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砂漠の星 郵便飛行機乗り  作者: 降瀬さとる
第2章 動く人達編
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暇な男、忙しい男 2

夜のネオン街はリーにとっては身体に毒だった。


特に、綺麗なドレスを着た姉ちゃんと腕を組んで歩くサラリーマンなどを見ると、殺意さえ覚えた。

大丈夫。理不尽なのはわかっている。

だが、そのやり場のない妬み嫉みは、ここを通る度、日に日に増していくばかりだった。


だったら、通らなければいいじゃないかという話だが、そうもいかない。ここを通らないと事務所の入っているビルには行けないのである。

都心にあるビルならではの立地だ。たぶんそんなことも念頭に入れてこのネオン街は、ここに自然発生的に形成されたのであろう。まぁ、なんにせよ、仕事中の男の目に毒なのは確かだった。


しかし。

人間なんて実にいい加減なものである。


つい先月までのリーならば、そんなサラリーマンを見かけたら

「おおっ…! 同志よ。お前もこれから戦場かい!? そうか、頑張れよ……!」

と、心の中で熱いエールを送っていただろうに。

それが今や気持ちをギスギスさせるだけの景色に変わってしまったとは……


リーはそのことをよく噛み砕き、己の胸に問うてみた。

すると、すぐに怒りを通り越して、悲しみが湧いてきた。そして、次第に虚しくなった。

自分はなんてくだらない嫉妬をしているのだと。


他人のことなんか、関係ないではないか。


別に自分はどこでもいいからキャバクラに入って、女の子と豪遊したいというわけではないのである。

そんな願望はとっく卒業してしまっていた。いや、卒業させられたと言うべきか……


リーはそう思い出すと、ただでさえ陰気な猫背をよりガックリと丸くした。


そうなのだ。

リーはもうコスモのキャバクラで、とりあえず気持ちを誤魔化すことなどできなくなってしまっていたのである。

だからこそ苦しかった。


「それもこれもこんな所に転勤させられたのがいけない」


リーは苦し紛れにそう結論した。


なぜなら、コスモなんぞに来たせいで、週二回、欠かさずに行っていたマリアちゃんとの同伴出勤が、継続できなくなってしまったからだ。

それ故のリーの焦燥だった。


「チクショウ……内示とはいえ、俺にとっては本当に酷い仕打ちだ」

リーは書類でパンパンになった鞄を抱え、ネオン街を歩きながら、歯噛みする。

気が気ではないのだ。


彼は、昼間は仕事一筋の男なのだが、ここ数年ですっかり、夜にリズムが切り替わってしまう癖がついてしまっていた。

それが、マリアちゃんに会えないという環境に反発してかわからないが、くだらないことをぐるぐると考えさせる。任務とはまるで関係ないくだらないことばかりを。


マリアちゃんはクラブスウィートの言わずと知れたナンバーワンだった。

だから、その取り合いは壮絶を極め、現在も進行形で男達の貢ぎ合戦は、彼の地で繰り広げられているはずである。

そんな中リーは、勤務後散々店に通い詰め、そしてようやく常連として週二回、マリアちゃんと二人だけで過ごす時間を確保したのだ。それなのに……


こんなところにいては、もうその努力は全て無駄になってしまったであろう。きっと今頃、マリアちゃんはその時間、別の男の手に引かれ歩いているのだ。


リーはそう思うと胸が痛んだ。


いや、それだってもちろん仕事上でのことだ。ただの客であるリーが胸を痛める筋合いなんてない。


リーはマリアちゃんのプライベートのことなど何も知らなかった。

知ろうとも思わない。

たぶん、リーの腕ならばマリアちゃんの個人情報など、すぐに丸裸にできただろうに。そんなことは頭をよぎったこたすらなかった。


