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野郎達の英雄譚  作者: 銀玉鈴音
第六章 混沌の大地
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第十五話 未踏峰(4)



 旅も、もう何日目なんだろうか。


 IDインスタンス・ダンジョンも同じ面子で何度か攻略すると、自然と役割分担が出来て、割と勝手に(マウス)が最適化されたものだ。


 味方が処理できる量を把握し、適正量を釣る。攻略速度を管理し、早すぎず、遅すぎずのペースを作るのは、タンカーの仕事である。やる事はそれ以上でも、それ以下でもない。進むか、止まるか、引くかの判断は頭がするべきだ。


 地図片手に、太陽の傾ぎ具合をみるタイタンはそう信じている。

 急げば次の街(今となっては存在しているか危ぶまれるが)にたどり着く事も可能だ。だが、到着は恐らく日が沈んだ後になる。夜闇の中、土地勘のない箇所で寝床を探すのは、苦労するだろう。野宿にするか、それとも急ぐか……判断に迷ったタイタンが後ろを振り返ると、ナイトウが視線に気がつき、軽く頷いた。

 ボケッとしている様で、ナイトウは細かい事に結構気がつく。逆に、賢しい様でチャカは色々と気がつかない。ヒゲダルマはもっと大雑把だ。


「お、おい、そろそろキャンプ張ったほうが良いんじゃね?」

 その一言で、チャカが数秒考えた後に顔を上げた。


「次の街まで、どの位?」

「この調子なら、日が沈んだ後になるだろうな」

 急ぐなら夕暮れにはいけるだろう、とタイタンが付け加えると、また、数秒の沈黙。


「そっか。じゃ、このあたりでキャンプ張れそうな場所、タイタン、ヒゲはさがして来る事」

「了解」「あ、うす」

「ナイトウはー……」

「み、水、だろ。任せろ」

「うん。私は周りの見回り」


 こんなやり取りも慣れたものだ。

 正味十分も掛からずに見つけたのは、平坦な丘であった。

 野営に適した場所も、今のタイタンにとって探し出すのは困難ではない。

 ここならテントを張っても良い。水場は近くにあったかどうか。まぁ、無くてもナイトウ辺りが何とかするだろう。

 タイタンは周囲の草を適当に刈った後、どっかと地面に腰を下ろし、改めて周囲を見渡した。悪くない。

 倒した枯れ草色のススキの穂を手でもてあそびつつ、思う。


 ――じゃあ、俺はどうなんだ。

 一ヶ月前のタイタンは、伸るか反るかで乗らなかった。

 うじうじと悩むのはやめたはずだが、未練が無いといえば嘘になる。こちらにも、あちらにも、未練だらけだ。父さん母さん何してるかなぁ。ああ、そういやそろそろ仕事始まってないか。いや、それよか騎士団大丈夫かね、ヤーマは上手くやれてるのか。バイカは今大丈夫か。ずいぶんと旅の途中で避難民に出会ったが、彼らは大丈夫かね――

 千路に乱れる思考。

 まとまらぬものだが、今やらなきゃいけない事位はやれるもんだ。


 ――とりあえず火をつけるか。


 タイタンが手に持った木片と木片を高速ですり合わせると、十秒とたたぬうちに煙が立ち昇る。地面に置いた枯れ草に火口が移ると、後は時間の問題――と思った途端。ざばぁと言う音と共に、タイタンは冷水を頭からぶっ掛けられた。


「何するんだよ!?」

「た、タイタン、おめー、ここじゃまずいわ……ま、周りに飛び火したらどうするよ」

「ん……ああ、悪い」

「おめぇもボケェっとしてるよーだけど、何か悩みでもあるべか?」

「いや、違う。ここ暫くのイロイロを思い出してただけさ。……慣れるもんだ」

「あ、ああ、慣れるもんだべ……」

 二人の視界にはいるのはセピア色の野山。一見、秋の終わりの正常な光景のはずが、妙に無機質。サイハテへ向かえば向かうほど判る、命と言うものが静かに抜ける、桶の底に小さな穴が開いた様な、何ともいえない風化していくような感覚。


