記憶への旅 6
「そんな……守人狩りだなんて……」
僕がそう漏らしても、バルスはやはり冷静さを保ったままだった。
でも、その冷静さはどこか無理をしているような気がして、少し見方を変えれば、悲しみに耐えているように見えなくもなかった。
「……まぁ…残酷だわなぁ……しかし、お前さんなら、ある程度予想はできていたんじゃないのか? 守人に会い、彼らがどんな存在であるかを知っているお前さんならな。そして、歴史的に見て、どちらの側が勝利したのかも……」
バルスがこちらを見て言った。
静かな、鳥の囀りくらいしか聞こえない田園風景に、その声は不気味に響き渡る。
その時僕は、キミの顔を思い浮かべていた。
それも一番最初、砂漠で僕を助けてくれた時の彼女の顔を。涙が出そうになった。
「新世界反対派が勝利したわけですか……」
僕のその答えにバルスは目だけで、正解だと合図を送る。僕も頷く気力などなかった。
「そうだ。それが俺達の住んでいる世界だ。そしてその急先鋒が、突如として台頭した古代アストリア王国だった。奴らは新世界創造などという夢物語は全くの出鱈目だと切り捨てた。そして、争いの元である守人を根絶やしにすれば、無駄な戦争は終わり、世界はまた秩序を取り戻すと声高に主張した」
僕はバルスの語る事柄に、またグッと歯を食いしばる。僕にはまるで関係のない、遥か昔の出来事のはずなのに、なぜか無性に悔しさが込み上げてきたのだ。
「バカげてる…そんな数の論理……少数の人間を不幸に追い込んで、それで大多数が助かったって何の意味もないっ!」
僕は思わず声を荒げる。
しかし、バルスはまだ冷静な顔を崩さず、
「本当にそうか?」
と、僕に問いかけてくる。
「お前さんは、そうやって守人達の犠牲の上に成り立った、当時の沢山の命や、現在の平穏な生活を、全く意味のないものだと断じることができるのか?」
「そ、それは……」
僕は言葉に詰まってしまった。そんなこと……もちろん、僕に断じることなんてできるわけがない。
「でも、考え方は嫌いです」
僕はそう言うのが精一杯だった。
でも、僕がそう言うと、バルスは呆れたように
「ハッハッハッハッハ」
と笑ってくれた。
そして、手招きをする。どうやら、とにかく続きは歩きながら話そうということらしい。
僕達はまた横に並んで歩き出した。
「好きか、嫌いか……結局はそうなんだよなぁ。もう答えは出ちまってるんだ。歴史は過去に遡って変えられない。俺達は何の因果か、この世界の、今という時間に生まれてきたんだ。それをそれぞれに受容して生きていくしかない。まぁ、俺はもう死んじまってるわけだがよ? ハッハッハッ」
「はぁ。もう…冗談はいいですよ」
僕はため息をつき、そう言う。いつもならそんな野暮なことは言わないが、お年寄りの死人ジョークに付き合ってあげられる程の心の余裕も今はないのだ。
でも、バルスがやっと表情を崩してくれたことはよかった。お陰で僕も、少しずつ頭が元通りに動き始めている。
僕は話を続ける。
「ですが、それでもやっぱり僕は納得がいきません。だって、実際に世界から戦争はなくなってなんていないですし、大小問わず人間同士の諍いは絶えない。これじゃあ、守人達がなんのために殺されたのか……」
「……ふっ、お前さんは優しいなぁ。ちょっと理想主義に過ぎるが…確かにその通りだと、俺も思わぁ」
僕達はそう言うと、しばらく黙って歩き続けた。
考えるための沈黙だ。
そんなことをしている合間にも、山はだんだんと近づいて来ていて、視界を大きく覆い始めている。
こうしていると、人が全くいないこの世界はものすごく平和なように思った。
しかし、僕はすぐに肝心なことに気がつく。
それは、今眺めているこの景色は、全て人間の手によって作られているということだ。仮想の世界であっても、現実の世界であっても……やっぱり、人は人がいなくては生きては行かれないのだという、当たり前の事実が、既にこの世界を矛盾足らしめているのかもしれないとすら、今の僕には思えてならなかった。
やがて、
「その後のアストリアの歴史だがなぁ…」
と、バルスの方から先に口を開いた。僕はそれに、はいと耳を傾ける。
