいいっ!」
即答だった。
しかも、少し声が大きかった。
「そ、そっか……はははは……」
こっちの方が照れる。
本当にデートだったんだって、ようやく実感が湧いてきた。
そんなやりとりをしていると、映画館のロビーに出たところで、思わぬ人物と遭遇することになる。
「うお、越智じゃねーか! ……って、しかもクラウディアちゃんまで!?」
目の前に立っていたのは、サッカー部の神宮利樹。
そして、その横から手を振ってきたのは――
「わあー! 香澄さんと越智くんだー!」
委員長の、庵野小依だった。