それは、リーはマリアちゃんが自分と会ってくれること、楽しく話してくれること、それは完全なる仕事なのだと、よく骨身に沁みてわかっていたからだ。

それ以外の何ものでもないと。


そして、リーはそれで十分だった。

その感情は恋ではないし、愛でもない。

と、思う。

自分では、もうよくわからなくなっていたのだ。リーは未だにその答えを知らずにいる。


それでもきっかけは、はっきり言って一目惚れだった。


その頃のリーは悪い先輩に誑かされ、毎晩のようにキャバクラを渡り歩いていた。今思えば目も当てられないような、はしゃぎっぷりだったと思う。

変に給料がよくて、彼女がいなかったことも余計に始末が悪かった。所謂、独身貴族状態だ。

それがリーの場合はスピード出世したために20代前半で訪れてしまったものだから、女性にモテなかった彼が、キャバクラではモテた。それでつい調子付いてしまったのも、まぁ、無理はなかったのかもしれない…


そんな時、ふいに気まぐれで入った超高級店で出会ったのがマリアちゃんだった。


そこでリーはマリアちゃんに釘付けになった。


最初はその美しい容姿に惹かれた。でも、頑張って通っていくうちに、今度はだんだんとその性格に惹かれていった。彼女はとても気さくで、優しかったのだ。それは仕事のなのだから当たり前だし、どの店の娘だって大体そうだった。しかし、リーはマリアちゃんのその優しさの中に、仕事上のものではない確かな感覚を覚えたのだ。


それでリーはなんだかマリアちゃんの顔を見ずにはいられなくなってしまった。

そして、顔を見るとホッとした。

話をすると気持ちが弾んだ。

決して、自分には振り向かないと理解しているのに、ずっとこうして色々な話をしていたいと、そう思った。

側から見ればただのいいカモである。

しかし、リーはそれも理解していた。


……リーがマリアちゃんに物凄く惹かれていることは確かだ。

だから、もしかしたら心の奥底では、本当は恋をしているのかもしれない。

バカらしいほど、報われない恋を。

そう。彼はバカである。しかも、自分がくだらないことに熱中していると自覚しているバカだ。でも、後悔なんて微塵もなかった。むしろリーはマリアちゃんのお陰で、以前よりずっと真剣に仕事に打ち込めるようになった気がしていた。


そして、そろそろ念願の昇格のはずだった。その時は是非胸を張って報告に行こうと思っていた。そして今度は大尉を目指す、そう宣言しようとも。


でも状況は変わった。


あの日、まるでリーを現実に連れ戻すように、軍学校時代の友人が現れ、彼を無理矢理仕事だけの日々に引きずり戻してしまった。

もちろん、あいつに悪気なんてないのはわかっている。誰のせいでもない。もし、悪いやつがいるとしたら、いつまでも覚めない夢の中にいれるつもりでいた自分自身であろう。


「いいきっかけだな……」


もうマリアちゃんのことは忘れてしまおう。

そうリーは思う。

でも、毎晩ここを通る度、同じような考えが頭を占領してしまうこのジレンマは、もう病気と言ってもいいかもしれない。


彼はふと立ち止まった。

そして、もう一度よーく、ネオン街の光を見つめる。


「や、むしろ。いい加減、理屈をこねて言い訳をするのを止めるべきか……」


その日、リーはそうやって、もう一つの結論も導き出し、呟いた。



ーー事務所に着くと、相変わらずヤクーバ曹長は資料と睨めっこをしていた。


本腰を入れて調査を開始した日から、今日でもう4日経つ。その間、曹長はほとんど休まずに黙々と資料をまとめてくれていた。もちろん、リーも休まず資料集めに奔走していたのだが、そんなヤクーバの姿を見ると、新たにどっさり仕入れてきた資料を渡すのが、なんだか躊躇われた。


