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野郎達の英雄譚  作者: 銀玉鈴音
第三章 合金の竜
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第十四話 巨人を堕とせ (1)


 館の女主人が旅立ってから八日目の朝の事であった。


 朝日が昇る三十分前に、タイタンは目を覚ます。

 真っ暗な世界がほの白くなる、太陽が昇る瞬間が好きだ。変わる世界がひどく好ましい。


 剣を振る習慣はあまり変わらない。しかし、見えない敵と戦い、自らを苛め抜くような苛烈な物とうって変わって、調子を整える為の物に変わった。


 その甲斐あってか、調子はとても良い。

 丁寧に刈り込まれた館の庭の芝生に、流れる汗を散らしながら、虚空へ向けての十二連撃。致命の箇所を確実に刈り取る剣閃が朝日にきらめいた。

 振り終わった後、暫く目を伏せ、荒れた精神(こころ)を研ぎ澄ます。


 渇、と目を見開き、息を吸って、吐く。


 虚空に向かい、もう一度タイタンは<乱撃>を繰り出す。

 この場にナイトウがいたら、「おっ?」と言うのではないだろうか。徐々に元の<乱撃>とは異なる軌道を剣先は描く。小手、腕、足、ぐるりと回って剣の腹を使って胴部への打撃、締めに柄による鳩尾への打撃。最終的に今までとは全く異なる動作となった<乱撃>に、満足げに頷いた。


 視線を感じ、振り返ると中年の下女が呆れたように腰に手を当て、声をかける機会を見計らっていた。


「飯だよ、騎士の(あん)ちゃん」

「あ、すんません」

「体を壊さない程度にしておきなよ、病み上がりなんだからね」

「うす、おばちゃん。判ってます」

 大体、三日間寝込んだ間、自分の親ほどの年の人に世話になって、迷惑をかけていたのが事実だ。その間に礼儀も遠慮もへったくれも無くなっていた。


 どうにも軽んじられている気配もあるが、タイタンは大して気にかけない。自分はまだまだ若造で、妙な敬語や妙な気遣いをされるよりよほどマシだ、とタイタンは感じる。


 彼女はけして名前を聞かなかったし、タイタンも彼女の名前を聞かなかった。


 その程度の仲だが、タイタンはそれで良いと思っている。お互いに不快にならない程度の距離感。例えるなら職場の年を取った部下と若い上司の関係のような物だ。


「いつも通り食ったらそのままにしておきな、それ以上はしなくていいからね」

「うす。迷惑かけます」


「あと、昼前頃にまた(・・)姫様がこちらに来るそうだから、その辺り時間をあけておきな……一体、本当にアンタ何者で、何やらかしたんだい?」

 溜息一つ、仕事が増えることに対する愚痴一つ。


「いや、何もしてないっすよ」

「本当かい? いや、それ以上はアタシの聞くことじゃないね。とにかく、伝えたからね」


 ここ数日、カノの館に足繁く通うのは慈悲の姫と噂名高いトワ姫だ。だが、それも隔日で訪れてくる事に、いい加減中年の下女はうんざりする。

 ノッカーは鏡のように磨き上げ、廊下には塵一つ落とさぬよう丹念に。普段の仕事で手を抜いている訳ではないが、それ以上の神経質さを持って掃除に当らないとならないからだ。

 それも、自分の主人目当てに来るのならまだいい。一体どこの誰だか判らぬ若い騎士目当てで来るものだから、たまったものではない。


「いいかい、早めに飯は食っておくれよ」

 振り返って念を押すように、タイタンに向かいもう一声を浴びせる。振り回した剣をピタリと途中で止め、タイタンは答える。


「うす、判りました、今行きます」

 そのまま止めた剣を振りぬくと、タイタンは流れる汗を手ぬぐいで拭いながら食堂の方へ向かった。





 石畳で舗装された、貴族街の通りを馬車がゆっくりと通り抜ける。

 視察名目での外出を繰り返すのは、トワの悪い癖である。夫になる予定(・・)の領主の機嫌を取る事もそこそこに、フラフラと飛び回っている、というのが大方の貴族達の間での評価である。


 もう少し落ち着いてはいかがでしょうか、という執事の諫言を右から左へ流しつつ、今日もトワは視察名目で街を回る。

 知らぬ事が多すぎるのだ。世の中には。自分が住む街の、この一画を取ってみても知らぬ事だらけだ。


 この一画は治安がとても良い。警邏の兵が時折周り、怪しい輩がいたら摘み出されることもしばしばだ。しかし、通りをニ、三個挟めば、物乞い、浮浪者、何でもござれの世界が広がる。そこの差は一体何か。トワには判らない。

 ガラガラとまわる車輪の音を背景に、物思いに沈んでいると、今日の主役が恐る恐るトワに声をかけてきた。


「あの、姫様。私が何故鎧もつけずに護衛の任に当たらされているのでしょう」

 ヤーマである。普段彼女の体を覆っていた板金の胸当てや、鎖帷子、手甲や鉄靴は全て取り去られていた。

 鎧の替わりにヤーマを防護するのは、肩が大きく開き、豊かな胸元を強調するドレスに、さりげなく輝く銀のネックレス、薄く引かれた口紅や、そばかすを薄く隠す白粉だ。うっすらと浮いた目のくまも、綺麗に隠されている。


