表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野郎達の英雄譚  作者: 銀玉鈴音
第六章 混沌の大地
92/105

第八話 暴露と擬態(4)


 愚かなあなた、私の声を書きとめようとした賢明なるあなた。

 実は私は、私達の神話を信じてはいません。

 そこで、私はあなたに問いかけましょう。


 それでは、あなた方の神は何処の地におわしますか?

 この地をおつくりになった、偉大なるあなた方の神は、どこにお隠れになりましたか?

 何々。休憩の為に、この地で眠っている、と?

 お前もそういったではないか、と?

 ただ、一休みする為なら、何故わざわざ岩のかたまりを飾り付けたのですか?

 何故、遥かな星の海、星の彼方から、この星を選び、あなた方を創ったのですか?

 風を、海を、太陽を、月を、火を、命を何故創ったのですか?


 さてはて、別の問いかけを行いましょう。

 "英雄"は何故に此の世に生まれたのですか?

 何々、我らが神と戦う為?

 いやいや、我らが神と戦う為ならば、あなた方の神は何故に自ら戦わない?

 万能の神ならば、よほどそちらの方が手っ取り早いでしょうに。


 何故?

 こう考えれば、全てのつじつまは合うのでは無いですか?

 あなた方の神はこの地に来た時には死にかけていたのだ!

 だから、この地を墓標に定めたのだ。

 せめても己の墓を、豪華に飾りつける為の墓守にあなた方を作ったのだ。

 だから――あなた方の神はとっくの昔に死んだのだ!

 だから、我らが神と戦えぬのだ。

 だから、"英雄"などと言う物を作ったのだ。


 間違いが無い! 間違いが無い! 間違いが無い!

 この地に居るのは我が神だけだ!


 ほう、神は死んでいない、と。

 なになに、十字を通してあなた方の神は力を振るえる、と?

 それでは、私の主張は一旦さて置きましょうか。



 それでは何故、十字を通してしか、神の力が使えない?





          クオン神話庁保管、封印指定禁書『かたまりのうら』より





「ベルよぅ、なぁ、せめて歩こうぜ、俺っちの膝はブレイクが激しいんだ」

 どっかりと大地に根を生やしたように、オジジは足を放り出した。べルウッドとクオンを目指す旅を続けて、もう何日か。

「またか」

 足を止めたべルウッドはあきれた様に言った。だが、オジジはこの主張が、軟弱であるとはとても思えない。なにしろ移動が全部、四六時中全力疾走(・・・・)である。"英雄"速度で走り続けるベルウッドに付き合わされるオジジは、たまったものでは無い。


「オジジよ。こんな速度で大丈夫か。急ぎなんだろう?」

「今はあんまり、俺っちの膝が大丈夫じゃねぇ……」

 が、どうにもこうにもオジジの内心は穏やかでない。

 膝の痛みも穏やかでは無いが、心の痛みはそれ以上。考えれば考えるほど、オジジの協力した事は、取り返しがつかないことのように思える。


 今まで通り過ぎた街を見る限り、"十字"をへし折った際に出てきたものは、実にまちまちであったようだ。

 巨大な影が(オジジには影としか例え様がない)、そのままグシャっと潰れて死んでいる(悪臭が酷かった)状態であったり。十字の代わりに四面体を組み合わせたような脈打つ何か(オジジには、なんらかの建物のように見えた)が出現していただけであったり。不定形なゲル状物質(叩くとブヨン、と震える感じは、中々気味が悪かった)がずぅっとブルブルと震えているだけであったりした。オジジ達がたどり着いた時には、そんな状態で、実に他愛もない――大人しい敵(ノンアクティブ)しか居なかったのである。


 しかし、実態はどうだ。最初のエンペンがマシな部類と言えばマシな部類であった。

 影が死んでいた街は、街の体を成してなかった。ハンペンのように薄く潰れた影の下に、肉が、潰れた家が。四面体は、表面の瑪瑙のような模様は一体なんなんだ。ゲルの中身に見えた白い何かはなんなんだ。どのような事が起きたかは、正確に判る訳ではないが。


 多くの人が街から逃げ去り、立ち去った痕が見えた。いまだ廃墟同然の街に住む人も幾名かいたようだが……おおむね通り過ぎた街は全て、嵐が通り過ぎたような後になっていた。

 ――やめよう。今は、何が起きたかはさほど重要では無い。今はとりあえず戻って、一刻も早く戦力を整えて、邪神の軍勢に立ち向かい、ギンスズやネクロンの阿呆らの死体を回収せねば。