 人の住まぬ異界へ進むほどに、獣も、人も、静かに消えていく。

 不気味とは言うまい。

 これも、慣れだ。





 骨。

 恐らく子供が一人、母一人の行き倒れ。

 亡くなって、数日も立っていないはずだ。

 だが、骨。

 たかる虫すらろくにいない。"絶望の迷宮"の臭いに、とてもよく似た臭いであった。

 チャカ達四人が旅立ってから、数えるのも馬鹿馬鹿しいほどの避難民に出会った。ただ、それも日が経つにつれてどんどんと数が減って、今ではもう、殆ど居ない。

「今日も生存者、ゼロ、と」

 反比例して、道中目立つのは屍骸だ。

 チャカは小さな手を合わせ、成仏を祈った。いちいち気分が悪くなっていた時と比べると、これは成長なのだろうか。涙も出ない。他人事だからだろうか。


「この辺り、もう逃げ遅れた人は居ないのかな」

 ――馬は早々に手放した。避難してきた人達が困っていたから。食料と水も、結構分けた。帰りはあんまり考えたくない。行くだけで結構、ギリギリだ。

 サイハテに近づけば近づくほど、人の気配は消える。

 人の居住できない土地に変質していると言うことは、誰に説明されるわけでもなく、理解できた。


 何しろ、もう既にサイハテの近くである訳で。"邪神領"の中央部は千年樹海。ここが一つの惑星だとしたなら、赤道直下な訳で。進めば進むほど、暑い。


 けれど、このセピアの光景。


 枯れた植物に、寒々しい空。命そのものが失われた光景。人も動物も本能で逃げ出しているのだろう。ここには住めない、と。

 だから補給は――難しい。


「甘かったかなぁ……見通し」

 チャカ自身、後悔はしていないと思う。少なくとも、自身が納得できるように行動している。皆納得して付いてきている。

 だから、誰に言う訳でもない愚痴みたいなものだ。後先考えない愚かさに対するぼやきみたいなもんだ。


 "邪神"が復活して、サイハテが人の住む町じゃあなくなって、その周りの街もドエライ事になっていると言う話は散々聞いて、実際に見た。その度にナイトウはナイトウで、怒ったり、悔しがったり、泣いたり……まるで万華鏡だった。思い出すと、チャカはちょっと笑ってしまう。二組の死体を前に、口の端を歪めて笑う様は、どこの人非人だ。

 そう考えると、チャカは自己嫌悪に陥ってしまう。


「あまり慣れるのも、良くないね……」

 そうは言えど、慣れないとやってられないのも事実であるけれど。

 風が吹く。ぶるりと体が震える。寒い。


「寒さは……慣れないね。ホント」

 "十字"は折れた。(ソコ)から湧き出す魑魅魍魎どもも見た。しかし、肝心の邪神の軍勢は見かけない。

 だから、チャカ達の旅は、困難ではなかった。道中は平穏すぎた。

 それが、嫌な予感を伝えている。

 ――じゃあ、どうして見かけない。


「……邪神さえ倒せば、何とかなるはず」

 その他諸々を飲み込んで、チャカ達は進んできた。


「決着、つけなきゃ」





 ***





 クオンの都、トコシェ。

 一月前の"十字"喪失の爪痕は確かに深かったが、都は広い。受けた傷の度合いも地区によって当然違う。既に以前の通りに復興した箇所も多い。

 人の営みは、続いている。

 生きているのだから、当然だ。


「さーて、どーするか」

 酒場。道にうっすら積もった雪化粧を眺めながら、エムオーは杯を傾けた。


 ――ゼロは乗って、腑抜けになった。ピケの亡骸を抱えて笑ってやがった。アンパイとニクマンとチュイオは消えた。無事を祈ろう。ムショとシゴは行方が判らない。一体どこへ行ったのやら。仲間を探して、早一ヶ月。恐らく、これ以上の進展は見込めないだろう。そうなると、単独で計画は進めなければならない。

「邪神を倒すにも、ソロでは――」

 

 一口飲んで、エムオーは杯をテーブルに置いた。牛乳だ。考えをまとめる時は、これに限る。アルコールはとてもじゃないけれど、飲めたもんじゃない。飲んだこともない。大体、苦くて臭くて頭が回らなくなる毒を飲む奴は馬鹿か阿呆のどちらかじゃないのかと、エムオーは常々考える。


