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野郎達の英雄譚  作者: 銀玉鈴音
第六章 混沌の大地
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第七話 暴露と擬態(3)

 クオン王国、首都トコシェ。三の月も二十日を過ぎて、もう十分秋。


 ほんの少し前までは暑く感じた風が、今日は肌寒く感じる。サトウカエデの葉が徐々に赤く色づき、気の早い葉は黄色のまま落ちる。落ち葉がちらほらと中庭回廊に目立つ、離れに陣取るグッさんの執務室に、また一つ書類が運び込まれた。本日三個目の、ベルウッドの許可なしでは認可できないものだ。


 "会議"から十日が経った。ベルウッドらは戻ってこない。

 グッさん――グワイアクムは、どんぶり勘定が多いギルド内部のやり取りでは、余り細かい事をとやかくは言わない。しかし、流石に予定を大幅に超えて帰還しない、ギルドの長に対しては苛立ちを隠す事が出来なかった。


「ベルさん、流石に遅すぎるよ」

 彼の決済なしに処理する事が出来ない書類が、そろそろ小さな山を作っている。自分の裁量で通せる話は出来る限り通しているが、そろそろ戻ってもらわないと困る。グワイアクムは、立ち上がりながら、禿げ上がった刺青頭をカリカリと神経質に掻く。仕事の最中だが、休憩を取ろうと廊下に出た。


「グっさん、ちょっとオケ?」

「なんだい。ギルマス通さないと倉庫の物件は出せないよ」

 そんなグワイアクムに、ばつの悪そうな顔で話しかけて来たメンバーが居た。話しづらそうにちらちらと顔を見ながら、いや、そうじゃないんだ、と小さくこぼす。


「じゃあなんなんだい。ギルド倉庫関係以外で、マスター通さなくても良いようなのならチャッチャとやるけれど」

 特に最近、グワイアクムの頭を悩ませていたのが"ギルド倉庫"の利用に関しての業務だ。

 ギルドとして"十字"に預けたカネやら道具やらを引っ張りだすのには、サブマスター権限が必要である。調子の悪い"十字"相手に、しち面倒くさい引き出し作業を挑むと、かなりの時間を取られてしまう。権限を持っている他のサブマス、ギンスズやオジジや赤盾が居たのであれば、この作業に当たらせても問題ないのであるが、"会議"に彼らは出張っている。


 つまり、グワイアクム一人しか、今は"ギルド倉庫"を触ることが出来ない。

 しかし、毎日、かなりの頻度で引き出したいという陳情が来ている。暇をもてあました奴らが、武器防具や秘薬類の"生産"に手を出したいという理由でだ。


 ――今後、色々物入りになる事は、容易に想像がつく。

 王宮には西の帝国(フェネク)の情報が、時々流れてくる。遥かに離れた土地ではあるが、"戦争"が与える余波は、グワイアクムには予想が出来ない。少なくとも、好転はしないだろう。MOB狩りも行っていない今、ギルドで貯蓄している資材は出来る限り温存しておきたい、と考えている。


 グワイアクムは、今、責任者の立場にある。ギルメンの中でも最年長の彼だが、責任者リーダーとは一体何を成せば良いのか、いまいち判らない。社壊人(誤字に非ず)だが、責任ある立場に着いた事は殆ど無い。手探りだ。出来ることを成すしかない。


 グワイアクムは仕事パンの提供はできるが、娯楽サーカスの提供はできない。

 だから、別の仕事を与えているのだが……それでも暇を持て余すのだから、娯楽の少なさには閉口する。こういうときに、さらっとベルウッドは企画を立てて、遊びの提供が出来る才能があった。


 代理だから仕方がない。そう割り切っては居るものの、こういう面で、年齢とは別に、才能と言うのは明確に表れるものだと、グワイアクムは嫉妬を感じる。


「グッさん、許可は許可なんだけれど倉庫とかじゃないんだ」

「んじゃあ、何なのか|。はっきりして欲しいな」

 共鳴痛レゾナンスペイン内部でも、様々な面子が居る。

 グワイアクムの目の前で、話し辛そうに言いよどむ青年は、確か――オジジと中が良く、実年齢は大分若い区分に属する。ギルド内部でも時々浮く発言をするような、どちらかと言うとエンジョイ勢のケがある子だ、と思い出す。


