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野郎達の英雄譚  作者: 銀玉鈴音
第二章 亡国の英雄
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第七話 誘拐 (1)

 オウレンの元首都『バイカ』は今では、クオンとフェネクの国境に面する街である。街はクオンの領であるが、河を超えたらフェネクの領である。

 ここ50年、この地で『英雄』が介入するような大規模な武力衝突は起きていないが、散発的なフェネク侵攻による小競り合いの発生は絶えない。


 かっての華の都も今は昔。


 バイカは国境紛争を抱え、更には旧女王国の残党が闊歩する、正に魔都と呼ぶに相応しい都市と成り果てていたのだった。



 そんなバイカのドヤ街にチャカ達が降り立ったのは不幸だった。


 悪目立ちする4人組は、情報収集をする以前の問題にぶち当たってしまった。華美な装飾が施された彼らの装備はいかにも浮いていたのだ。


 タイタンが道行く人に話しかけると、その巨体と豪華な装備でどん引きされて話にならない。どこの騎士様か、オラぁ悪い事してねぇべ、と言う風だ。

 ヒゲダルマが話しかけようとするともっと話にならない。更に上回る巨体と肉の圧力で、人がそもそも寄り付かない。

 ナイトウは最初から戦力外だ。一番の年長者なのに、まともに人に話しかけれない。

 チャカはため息をつく気にも成れなかった。どうしてこう、上手くいかないの?


「こ、この手の情報収集なら、酒場が一番なんじゃね?」

 そのような状況下、ナイトウの提案はチャカ達には非常に魅力的に聞こえたのであった。



 そして、酒場を探して3時間が経った――

 この辺りで一番真っ当な酒場は見つかったのだ。ただ、どう見てもガラの悪いろくでなしどもがちらほらと屯し、怪しげな紫煙を燻らせながらダラダラと仕事をする店主が経営している。

「……冷静に考えたら、もっと外で話を聞いたほうが良くない?」

 チャカの腰は引けていた。タイタンもヒゲダルマも正直どん引きする程度にガラが悪い場所である。

「おい、そんな所で溜まるんじゃねえ。客商売の邪魔だ」

 煙草のやりすぎで喉を壊したような、いがらっぽい声で店主が闖入者に言った。


「わ、悪いねオヤジさん。取り合えず酒4人前。い、い、一番いいの頼むよ」

 意外にもナイトウが、いつもの様にどもりつつカウンター席にどかんと腰を下ろした。何だこいつらは?という値踏みする視線が方々からチャカ達を舐め回す。

「か、金は有るんだ、金は。一山当ててね」

 ナイトウがぶつぶつと、大きな独り言を言う。下手な芝居だ。

 いつの間にかカウンターの上にじゃらりじゃらりと硬貨の小山をナイトウは作っていた。

 金貨である。正確には、琥珀金で作られたエレクトラム貨である。

 ただ、言える事は、こんな場所で見せては成らぬほどの金の匂いをナイトウがさせていたと言う事だ。

 残りの3人は、ナイトウが一体何をやらかすのかを間近で見ようと好奇心半分で恐る恐るカウンター席に着いた。

 店主はぎょろりとした目でカウンターの上の金貨を見ると、ガラガラ声で言った。

「ウチは釣はでねぇぞ」

「と、取り合えず一番いい酒を4人前と、後、これで3日、4人泊めてもらえるか」

 ナイトウはその目を見ずに、下手な芝居を続ける。脇で見ているチャカには判る。ナイトウの首筋に脂汗が流れている事が。

「……厄介事は起こすなよ。大部屋が1つ開いている。使え」

 大ジョッキにぬるい酒を注ぎ、4人分の酒のようなものを置く。その後、じゃらりと琥珀金貨を袋に収めながら、店主は顔を歪めた。かろうじてチャカには、店主が笑ったのだと判った。

