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ラノベ作家になったドイツ美少女の初恋は俺らしい。  作者: 藤白ぺるか


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第16話 ラブコメ書くならデートしろ

「帰ってきたかー! 我が弟よ!!」


 温泉旅行からようやく帰宅すると、玄関で出迎えたのは一歳年上の姉――越智桜季おちおうき


 俺と同じ黒髪を長く伸ばし、額にはハチマキを巻き、分厚い丸眼鏡をかけているその姿は、典型的なオタクのようにも見える。でも、身なりさえ整えれば実は美人で、学校では意外とモテるらしい。


 ただし中身を知れば話は別で、男たちの理想は粉砕されるだろう。俺の評価は地雷だ。


「ただいま。これ、お土産」

「うひょーっ! これは山梨のほうとうと……プリン!? 形がおっぱいじゃないのは残念だけど、味が良ければ問題なし!!」


 帰りのサービスエリアで買ってきたのが、このほうとうとプリンだった。姉の機嫌をとるには一つじゃ足りない。二つ以上でやっと釣り合う。


「飯はもう食べたんだろー?」

「うん、焼き肉ね」

「うらやましーこった。温泉も入ってきたんだろ?」

「気持ちよかったよ」


 靴を脱いで玄関を上がり、リビングへ向かいながら会話は続く。


「ってことは、オンナ共とエロエロしてきたか〜? なあ、なあ?」


 女の口からとは思えない発言。それもそのはず、この姉はエロ漫画家なのだ。しかも母親の影響を受けてその道を志したという、なかなかの筋金入り。


 つまり我が家はエロ一家ということになる。まともな人間をこの家に呼べるはずがない。


「してないって……姉ちゃんが想像してるようなことはなかったよ」


 おんぶしたことや、温泉での出来事をどう捉えるかは微妙だが、姉のエロ基準は異常に高いので、きっとその程度はエロのうちに入らないだろう。


「つっまんねー! 文芸部は女ばっかだって聞いたからさ〜、何かあると期待してたのに〜、この意気地なしがっ」

「うるせー」

「今度さ、一緒に勉強するってことで女の子連れてきてよ!」

「姉ちゃんがいない時ならな」

「ネタを寄越せぃ! 漫画のネタを!!」


 常にネタに飢えている姉は家に女の子を呼ばせたがる。これまで呼んだことがあるのは幼馴染の真幌くらいだ。彼女はこの家の特殊な環境をよく理解しており、姉の扱いにも慣れている。


「母さん、お土産買ってきたよ」

「あらあら〜、おかえりなさい」


 リビングのキッチンで洗い物をしていたのは、母・越智眠子おちねむこ。おっとりして見えるけれど、その実態は別。


 そう、彼女もまたエロ漫画家なのだ。『プリムゾン』というペンネームで活動し、SNSのフォロワーは百万人近い有名人。監獄を舞台にした作品が多く、ペンネームは英語のプリズンがその由来だとか。


 十年前から子育てをしながらエロ漫画を描いていた母――子としては非常に複雑な心境である。見ただけでは到底そうとは思えない雰囲気が、逆に恐ろしい。


「疲れたから、今日はすぐ寝るね」

「あらあら〜お疲れ様〜」


 温泉には浸かったものの、そのあと焼き肉を食べたので臭いがついてしまった。軽くシャワーを浴びてベッドに潜り込むと、すぐに眠りに落ちた。


 ◇ ◇ ◇


 連休明けの月曜日。


 この日は香澄さんが私用で部室に現れなかった。そのせいか、俺には思いもよらぬ試練が与えられた。


「ここに二枚の映画チケットがある!!」


 バシンと机に叩きつけられたのは、席が空いていればどの映画でも自由に見られるというフリーパスチケット。有効期限は一週間後。


「え、どういうことですか?」

「知り合いから貰ったんだけどさ……越智くんってラブコメ書いてるでしょー?」

「まあ、そうですけど」

「で、実体験って大事だって話をしたよね? 山登って得たものもあったじゃん?」

「……まあ、ありました」


 実際に肌で感じた経験が、小説のリアリティや描写の精度を上げてくれることを知った。それだけでも登山は意味があった。


「じゃあ、このチケット使ってクラウディアちゃんとデートに行ってきてよ!」

「…………はああああああ!?」


 椎木先輩の突拍子もない提案に、思わず叫んでしまった。


 あの超絶美人の香澄さんをデートに誘うだなんて、無理に決まっている。


「そ、それなら……あ、真幌って幼馴染がいるんですけど、そいつなら……」

「ふーん、初耳。でもそれって簡単に誘えるってことだよね?」

「ええ、まあ……」

「じゃあラブコメにならないよね! ラブコメってのは、ドギマギしながら誘うのが醍醐味なの!」


 確かにその通りだった。


 隣にいるちまりやるいるいも、特に気負わず誘える存在だ。るいるいなんて、温泉でのアレがあったにも関わらず、今日もいつも通りだったし。


「……言われてみれば、そうなんですけど」

「ふーん、良いラブコメ書きたくないんだ? 小説家目指してこの部に入ったんだよね? なら、これも訓練だと思いなよ〜」

「ぐぐっ……」


 そこまで言われると断りづらい。だが、香澄さんをどう誘えばいい?

 普通に「映画行かない?」なんて言って大丈夫か? でも、断られたらショックすぎて眠れないかもしれない。


「素直っちってさ、本当、意気地なしだよね〜」

「お前……っ」


 るいるいがニヤけた顔で煽る。

 お前こそ温泉であんなことがあったくせに……って、わざと煽ってるのか。


「越智、私が観に行ってもいいぞー。でも、先輩の言うこと、わかるから……我慢する」

「ちまり……」


 ちまりは優しくて可愛い。本当に妹だったら、何でも買い与えてしまいそうだ。うちの姉と違って、変な気遣いもいらないし。


「二人も背中押してくれてるんだから、ほら。チケットは渡しておくよ! 期限は一週間。早めに誘わないとね〜!」

「…………マジでどうしよう」


 俺は映画チケットを受け取り、それをそっとポケットにしまった。


 まずは、真幌にでも相談してみるか――そう思いながら、帰り道に彼女がバイトしている書店へと足を向けた。




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