「反対派の勝利が決まった時、それで一応の決着はついたと思われた。しかし、再び争いの理由を失くした彼らは、今度は「この唯一の世界」の奪い合いを開始しちまった。まったく…愚の骨頂とは、まさにこのことだよなぁ。一度はこの世界に満足し、安定した暮らしをしていたにも関わらず、そのさらに先を求めた結果、自らの欲と恐怖に歯止めが効かなくなっちまったんだから……」
「ええ……その通りですね」
「だろう? そして、その新しい戦争でも地力を見せたのはアストリアだった。アストリアはな、あろうことに、あれだけ根絶やしを主張していた守人と、そいつがもたらす遺跡の力を、構わず戦場に持ち込んだのさ。もう主義も何もあったもんじゃねぇ。勝つための戦略としてなぁ。それで、アストリアがさらに徹底していたのは、自国にいる守人一人だけは別にして、他の国にいる守人達の命は狩り続けたってことだ。要するに狙いは遺跡の科学技術の独占だな……それだけで殆ど勝敗は決しちまった。ところでよ、お前さんは『古代研究禁止令』っていう昔の法律は知っているか?」
バルスがそう聞いてきたので、僕は頷く。
「はい。知っています。確か、それもアストリアが大昔に定めた法律でしたね?」
「そうだ。そして、つい最近まで全世界で効力を持っていた法律だ。これも守人や、引いては新世界やこのスーパーコンピューターの情報を隠すために行われた政策のひとつだった……そうやってアストリアは世界中に広がる支配を、より確実なものにしていったってわけだな。でも、弊害もあった」
バルスがそこで話をやめたので、その言葉を受けて僕は考える。
今の世界と、今話に聞いた古代の世界とを頭の中で比較して。そして、
「なるほど……そのせいで、世界的に文明が大きく後退してしまったわけですね?」
と、その単純な答えを導き出した。
「そうさ。それが一番大きな弊害だった。いや、もっと言えばだな、昔のことを知っている人間なんて、誰もいなくなっちまったってことなのよ。そうなると、不思議なものでな、当のアストリアもだんだんと同じような末路を辿ることになった……まぁ、考えてみれば当たり前のことなんだよなぁ。かつての豊かな世界も、今の世界も、世界中の皆で維持し、支えていることに変わりはねぇ。その全てを一国で賄い、ましてや独占しようなんざ、ハナから無理な話だったってわけだ」
そう言うと、バルスはタバコを取り出した。なんだか堪らなくなったという感じで。僕にもその気持ちはよくわかった。だから、僕もそのタバコを一本分けてもらった。
「でも、それからも随分長い間、アストリアの支配は続きましたよね? それこそ、つい最近まで」
「ああ、ジョナスター三世が過去を断ち切るまではな」
そう言いながら、バルスは煙を吐き出す。僕も当然、その名前は知っている。
「はい。それで一応のアストリアの支配体制は終わりを告げました。しかし、実際のところは、まだその名残りは大きく残っている。ボートバルの台頭はありますけど、それでもこの世界の中心は、未だにアストリアから揺るがないままです」
「それは仕方ねぇことだな。さすがに、積み重ねてきたものが違う。他は分断され、細切れにされた歴史の中を歩まされてきたんだ。これからさ。全ては……」
「でも、バルスさんは全てを終わりにしてやりたかったと仰った」
僕がそう言うと、バルスは僕の方を見た。
歩みは変えなかったが、その顔には何と読み取ったらいいかわからない、複雑な表情が浮かんでいる。
「こんな時代になっても。誰もがこんなバカげたスーパーコンピューターのことなんか忘れてしまっても。あなたはまだ何かを心配しているってことですよね? ……何か良くないことが起きるかもしれないと。そんな懸念をいだいている」
僕はそこで一度、言葉を切った。
そして、
「バルスさん、あなたこそ、守人から何かを託されたんじゃないですか?」
と聞いてみた。
すると、バルスはハハッと満足気に笑い、俯いた。
その視線は地面を彷徨いながらも、何か別のものを探しているようにも思える。
そうして、何かを呟いた後、バルスは顔を上げると、
「別に託されたってわけじゃねぇのさ。俺が勝手に舞い上がって、勝手に引き受けちまったってだけの話よ……」
と言った。
だが、その話はそれ以上するつもりはないみたいだった。なぜなら、
「若僧。お前さんは、古代研究が禁止されてもなお、研究を続けていた連中がいるのは知っているか?」
と、別のことを聞いてきたからだ。僕はその質問に首を横に振る。
「いえ、そんな話は聞いたことがありませんが……」
