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野郎達の英雄譚  作者: 銀玉鈴音
第五章 終末への工程表
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第十五話 終末の始まり


「は、話をしよう」

「うるさい、一発、殴らせろ」

「せ、戦争は、終わった。お前らの負けだ。オマエらの国の軍隊はもう、戻る準備の真っ最中だ。やめとけ、もう」

「何も、終わっちゃいない。まだ、俺は終わらせてない」

 目にちらつく灰色が疎ましかった。子供のように駄々をこねる隻眼の男を見て、ナイトウは振り上げた拳の落とし所に困る。怒りのままに拳を落としても良かった。断罪の拳だ。ムショらが居なければ、この街は壊れなかった。沢山死ななかった。助けを求める声が、目の前で途切れたりはしなかった。あのえげつない蟹も、何もかも。


(どいつも、こいつも)

 ムショを見ている内に、ナイトウの心がざわめいた。殴ればスッキリするだろうか。馬鹿な事をやった奴を、全部ぶっ飛ばして、燃やし尽くして。

「違う」

 ナイトウが振り上げて、下ろせなくなった拳を、金髪の男が掴んで、首を振った。


 おかれた時と、おかれた場所。共に居た仲間。ほんの些細な条件の差で、立場は変わる。

 この世界を叩き壊して、まっさらにしたら、の世に戻れるのなら。無論、良心がチクチクと痛むだろうが、その痛みすら乗り越える理由があるなら。やるだろう(・・・・・)。タイタンも同じだ、それを望む仲間が居るならばやるだろう。

 しかし、世界を壊す事を望まない仲間だったから、知って尚、ハッピーエンドなどと言い出す馬鹿な仲間だったから、今のタイタンがあるだけだ。


 もし、タイタンがムショで、ムショがタイタンであったなら。恐らく、多分、子供のように駄々をこねていたのはタイタンであっただろう。振り上げられた手を止めたのは、ムショであろう。


 だから、タイタンは憎む事が出来ない。お互い様なのだ。

 タイタンも、ナイトウに転がされている男も、過ちを犯した。だが、その過ちが戦を止めたのもまた事実だ。


 だけど、ナイトウは許す事が出来ないのだろう。やった事は無かった事には出来ない。


「俺を殴れ。お前の気が済まないなら、今は、俺を殴れ」

「……お前はメロスか」

 真顔で言った金髪を見て、ナイトウも、ムショも、一瞬毒気を抜かれた。海老反りになってシゴが一人で興奮していた。遅れて入ってきた、白金の娘と筋肉達磨は何が起きているか判らなかった。馬鹿揃いであった。

 ナイトウはとりあえず振り上げた拳を下ろした。夏の終わりの、季節の変わり目の生温い風が、部屋の中を通り抜けた。



「それで、話とは何だ」


 居心地の悪い空間で、ムショは自ら寝台に座り直した。今は、殴りあうだけ馬鹿馬鹿しい面子だと思ったからだ。全身の節々が軋みを上げるなか、暴れ続けるだけの気力も消し飛んだ上、この、生温い空気を振り払いたかったからだ。


「お、オレが聞きたいのは、本気でオマエらが、"十字"を、"世界"を、ぶっ壊そうとしているかだ」

 もういい年をこいた男が、少年のような真っ直ぐな視線で、澱んだ片目を貫く。

「それだけか」

 はん、とムショは鼻で笑った。どこまで真面目にこいつ等の遊び場をぶち壊す算段を立てているか、そんな事を今更聞くのか。そんな今更な質問に、軽い苛立ちを覚える。

「か、回答によっちゃ話は続くべ」

「本気だ」

 続く言葉を短く遮って、ムショは吐き捨てた。


「で、できっこねぇべ。だってオマエ等は……たった七人じゃねぇか」

「"たった"と思ったか。俺達が、お前らが思っていた程度に不真面目・・・・だと思ってたか」

 ムショは、自分達の覚悟を馬鹿にされている気分であった。馬鹿どもが、と思った。そんな少人数で、いつまでも続けれるものか、と。

 だから、哂った。

 馬鹿にされたと感じたから、全力の悪意を込めてムショは、嘲笑った。

「馬鹿どもが」

 残暑の残るバイカ、カノの館。生ぬるく吹いていた風も止まった。汗が、じわりと全員の体に流れる。


「俺達は、本気マジだ」

 後ろでアヘって居る奴は兎も角として、全く、ムショはいい仲間を持った。脳筋のムショだけでは追いつかぬ所まで、様々に手を打っている。ゼロは卑怯者では有った。アンパイも細かい奴だ。チュイオもだ。全員が全員、本気であった。手段を選ばぬ、本気さであった。


