85話 イカさんセット
「……すごい」
「さすが帝城ですの!」
案内された厨房の中を見て、リリアとシエラが感嘆の声を漏らす。
シエラの言うとおり、さすが帝城。
超大型の調理台に洗い場、オーブンや炭を沢山蓄えた巨大な焼き場などが人の行き来を阻害しないよう、機能的に並んでいる。
「さて、何を作ろうかな?」
舞夜が呟く。
ここまでの道すがら、皇帝に要望を聞くと「酒のツマミになるものがいいのう」と、懐からエールに果実酒、米酒などの酒瓶をおもむろに取り出して来た。
残飯を漁って一杯やるつもりだったとのことだ。
「ご主人様、“イカさんセット”はどうでしょうか? あれなら、五度美味しいですし、陛下の要望にピッタリだと思います」
「なるほど、確かにあれなら……」
アリーシャの提案に、決まりだな。と舞夜は頷く。
そうと決まれば……
「《黒次元ノ黒匣》」
ふわっと調理台の上に漆黒の霧を出現させ、リューインから持って来た新鮮なイカを数杯取り出す。
「ほう? これは奇っ怪な魔法を……固有魔法か? それにイカとは珍しいな」
「はい、似たようなもので、闇魔法と言います。それより陛下、どういうことでしょうか? イカが珍しいとは」
「舞夜、この帝都の近くには川はあっても海がないのだ。だから海産物自体が貴重なんだよ」
舞夜の疑問にジュリウス皇子が、そう答える。
その目は爛々とし、イカさんセットとやらが、どれ程のものなのかと楽しみにしているのがありありと現れている。
「ご主人様、先に捌いておきますね」
皇帝とジュリウス皇子につかまっている間に、アリーシャが準備を進める。
イカを用途別にきれいに切り分けていく。
続いて、リリアとシエラも下ごしらえなどをする為にそれぞれテキパキ動く。
「ほほう、これはこれは……」
その姿……特にシエラの働く姿を見て皇帝が双眸を丸くする。
以前、ヘースリヒに肩を触られたことに怒り、彼の睾丸を蹴り潰すという伝説を残したお転婆娘が、楽しげに、なにより淑やかな雰囲気で料理をする様に驚きを覚えたのだ。
——ふむ、やはりヘースリヒが相手でなくて良かったわい。
改めて皇帝はそう思うのだった。
「舞夜領爵、シエラを大切にするのだぞ」
「……? はい、もちろんです。陛下」
急に皇帝に話を振られ、舞夜は不思議そうな顔をするも、そんなことは当たり前だといった感じで、自信を持って返事をする。
それに皇帝は満足げに頷くのだった。
丁度そのタイミングで下ごしらえが整ったようだ。
舞夜もアリーシャたちに加わり、料理を仕上げていく。
そして——
「お待たせしました」
「おお!」
「これはまた珍しい……!」
『くすっ、また私の知らない料理だわ。魔導士様の料理の引き出しはすごいわね』
舞夜たちがお待たせの言葉とともに運んで来た料理の数々に、ジュリウス皇子、皇帝、ベルゼビュートがそれぞれ声をあげる。
「では、頂くとしよう……ところで、これは、このまま食べるのか?」
皇帝が指すのは、イカの胴体部分を使った“刺身”だ。
やはり、この国には魚介類を生で食べるという文化が無いようで、不思議なものを見るような目をしている。
「父上、とりあえず食べて見て下さい。舞夜の作るものにハズレはありません」
「うむ。では……これは……!」
ジュリウス皇子に促され、一緒に用意された醤油をつけてイカ刺しを口に運んだ皇帝の顔が楽しそうなものへと変わる。
どうやらお気に召した様子だ。
『驚いたわ。生のイカがこんなに美味しいなんて……』
「ああ、このコリコリとした食感に、なんとも言えない甘み、堪らないな」
ベルゼビュートとジュリウス皇子の舌にも、刺身は相性が良かったらしい。
「して、こちらは?」
「そちらは“イカのゲソ焼き”です。お好みでそちらの白いソース、マヨネーズと一味唐辛子をかけてお召し上がりください」