「そうか。ま、そうかもしれねぇなぁ。なにせ、法律に違反してでも古代研究をしようとしていた連中だったからな。歴史の表舞台に出ることなんて、まずない」
「へぇ……その人達は何者なんですか?」
僕がそう聞くと、バルスは
「いい質問だ」
と言う。
「そう。そいつらが何者かってことが、今を生きる俺達にとっては重要なことのさ。特に守人と関わった俺達にとっては、尚更なぁ」
「えっ?」
僕はバルスの言わんとすることが、もう少しで出てきそうだったが、うまく言葉にならなかったので、それ以上は何も言わず、バルスの言葉を待つことにした。
けれど、何か嫌な予感はヒシヒシと感じる。
それは、これを聞いたら最後。昔、バルスが誰かに託されたことを、今度は僕が託されなければならないのではないかという、そんな予感だった。
「なに、簡単なことさね。逆に考えればいい。アストリアの政策に真っ向から反対する思想の持ち主。それがどういう人物かをな」
そう言われ、僕はようやくピンと来た。そして、おぼろげだった考えが、みるみるうちに形を成す。
「あっ! そ、そうかっ……新世界賛成派の人達……! アストリアに滅ぼされた国の生き残り……」
「ふんっ、正解だ。しかし、これは、ちょっと考えてみれば当たり前のことなんだ。どんなにマイナーな思想でも、宗教でも、完全に途絶えることなんてことはあり得ない。ましてや、かつて世界を二分していた考えの片方だ。その悲願に燃えていた連中の全員が全員、大人しくアストリアの法律に従うわけがなかった」
バルスはそう言いながら笑う。
僕は彼がこれほどの知識を一体、どこで学び得たのか見当もつかなかったが、その話を語っている雰囲気は話の内容に関係なく、活き活きしているように思えた。
それこそ彼も古代研究に魅せられ、こんな場所まで来てしまった一人なのだということを、僕はなんとなく、そんな姿から直感で理解した。
「その人達は今、どうしているんですか?」
「だいぶ昔に、母体となっていた組織が解体に追い込まれ、散り散りになったということだ。その時、書き溜めていた研究書も残さず処分され、幹部が見せしめに惨殺されたことによって、後継者も集まらなくなったらしい。それで大きな動きはなくなった」
そこまで聞き、僕はやっと話がわかった気がした。つまり……
「大きな動きはなくなったけれど、まだその思想を引き継いでいる人がいるということですね?」
僕がそう言うと、我が意を得たりという感じでバルスが
「そうだ。そいつらはまだ悲願の達成を目指している」
と答え、さらに
「そして…そいつらがいる限り」
と言ったから僕は
「守人の運命は繰り返されることになる」
と、その言葉を継いだ。すると、バルスは大きく頷いてくれた。
「だから、バルスさんは、この仮想世界を「破壊しに」ここに来たのですね? でも、その方法は」
「そう。開発者にしかわからないと知った。それが俺の限界だったってわけさ……」
「けど、待ってください。まだ僕には腑に落ちないことがあります」
僕はそう言うとタバコを消し、新しいタバコを出した。そして、それに火を点け、
「話はわかりました。今の世界の成り立ちも。この仮想世界を作り出しているスーパーコンピューターを破壊することで、その古代からの対立の種をなくせるかもしれないことも。しかし、わからないのは、その力関係のバランスです。確かにアストリアは脅威だとは思います。いくら近年は守人の存在すら、忘れ去られているとは言え、見つかったら殺されるかもしれないという恐怖は守人の自由を奪っているでしょう。が、その一方で新世界賛成派の子孫達が、お話の通りただの個人、もしくはその集まりだとしたら、それは大した恐怖にはならないのではないでしょうか? 見つかっても殺されるわけでもない、むしろ保護されるべき存在なわけですし。それに、たとえ守人が見つかっても、そんな状態ではとても新世界の創造などできっこないと思うのですが……?」
と一気に思ったことをぶつけてみた。
もちろん、スーパーコンピューター、それ自体を破壊してしまうことは、争いの元を断つという意味では良い一手なことには違いない。それはわかっている。しかし、僕はそれならば、なぜ当時の人々がそれをやらなかったのかが、どうしても引っ掛かっていたのだ。そして、その一番単純な答えは、破壊しなかったのではなく、破壊できなかったのではないかという推測だった。