「どうするも何も、君はもう決めてるんでしょ。倒すんでしょ? 邪神」

 エムオーの独り言に割り込む雑音。散々撒こうとして、結局撒ききれなかった雑音の主。ジャンヌは、変わらぬ軽さで濃い紫色のぶどう酒をガバガバ飲む。頬はほんのり赤く染まっていた。


「それで、仲間が必要なんでしょ?」

「――ソロでやっても、勝てる可能性が無い訳じゃない」

「でも、エムオー君は躊躇してる、勝てる見込みが薄いから、ビビってる」

 ヘイヘイビビってるー、とジャンヌは飲んでいた杯をテーブルに置いて、煽った。指先がエムオーの頬をつつく。


「うっせぇ。使えない奴らと馴れ合いたく無いだけだ」

 エムオーが毒づくと、チェシャ猫のような笑みを浮かべたジャンヌは、エムオーの肩を抱く。片手で拳を握り、ぐりぐりとエムオーの頭に押し付ける。


「使えるか使えないかは、一緒にやってみなきゃわかんないじゃん?」

「組んでみなくても、名前をみれば使える使えないは判る。(だがー)×(ばつ)(まる)で囲まれた名前で、地雷じゃなかった奴はいない」

「はは、ばっかじゃないの? 名前で判断するなんて、どこの文化圏の人よ。それならエムオー君のほうがよっぽどオカシイ名前じゃない」

 エムオーも、まったく馬鹿馬鹿しい話であるとは思っている。だが、組む奴の名前に†だのOだの×だの、妙ちきりんな記号が引っ付いていると、躊躇してしまう。新しく組む奴が、そうであるなら、尚更だ。


 ――だが、そんな些細な事は、単なる言い訳に過ぎない。

 取り返しが付かない道を、最初から歩んでいる事をエムオーは承知している。

 エムオーはテーブルに置いた杯を改めて取って、中身を飲み干した。


「ップフゥオ!?」

 牛乳ではない、葡萄を発酵させた飲料の味が、エムオーの口内にぶわっと広がる。不味いとも美味いともいえない。それよりも喉が熱かった。咳き込む。

「弱いんだ、お酒?」

「……そんなんじゃ無い」

 ジャンヌは馬鹿笑いしながら、意地を張る少年の背中を馴れ馴れしく叩いた。


「弱くないなら、少しぐらい付き合いなさいよ」

「……勝手にしろよ、バァカ」

 酒場の主人に、ジャンヌは追加を頼む。

 瓶一本。真っ赤な液体をなみなみと杯に注いだ後。

「じゃあ、乾杯」

 チィン、とすんだ音を立てて、打ち合わせる。


 ――一杯引っ掛けただけで、エムオーは倒れた。





 酒場の主人は、椅子を四つ占領して横たわるエムオーを見て、午後(タシタ)の鐘が鳴るまでには、出てけ。そう言って、店の奥へと戻っていった。青い顔をして、うんうん唸り声を上げるエムオーは、無力だ。まさかここまで自分に弱いものがあるとは、想像もしていなかった。