「俺、思うんだ……けれど、もしかしてマスターは、何かヤバい事に巻き込まれたんじゃないかってさ?」

「そうだね。ベルさんは時間には厳しかったからね。何か事故に巻き込まれたのかもしれない」

「で、グっさん、俺、ミミ子と話してたんすけれど、ちょっと様子見てこようかって」

 確かに、様子見に数名出すべきか悩む箇所ではあった。しかし、ずるずると忙しさにかまけてもう十日。踏ん切りの悪さも、グワイアクムの短所である。


「ううーん」

「グっさん、頼むよ。実はもうミミ子の奴先に行っちゃったんだ」

「えぇー!? それは困るよ!?」

 両手で拝み倒す青年を見ながら、なんで勝手なことをするのかと、グワイアクムは不満を反射的に口にした。が、よくよく考えると、丁度良いのだ。それこそ、希望者を募る手間が省ける。ふむ、と少し考えながら、表情は変えずに、いかにもしぶしぶと言った口調で、続ける。


「しょうがないなぁ……じゃあ、いつ帰るかだけははっきりしておいてくれよ。あ、後……」

 小言染みたグワイアクムの話を右の耳から左の耳へ聞き流しながら、青年はこれから必要なものは何か、と考え始めるのであった。





 クオン王国首都、トコシェの街の中央部に鎮座する"十字"――大きさこそ異なるものの、どこの町にも見られる便利コンビニエンスなそれは、暫く前から調子が悪い。


 対照的に、ケイジ――先ほど、グワイアクムと話をしていた青年である。彼の心は浮ついていた。ベルウッド達の様子を見てくる、と言う大義名分の下、彼は彼で、目的がある。


 ミミ子だ。彼女と一緒に、旅をする。


 ミミ子は可愛い。ギルド内で、間違いなく、一番可愛い。つんと上向きの鼻が愛らしい。鋭いナイフで切れ込みを入れたような糸目が愛らしい。すらりと伸びた手足に、大きな胸が愛しい。何より、頭の上で揺れる耳が愛らしい。


 他の奴らはどういおうと、ケイジにとっての一番は彼女だ。意識したきっかけはなんだっただろうか。そうだ、思い出した。絶望の迷宮で腹を壊した時だ。真っ先にケイジに<穢れ払い>をかけてくれた事だ。あの時は、ついついつれない態度をとってしまったが、彼女のツンケンとした態度も可愛い。エセ関西弁っぽい口調が好きだ。火力が第一である事は間違いが無いが、その時ケイジは回復だって大事だと心底思ったのだ。だから好きだ。だから、ケイジは最近はミミ子の近くにずっといる。


 更に、一緒に旅行できれば、それはどれだけ、ケイジの心をときめかせることだろう。


「おおーい、ミミ子ー、待ってくれよー」

 "十字"広場で、十字に手を付き、暫く試行錯誤をしていたミミ子にケイジは駆け寄った。彼女のトレードマークである魔法のネコミミと巨乳が、振り返る動作でひょこりと揺れた。


「……ああ、アンタかぁ、何ぞ?」

「いや、ミミ子、今日も可愛いね。君がマスター探しに行くって言うから、グッさんに許可を取って来た」

「ありがとさん……で、その荷物は何ぞ?」

「僕も一緒に行こうと思って」

「何を言ってるのか、ウチには判らん」

 あきれた様に、ミミ子は肩をオーバーアクション気味に落す。がくり、という擬音が良く似合っていた。


「ホンマ、ウチ一人で十分や。アンタは足手まといにしかならん」

「それにしてもこの十字、本気でイカれたんじゃないかい」

 人の話を聞かず、ケイジは十字に手を当てた。


「そういう事は、二十回チャレンジしてから言いーな」

 この火力バカが、とミミ子も"十字"に手を当てる。今までなら、調子が悪かろうとも、十回チャレンジすれば一回はまともに動いた。逆算すると、起動率は二割弱と言う所か、とミミ子は計算する。そうなると、二十回、三十回、回すうちには――当たるはずだ。


「ビンゴ、来ないな」

 暫くの後、"十字"の起動を諦めた、ケイジのしょぼくれた声。

「うっさい。当たるまで回せば、起動率は百パーや。ガチャでも何でも、"当たらん"言うて、グダグダ言う奴は、試行回数が足らんのや」

 足らん足らんは、回数が足らんいうてな、とハスキーボイスのミミ子が"十字"の回路を回しながら言う。気分はガチャを回すが如く。ただ無心に、あたりの気配のみを信じて、回す。


 ケイジは十字の横に座り込んで、一心不乱に十字を前に念じるミミ子をぼうっと見続ける。そんな二人組を、首都の通行人達は奇異な目で見るが、暫く見た後、何事か納得して普段の通りの日常を送る。彼らも、トコシェの街の日常の一部として徐々に受け入れられていたのだ。

