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野郎達の英雄譚  作者: 銀玉鈴音
第二章 亡国の英雄
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第九話 誘拐 (3)


 一通り情報らしき(・・・)物……とは言っても、どこの通りの飯屋は美味いだの、どこそこの泡風呂の娘は気立てがいいだのだ、これ以上情報は集まらんべとナイトウが判断した後。

 じゃあ寝るべと寝室として借りた部屋にチャカが居なかったので、更にもう一度階下の酒場に行き、便所(屋外に設置されている掘っ立て小屋で、木製の糞貯め桶が設置されていた。利用するには金を取られた)を覗いた後。

 もう一度部屋に戻ったナイトウは結論を下した。


 チャカが居ない。虹の橋亭に。


「お、おい、タイタン。チャカが居ない」

 部屋に戻らず、カウンターでえぐえぐと泣いているヒゲと、しかめっ面が更に倍加したような店主。それをどうやって部屋に押し込むか考えているタイタンの3人の居る場に、ナイトウは急いで戻って来たのだった。


「部屋、便所、その辺りは探したか?」

「も、勿論探したさ」

 男二人の厳しい声に、ヒゲが泣き止んだ。不安そうな視線で二人を交互に見る。


「……ウチも探して来るッスよ」

「ヒゲは二階、俺は便所とその周り見てくる。ナイトウ、お前はとりあえず落ち着いて座ってろ」

 ごくごく自然にタイタンがその場を仕切り、武術の達人を思わせる、流れるような滑らかな動きで虹の橋亭の外へ向かう。ナイトウはその場に所在なく立ちつくした。


「……あんた等、人攫いが流行ってるって話は聞いてなかったのか」

 厳つい面の店主が、気の毒そうな表情を浮かべた。鉛か、銅か、よもや銀と言う事はないだろうジョッキを、汲み置いた水で洗うついでの与太話だ。


「最近特に流行している、"教団"って奴らだよ。お貴族様のあんた等は知らなかったのかもしらんがね……悲惨なもんさ、誘拐された娘ッ子の末路なんてな。この前はウチの店の前で、ぼろくずみたいな死体になって転がっていたな、一人。ありゃ豪商の娘だったか」

 身代金が払えなかったんだろうよ、と店主は言った。店内にはナイトウ以外の人影はない。それでも声を潜めて、他の誰かに聞かれてはならぬと更に声を潜めながら店主は言った。


「ここだけの話だが、"教団"の競合相手は根こそぎ潰れたからな。一番性質の悪い連中が残っちまった」

 薄汚れた台拭きでギュウギュウとジョッキに残った水をぬぐいながら、店主はどこか遠い過去を見ているようであった。


「お上を頼るなら、最近流行りの百合騎士団にしておけ。あそこならまだ(・・)マシな対応してくれるだろうよ。……尤も、娘さんが見つかるかどうかは知らないけどな」

 いつの間にかタイタンとヒゲが戻ってきていた。ナイトウがその顔を見ると、両者とも首を横に振る。


「……騎士団詰め所までの地図なら銀貨4枚でいいぞ」


 無言でカウンターに銀貨を叩き付けた後、地図をひったくるように奪ったナイトウは、虹の橋亭から駆け出して行った。


 それこそタイタンが止める間もなくだ。

(ああ、あいつまた暴走してやがる)

 内心タイタンはため息をつきながら、物凄い勢いで大地を<飛行>するナイトウの後を走って追いかけるのであった。


 暫く追いかけた後、何かがぶつかる大きな音が夜のバイカに響き渡った。





 クオン第九騎士団、それはトワの子飼いの兵である。

 第二王姫であるトワの唯一行使できる最大武力がクオン第九騎士団である。


 慈悲深い癒しの姫と内外に名高いトワにも、王族としての見栄が求められる場面も多いのだ。その為に第九騎士団が存在する。

 第九騎士団は姫の剣であり盾である。姫に絶対の忠誠を誓う騎士団の結束は固い。



 第九騎士団、通称『百合騎士団』。



 クオンに九つある騎士団の内、百合騎士団は異色の騎士団である。

 彼女らは血の滲むような長い訓練を経て、百合騎士団の団員となるのだ。


 血の滲むような長い訓練を経て団員になったとは言え、全てが少女で構成された百合騎士団は一言で言うと――


 ――『お飾り』だ。





 4人一組となった少女らが夜のバイカを駆ける。百合騎士団の団員達だ。

 総員120名ほどの百合騎士団は、4人から5人の分隊に分かれてバイカの街を駆け回っているのだ。


 彼女らの主は、彼女らの力不足により攫われた。この街の領主の館に泊まっている以上、領主の兵らも腰抜けだったと言う事は間違いがないが。


 彼女らの主、第二王女の嫁ぎ先である、バイカ領主にはうんざりだ。

 百合騎士団の団長のそばかす顔の娘は悔しくてたまらなく感じる。


 攫った犯人達は、この街、いや、この国に根を張った"不死の姫教団"だというのははっきりとしている。害虫は判っているのだ。今すぐにでも彼らを根絶やしにしようと腰を上げぬ領主は信用が置けぬ。