「な、何人死んだと思ってる!」

「何人死のうが、俺には関係が無い。味方だろうが、敵だろうが、それこそ、後ろで転がっている奴が死のうが、俺達には関係が無い」

 身内すら一顧だにしない、というムショの台詞に、ナイトウは絶句した。絶句した一番のお花畑に見切りをつけて、ムショは次に弱そうな奴に向かって、言った。


「知らぬが花、とは良く言うものだ」

「……どういう事」

「刃でも人は死ぬが、刃だけで人が死ぬわけではない」

 流れた汗が、ムショの一言で凍る。


「こんなに目立つ俺達が、フェネク国内で、どうして今までバレなかったと思っている? 仮にも、大手"ギルド"の"じゃんぬ†だるく"が存在していて、だ」

「まさか……ジャンヌに、何をしたの!?」

 噛み付くように、ムショの胸倉を小さな手が掴んだ。手が、震えていた。


「奴には、何も――少し雑談でもしよう。お前、ネカマだろう?」

 丁度いい、と。一つ目の視線が、チャカの頭からつま先までを舐めまわす。

「――だから、何さ」

「お前は、その体に違和感を覚えないのか?」

「ない。私の体だもん、あるわけがない」

 何を馬鹿な事を、とチャカは思った。この体になった時から、そんな違和感を覚えた記憶などはない。


「身長、体重、性別、人種、全てが異なる、その体に違和感を毛ほども感じないのか?」

 ほう、とムショは感心したように、哂う。

「俺は、違和感の塊だ。ほぼ全て合致しているような俺でも、違和感の塊だ。他の奴らも、違和感の塊だった」

「ソレが、何さ」

「まったくの違和感が無いならば、お前……本当に男か?」

 嘲りを含んだ表情で、じいっとムショは、チャカをみた。再び全身を舐めるように見た。


「うるさい……」

「それとも真性のソッチ系か。ソレが、理想のお前の形か?」

「うるさい、うるさい!」

 ナイトウも、タイタンも、介入する事が出来ない。チャカ個人に向けられた、言葉の大鉈が容赦なく、更に振るわれる。

「じゃあ、質問を変えるか。お前が好きなのは、男か、それとも女か?」

 目を背けていた、耳を塞ぎたくなるような呪いをムショは紡ぐ。


「うるさ……い」

「どちらを好きでも、ひどく薄気味の悪い話だな」

 既に力なく胸倉を掴む手を、軽く振り払いながらムショは言った。扱いやすいおもちゃを相手に、嗜虐的に顔が歪む。


「この話をした後、大体のネカマは、刺さずとも、挿さずとも――」

「黙るッス」

 ヒゲダルマが、握り締めた拳を振るった。鉄拳が、ムショのこめかみに吸い込まれるように走る。ムショの座った寝台が、悲鳴の様な軋みをあげた。

 凍てついたような沈黙の中、荒い呼吸だけが世界を支配した。


「……別段、お前らが。誰を掘ろうが、掘られようが。俺が知った事じゃない」

 射殺すような視線をヒゲダルマに送りながら、拳で断ち切られた会話を再びムショは続けた。悪びれもせず、ムショは、ムショの正義を語る。

「お前らが満たされているのなら、それはそれで、幸せな事だ。だがな」

 舌打ちをしながら、ムショは全員を順繰りに見た。ヒゲダルマは怒っていた。チャカはうつむき、歯を食いしばっていた。タイタンが、汚いものを見たように一度、視線をそらした。ナイトウは、沈黙を続ける。

 当然の事だ。誰もが誰も、己の正義を持っている。


「誰もが望んだ形が、ここにある訳じゃない」

 それでも、この場に居る誰もがムショを見た。

「俺達が何人蘇らせた(・・・・・・)と思っている? 俺達の本気が、それだ」


「オマエらの本気は、よく、わかった」

 正義の反対は、また、正義だ。

 ナイトウがそんな事も判っていなかったのも、事実だ。

「オマエは、オマエらは、確かに正義だ」

 けれども、ナイトウは、沈黙を破った。良心が、ムショの暴言を許さなかった。

「だ、だからって、何をほざいても、何をしても、いい訳じゃねぇべ!」





 ベルウッドは、ただひたすらサイハテの"十字"で待つ。


 約束された時間は当の昔に過ぎた。

 "会議"の参加者の集まりは、予想以上に悪かった。


 半端に優秀であった事が、ベルウッドの不幸である。

 半端に優秀であるが故に、己の先が見える。一見、何も変わらぬ薄皮を積み重ねるような、つまらない日々を繰り返すも、一つ二つの何かで積み上げた全てが崩れ落ちるような。つまらぬ日常を繰り返して、つまらぬ大人になり、つまらぬ人生を送り、つまらぬ何かでそれらが崩れ落ちる未来が容易に見えた。