 気合の入り具合だけなら、トワよりもよっぽど入っている、といっても過言ではない。

 ヤーマは両手で自分の最後のアイデンティティである明けの明星(モーニングスター)を握り締めていた。

 トワの見立てでは、かなりイケている。ぶるぶる震える所が良い。極めて良い。


「いい、ヤーマ。あなたの騎士としての未来は閉ざされたといっても過言ではないわ」

 駄目押しを加える、トワの背筋がゾクゾクと震える。ああ、この感覚は、とても、いい。


「それで、私は考えるのです。あなたが今後、どうすれば最良の未来をえる事ができるのかと」

 トワにとって、ヤーマという強力な手駒を、単純に失う事は避けたい未来である。それなら思うのだ。いっそ、これをあのタイタンと言う騎士にぶつけたらどうか、と。

 本日はその"お披露目"だ。


「だから、ね、丁度いい物件があるのよ」

 ニコニコと太陽のような微笑を浮かべながら、続ける。


「腕は立つ、性格は良い、周囲に女の気配無し、家柄は多少怪しいけれど……その分、これから実績を作るから大丈夫な、良物件があるのよ」

 そう、実績は作るのだ。トワは力強く思う。


「は……はぁ、それで、一体」

 ヤーマの頭の中は疑問符で埋め尽くされていた。男勝りなそばかす脱穀機、その評価では軟弱な貴族の坊主達では手が出ない。練兵場通いで、尚の事男っ気も無い。

 婿のなり手が居ない、とヤーマの父が嘆いていた事はトワの耳にも届いている。それに加えて今回の事件の責を負わされるのだ。


 ヤーマの未来は、このままではけして明るくは無いだろう。


「それで、お見合いです」

「はぁ!?」

 結局の所、金や名誉で彼らを縛るのは難しいだろう。だから、残りの一つ。


 英雄(おとこ)を縛るのは、女だ。


 古今東西、クオンの歴史を紐解いて、縛る物はこれが一番だ、と言う話である。トワはヤーマの丁度良い再利用手段ができて、全く持って満足であった。


「いいですか、必ずタイタン様を捕まえるのです。これは貴女に課せられた使命といっても過言ではありませんよ」


 あくまで優雅に、あくまで傲慢に、クオンの癒しの姫は言い放ったのであった。





 朝起きる、バイカに向かって歩く。昼に飯を食う、また向かって歩き、夜に寝る。休憩の合間に必死に剣を振るうアコニタを適当に捌く。


 何時でも掛かって来い、とだけは言ってある。

 そんな生活が数日続いた後の事だ。


「師匠ーーっ師匠ーーっ! バイカが見えた! バイカ!」

「煩い」

 まだまだ子供か。と、黄色い声を上げて喜ぶアコニタを見ながらムショは思う。


「やっぱり大きいです!」

 先に進んだアコニタが駆け寄ってくる。


「師匠は気乗りしないんですか?」

 後ろにまわした手を見逃さない。先手を打ってアコニタの左手を押さえる。大振りなナイフがガラリ、と落ちた。


「不意を打つなら、芝居も打つな。何時でもいいが、出来れば移動の最中はやめろ。動く相手をしとめるのはまだお前には難しい」

「……はい」

 大きなチャット窓(こえ)を開けながら襲ってくる敵など、不意打ちにもならない。同様に、大きな声を上げながら襲うのも、不意打ちにならない。

 大体、こんな芝居は濁った瞳の人間がやっても面白みが無いではないか。アコニタの左手をねじり上げながら、ムショは言った。


「迷いを無くせ。刺す時の動作は最小にしろ。手で当るな、体でぶつかれ。当ったら螺子(ネジ)れ」

 念仏の様にムショは続ける。捻り上げた左手がミシミシと音を立てる。


「あだ、あだだだだだだ」

「失敗したら次は無いものと思え。常に現実は厳しい」

「降参! 師匠、降参です!」

降参(ギブアップ)が許される実戦など、無い。だから、殺る時は必ずやれ。弱みに付け込め、油断を見逃すな。俺はそれが足りなかった」

 ムショの独白は、己の過去を見返し、掘り起こす言葉だ。


「腕が、折れっ、痛いっ! 痛い!」

「この程度にしておこう。稽古だからな」

 ムショが手を離すと、アコニタは苦痛に顔をしかめながら返事をした。


「……判りました」

「判ったなら行くぞ、街も近い」

 そういって歩き出すムショを追って、アコニタも落ちたナイフを拾い、追いかける。


「そこで後ろから刺したなら、まずは合格だった」

 横に並んだアコニタに向かい、ムショは言い切った。まぁ、刺した所で対処は出来るのだが、という言葉は飲み込む。



 徐々に視界を大きく占めるバイカの街を見ながら、ムショとアコニタ、二人連れは歩く。人通りは近づくにつれて多くなる。ムショが周りを見ると視線を集めているようだ。


(こんな世界(ゲーム)でも子供の兵士は目立つか)

 人が多ければトラブルも起きる。そして、注目されればされるほど無用なトラブルは多くなるのだ。こちらをチラチラと伺う視線も感じる。不快であった。


「門の所で税を取られるだろう、お前は少し入ってろ」

「うわ、うわわわわ」

 引きずり込むように、存在し得ない空間(インベントリ)へとアコニタを投げ入れる。どういう理屈かは判らないが、利用は出来る。投げ入れた先から声がかすかに漏れる。空気はあるのだろう。息は出来るのだろう。だが、自ら出る事は出来ない。

 この事実に気がついたのは、アコニタと旅するようになった後、すぐだ。


 己の所有物なら、割と何でも入れることが出来る。


 この事実を検証できただけでも、ムショにとっては儲けものだ。


(これで多少注目も減るというものだ)

 ムショは一人頷く。更に視線が集まった気はするが、気のせいだろう。

 真昼の太陽が照りつける。ジリジリとした熱気が道と街を焼き始める。額からだらり、と流れる汗を腕で拭い、ムショは街に入る。





 来るものは拒まず、去るものは追わず。ただ、通るのに金が要るのみ。

 バイカという街は、そういう街だ。


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