 

「あの子達の仇は……絶対にとるんだから」

 年長のそばかす顔の団長、ヤーマは集まる報告を纏め上げ、指示を飛ばす。報告と報告の間の数瞬に、怨嗟の声が混じった。


「ヤーマ、違う。マッツやキカノ、コニやイトハの仇よりも大事なのは姫様」

 ローブに身を包み、背中に杖を背負った少女がその呟きを聞き静かに咎める。彼女の目は普段と変わらぬ、氷のような目をしていた。睨まれたら、大概の男など小便をちびらせ、逃げ出すだろう。そのような目だ。


「カノ、判ってる、判ってるけど!」

 ヤーマとカノが言い争うのを止めたのは腰に吊った細剣が印象的な娘だった。

「二人ともちょっと静かにして、"教団"の本拠地、割れたって話」

 静かに歩み寄ってくる細剣の少女の名はサーサ。隊内でも指折りの細剣の使い手だ。ヤーマは金属の鎧を着込んでいるのに、音も立てずに歩く彼女を頼もしく思っていた。


「姫様……」

 聖印を握り締め、神に祈るのはハッカ。彼女も年に見合わない敬虔な修道者だ。

 魔法使いや修道者といった貴重な人材を少なからず抱える百合騎士団は、世間一般のお飾りと言う評価は間違っているとヤーマは思っている。


 訓練だけなら正規の騎士達にも負けぬほど積んでいる。

 けして最前線に送り込まれぬ、お飾りの騎士団という世間の評価ほど質は悪くない。実際に御前試合ではヤーマも王国10傑に数えられるほどだ。


 だが、この失態で首が飛ぶだろう。姫にかすり傷でもついていたら、物理的に首と胴が生き別れになる事もありうる。最悪百合騎士団そのものが解体されてもおかしくない。


 ヤーマは身震いする。自分の進退はもう既に半ば決した事だ。ただ、この事で騎士団が解体となったら姫の身は誰が守るのか。それが恐ろしい。


 そもそもが姫の身柄を無事確保できてからの話ではあるが。

 姫が無事かどうかすらわからない状態で、ささくれ立つヤーマの精神は大変にピリピリしたものだった。


「後、ヤーマ、なんか変な奴ら見つけたから確保したって話」

「何で普段の治安維持やってるの! 後回し後回し!」

「って言っても、隊員に怪我人が出たからしょっ引いてきたって話」

 サーサの飄々とした口調が、ヤーマの癇に障った。ヤーマはキッとサーサを睨みつけた。


「はぁ? 一体何仕出かしたの? この忙しい時に」

「罪状は街中での暴走行為、出会い頭の正面衝突。馬は死んで、スカーシは振り落とされて左足の骨をやった、暫く使いものにならないって話」

「それで? ちゃっちゃと縛り首でいいじゃないの、その犯人。何手間取ってるの?」

 ヤーマの怒りの気配が膨れ上がる。ただでさえ姫の誘拐で苛立っているのに、更にトラブルだ。サーサは上司の怒りを知っても尚続ける。


「困った事にそれが、ぶつかったのが馬同士じゃなくて、人って言う話」

「はぁ? じゃあスカーシがヘマ打っただけ? 確保って死体確保?」

 ヒステリーを起こす一歩手前の上司の扱いをどうするべきか、サーサは知らない。だから、ありのままの話をする事にした。

「人と、うちの軍馬が全力全速でぶつかって、人の方が無傷だったって話」

 ヤーマには眼前の部下が言っている意味がさっぱりわからなかった。


「……はぁ?」

 ぽかんと大口をあけて、呆然とするヤーマを見て、サーサはこれで上司の怒声から逃れることが出来たと胸をなでおろすのであった。





 百合騎士団詰め所で、ナイトウ達3人は椅子に座らされていた。抜き身の剣をナイトウ達に突きつける少女達に取り囲まれていることも追記しなければならないが。

(ナイトウのアホが事故らなきゃこんな事にゃならんかったんだが、なぁ)


 あの後、十分に加速された弾丸ナイトウは馬にぶつかり、馬に乗っていた少女が一人大怪我をした。馬は死んだ。


 ナイトウは頭にコブが出来る程度の怪我だが、すわ襲撃かと意気込む少女達に剣を突きつけられ、粛々と連行されたと言う話だ。

 ちなみに死んだ馬を運んだのはタイタンとヒゲダルマだった。


 道に迷う事は全くなかったのが唯一の救いか、とタイタンはここ暫くの自らの不運を嘆く。ついでに視線はじろじろと少女達の胸元に向く。


(あの子、おっぱいでけぇなぁ)

