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野郎達の英雄譚  作者: 銀玉鈴音
第四章 忌わしき技
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第十三話 時計 (2)



 クオン王国、首都トコシェ。

 ベルウッドの寝室は簡易な会議場と成り果てていた。

 "救国の英雄"として祭り上げられているベルウッド達には、王国から、それなりに広い離れの一角を割り当てられている、その一室。寝台こそあるものの、机はある、椅子もある。ならば、会議をするのにはまったく問題がない。

 共鳴痛(レゾナンス・ペイン)のマスター、ベルウッドは、"十字"の異変に気がついた直後、メンバーを招集した。現場に数名、連絡役に<飛行>が可能な"オジジ(魔法使い)"を割り当てた後に、報告を待つ。その報告も、三度目が過ぎた辺りから、部屋の中に鬼気迫る雰囲気が充満した。

 一風変わった戦場だ、とベルウッドはぼそりとつぶやいた。


 がちゃ、とドアノブが回る。ギィ、とノックも何も無し。部屋のドアが開く。その場に居た数名の視線が突き刺さる。


「ベル、"十字"が沈黙した。俺っち、すげえ眠いんだぜ……」

 しょぼしょぼと目を擦りながら、オジジが報告の為に部屋に入ってきた。

 今のオジジを見たら、誰も英雄とは思わないだろう。徘徊老人もかくや、という程度にふらふらとしている。いや、老人というのはあまりにも惨い。オジジの中身は、少年なのだ。無理をさせ過ぎたか、とベルウッドは少々反省をする。


「ご苦労だった。寝てもかまわん」

「わりーな、俺っちだけ楽してるみたいで……」

「そんなふらふらな状態で動き回られるほうが、よっぽど問題だ。休め」

 ふらふら、というよりヨボヨボという方がしっくりとする動きで、オジジは退出する。


(前はもう少し、動きが機敏でなかったか?)

 いや、オジジにとっては既に夢の中に居る時間帯なのだ、とベルウッドは一抹の違和感を押し殺し、会議を進める。


「それで、この事態をどう見る」

「マスター、ボク軽く走って見てきたけれど、凄く空間が『重かった』……よ?」

 いつの間に見てきたのだ、とベルウッドは内心で突っ込みを入れる。歩くたびに周囲の物を破壊する、凶斧使いの少女は恐らく、真っ直ぐに行って、真っ直ぐ戻ってきたのだろう。周りのものの事などまったく見ずに、己が道を行くマイペース。ベルウッドの頭痛の種がまたひとつ増えた。誰が勝手に見に行けと言ったのだ。


 しかし、ギンスズの動物的嗅覚も馬鹿には出来ない。


「グっさんはどう思う」

「重い、って言う感覚は僕には判らないけれども……。重いって言葉を聞くとあれだね、一時期のBOT大繁殖の時期を思い出すね」


「いや、それもありえんだろう。大体、自分達の総数が増える事は……ない筈だ」

 グッさんの言葉を、ベルウッドは即座に否定する。自動人形どもが跳梁跋扈していた時代は確かに『重い』という表現しか出来ない挙動であった。しかし、彼らがサーバーに負荷をかけていた理由は、主に物量。今の状況ではありえない話であった。


「じゃあ、DUPEか、他の升か、兎にも角にも、ゲームだった頃を思い出すね。あの時はデータ破損が怖かったな……」

「それ以外に何か要因は思いつかないか?」

 グっさんの懐古染みた表情。過去を見る遠い視線。たった一ヶ月前の事ですら、数十年前のことのように感じているような、そんな表情である。苛立たしげにベルウッドは他の面子を見回す。いっせいに話し始める彼らの雑談染みた会話から、ベルウッドは原因になりそうな単語のみを意識して選択する。


「なんか"十字"が使えなくなるイベントってあったっけ……」

「イベントの開始とかはどうだ?」

「"戦争"とか? いや、おきてる最中と、地域限定のはず。今"戦争"は起きてないからな、他に何ぞあったか?」

「いや、他ゲ的な強制イベントとかは無いはず、ほぼ常時"十字"は使えたから、これは異常事態だよ」

 各自が勝手に発言、様々な原因の推測が行われる。行われるが、ほぼ全てが否定。

 最終的に、最初の推測に落ち着く。

 異常事態で、正規の事態ではない。何がおきるか判らない。危険だ、と。


(――笑わせてくれる)

 会議が『"十字"の異常は明白だ、使用しない方が良いだろう』という流れに染まりつつある中、ベルウッドは内心笑う。

「良かろう。まず、一般のメンバーの"十字"の使用を禁じる」

 そのまま続けて、ベルウッドは言った。

「明日、検証班を組んで、この状況の解明に当たる――それでは、解散」


(異常事態、百も承知。この世にこの身がある、既にこれこそが、異常事態だ)

 ゲームであった時には『ディープファンタジーはオワコン』と散々他の面子は嘆いていたものだ。ベルウッドはその度に顔を真っ赤にして否定はしていたものの、本心では理解していた。


 ゲーム(MMO)としては終わっている。

 MMOとしては当の昔に終了していてもおかしくはない。むしろ、よく持ったものだ。

 採算など、数年前から取れていなかったのだ。経営やら、何やらのど素人でも判る。


 ――だからこその不審。何故、ディープファンタジーは終わらなかった?


