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ラノベ作家になったドイツ美少女の初恋は俺らしい。  作者: 藤白ぺるか


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第11話 お姉ちゃんがおかしい

 ――椎木先輩からの、まさかの登山宣言。


 実体験を創作に生かすためとはいえ、登山を持ち出すのは文芸部らしからぬ発想で、俺たちは一斉に顔をしかめ、驚きの声をあげた。


「そ、そんな苦労しなくても……! 登山って、絶対にきついですよ!」

「まあまあ、落ち着きたまえ、越智くん。そんなに高い山じゃないし、ピクニック気分で大丈夫だよ」


 とはいえ、この中で男は俺だけ……いや、るいるいはまだ性別不明だが、香澄さんとちまりの体力は正直不安だ。


「山登り……多分すぐ死ぬ」

「ボクもっ……ボクも絶対死ぬぅ! こんなに貧弱な体で登山なんて、絶対いやぁっ!?」


 ちまりは見るからに運動向きの体ではない。そのちまりの叫びに力強く同調したのがるいるいだった。彼女(?)もまた細身で、どう見てもスポーツ向きではない。


「わ、私は……うーん。本当に、無理のない範囲なら……?」


 香澄さんの発言には、他のふたりと少し違ったニュアンスが含まれていたように感じた。単に体力がないから、という理由だけではない、何か別の迷いがあるような……。


「まあ、君たちが何と言おうと、行くんだけどね。あー、それと途中までまよせんの車で行くからさ、移動は楽だよ」


 えっ、京本先生が同行するのか?

 あの人、絶対に面倒くさがりなタイプだと思っていたけど、こういうイベントには顔を出してくれるんだ。ちょっと意外だった。



 その後は、それぞれが自分のパソコンを広げ、静かに執筆活動に入っていく。みんな、ちゃんと自分のノートパソコンを持っているようだった。


 ちまりだけはまだ小説投稿サイトに作品を上げたことがないらしく、椎木先輩が横でアカウントの作成から丁寧に教えていた。


 登山について言えば、この中で体力的に一番マシなのは、たぶん俺だ。

 とはいえ、サッカー部を辞めてからもう一年経っているし、当時の体力を基準にはできない。

 まだどうなるかはわからないが、なんとなく俺に一番負担がかかりそうな気がしている……。


 外が薄暗くなりはじめたころ、俺たちは揃って部室を出て、それぞれの帰路についた。


 ◇ ◇ ◇


 私は香澄ノーラ。

 中学一年生になったばかりの、十二歳。

 両親とお姉ちゃんと、四人でマンションに暮らしています。


 でも最近、ちょっと気がかりなことがあります。


 それは――お姉ちゃんの様子が、どうにもおかしいことです。


 私のお姉ちゃんは、中学生にして作家デビューを果たした天才です。そして、とっても可愛い。

 人見知りで引っ込み思案なお姉ちゃんだけど、小さい頃はたまに本を読んでくれた記憶もありますし……まあ、それくらいですけど。

 でも、私はずっとお姉ちゃんのことが大好きで尊敬もしています。

 だからこそ――


「すうううううううう……ああ……すううううううううううう……」


 見てください。

 リビングのソファに寝転がって、学校のジャージを顔にぎゅうっと押し付けて、何度も深く息を吸っているんです。


 さすがに私でも、これが正常な行動ではないとわかります。


「洗いたくない……洗いたくない……ううっ、私の匂いがついたこのジャージ……なんであんなに吸ってたんだろう……それってどういう意味……? 私の匂いが気になった? 匂いが好き? まさか汗フェチ……!? 金髪と青い目が好きって言ってたよね……Oh Gott(ああ、神様), |was soll ich tun?《私はどうすればいいの》」


 ぶつぶつと、自分の世界に入り込んでしまい、私にはまったく理解できないことを延々と呟いています。

 興奮した時だけドイツ語が出るのもお姉ちゃんの特徴です。


「それに、なんで好きじゃないって言っちゃったのよお……でも、あれは先にあっちが好きじゃないって……ううん、私のことじゃなくてキャラのこと……でも、同じ特徴だし……だああああああ!?」


 こうして喋っている間もジャージに顔をつけたままです。


「あっ、ノーラ。いたんだ……」

「お姉ちゃん、おかえりなさい」


 リビングに顔を出した私に気づいたお姉ちゃんは、ジャージをぎゅっと抱えたまま、少し上ずった声で話しかけてきました。


「ねえ、ノーラ……ジャージって、洗ったほうが良いと思う?」

「汚したなら、洗ったほうが良いと思いますけど……」

「よ、汚したわけじゃないのっ!」

「そ、そうですか……でしたら、無理に洗わなくても良いのではないでしょうか。ジャージを着るたびに洗う人って、そんなに多くないと思いますし」

「そ、そうよね…………じゃなくてっ! 私の匂いがついてるから、洗わないといけないのよ!?」


 ……会話が成立しているように見えて、まったく成立していません。

 結局、お姉ちゃんが何を言いたいのか、よくわかりませんでした。


 そんなお姉ちゃんが、なんとゴールデンウィークにサイン会を開くらしいんです。

 ……もう、心配でしかありません。私も付き添ってあげた方が良いでしょうか。


「……お姉ちゃんが洗わないなら、私が洗ってあげますよ?」

「わわっ、私が洗うから大丈夫っ!!」


 慌てた様子でそう叫ぶと、お姉ちゃんは顔を真っ赤にしながら、ジャージをぎゅっと抱えたまま、洗濯機の中に放り込みました。


 ジャージをひとつ洗濯するだけで、あんなに悩んで苦しむ人を、私ははじめて見た気がします。


 ◇ ◇ ◇


『私好きだよ!? 好きだからね!? ねえ、好きだよ!? 


 ………………私って、匂いフェチなのかもしれない』


 今日の『ジニアな私と最愛の彼』は、脈絡のない二行だけしか書けなかった。


 



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