次なる料理をワクワクといった様子で、問いかける皇帝にアリーシャが答える。
彼女の勧めのとおり、マヨネーズと一味唐辛子をつけて口へ運ぶ皇帝。
炭火で焼いたイカの香ばしさ、ゲソ特有の歯ごたえ、そしてマヨネーズのまろやかさと一味唐辛子の刺激の融合……それらに感動し、再び皇帝の顔に笑顔が浮かぶ。
「こっちの揚げ物は唐揚げか?」
「……ん。“イカゲソの唐揚げ”。レモンかマヨネーズをかけて食べるのがおすすめ」
ジュリウス皇子の質問にはリリアが答える。
イカゲソの唐揚げ……濃い味とともにカリカリに揚がったそれはエールとの相性は抜群だ。
補足で舞夜がそう説明すると、ジュリウス皇子と皇帝が、さっそく、グビグビと喉を鳴らし、エールを一気に煽り、揃って「くぅ〜〜!!」」と声を漏らす。
「シエラ、こっちも揚げ物ね? でも唐揚げとは色が違うわ……」
「ベルゼビュートちゃん、それは、“イカ耳の天ぷら”ですの! 目の前の天つゆにつけて召し上がれですの!」
皇族2人がエールとゲソ揚げの組み合わせに虜になっている横ではベルゼビュートとシエラがそんなやりとりを交わす。
「ん……イカのコリコリとした食感と、周りの衣のサクサクとした食感がいいわね。それに、この天つゆの上品な味……ふふっ、気に入っちゃったわ」
舌ったらずな口調で小さく笑うと、ベルゼビュートはもう一口、もう一口……と天ぷらを口に運んでいく。
と、ここで、ジュリウス皇子が思い出したかのように喋り出す。
「そういえば、先ほど、アリーシャは五度おいしいと言っていなかったか? 刺身にゲソ焼き、唐揚げ、それに天ぷら……これでは4つだぞ?」
「うむ、私も気になっていたところだ」
「くすっ、何を隠しているのかしら、魔導士様?」
ジュリウス皇子の問いに皇帝とベルゼビュートも同調する。
どうやらベルゼビュートは楽しみをとっておく為に、舞夜の頭の中を覗くことはしていないらしい。
この国のトップ、勇者、そしてその敵であるはずの魔王が、揃って子供のように目を輝かせる姿に、舞夜は内心苦笑してしまうのだった。
「では、紹介します。5つ目の食べ方、それは……」
「「「それは……?」」」
もったいぶった言い方をする舞夜に、ゴクリと喉を鳴らす3人。
それに舞夜は——
「“肝醤油”です」
と答える。
イカの肝……それは、漁れたてのイカのを使わなければ、生で味わうことの出来ない貴重な部位だ。
肝醤油は、そんな部位を醤油に溶かして調味料として使ってしまおうという贅沢な食べ方なのである。
海産物の漁れない、この帝都では、鮮度を保って食材の出し入れが出来る、舞夜の《黒次元ノ黒匣》がなければ決して口にすることは出来ないだろう。
「おお……! これはなんとも……」
「肝を溶かすことで、ここまで濃厚な味わいになるとは……」
「くすっ、肝醤油……侮れないわね」
皇帝、ジュリウス皇子、ベルゼビュートが肝醤油をつけた刺身を口にし、それぞれ声を漏らす。
イカの肝は美味いが癖がある為、万人受けしない部位でもある。
舞夜はそれを気にして出すべきかどうか悩んでいたのだが、それは杞憂だったようだ。
嫌がるどころか、「おそらく一番合う酒はこれだ!」と皇帝が、米酒を取り出し、自らそれぞれのグラスに注ぐと改めて、その味を堪能し始める。
「さぁ、ぼくたちも——ひっ!?」
ぼくたちも食べようか。
そう舞夜が言おうした途中。
彼の表情が恐怖に染まる。
理由は彼の目線の先。
調理場の扉の隙間にある。
「あらあら、おかしいですわぁ〜。お夕食は抜きにしたはずなのに、ずいぶん美味しそうなものを食べてますわね? あ・な・た?」
扉の隙間からそんな声とともに、一人の女性が現れる。
顔は般若の如き形相。
そして、その視線は皇帝へと向けられていた。
酒を飲み頬赤らめていた皇帝の顔が、一気に青ざめたものへと変わる。




