25話 侯爵
「貴殿が舞夜で間違いないな?」
「はい、そうですが、えっと……」
「おお、すまない。私の名は“ゼルマン・リューイン”。この都市の領主で、侯爵だ。そしてこいつが……」
「“セドリック・リューイン”だよ。一応、侯爵家の長男さ。よろしくね舞夜君」
来客の正体、それはこの都市の領主とその息子だった。
侯爵は、燃えるような赤い髪をオールバックで整え、猛獣のような鋭い目つきの偉丈夫。
セドリックはスラッとした長身に爽やかな笑顔の似合う青年。
しかし、その髪色は侯爵と違い鳶色だ。
「こ、侯爵様にそのご子息様が、どうしてこんなところへ?」
苦手な権力者、それも自分の住まう都市のトップの突然の訪問に、舞夜は引き攣った顔で要件を問う。
「そう緊張しなくてよい。なにせ、私は貴殿に礼を言いに来たのだからな」
「お礼、ですか?」
「む? なんのことか分からんという顔をしているな。貴殿は私の娘の命を救ってくれたのだぞ?」
——娘を救った? この人なにか勘違いしてるんじゃ……。
「ご主人様、シエラちゃんのことです。先日迷宮でトロールからお救いになった……」
侯爵の言葉に、さらに混乱する舞夜にアリーシャが小声で耳打ちする。
そこでやっと舞夜はお礼の意味を理解するのだが、同時にシエラが貴族であったことに驚きを覚える。
——そういう情報、知ってたなら教えておいてよ、アーシャ……。
おそらく舞夜が気絶している間に、情報得ていたのであろうアリーシャにそう思わずにはいられないのであった。
そして更に理解する。
アリーシャがギルドで言っていた“お礼”のイントネーションの違和感。
そこから感じた嫌な予感はこれであったのだと。
「貴殿がいなければ我が娘、シエラの命はなかったであろう。本当に感謝する」
「こ、侯爵様、頭を上げてください。その件に関してはあのままでは、ぼくたちも危なかったので成り行きだったのです。なのでお気になさらないでください」
感謝の言葉を口にし、深く頭を下げる侯爵に、舞夜慌ててそれを制止する。
貴族のことなど、よくわかりはしない舞夜でも、目の前の人物が自分のような子どもに頭を下げていい様な立場でないのだけはわかるからだ。
それに、これ以上貴族なんかと関わるのも面倒だから、成り行きで助けたことにして早々にお引き取り願おうという考えもあったりするのだが……
「ははっ。嘘はいけないよ舞夜君? シエラの話を聞けば、君たちは十分に逃げられる位置にいたそうじゃないか。にもかかわらず、自らトロールの懐に飛び込み、腕を失う重傷まで負って……、まさに命懸けでシエラを救ってくれた。どう考えても成り行きなんかじゃないよね?」
——うわっ、しっかり調べてらっしゃる……。
セドリックの言葉にその考えは失敗だと悟る。
「それでだ舞夜よ、なにかしっかりとした礼がしたい。私たちの屋敷に招いて、ともに晩餐でもと考えているのだが……」
「い、いえ、本当にお気になさらず——」
「舞夜君、父さんは貴族としてではなく1人の父親として感謝してるんだ。もちろん僕も兄として感謝してる。どうか来てもらえないかな?」
晩餐なんてさらに面倒だ。
と断ろうとするが間髪入れずにセドリックが情に訴える。
——これ以上、断ろうとするのは失礼だよなぁ。
ちらりとアリーシャたちの方を見れば2人とも小さく頷いている。
舞夜は観念し「では、お言葉に甘えて」と返事をするのだった。
「おお、そうか! 来てくれるか! 嗚呼、神よ感謝しますぞ……!」
——そこまで!?
必死すぎる侯爵。
なぜか救われた様な表情に見えるのはきのせいだろうか。
「ところで、そちらのエルフはアリーシャだな? そなたもシエラを外まで連れ出してくれたと聞く、感謝するぞ。して、そちらのダークエルフは……」
「……私はリリア。ご主人様の肉べ——「おいやめろ」
——他人の前でそれは洒落にならん。
「ふむ、まあよい。舞夜の同居人であればもちろん歓迎だ。見れば2人とも奴隷だというのに大切に扱われている様だ。これなら大丈夫であろう」
「ははっ、そうだね父さん」
——なにが大丈夫なんだろう。
いやに機嫌よく話す侯爵とセドリックに、舞夜は不思議に思う。
だが、聞いたらロクなことにならないと自身の警戒心が訴えかけてくる気がして、口に出すことはしない。
「では舞夜よ、夕刻に迎えの馬車を寄越す。楽しみにしているぞ!」
そう言い残し、侯爵たちは馬車に乗り込み、帰ってゆくのだった。
「ああ、疲れた……」
「お疲れ様です。ご主人様」
侯爵たちを見送った直後、椅子にどかっと座り込む舞夜に、アリーシャが労いの言葉をかける。
舞夜の疲労は当然だ。
トロールを倒した翌日にリリアを迎え、さらに翌日には勢いで3人での交わり。このあとには緊張必死の夕食会、そして明日は迷宮の大攻略、そのための買い物も今のうちにしなければならない。
まさに忙殺だ。
だが、時は待ってくれない。
約束の時刻はあっという間に訪れるのだった。
新たな問題の火種とともに……。
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