 最近、潤いが全く無いのはタイタンにとっては不満であった。何しろまぁ『迷宮』の時は生きるか死ぬかの遭難だった訳で、それが落ち着いたと思ったら女ッ気の全く無い――いや、無い訳では無いが、タイタンの守備範囲外だ。どちらも異質に過ぎる。


(そもそもアレは、っと……)

 扉が軋みを上げて開く。3人のお供を連れてぴかぴかの鎧を着込み、明けの明星(モーニングスター)と呼ばれる脱穀機を改良した鈍器を腰からぶら下げた、二十歳前後の女が詰め所に入ってきた。

 そばかすがチャームポイント、と言われればそうかも知れない。極めて張り詰めた雰囲気さえなければタイタンの好みのツボを突いていた。

 何より胸が、一番でかい。



「で、こいつらが軍馬を跳ね飛ばした人間ね」

 ヤーマは異常にピリピリとした雰囲気を放ち、すばやく視線をナイトウ達に向け、見定める。緊急事態で、今は一人でも人が欲しい。馬を跳ね飛ばすほどの豪の者なら、尚更だ。こちらに怪我人を出させたなら、無罪放免と引き換えで安くこき使えるだろう。そうヤーマは考えていた。


 しょぼくれた男は、いかにもくたびれた雰囲気を放っている。これは違うだろう。

 筋骨隆々で、髭をぼうぼうと伸ばした巨漢はただ居るだけで周囲を圧する。こいつか、いや、こいつはなんとなくなよなよしい、見た目ほどではない。


 最後に金髪の美丈夫を見たときに、ヤーマに戦慄が走った。


(この男に違いない)

 全身を覆う甲冑は豪華絢爛、よく見ると実戦を潜り抜けた証である細かい傷が幾条も刻まれ、凄みを増している。甲冑の中に潜む肉体は、隣に居る髭の男と同等か、それ以上の鋼だろう。

 付け加えるなら腰に吊るされた剣だ。


 あれは、魔剣である。

 抜き放てば、ここに居る者はみな瞬きする間に首を落とされるだろう。


(私が時間を稼げて、三合)

 一の太刀で盾を落とされ、二の太刀で右腕を落とされ、三の太刀で首が飛ぶ。

 それほどまでに業深い剣を下げながらも、実に自然体。武を体現したような男がそこに居た。


(私が何年修行すれば、あの域に達することが出来る?)

「それで、軍馬を跳ね飛ばしたのは……貴方?」

 怒らせてはならない、もし怒りを買って剣を抜かれたら、この場で血の雨が降る。ヤーマは慎重に言葉を選び、タイタンに話しかけた。


「ん……ああいや、俺じゃない。アイツだよ、アイツ」

 タイタンはひらひらと手を振った後、肩を落として全身で落ち込んでいるナイトウを指差した。

 『一番こいつは無いだろう』と思う人間を指され、ヤーマは呆気に取られたのであった。



「ちゃ、チャカが攫われたんだよ、人攫いに。だから、ケーサツに頼もうと思ってね」

 ナイトウの説明は要領を得ない。上記の事を説明するのに30分以上かかっていた。

 ただでさえコミュニケーション障害のケがあるのに、相手が若い女性だ。尚更要領を得ない。


(か、母ちゃん、助けてくれぇ……)

 ナイトウがまともに女子と話したのは、いつの頃か。恐らく幼稚園の頃まで遡るのではないだろうか。(チャカに関しては別と言うことにしておく)

 最早亡き母にすがるしかナイトウに手段は無い。しかし何の効果も無かった。


「刑殺に頼むとはどういうことですか、さっぱり判りません」

 不審者を睨むような、氷の視線。ナイトウの事情聴取をしていたのはカノであった。

 先程馬を撥ねた人間とは思えぬほどピンピンとしているこの男に、カノは根気強く話を聞いていた。


「だ、だから、警察機構、官憲、もしくはそれに類する軍隊組織に救出を依頼したいんだ」

「ようやく話が理解できました。結論から言うと、無理です」

 無理だと言う結論からカノは話した。


「私達は今、重要な任務を遂行している最中です。残念ながら、お子様の救出に裂ける人手は私達にはありません。誰が攫ったかはっきりしていればまた話は別ですが」

 その時、カノの耳元でごにょごにょとサーサが耳打ちをした。

「いや……手伝って貰えば可能かもしれません。貴方がたが宜しければの話ですが」

 ナイトウの顔に希望の光が差した。


 横ではタイタンとヤーマが話し込んでいた。ナイトウだけでは結論が出ないと思ったタイタンのおせっかいである。



 ハッカは骨折をした隊員の手当てにまわっていた。

 苦痛の表情を浮かべる少女の折れた足に手を当て、ハッカは祈る。

 癒しの祈りは、精々痛みを和らげ、治りを早めるのが精一杯である。



 ――人の祈りの力では、折れた骨も繋げれない。




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