 ケイジはうとうとと、陽だまりの中で居眠りを始めた為、正確な時間こそ判らないが――大体小一時間も経過した頃。


「っしゃ、来たァーー!」

 ミミ子の嬌声に、目を覚ましたケイジも、急いで"十字"に触れる。経験則で、"十字"起動に成功した直後なら、遥かに高い成功率を誇る、という事を知っていたからだ。程なくして、ケイジもおこぼれに預かる。


 効率の良いやり方だ。と自画自賛したケイジであるが――そのドヤ顔も、すぐに困惑に彩られた。ミミ子が"十字"を起動させたのは"飛ぶ"ためではない。単純に"倉庫"の引き出しの為の起動だ。しかも、自分の権限では通常不可能な、"ギルド倉庫"――

 横にいるミミ子の顔を、困惑したようにケイジは見た。


「……っちゃー、ケイジも起動してもーたか」

 ミミ子の、さっきまでのお目当ての景品が当たった時のような誇らしげな顔が、クズレアだったと判った時のへの字に歪んでいた。

 何はともあれ、異常事態であることはケイジにも判る。しかし、何故、ミミ子がギルド倉庫を開けたのか。いや、自分も開けているが、何故こんな、不可能を可能に――

 糸目が、キュっと釣りあがった。ヘの字口が普段の調子で、エセ関西弁を紡ぐ。


「いやな、ケイジ。ごめんなぁ。まさかアンタも開くとは思ってへんかったんよ」

 四つある耳が、ひょこひょこと蠢く。

「ちょっとばかし、ケイジ、資材運び出すの手伝ってくれへん? やっぱ一人じゃ持ち出すの、しんどいやん?」

 色ボケたケイジの脳にも警鐘が鳴る。

「ミミ子、いや、これ、グッさんに頼まれた事なのかい?」

「……ああ、うん、そうそう。グッさんな、グッさんに頼まれたんよ、ウチは」

 ケイジが普段から観察しているミミ子は、何か誤魔化そうとしている時は他人の事を名前で呼ぶ。

「嘘だね、ミミ子。グッさんは。君の事なんて気にかけても居なかった」

 だから、ケイジは本当のことを喋って貰いたかった。

「本当のことを言ってくれ」

 ミミ子が過ちを犯す前に、正しい道に戻さねばならない。ケイジは、ミミ子の両手を取り、熱っぽく言った。

「ギルドのものを盗むのは良くない。ミミ子、君が盗んでいいのは、僕のハートだけだ」


 あー、と魔法のネコミミが空を仰いだ。居心地の悪い沈黙が、場を支配する。





 ――ミミ子はヲチャーであった。


 一般人にもわかりやすく言い換えると、スパイのようなものである。ただ、どこそこに所属していると言うわけでもなく、単純に観察した内容を、某匿名掲示板につらつらと、自身が特定されない程度に晒しあげる事が趣味の、己の好奇心を満たす為だけに存在する、晒し上げ専門の観察者ウヲッチメンであった。


 趣味が晒し上げ、と言うのは、中々常人には理解され難い行為である。

 確かに良識ある輩から見れば、とても真っ当な趣味とは言えない、悪趣味である、といっても良いだろう。だが、秘密と言うものは秘密にされるから暴きたくなるものだし、憶測と妄想の入り混じる世界で、自分だけが真実を握っているという立場にいるのは、非常に面白いものだ。

 自分が流すと決めた情報で世論が動くというのは、快感を伴う。何気なく流した情報が火付けになり、不正を働いたギルメンがフルボッコになった時など、イキっぱなしになりそうであった。また、これだ、と狙って流した情報が、結果的に火消しになったりした時は、世の中のままならないという無常観に襲われた。自身が特定されそうになった時は、冷や汗が止まらなかった。このギリギリ感溢れるスリルが、ミミ子の脳をアドレナリン漬けにした。人間下世話な話が大好きなものだ。

 ミミ子が話題を投入すると、閑古鳥が鳴いていたスレは加速し、加速したスレはミミ子に、全盛期のDFディープファンタジーを思い出させる――


 ほんの一月と少々前、ミミ子はヲチャーであった。

 そんなミミ子は、自分が醜聞の対象になるとは、思っても居なかった。

 まことに、不意打ちである。まことに、こっぱずかしい告白を聞いた。対象がミミ子自身でなければ、SSスクリーンショットを取って、ロダ《アップローダー》にあげて、全国区での晒し物にしている場面であった。

 数瞬の間、ミミ子の脳裏に走馬灯がよぎるほどの衝撃。信じたくはなかった。


「なぁ、ケイジ。なんも言わんと、手伝ってくれへん?」

「ダメだ。僕は君を正しい方向に導かなきゃいけない」

 信じたくはなかったが、目の前のケイジが自分に執心である事は、うすうすながら判っていた。あまりのおぞましさに、あまり考慮に入れたくなかっただけだ。


「……手伝ってくれたら、抱いてもええよ。ウチの体好きに使わせたる」

 ミミ子にとっての最大限の譲歩。此の世のアバターなど、にとっては大した物ではない。所詮は仮初かりそめのものだ。ケイジの手を、ミミ子は自分の胸にへばりつく、重たい付属物きょにゅう持って行き、触らせる。