 がんじがらめの七十億人の中の、一人に埋没する先が見えた。


 無論、ジョブスやゲイツのような、一握りのリアルな英雄は、そのような日常を突破した先の、スリリングな世界を謳歌する事が出来るだろう。

 しかし、ベルウッドでは無理だ。それが許せれない。

 だから、埋没しない世界を探した。


 それがたまたまMMORPGの、ディープファンタジーだったという事だ。ベルウッドの優秀さでも、突き抜ける事が出来るような世界があった。代償行動だと自身で理解してはいた。それでも止まらなかった。理想の箱庭がそこにあったからだ。

 だから、箱庭の終焉という結末には、絶望と怒りしかわいてこない。。

 この時間に遊ぼう、集まろうと、約束した面子がこないのは、もう何度経験した事か。

 終わりが見える暫く前から、櫛の歯が欠けたように、一人、また一人と。ぽろぽろと歯抜けになって行く世界に、ベルウッドは苛立ちを覚える。


「もうそろそろ、打ち止めか」

 サイハテの風は、火照った思考を醒ますのには丁度良い。

 ベルウッドはここ一ヶ月を思い出す。

 実に刺激的な一ヶ月であった。水も食料もなしの、脱出行。王都についてからの、神経磨り減る、ギルド運営ゲーム。原因不明の"十字"の異常で、思うがままに世界を駆け巡れなくなってからの検証合戦。実に、密度の濃い日常であった。

 素晴らしい日常であった。あちらでは、覗き見る事すら出来ない世界だ。


 がらん、がらんとどこか物悲しい音を響かせて鐘が鳴る。夕刻の鐘だ。

 不調な"十字"を背後に、ベルウッドは待つ。集まった面子はギンスズらが会場の方へと送り届け、待たせていた。

 ベルウッドは空を見る。真っ赤な黄金であった。青と赤と金色が交じり合う、海のような空。流れる雲も、千年樹海も、サイハテの街並みも金色で染まる時。

 太陽と月が出会う時間。絶景であった。

 黄金に染め上げられた世界で、銀の鎧を着込んだ娘が、小走りに走ってくる。霧雨で濡れた路面に転ぶ。勢いで街の路石を割る。転んでぶつけた頭をさすりながら、また、駆け寄って来る。


「マスター、そろそろ始めませんか!」

 子犬のような笑顔。あちらに居ては永遠に手に入らなかったであろう、それを眺めながら。ベルウッドは重々しく頷いた。

「そうだな、"会議"を始めようか」

 夕暮れ、黄昏、逢魔が時。世界が真っ赤な黄金に染め上げられる時間帯。

 黄金の光につつまれた男と、銀の鎧に身につつんだ娘が、街を行く。


 黄金の時は、瞬く間に過ぎ去る。





 千年樹海から流れ込だす、サイハテ近傍、大河。

 濁った河にたらされた釣り糸を引く、魚。引かれる糸を、慎重に手繰る老いた釣り人。暴れ、ビチャビチャと揺れる水面。左右に振られる竿を、渾身の力で、引っこ抜く。


 金の光に照らされて、七色に輝くうろこを持つ魚が引き上げられる。


 入れ食いだ、いつにない大漁に釣り人は熱中していた。釣れる魚の種類は怪しいが、量はとにかく良く取れる。怪魚で一杯になった魚篭を腰に、汗を拭う。老いた釣り人は空を見た。少し、釣りに没頭し過ぎた様だ。普段引き上げる時よりも、よほど時間が経っている。

 夕刻、日暮れて、逢魔が時。魔の物が騒ぎ始めるまで、時間がない。


「いそがにゃあ、あかんなぁ」

 急いで釣具をかたす。釣竿を背負い。河に背を向ける。


 とぷん。ちゃぽ。

 背後に響く、複数の水音。この道で数十年、食ってきた釣り人は嗅覚が鋭い。危険に対する嗅覚が鋭いから、今の今まで生き延びて来れたのだ。その感覚が、急に告げる。走れ。今は走れと。ぱちゃ、と、三つ目の水音を聞いた時、掠れた悲鳴を上げながら、老人は走りだした。


 ひぃ、ひぃ、と息が切れるほど走る。目の前に広がる、暗闇。否、影。足に何かが引っかかる。転ぶ。引っかかった足から聞こえる、何か。べっとりと、足に引っ付けられた糸から聞こえる、何か。

"Qini?" "Lemmop?" "Qew ji lemmp?" "A" "O?" "O ji lemmop?" "Qummy!"

 意味はわからぬ。判らぬが。老いた釣り人は、死を覚悟をした。


 老いた釣り人は、死んだ。





                第五章『終末への工程表』了

・次章以降の更新は11月以降になりそうです。

・申し訳ございません。

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