「オジジよ、俺は思うのだが」

「なんだい、ベル」

「何でオジジは歩くのだ。移動といったら、こう(・・)いう風にするのが基本じゃないのか?」

 少し歩けばいい箇所も、べルウッドは走る。そんな箇所も、今のオジジには癪に障った。


「歩けよ! そんなに俺っちがのろのろしてるのが気に食わないのかよ!」

「オジジのいう事は良く判らん」

 加えて、べルウッドの様子もおかしい。べルウッドがベルウッドであることは本質的に明らかなのだが、オジジには、どうにもこれがべルウッドであるという感覚が揺らぐのである。

 寝ている様子が殆どない――いや、これは元々のベルウッドもそうであった。

 妙な所で変な事を言い出す――ああいや、これも元々のベルウッドもそうである。

 一寸常識が無い――ああ、オジジも他人の事は言えないが。

「ならば、背負えば良いか」

 ひょい、とオジジの襟首をべルウッドが掴み、背負い、走り始める。

「べ、ベル、首が、首が絞まるッ!?」

 ぐぇ、と空気の抜けた悲鳴と共に、異常なまでの速度で二人は駆ける。馬より早い速度で、人二人が駆けるのは、昼夜問わずの強行軍。


 何もおかしな箇所は無い。そして、もうすぐ首都だ。

 長いようで短い徒歩・・の旅だった。





 ――そして、首都。


「もう三日目(・・・)だ。俺らにゃもう、時間ってもんが残されてねぇ」

「せやな」

 スカした態度が気に食わないし、こいつも十分キチガイだ。十分ヲチる対象でも有る。

 だから、こいつはこいつでまた別件で晒し上げる。戻れたなら、それこそブログか何かで、一本話を書いてもいいだろう。戻れなかったらそれこそ、酒の肴になるだけだ。ニヤニヤと笑いながら、ミミ子は思う。愉快痛快、それこそが信条。


「こいつで、最後の十字のはずだな」

「せや、同志が既に全部割ったはずや。これでダメなら、どうするつもりや、ゼロやん?」

「……全く、どうすっかなぁ。機能停止したフェネクの方のも全部割ってくるか、どうすっか」

「ウチは別段、帰れんでもまぁ、ええねんな。どうせ、糞みたいなアレやし。他の奴らと違って、ウチは面白そうやからアンタに協力してるし、成功を祈っとるけどなぁ」


 シルキーが主体となって集めた、"帰還連合"とでも呼べる面子の現状は、十五名と一寸。各ギルドにチラホラと、草として忍潜んでいた彼らは、アンリミテッドとほぼ同じ目的を有するはずの面子である。ただまぁ、実の所、面白そうだからミミ子はこうして色々と協力してやっている。


 ミミ子はぽんぽんと"十字"を叩きながら、再び起動。今度は"飛ぶ"為。ぞわりと全身の毛が逆立つような、青い光が十字から湧き出し――沈黙。当然、飛ぶ先など無し。帰ってくるのはエラーばかり。


「間違いない。これが最後の"十字"や」

「……ありがとうよ」

「アンタがそー言う事を言うとは、毛ほども思っとらんかったわ。もうチョイ、マジキチやと思うとった」

 噂はアテにならへんなぁと、ミミ子はニヤニヤ笑って記憶を漁る。ゼロ達の噂は実際酷いもので、共鳴痛の面子の中ではひとでなしの扱いを受けていたものだ。

(そらま、"大穴"の時の狂乱ップリを見たら、ドン引きするのも違いない)

 ただ、こいつはキチガイはキチガイでも、話のわかるキチガイだ。


「ほんじゃ大将、後は、あんたがええ感じにキメとき」

 プラプラ手を振りながら、"十字"から離れる。どこで割ってもそれなりに怪しげな化け物が出てくる、という話だ。ミミ子は巻き込まれても嬉しくない。こういう事は高みの見物に限る。


 "十字"広場に残るはゼロと、膝を砕かれ、顔面を変形させてうめくケイジの二人。


「まぁ、アレはやめとけ。アレは」

 亀になってうめくケイジに、ゼロは同情したように語り掛ける。

「にゃんれ、ふぉまへに、ひはれはくはい」

「卑怯者の俺も、心底反吐が出る真性の裏切り者って奴さ……いやはや、色々切羽詰ると、人間本性がでらぁな。まぁ裏切る様に仕掛けた俺が言うのもなんだけどな、一般的な男女のお付き合いはオススメしねぇって」

 軽くケイジの尻に蹴りを入れながら、ゼロは「ああ、男女とも言えないか」と口を滑らせた。


「けれどまぁ、俺はアイツがやった事は非難しない。だからなんだって奴さ、アイツがやりたいことを実現して、何が悪いって話だ」

 それでも――多くの奴らに嫌われ、話も聞かれない、今のゼロのような立場にはならないだろう。うまく立ち回って、どちらの信頼も程々に勝ち取り、どう転んでも程々に負けない程度に立ち回るのだろう。まったく器用で、羨ましい事だとゼロは思う。