だとしたら、優先順位が違うのではないかと、僕には思えてくる。
ここは容易には破壊できない。新世界賛成派の力と取るに足らないもの。
そうだとすると、守人の悲劇的な歴史を変えるのなら、まずはアストリアから身を守りさえすればいいのではないか? と。
「なるほどなぁ。理屈はわかる。しかし、それじゃあ根本的な解決にはなっていない。それに……そもそも前提条件が異なる」
「ん? 前提条件が、ですか?」
僕はそう言って、髭を触るバルスの方を見た。しかし、僕の話のどこが間違っているのかは、全くわからない。
「ああ。お前さんが実際のところを知らずに軽んじている賛成派の子孫のことさ。まだ言っていなかったが、その子孫の中のとある一族だけは、現代において絶大なる力を持っておる。まぁ、その思想自体は、長年の王族暮らしですっかり薄まってしまったみたいだがな。しかし……いつその思想に目覚める子孫が出てきてもおかしくない。初代王がそうだったように、またアストリアに対抗し、新世界を作ろうと目論む王がなぁ…」
そこまで聞いて、僕は背中がゾワゾワと寒くなるのを感じた。
まさか…そんなこと聞いたこともないと、そう心の中で叫びながらも答えはひとつしかなかったからだ。
「バ、バカなっ……ボートバル帝国が、賛成派の子孫の国だとでも…?」
「いや、証拠はない。しかし、少なくとも初代王はそれを確信していたらしい」
「確信って……? ただの勘ですか?」
「いや、そうじゃない。どうやら、初代はそれを知るに至る何かを発見したらしい。そして、噂によればそれは、先人達が残した膨大な書物だと言う」
「書物……それは処分されたという、あの古代研究者達の?」
「あくまで噂だ。そんなものが残っているのだとすれば、是非俺も拝ませてもらいたかったぜ」
書物……? そう考えながら僕は思い出していた。そう言えば、城の地図の中に不自然な設計の箇所があり、そのせいで空白が出来てしまっている場所があったことを。
僕は今まで、あれは王族用の避難通路だとばかり思っていたが、そこが書庫であってもおかしくはないわけだ。そんな根拠が希薄な考えが、不思議と僕にバルスの説を信じさせる裏付けになってしまった。
「なるほど。だとすると、確かに前提条件が大きく変わってきますね」
僕はここに来て、やっとバルスの行動の意味もわかってきていた。
しかし、それと同時に
「そんな状況で、僕はキミに何をしてあげられるのか?」
ということも、否応なく考えさせられる。
「これでわかったか? 俺の事情ってやつがよ」
僕が暗い気分のまま考えこんでいると、バルスはそう明るく僕に話しかけてきた。
それで僕もしゃんと背筋を伸ばし、
「はい。すいません……結局、全部聞いてしまいましたね」
と笑って言った。
「本当だよ、まったく……柄にもなく、俺も昔のことを思い出しちまった……」
「ははは」
僕は照れくさそうなバルスがなんだかおかしくて、また笑った。
前を見ると、見慣れた林が迫って来ていた。そこを抜けると山の麓に着く。そこからはいくつも山道ができていて、目的地に従って道を選ぶのだ。
「でも、あの言葉は掛け値なしの本当だ…だから、忘れるんじゃねぇぞ。絶対に守ってやれ?」
林に入る直前、バルスは改めてそう言った。その言葉に僕は何も聞かず、
「はい。必ず」
と応える。
今思えば、この瞬間だったのかもしれない。
僕がバルスから、その託されたものを、確かに引き継いだのは……
「さぁて。だがその前にもうひとつ肝心なことが残っているなぁ?」
バルスが肩を回しながら言う。それに僕も改めて、
「はい。まずは三人を助けてあげないと、僕はまるで身動きを取れませんからね。それに、彼らもきっと知恵を貸してくれるはずです」
と応える。
「あの家の兄ちゃんのこともあるしな?」
「ええ。特にサマルは、早く見つけてあげたいですし、もしかしたらもっと詳しく、事情を知っているかもしれません」
「よぉし。そうなったら、いっちょ気合を入れて登らないとなぁ」
そんなことを言い合いながら、僕達は林の中へ入って行く。
先ほどまでの気分を切り替えられたかと言えば、まだ完全に引きずってはいたけれど、ボートバルのことも、アストリアのことも、今は考えなくていいとは思えた。
だって、アストリアには僕がいるし、ボートバルにも頼もしい友人達がいると、僕は知っているからだ。