 あの世で愚痴って居た時は、意地なんだろう、自転車操業なんだろう、いや、身売りの為の実績作りだ、と適当な理由を話していた。


 しかし、ベルウッドが今となって考えるのであれば。もし、この世に招かれたことが、事故でなかったとするならば、招いたものは――神。

 そう、このような異常事態がおきるからこそ、ベルウッド達が必要な事の証左である。


 この世に招かれた事に、もし理由があるとするならば、招いた者たちが、自分達に何かをしてほしかったのだ。つまりこれは、試練(クエスト)の続きなのだ。

 今、この場にベルウッド達が必要となる事態が存在する為に、神はディープファンタジーを維持してきたのだ。


 英雄は試練(クエスト)と常に、隣り合わせなのだから――





 帝国首都、フェネック。

 十字広場は、夜の闇の中、星明りの下に白く輝く骨と、とぐろを巻く巨大な、羽毛の生えた蛇に占拠されていた。

 普段ならば草木も死んだように眠る時間。しかし、今は、草木は死んでいた。

 道沿いに生えたナツメヤシも、小さなサボテンも、邪神から溢れ出す神気に触れたとたん、枯れ果てた。


「撃てぇッ!」

 前面に展開した骨達が、硫黄の焔で粉みじんに焼き溶かされて行く。エムオーは一歩下がりながら、折れるだけ折った"骨"達に命令を下した。数秒の遅延。しかし、並の軍隊よりも迅速に、ただひとつの標的に向かい、"骨の戦士"達は手に持った弓に矢をつがえ、引き絞った。


 職限定消耗品(リミテッド・アイテム)は、非常に高価であった。

 希少であり、使い捨てであり、しかも、効果時間が短い。具体的には、時間にして五分。

 かってならば、使いどころが極めて限られる代物である。

 戦士ならば、HPの限界値が一割増しになる、<鋼の心臓>。

 魔法使いならば、"スキル"の効果範囲が一割増しになる、<知恵の巻物>。

 修道者ならば、MPの限界値が一割増しになる、<信仰の護り>。

 暗殺者ならば、毒の持続時間が一割増しになる、<壺毒の壷>。

 死霊使いならば、<骨の戦士>を一体、限界を超えて召喚する<死霊使いの右腕>。


 どれも規格外に、対個人の対人戦闘では強力な道具となる事は知られている。故に廃人どもは、己の職用の消耗品ならば数個は保持していると考えても良い。

 しかし、数十、数百個と保持している訳ではない。


 何しろ、効果時間が短い。たったの五分だ。

 何しろ、産出量が少ない。週に一度の"戦争"で使う分を毎回確保するのに、どれだけ必死に"狩り"をしなければならないのか。

 そして何より、効果が効果だ。例え使ったとしても、二対一の不利を覆す程ではない。

 そう、通常の、今までの仕様であるならば、だ。


 数字が一つ、変数が一つ変わっただけで、劇的な変化が生じる。

 いわんや、五分が二時間になると、どれだけ、有用性に変化が生じるか。

 エムオーの読みは、この点では間違って居なかった。


 誤算があるとするならば。

(くっそ、重いな……これは。判っていた事とはいえ、重い)

 強い力を振るうには、相応に負荷が掛かるという事だ。数百の"骨"の制御に、エムオー自身が追いつかない。全身がぬたつく、加熱された重油の中に放り込まれたようであった。


 数百対一。邪神とエムオーの骨達の争いは始まったばかりだ。

 一糸乱れぬ、数百の"骨"達から放たれた矢が、八木の全身に突き刺さる。

 家の屋根から、通りの路地の影から、新たな"骨"が飛び出す。八木に飛び掛り、円月刀を鱗の隙間に突き立てる。

 エムオーを掠めた、青紫色の硫黄の炎は、街を焼く。飛び起きた住人達が見たものは、この世の終わりの光景。地獄から甦った、"邪神"と、数百もの黄泉の住人。


 邪神が尾を振ると、家がひとつ吹き飛ぶ。吹き飛んだ家の上に陣取っていた"骨"はばらばらに砕け散る。"骨"は仲間がやられても気にした風情も無く、無機質に進む。丸盾を構え、槍を持った"骨"が襲い来る尾に対して、カウンター気味に槍を突き立てる。邪神の腐毒の体液を浴びた骨はじゅうじゅうと溶けながら、ぐりぐりと突き立てた槍をひねり回す。尾に気をとられた邪神の背の上を、大胆にも飛び込んだ"骨"が駆ける。ぽぅん、と跳ねて、邪神の眉間に円月刀を叩き付ける。眉間が割れる。

 流れ出す血潮が邪神の目を塞ぐ。小賢しい人間を、八木は見失う。


 GURUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOUUU!!!