しかし仕方がない。これも仕事である。

リーはヤクーバと軽く挨拶をすると、鞄から分厚い紙束を取り出し、机の上に置いた。

それを見てヤクーバはにっこりと頷き返す。

「さすがですね」

と。だからリーも

「当然です」

と言った。

そして、ではよろしくお願いしますと言って、自分の机に戻り、休む間も無く新たに作られていた資料に目を通し始めようとする。しかし、


「少尉、少し休まれてはいかがですかな? 見てるこちらまで疲れてしまいますよ」


と、そんなリーを見かねたのかヤクーバが言った。


「ん、そうですね。そうしましょうか。でも、それは曹長も同じですよ。一緒に休憩しましょう」

リーがそう応えると、ヤクーバも、ではお言葉に甘えてと、お茶をすることになった。


この4日間での成果は予想以上にあった。


まず、その事の始まりは、どうやら一年と少し前まで遡ることができそうだった。

その頃から、なぜかぽつりぽつりとコスモ重工業と取引のある工場や関係子会社の決算表や納期表に改竄が見られるようになってきたのである。


初め、二人はその誤差を「差異」もしくは「記入ミス」だと思っていた。

そう思ったのは、その誤差の額が全く大したことない数字だったからである。一週間の決算表で大体1万ペンス程の誤差だ。それくらいの記載ミスや誤差を、多いとみるか少ないとみるかは、会社の規模にもよるが、偏に経営者や会計士の裁量に任される。

しかし、そこを二人がおかしいと思ったのには別の理由があった。


その誤差の額があまりにも揃い過ぎていたのである。


まるで、皆で示し合わせたか、もしくは何者かからの指示でもあったかのように、誤差が例の如く大体1万ペンス。それを4週間連続で出している企業や工場がいくつも散見されたのだ。


これはやはり少し怪しいと言わざるを得ない。

なぜなら通常、決算表のミスというものは、当然だが意図してミスしているわけではない。だから、誤差の額なんてものは、てんでバラバラになるものなのである。

大きく間違う会社もあれば、間違いの少ない会社もあるし、間違う時もあれば、間違わない時もある。毎週毎週、毎月毎月、誤差の額は違って然るべきなのだ。


額が小さいから怪しまれないと思ったのだろうか?

しかし、ここまで揃うというのは何か意図的に操作でもしない限り、起こり得ないと二人は考えた。そこで、二人は本腰を入れて動き出したのである。


初期段階で目を付けた企業は、徹底して資料の後追い調査を行い、また同様のことをしている企業が他にないか、コスモ国内の企業を新たにしらみつぶしにあたってみた。


結果は、まだまだ捜査中だがビンゴだった。


最初に目を付けた30社程の企業はその後も、差異を出し続け、次第にその額をエスカレートさせていっていた。

そして、一年前から時間が進むにつれて、同様のことをする企業や工場はどんどん増えていき、その合計金額も、もはや捨て置けないほどに膨れ上がっていた。


「んー、これは……一体何が起こっているというんだ?」


その事実を知った時。リーは首を捻った。


二人がいくら寝食を削って、計14日間程調査したといっても、たかが14日間である。

それで、これほどの闇に消えた金が明るみになったのだ。きっと、もっとその規模は大きいだろう。まだまだ同様の「改竄」を行っている会社はたくさんあるはずだ。

ここまで調査し、二人はその誤差を「改竄」と断定したのである。


しかし、不思議なことはまだあった。

それは、この事態をコスモの税務局は本当に感知していないのか? ということだ。


リーにとってはこちらの方が余程不自然に映った。言っても、リーとヤークバは、こういった資料の専門家ではないのである。それでも、ちゃんと内部資料を精査、再計算し、個々の仕入れ台帳等を漁れば、このくらいの結論は導き出せたのだ。

だから、それをプロである彼らが見落とすはずはない。


ということは、どういうことになるのか……?

答えは簡単だ。

見落としているのではなく、見て見ぬ振りをしているのである。少なくとも、コスモ重工業関連の企業においては。


リーはその疑惑を確かめるべく、試しにその税務局の担当の人間や、この改竄を行っている会社や工場の懐具合にも探りを入れてみた。

すると、なんともわかりやすい奴がゴロゴロといたから笑ってしまった。

皆、一年と少し前を境に、だんだんと金回りが良くなってきているというのだ。


「ん、なるほどな」

と、ここでリーは新たな人物の存在を確信した。

スポンサーだ。

この件にはまだ裏で意図を引いている第三者がいると思われた。


そのスポンサーは何者なのか?

何の目的で、こんな大規模なことをしているのか?