 ミミ子の目の前の男の鼻息は荒い。ちょろい。

「どや? 悪い話じゃないやろ?」

 ケイジは、今にも乳を鷲掴みにして、揉みしだきたい衝動を抑える――理性で、獣性を押さえ込む。


「そうじゃないんだ。そんな即物的な物は欲しくないんだ。僕は――ミミ子、君の体が欲しいわけじゃないんだ。心が欲しいんだ」

 その言葉を聴き、ミミ子は、はぁ、と糸目を更に細く。





 硬いブーツのかかとに体重を乗せ、一気にケイジの内膝向けて踏みつける。グリッと足に伝わる嫌ァな感覚と、音。


「うん、まぁ、その答えは『NO』や」

 意味ある声にならぬ悶絶を響かせながら、ケイジの膝関節が破壊される。絶叫を上げたケイジの口に、すかさず拳を叩き込む、折れた前歯が空に舞う。膝に叩き込んだ足を軸に、固い石畳にケイジの後頭部はたたきつけられた。


「……それだけは、絶対にお断りや」

 曲がってはならない方向に曲がったケイジの膝と、へし折れた前歯。倒れ伏したケイジに更に馬乗りになり、二発、三発と追撃の拳。ケイジの鼻は曲がり、血が噴きだす。更に追撃。顔面が変形し、紫色に膨れ上がる。『何故?』『どうして?』と言う疑問を口にしようとする度に、拳が突き入れられる。

 数分もたたぬうちに、ケイジは単にうめくだけの肉袋。うーうーと唸りながら、ミミ子をおびえた視線で見る。


「"ギルド倉庫"のハックには手間かかってん。アンタ自由にさせといたのは、ウチの間違いやった」

「にゃ、にゃんれ、とんな。べづに、ふぉんなどどぼうしなくても」

 貴重レアな素材や馬鹿げた量の金が、"ギルド倉庫"には保管されている。だがそれらは変えが利く。確かにミミ子は"修道者"で、稼ぎが悪い。しかし、ケイジがミミ子の為に稼ぎに走れば、年も掛からずに倉庫一杯にしてみせる自信がある。ケイジは"魔法使い"だ。稼ぎの良さでは、他の奴らに負ける事なんて、そうそう無い。


 ケイジには理解が出来ない。わざわざリスクを取ってまで、ミミ子が何故、こんな愚行を犯そうとしているのかが、さっぱり判らない。

「なんで、ってツラしとるな……」

 ケイジが必死で頷く。理不尽にぶん殴られて、ひどい目にあってすら尚、まだ好意を寄せる視線に、ミミ子の心蔵がギュウと締め付けられる。

 こいつは、何もわかってない。


「――今日で使えなくなるんよ、"ギルド倉庫"は」

 へし折るからな、と馬乗りになったミミ子の口から、ケイジにとって衝撃的な発言が漏れる。

「中身、こない沢山あるし、溜めこんどるのを無駄にしたくないんよ。ウチの入れたモンも多いし、誰にも文句は言わせへん。貧乏性やとは思ってるけどな、これはウチの正当な権利」

 ぶつくさ言いながら、ミミ子は自分の魔法の鞄(インベントリ)に、ギルド倉庫中の、価値のあるアイテム類を移し始めた。


「まら、|まみあう、ほふんら」

「だから、ウチはウチの物を返してもらうだけやん? 今まで貸しとっただけや」

 ミミ子はケイジの折れた前歯を弄んだ後、ポケットに仕舞いこむ。


「大体、ウチの心は、誰にもやっとらんしな」

 ――それは、俺自身のモンやしな、とミミ子はつぶやいた。


「おーおー、激しい事で」

 ケイジの上に馬乗りになったミミ子の背後から聞こえる軽薄な声。"絶望の迷宮"で対峙したときから、ずっと気に食わないと思っていた声の持ち主。

「ええやろ。ウチのやり口に、アンタがケチつけるとは、思ってもみいへんかったわ」

「それで準備の方はいいのかい、ウヲッチマン?」

「ええわ。貸したモンはミミ揃えて返してもらったしな。もう未練も無い」


 ミミ子はかってオチャーであった。

 今も、生き方は大して変わらない。



 内情の暴露先が、匿名掲示板から面白そうな相手(アンリミテッド)に変わっただけだ――



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