 倒れたエムオーに興味を失った様に、ジャンヌは飲み続けて――手が止まった。


「そういえばさー、アタシ、エムオー君に聞きたい事があったんだ」

「なんだよ……」

「前にも聞いた気がするけど、後悔とか、全く無いワケ?」

 酔っ払いは、無敵だ。だから、聞かなくても良いだろう事を聞いた。


「無い」

「へー……」

 空っぽになった杯の、最後の一滴まで飲み干したジャンヌは、もう一度同じ事を聞いた。


「本当に?」

「……全然してないっつったら、嘘になる」

「後悔するなら、最初からやらなきゃいいのに」

 エムオーの青ざめた顔に、青筋が立つ。

「だけども、僕ァ、後悔はして無い」

 また、沈黙。


「大体さ、皆に最初っから、戻りませんかーって聞けば良かったんじゃないの?」

「うっせ、うっせ。超うっせー」

 ゆらり、立ち上がる。千鳥足で、ジャンヌの座っている椅子へ。酒場に客はもう居ない。視線を向ける者も居ない。


「大体、一緒にヤってくれる奴らなんて、いねーよ」

 ゲームだッた頃から、いねーのだ。

(ハナ)ッから僕ぁは詰んでいた|。升使い(チーター)で、BOTerで、RMTerな僕らは、彼の世で荒らしまわったワケさ。そんな奴らを最初ッから誰が信用するさ?」

 確かに、手段を選ばすテッペン目指したのは、エムオー達だ。

「此の世に来る事が判っていたなら、ンなこたぁやらなかった。こんな事になるたぁ、誰もわかんなかった。僕も、アンタも、ゼロも、誰しもだ」

 たかがゲームの、ほんのちょっとの悪い事。

「そりゃま、そうだよね」

「手前らが他人からどう見られてるかなんて、あんた等よりか判ってるさ」

 バレなきゃいい。そんな程度の程度の小悪だった。

 そんな程度の小悪でも、信頼は消える。

「例えば僕と、ベルウッド。どちらを信用するか?」

「それは」

 過去は消せぬ。

 言うまでも、聞くまでもねーのだ。

「んで、此の世の仕組みを理解って貰う為には、最低でも一度は死んで貰うしかねーから」


 ――殺った。


 こちら側でも、エムオー達はやった。

「シルキーだっけ。あの子が一番酷かったさ。こっちを見る目が、マジでビビってるんだよねって…………そりゃそーさ、幾ら帰りたいつってもさ、てめえの心臓エグった奴と、どうして仲良くやれるよ。で。マトモに動けないのさ、一緒に居ると。だから、自分達で、自発的に、勝手に行動出来るように情報を与えた――結果、この世界をぶっ壊しかねない選択を取る事になった、って話で」

 エムオー達が積み重ねた小さな罪は、耐え切れぬほどに重い罪になった。


「だけど僕ぁ、それを悪いとは思わない、思ってはならない! そこを後悔をしたら、彼らに失礼じゃねーですか。僕ぁ、そこまで恥知らずじゃねー!」

 エムオーは足を滑らせて、頭からジャンヌに向かって倒れこんだ。


「世界と自分と天秤にかけて、自分を取った――あの波に飛び込んだ奴らは、十分"英雄"さ。僕ぁ……ちげーけど」

 もごもごと呻くエムオーを受け止めて、ジャンヌは笑った。


「ふぅん。思ってたよりずっとマトモじゃん、エムオー君」


「やっちゃった事は、無かった事に出来ないし。アタシも結構色々それで後悔してるけれどさー」

 人間は皆、過ちを犯す。ジャンヌだって、間違いだらけだ。

「それって、どうしようもないじゃんね」

 人間は皆自分勝手だ。ジャンヌだって勝手だ。

「みんな勝手で、それでいいじゃないの」

 だから、ジャンヌも勝手に――


「許すよ、アタシは」

 大体、彼らがやった事は聞いた。腹も立った。むちゃくちゃだと、ジャンヌは思った。

 だから、彼らの今までにやった事(・・・・)は狂ってて、理解できないし、赦されない。

 でも、これからエムオーがやる事は、やりたい事(・・・・・)は、理解できるし、赦す。


 ――赦す。

 実際に、迷惑をこうむった人たちは許せないだろう。けれど、誰かがこいつを許さなければ、こいつは誰にも許されない。


 それは、あまりにも――可哀想じゃないか。


「それじゃ、アタシがなったげるよ、友達に。邪神倒すのも手伝ったげるー」

「うへ……冗談は顔だけにしてくれ」

「そう来たら、その前にもう一杯いってみよーかー」

 真っ青な顔をしたエムオーと、真っ赤な顔をしたジャンヌが肩を組んで、真っ赤な葡萄酒を瓶からもう一杯。

 杯をちりんと――無理やり打ち合わせた時に、ずずん、と遠くで何かが崩れる音が、二人の酒場、彼らの耳に入った。

 直後。

 大銅鑼の叩きつける音。ガンガンガン、ガァンガァンガァン、ガンガンガン。単音三回、長音三回、単音三回。


「OH」

「……何がオゥ、だ。アメリカ人か」

「イエースイエース」

「イエースじゃねー……」

 魔物の襲撃を知らせる合図。


 珍妙な二人組みは、赤と青の顔でゆっくりと歩き出した。




                  第六章 混沌の大地 了 最終章へ続く

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