「ようこそ、虹の橋亭へ」

 ああ、看板も堂々と平仮名で、ずいぶんとファンシーな店名が書いてあったね、とチャカは思ったのだった。


 そんなこんなの状態で、気がつけば夜の帳が下りようとしている。

 あまり"情報収集"……そもそも、何の情報を集めるのか、と言う事をはっきりさせてなかったことに、チャカが気がついたのは既に酒がまわり始めてからだった。

 ずいぶんどひどい話ではあるが、もうちょっと落ち着いて行動すれば良かった、と思った時に既に遅かった。

 ナイトウやタイタンは他の飲み客と雑談をしていた。ヒゲダルマは店主に愚痴っている。意外と酒に弱いらしい。店主もごつい大男に絡まれては中々逃げるに逃げれないようで、迷惑そうであった。


 やる事の無いチャカの酒は進む。眠気も襲ってくる。うとうと、とチャカはカウンターで船をこぎ始めた。





 ガリガリ、ディ、ディ、ガリガリ、ガリと不具合を起こしたようなハードディスクの音のような耳鳴りにチャカは襲われていた。

(あーあ、HDDの読み込みエラーかなぁ?仕事に影響出なけりゃいいんだけど)

 チャカが仕事用兼、ディープファンタジー用のPCを購入してから大体4年。酷使してきたパソコンがあちこち悲鳴を上げるのは日常茶飯事だった。

 そう、日常茶飯事のはずだった。写真屋(フォトショップ)絵描き(イラストレーター)、ペインター等のソフト類を起動させる時には絶対に起きて欲しくはない、とぼんやりとチャカは過去を思い出していた。


(ところで、この音はどこで鳴ってるん)


 ――ガリガリカリカリガリガリカリカリ……ブゥン……


 チャカを襲う耳鳴りが止んだ。

 とたん、唐突に視界が開けた――



 『開くはずのない首都の城門』は、実は開いたことがある。だが、実際に目撃した事のあるものは少ない。

 何しろ、それが起きたのはディープファンタジーのゲーム中、一度のみ。

 バイカ攻城戦――オウレンの滅亡に直接関わった戦争に参加した者だけが知っている事件である。


 戦争、それはディープファンタジー最大の対人コンテンツであり、最大の黒歴史である。

 週一回、公式ホームページ上での投票で決定される『戦場』は、多数決という民主主義に基づいた、すがすがしいまでに公平なシステムと言える。


 尤も、公平であると言う事と、楽しいと言う事は全く別問題だ。

 既にオウレン女王国の『領土』は首都バイカを残し、全て他国に蹂躙されていた。


 これは、残されたバイカという領土を巡り、クオン王国とフェネク帝国、両国家の権益の配分がどうなされるか、という事を決定する為だけの戦争である。

 既にオウレンの敗北は確定事項であった。



「うはwwwおkwwwめwwwつwwwぼwwwうwwwクソゲー乙www」

 ナイトウがいつも通りの、いや、いつもより硬い声音で意味不明の単語を呟いていた。

(いや、いつも通りだ。いつも通りのナイトウだ)


 "チャカ"は硬い表情で、黙々と3体目の骨の弓兵を作り上げた後、"防衛側"の面子がどこに居るのか、脳内に映る光点で判断する。

(人数差が激しかったのは覚えている)


 足りない。圧倒的に人数が足りない。ボタボタと垂れる血に構わず、"チャカ"は骨の弓兵に指示を飛ばした後、足早に『戦場』となる城内を廻り始めた。

「城下を通る敵をNPCと共に射撃させて、時間稼ぎをした後……あ、誤爆」

 "チャカ"の口は意味不明な単語を紡ぐ。時々私も良く判らない単語を呟くことが多いなぁ、と思いながら、最終防衛ラインの確認に向かう。

(チャットを打ちながら思考をまとめる事は良くやった、時々そのままエンターで発言する事も多かったっけ。)


 下調べの時間もろくに取れなかった。普段と勝手が違う。最終防衛ラインの玉座の間まで押し込まれる前に地形を把握して、遅延戦術を取って、時間切れを狙う……狙うしかない。約72時間、上手にやれば"チャカ"は乗り切れると思っていた。ナイトウやタイタン、その他愚者(ザ・フール)の面子と話しあった結果、出した答えはそれだった。


 "チャカ"はその際の会議の時も、自分では理解できない文章を喋り、理解できない概念を耳にし、理解できない思考の末に結論を口に出した。 

(違う、ちゃんと話し合って、どうやって負けないようにするか、勝てなくても3時間乗り切る為の戦術を取ろうとした。自分で理解できないことなんて言ってない!)