まだ時間はある。悩む時間はないかもしれないけれど、行動する時間は、きっと……だから僕は歩みを止めない。
絶対に皆を守りぬくために。
☆
林の中は記憶にあるよりずっと暗かった。
それは、時刻が夕方に差し迫っているからだと思われる。どうやら、この世界にも一応、昼と夜があるらしい。
でも、考えてみると不思議だ。
僕がここに入ってきたのは夜だったのに、バルスが見せてくれたあの島は昼だったではないか。
それを踏まえると、この世界の時刻と現実の時刻とは、微妙にずれていることになる。いや、もしかしたら、ここと向こうでは時刻の進み方そのものが違う、そういうこともあり得るのかもしれない。
「こんな時刻に林の中に入ったことなんて、ありませんでしたよ」
「なんだ? 門限でもあったのか? 男のくせによぉ」
僕がそう言うと、バルスがからかうように言った。その言葉に、僕は頬を掻き、
「門限はありましたが、もっと遅かったですよ。それよりも、暗くなったら山には近づくなと、耳にタコができるほど言われていました」
と返す。すると、バルスは
「へぇ……そうか。近づくな、ねぇ……うむ。もしかしたら思っていたよりも、まだライル村には信仰が残っていたのかもしれねぇなぁ……」
と、何やら一人で納得していた。
しばらく歩くと、最初の山道にぶつかった。
そこで僕はアルバムの写真を確認しようかと思ったが、バルスが
「ここじゃない。もうちっとばかし先だ」
と言うから、僕は言われた通りに、アルバムを仕舞い、先へ先へときびきびと歩いた。
夕方が過ぎ、カラス達が巣に戻り終わると、夜がやってきて、カラスの代わりに色々な虫や梟が鳴き始めた。
林も林と言うよりは、歩く度に森に近くなってきている。
この先にまだ、山道なんてあったかなぁ……?
僕がそう思い初めた頃、バルスが突然、
「止まれ」
と言った。それで僕はびっくりして立ち止まる。
そして、バルスは
「ちょっと、ここで待ってろ」
と言い残し、どう見ても道とは思えない茂みの中へと消えていってしまった。
僕は一人取り残される。
バルスの持っていたランタンの灯りがなくなったので、辺りは真っ暗だ。
本当にあの暗闇とまるで変わらないほど暗い。
「これじゃあ、さすがに恐いなぁ……」
僕は別に危険はないとわかっていながらも、そう思い、懐中電灯をイメージで作り出した。そして、それを点けると何だが人心地ついたような気がした。
そうして、しばらく待っていると、
「おーい」
と言いながら、バルスが戻ってきた。
「あったぞ。道が。俺の記憶にやっぱり間違いはなかったって……おいおい、なんだその風情のない明かりは」
「え?」
バルスは戻ってくるなり、僕の出した懐中電灯に文句をつけてきた。
「こういう所に冒険に来るんなら、灯りはランタンかオイルランプって相場が決まってんだろう?」
と。でも、そんなことを言われても、僕はそんな冒険家の常識など知らなかった。
「いいじゃないですか、別に。結構便利ですよ? 確かにちょっと見た目がとっつきにくそうではありますが」
「はぁ……まぁ、いいけどよ。俺の後継者がそんな感性でどうするんだよ。もっとロマンに生きなきゃダメだぞ。ロマンに」
僕はその言葉にビクッとし、反射的に手をブンブンと振った。
「後継者って……僕はいつからバルスさんの後継者になったんですか……?」
僕が呆れて言うと、バルスは
「ん? なんだ、違うのか?」
と聞いてきた。だから僕は
「違います、僕は冒険家ではありませんし」
と言った。そして、
「でも、適任な男なら一人知っています」
とある男の顔を思い浮かべて言う。
「お、そうなのか? じゃあ、まぁ、そいつでもいいや。よろしく伝えといてくれよ。俺の地図を完成させるのを、手伝わせてやる、光栄に思えってな。ハッハッハッハ」
僕はその言葉を聞き、やっぱり否定しておいて良かったなと思う。そんなことを約束してしまったら、命がいくつあっても足りない。それに……やっぱり僕には後継者なんて畏れ多い気がした。
「はい、伝えておきます」
僕達はそんな冗談を言いながら、その細い、獣道のような山道に入って行った。
鋭い笹の葉がチクチクと僕の顔や手に刺さる。
でも、僕達はそれをかき分けて進んだ。
その先に、きっと何か三人に繋がるヒントがあると、そう信じて。