 八木の怒りの咆哮で、十字広場から離れた、石造りの城もびりびりと揺れる。

 エムオーは焼け付いて引きつる皮膚を気にせず、更に折る。折る。


「たった……二時間しか持たないからね、クソ面倒だね」

 数百の"骨"を繰りながら、更に、更に、エムオーの手駒は増殖する。

 八木の腐毒の血が水源に流れ込む。透明な、塩気の多少ある水に棲む魚達が、腹を上に向け、死ぬ。 

 八木の咆哮で、怯えた駱駝や馬達が厩舎で大暴れを始めた。狂ったように壁に頭をぶつけ、死んだ。

 荒ぶった八木の吐き出した炎が、見当違いの方向に向けて吐きかけられる。硫黄の炎に捲かれて、人も死んでしまった。


 十字広場から、地獄の光景がどんどんと広がる。


 混乱。何が起きた。世界の終わりだ! 邪神だ! 邪神が現れた! 十字の加護が失われた!


 逃げろ!

 逃げろ!

 逃げろ!


 混乱に乗じて、不貞の輩も現れる。火付け、強盗、火事場泥棒、何でもござれ。

 エムオーが地獄の蓋を開けた。溢れ出した地獄は、増殖しながら街を丸呑みにし始める。


 この日、この時より、砂の街、帝国の首都、フェネックは、一夜にして歴史から姿を消した。

 しかし、街が姿を消しても、彼らの争いは続く――





 再び、バイカ。


 魔法(スキル)の効果時間が二十四倍になっていた。

 武器も防具も、装備品も、全て直前まで遊んで(プレイ)していたものと同じだった。

 目が醒めたら、"絶望の迷宮"だった。


 だから、この世界は、DeepFantasyだ。

 そう結論付けて、わけも判らぬまま、生きる為に、外を目指した。この世と関わりを持ってしまった。


 ――余計な縁を背負い込まないままだったなら、何も知らなければ、この世界の敵になれたのに。


 チャカは見た。


 灰色の小窓から、己の部屋を見た。

 ぐったりとモニターの前にうつ伏せになっている己を見た。押し潰されている眼鏡を見た。そして、自分の左手首に巻いた腕時計を見た。見てしまった。

 この眼なら、この距離からでも、正確に見ることが出来る。

 それでも、慣れ親しんだ習慣で、片目で嘗め回す様に、至近距離から見たいとチャカは思う。己の足首に巻きつく、鋼の枷を引きちぎろうと、足掻く。


 目の前の青年とは異なる、細い手足、華奢な体、白い肌、体に纏わりつく白金の髪。肉に鉄が食い込む。痛い。受け入れがたい事実を前に、足掻く。後一歩で届く。己の手首を手にとって、時を刻み続ける腕時計を、見なければならない。だが、それは叶わない。後一歩が届かない。自分の体に届かない。


 ――時計の針は示す。


 短針が六を。長針が十二を。秒針がおおよそ五を。

 ゆっくり、たっぷり、おおよそ体感二十四秒が過ぎた時点で、秒針がゆっくりと進み、針は五をぴったりと指した。


 ――時計は、時を刻んでいる。


 灰色の世界。サブモニターに写るTV番組。ニューステロップは、秒間約1フレーム。ゆっくりとスローモーションで、澱む。元旦に起きた火災。男性一人死亡。チャカの記憶に残る、流していたTV番組は行く年来る年、丸一日と六時間の時間経過。


 チャカは、いや、茶屋坂瑞樹は一人暮らしである。

 ――誰も、気にかける者は居ない。


 ひどく咳き込んで、目が醒めた。血の塊が口から溢れる。


 絶望の迷宮。水も食料もなし。

 それでも、やりくりをしてどうにか、五日間持たせた。

 しかし、果たして、そのやりくりすら出来ないのであれば――どうなる?

 タイタンは、これを教えてどうしたいのだろうか?

 そして、知っている人は、どれだけ居る?


(考えろ、考えるんだ、私!)


 霞む視界。流した血の量だけふらふらとする頭。破損した肉体は<反魂の指輪>によって修復されていた。指輪は砂と化し、一片残らず手から零れ落ちる。更々、更々と。

 ゆっくりと戻る方法は探せばいいや、チャカはそう考えていた。結果がでなくても大丈夫。きっと他の面子が探しているよ。十日後に期待すればいい――


 ――違う。時間は残酷だ。

 本当に戻りたければ(・・・・・・・・・)、死に物狂いで、一刻も早く、手段など選んでなどいられなかったのだ。


 けれども、私達は、本当に戻りたいのかどうか、それすらも十分に考えても居ない。


「ナイトウ!」

 チャカが上げた声はひどく掠れていた。上ずっていた。

 けれども、見たことを伝えなければならない。言葉で伝えることが出来ないなら、実際に見せなければならない。


 知った者の責務でもある、と、チャカは思うのだ。


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