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ラノベ作家になったドイツ美少女の初恋は俺らしい。  作者: 藤白ぺるか


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第10話 実体験

「あっれー、お二人さんどうしたの? そんなに離れて」


 数分後。

 鍵のキーホルダーの輪っかを指でくるくる回しながら歩いてきたのは椎木先輩だ。


 部室の扉の前で待っている俺――そして、数メートル離れて俺の方をじっと睨みつけているのは香澄さん。


 俺のジャージは上下ともに奪われ、今は彼女のカバンの中に押し込まれている。


 確かに俺はヤバい行為をしてしまった。こうなるのは仕方ない。

 嫌われないようにしていたつもりだけど、これで完全に嫌われちゃったかもしれない……。


「いえ、何でもないです。早く部室開けましょう」

「ほーん? ま、いっか。じゃあ入ろう」


 椎木先輩は何を察したのかわからないが、ニヤリと笑ってから部室の扉を開けてくれた。


 ◇ ◇ ◇


「――せっかくだから、私が持っている知識を披露しよう!」


 ちまりとるいるいも部室に集まったあと、椎木先輩はホワイトボードの前に立ち、眼鏡をきらりと光らせながらそう言った。


「今から小説を書きはじめる人もいれば、多少なり書いてきた人もいると思う。……ってことで、私たちの目標である小説家になるまでの流れについての説明だ!」


 するとはじめてこの部室に来た時のように椎木先輩は水性マジックで文字を書きはじめた。


 ちなみに今日の香澄さんが座る席は俺の対角線上だった。

 やっぱり避けられてるぅぅぅぅ!


「昔と違って新人が書籍化されるまでのルートはいくつかあるの。例外はあるにしろ大きく分けて二つ。公募という名の賞に応募するか、ウェブ連載で編集者からの連絡を待つかという二つね」


 これは俺も知っている。

 出版社のレーベルやサイトごとに定期的に賞やコンテストが開催されており、自分が書いたものをウェブ上で応募できる。

 今の時代、紙で印刷されたものを受け付けているところはほとんどないだろう。


 そして投稿している小説が編集者の目に留まり、そこから書籍化されるといった事例も多く見かける。

 どちらにしてもデビューではあるが、賞で受賞してデビューという方が華々しいだろう。


「小説家――うちらの場合はラノベ作家だけど、それを目指したいならどっちかに専念したほうが良いかもね。タイトル付けから内容まで、公募とウェブ連載じゃ求められているものが違うからね。まあ、結局は内容なんだけどさ」


 全てがそうではないが、タイトルの長い作品は基本的にはウェブ連載向けと言われている。

 タイトルを見るだけでその作品がどんな作品なのか、まるっとわかるわけだ。つまり、そのタイトルを見て面白いと思われれば読者が見てくれる。


 一方で賞に応募した時に長いタイトルでも、受賞した後に変更されるパターンもよくある。

 売り場に出た時、お客さんに手にとってもらえるキャッチーなタイトルになるのであれば一番だ。


「そこで次に――未来の越智素直先生!」

「先生……」


 本名で先生になるつもりはないが、椎木先輩はそう言いながら俺に聞く。


「創作に一番必要なことはなんだと思う?」

「いきなりすごい質問ですね……」

「創作論なんて正解はない。だから自分が思うことを言ってくれ」


 そうは言うが、とても難しい質問だ。

 創作――つまりこの場合は面白い小説を書くのに必要なものは何か、ということになる。


 俺は今までの自分の中にあるものから、少しだけ考えて伝えた。


「……自分が好きだと思えるものを書く、でしょうか」

「おーおー、そういう人もいるねぇ」


 口から出たのはかなり短絡的な、誰でも思いつきそうな答えだった。


『――小説だけに向き合えばいつか必ず良いものが書ける。書けなければそれだけ小説に向き合う時間が少ないということ。小説とはそういうものだ』


 俺の脳裏に嫌な記憶が浮かび上がった。

 低く、厳格で真面目な声だった。


「…………」

「ん、越智先生どうかしたかい?」

「あ、いや……なんでも……というか先生はやめてください」

「そうか。悪かったね、越智くん」


 さすがにしつこくは茶化してこないようだ。

 椎木先輩がそういう引き際をわかってくれる人で良かった。


「ってことで、せっかくだし順番に聞いていこう。ちまりちゃんは?」

「お、おー……。私は、諦めない心……とか」

「見た目に反してネバギバ精神な子だね〜、栞ちゃんそういうの好きダゾ」


 テーブルの上にデカメロンを乗せていたちまりの答えは、イメージとは違うものだった。

 こう見えて、粘り強い子なんだろうか。


 そして次に答えたのはるいるい。


「ボクは頭の良さだと思いまーす。だってミステリーとか考えるの、めっっっちゃムズいもん! いつも頭パンクしながら考えてるよ!」

「るいるいちゃんいいねえ。もしかして結構頭良い?」

「補欠合格でしたー!」


 クソバカだった。しかも自慢気。

 まじか。これでミステリーなんて書けるのか?