 玉座の間にはナイトウとタイタンが既に居た。その他のオウレンの名立たる英雄達も揃っていた。最後に入室してきたのが"チャカ"だったのだ。


 "チャカ"の第六感が告げる。敵が来た。戦争が始まったと。


 "チャカ"の視線の先に居る、白金の髪を持つ緋眼の女王――オウレンの女王が深く一礼し、"戦争"開始の口上を述べる。

 その傍らにはまだ幼い王女が侍っていた。

「多くは語りません。皆様、行きましょう、平和な世界をこの手に抱く為に」


「「「我らは平和の為の剣!平和の為の盾!」」」


 何度聞いても"チャカ"は女王のお言葉は素晴らしいと思う。

(何度聞いても、素晴らしく負けフラグが立っていると思う)


 何度負けても、理想を実現しようと思う。この世界に平和を!

(何度か負けて、覚悟した。この国どうにもならないほど弱い!)


「オウレンの誇る勇者、最後の守護神タイタン、(いにしえ)の大賢者、真理の騎士ナイトウ、そして、愚者の主、不死の姫チャカ。妾は貴方達の活躍を期待しています」

 女王の台詞が終わる前に、"チャカ"達は持ち場に向かい駆け出したのだった。

(兎にも角にも、負けない事を最優先に考えてた。ここで負けたら領土がゼロだったし)


 そうして、会戦の火蓋は切って落とされたのだった――





「お嬢ちゃん、お嬢ちゃん!寝るなら上の部屋で寝ておくれ!」

 チャカは乱暴に肩を揺さぶられて、目が覚めた。


 ひどく気持ちの悪い夢だった。自分の意思で自分は動いていたけれども、自分の感情は全く別の、ひどく歪められたような、そんな夢だった。


 ろくな夢じゃなかった、とチャカは大あくびをしながらポリポリと頭を掻く。

「見た目はどこかのお姫様みたいだけど、ずいぶんとお転婆のようだね、さ、こっちだよ」

 見知らぬおばさんに手を引かれながら、チャカは歩き出した。

(寝る場所確保しておいたナイトウは賢いなぁ)


 ふわふわとした足取りで、裏口に向かって、扉を開けて、外気に触れた時点でチャカは違和感に気がついた。

 途端、チャカの視界が真っ暗になる。その後、がつん、と頭に火花が飛んだ。もんどりうって大地に倒れこむ。

 チャカは頑丈な麻の大袋を頭からすっぽりと被せられ、更にその上から棍棒で殴打されたのだ。


 数人の人の気配。チャカはそのまま何度か棍棒で殴打され、蹴りを入れられた。

 チャカは混乱していた。暴れようとしたが、麻袋に阻まれて上手く手足が動かない。

 中々静かにならない麻袋の中身に業を煮やしたのか、いっそう激しくなる殴打。

「糞っ、大人しくしやがれ!」

 複数の苛立ち混じりの男の声が聞こえる。

(一体、私が何をしたの?!)

 この痛みを例えるのは、難しい。全身全霊のビンタをもらい続けているような、そんな痛みである。


 確かに頭にもらうと、非常に痛い。それ以外の場所にもらっても、痛い。じんじんと響くような痛みが全身に襲い掛かってくる。

 ゴリッとみぞおちをえぐるように蹴られて、暴力の嵐が止まないのを感じたチャカは、取り合えず暴れるのを止めた。

 すっかり気力が萎えてしまったのである。

「おい、死んだんじゃねぇか?」

「構わねぇよ、それならそれで肉屋にでも叩き売っとけ。運ぶぞ」


 強盗か、人攫いか、または何か良く判らないけど、犯罪に巻き込まれたとようやくチャカは気がついた。


 ――完全にチャカ達は、油断していたのである。



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