「……ミミふぉ()も、アンリミでっどなのふぁ?」

「ちげーよ、カス」

 戯言を言ったケイジのみぞおちに、ゼロは硬いブーツのつま先をめり込ませた。

 あいつがアンリミテッドな訳がない。アンリミテッドと、帰還連合は心底別物の組織である。少なくともゼロはそう思っている。彼らを、アンリミテッドとは認めていない。





『俺達は俺達で勝手にやる』

 ――水が無ければ回復薬《POT》を飲めば良い。水さえあれば、余裕を持って脱出出来る。もし、大集団に紛れれば、身内以外に資材を分け与える羽目になるかもしれない。うすのろ達と混じれば、トラブルの元になる。元々、一匹狼の集まりみたいなものだ。だからと"絶望の迷宮"で"一ギルドだけでの"単独行動を取った。


『一緒についていったら、最初に尻尾を切られる可能性が高いのはあたし達だし』

 事実、彼らは今までに散々やらかした(・・・・・)為に、まともに受け入れられない可能性が高い、という極々真っ当なピケの意見に全員納得したのだ。


 そして、最初の蘇生。それを見たエムオーは、復活が可能なら、試して見なければ気が済まないと言った。

『それこそ、最悪水も何も無くなったとき、多人数で脱出をするより、一人に資材を集めた方が便利だよ』

 確かに、それもそうだ。『一息で殺って、痛いのはあんまり好きじゃないし』とエムオーが最初に犠牲になった。


『マジヤバイ。もしかしたら、僕ら、死ぬかも』

 そこからだ。無事復活したエムオーの発した言葉から、ゼロ達は変質していく事になったのだ。


『僕らが何を言っても信じられる事は無いだろう。で、マジで時間が限られているのも事実』

 だから、ゼロ達は言葉ではなく、行動で示した。


 チキンなエムオーが"絶望の迷宮"で自らの身を傷つけ続け、その血肉でゼロ達を生きながらえさせたのも、いざと言う時に"スキル"が使えないと話にならないからだ。地獄の責め苦に耐えて、かってと同じ戦闘能力を蘇らせた。野良を襲って絶命させたのは、ゼロ達が万の言葉を発するよりも、一の現実を見せた方が早いという判断からだ。


 そして、勝ち目の殆どない――多人数戦を、主となる集団に仕掛けたのは、何個かの理由がある。一人でも"無関係な、集団に属した面子"が死ねば、気がつくだろうと言う淡い期待と、ゼロ達が奪った箇所の"所有権"を一旦リセットする為。


 各所の"十字"を割ったのも、各ギルドの"穴"になりそうな面子を篭絡して行ったのも、戦争を仕掛けたのも、全て、綱渡りのようなものだ。そして、苦痛に満ちた道のりだった。


 最初にピケが心労で狂った。今も狂ってる。ニクマンはいつも食事していないと落ち着かないようになった。現実のあいつは、ガリガリなのにだ。チュイオは常にカリカリとしてやがる。アンパイは一層無口になった。ムショは元々粗暴な奴だったが、尖りに尖りきっちまった。ゼロは、段々と"ゼロ"に近づいている。


 同じ血を啜った、同じ肉を食らった、同じ腐れ外道達。

 それでも不思議な事に、各々勝手に同じ目標を目指していたのだ。

 ゼロはそれ以外を、アンリミテッドとは認めない。


「俺は戻りたいから、戻る為に何だってした。だけど、世の中そういう奴だけじゃねぇ。おもしれぇから晒しあげる。気にくわねぇから、ぶん殴る。そういう気分屋だから、積み上げた信頼をあっさり裏切る。ま、そういうクズもわんさと居る。それでもなんでも、身内の邪魔さえしなけりゃいい。それが、俺達だ。それが、アンリミテッドだ」

 けれども、まぁ――ふと、ゼロは最後の"十字"を見て。


「あいつは、別モンだ。俺達とは違う」

 その周りに残る、無数の足跡を幻視して。かってを思い出して。

「でも、そういう生き方があってもいいだろうさ。お前らにゃ、理解できないかもしれんが」

 胃の裏までけり込まれて、反吐を吐きながら悶絶するケイジには、理解できない。もし、真っ当な状態で聞いても理解出来ないだろう。そんな痴態を晒す男を見下しながら、ゼロは双剣を抜いた。

 これで何事も無く、終わってくれれば良い。ゼロは、信じても居ない神に祈った。

 そうなら全ての苦労が報われる。自分達に向けられた悪意も全てチャラにしてやっても良い。なんなら、ビールの一本だって奢ってやっても良いだろう、現実で。


 だが。多分。そう上手く行かないだろう。

 そんな予感もゼロは抱いた。此の世に来てから、嫌な予感こそ良く当る。


「さぁて、鬼が出るか、蛇が出るか」

 ゼロ、最後の"十字"に己の双剣を突き立てた――


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