 ……という俺も結構ギリギリの合格だ。

 正直、成績が良いとは言えない。


「最後はクラウディアちゃんっ!」

「………………作品に対する愛……ですかね……」

「きゃー! クラウディアちゃん熱ーい!」

「ほえー、クラウちんって意外と情熱的なんだねー!」

「わ、悪い…………!?」


 とても意外だった。

 香澄さんはもっとクールな答えをするものだと思っていた。

 でもその情熱が彼女の書く異世界ファンタジーに反映されているのかもしれない。


 そうして皆の答えが出揃ったところで、椎木先輩がこう話した。


「ふむふむ……皆の意見はわかった。――てことで、私の持論も紹介しておこう。小説において一番大事だと思うのは…………性癖! と言いたいところだけど、今回においては実体験だ」


 創作論は色々あるという前提ではあるが、椎木先輩の答えは『実体験』だった。


「実体験……?」

「なんのためにロケハンって言葉があると思う? 作品をより鮮明にするため、実際にその地に赴いてそこだけでしか感じられないものがあるから……! 実体験に勝るものはないというのはこれだ」


 確かに物語を鮮明に書こうとしたら、空想よりも自分が体験したものから考えた方が具体的な表現ができるとは思う。

 俺であれば、多分サッカーに関しては鮮明な描写が書けるだろう。そういうことだろうか。


 ただ、実体験と言われても、学生の俺たちが経験してきたことって限られるよな……。


「越智くん。君、ラブコメ書いてるんだよね? こだわりとか、より鮮明に実体験ベースで書いてる部分ってない? キャラとかでもシーンでも良いんだけど」

「ふむ…………」


 続けて椎木先輩に質問されると、俺はまた考え込んだ。


「俺、『難病少女の恩返し』って作品を今連載してるんですけど、ヒロインが金髪碧眼のハーフなんです。……銀髪とも悩みましたけど……金髪で青い目ってのが俺にとってすごい印象的みたいで……あれ、でも俺……なんでこれを実体験って思ったんだろ――」


 ペラペラと自分の作品について語ると、なぜかその場に変な空気が流れたのを察した。

 すると、その理由をるいるいが教えてくれた。


「素直っちー。目の前に同じ特徴の人がいるのに、よくそんなこと恥ずかしげもなく言えるよねー」


 るいるいの視線の先に顔を向けると、そこには香澄さんがいて、顔を真っ赤に染めていた。


「あ…………」


 俺は気づいていなかった。

 香澄さんも金髪碧眼……これじゃあ、彼女のことを好きって言ってるようなものじゃないか! 俺のバカぁっ!?


「う、うぅ…………」


 今回の香澄さんは恥ずかしそうに唸るばかりで、声には出さなかった。

 それが逆に申し訳なくて、簡単に釈明した。


「えっと……金髪碧眼が好きってわけじゃないと思うんだ。だ、だから安心し――」

「おい、越智くん」

「素直っち……それはないよ」

「越智……うーん。デリカシー」


 俺はまたやっちまったらしい。


「わ、私だってあなたのことなんて好きじゃないわよっ! ……このバカ変態っ!!」


 次の瞬間、俺は香澄さんから精神的な大ダメージを喰らった。



 その後も香澄さんはしばらく落ち着かなかったが椎木先輩は話を続けた。

 これからする話が重要だったらしい。


「実体験が重要って話はさっきしたよね」


 言いながら椎木先輩はカタカタとパソコンを操作し、ぐるっと回転させて俺たちに画面を見せた。

 そこに表示されていたのは地図だった。


「え、どういうことですか?」


 そして、椎木先輩はある場所を指を差したのだが――


「ってことで、実体験を増やす目的で土曜日に登山行きまーす! 皆予定空けといてねー」

「なんでえええええええっ!?」


 俺たちは肉体系文芸部じゃねえ!!



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