それが次のリー達の調査事項になった。


のだが…

そのスポンサーに関しては未だに、まるで尻尾が掴めなかった。

それどころか、証拠資料はたくさんできたものの、肝心の闇に消えていった「物的証拠」すら何も発見できずにいた。


物的証拠。

それが何かは帳簿を見てはっきりしている。


飛空艇関連のパーツだ。


調査を開始してすぐに気がついたことだったが、改竄を行っていたのは全て、なんらかの飛空艇の部品を作っり、卸したりしている会社だった。

そして帳簿から消え、コスモの街から消えていったのもお金などではなく、大量の飛空艇の部品だったのである。


だから、リーは是が非でもその物を抑えたかった。

しかし、いくらリーが追っても、その出処はわかったが、行き先までは用として知れなかった。


「さてなぁ……」


そこまで考えて、リーはコーヒーを啜った。

向こうの机では、ヤクーバがお茶を片手にもう作業に戻っている。


「見逃しはないはずだ……どこだ? どこに消えたんだ?」


リーは気持ちばかり焦り、そう思った。

彼の勘では、おそらく物は色々な場所を経由はするが、最終的には全て一箇所に集められると踏んでいた。


なぜそう思うのか。自分でもバカらしいとは思っていたが、しかし考えれば考えるほど、そうとしか思えなくなってくる。


だって、あの膨大な金額の部品を使えば……


飛空艇を丸々一隻作れそうではないか。


リーはヤクーバには言わなかったが、その可能性があるというふうに思っていた。

この先30年は実現不可能だという技術を、どのようにして可能にしようというのかは、わからないが、それが一番この件の目的としてはしっくりくる気がした。


リーは手元の資料を改めて持ち上げた。

そして、またページを捲り始める。

こんなに苦労しても、全くの骨折り損になるかもしれなかった。

しかし、これ以外に今はできることはない。


全てのトラックの納入先を追跡調査はできないのだ。となれば、この部屋の中から、ある程度推測してかかるしかない。


「よしっと……」


リーはもう一度気合いを入れ直した。


骨折り損上等。

仕事はいつだって愛想良くはしてくれないものだ。


でも、このネタをものにできれば、大手を振ってセント・ボートバルに戻っても、誰も文句は言えまい。


「そうしたら、ラシェット、今度こそお前を手伝ってやる」


リーがそう思い、また徹夜の作業に入ろうとしていると、


突然、


コンコンコン


と、ボロ事務所の扉をノックする音が聞こえた。


その音がシーンとした室内にものすごい余韻を残す。

だから聞き間違えではないとわかった。


こんな夜に? 誰だ?


二人は顔を見合わせる。

しかし、そんな人物なんて心当たりがなかった。


「もしかして、俺達の調査がバレたのか?」


リーはそう思った。

だとしたら、ここにくるのはコスモの警察か、公安かもしれない。だとしたら不味い。しかし、ここで応答しないのはもっと不味い事態を招きかねないと、リーは経験から知っていた。


だから、恐る恐るもここはリーが対応に出る。


鍵穴も覗き穴もないので、少しずつ扉を開ける。その様子をヤクーバも固唾を飲んで見守った。


ゆっくりと扉が開く。


すると、そこには見覚えのない小柄な男が立っていた。


リーは瞬時に記憶を辿った。

しかし、見覚えのないことは確かだった。

なぜなら、その男は大きな鉤鼻に、ツンツンの白い髪、ブルーの瞳に、小さな丸メガネとかなり特徴的な顔をしているからだ。一度見たらきっと忘れない顔だろう。


さらにリーは、その人物が警察でも公安でもないこともすぐに察知した。

雰囲気がまるで違うのである。

長年の感覚から、それも信用してもいい印象だと思われた。


だからリーはこちらから

「ん? どちら様ですか?」

と聞いてみた。

すると、小柄なその男は


「へぇ。どうも夜分、遅くにすいやせん。あっしはアストリア王国新聞の記者で、スコール・ディ・ボッシュという者でやんす」


と言い、懐から名刺を取り出すとリーに手渡した。


リーはその名刺と、そのボッシュと名乗った男をしげしげと見比べる。

確かにそこには、そのようにビシッと印刷されていた。まぁ、こんなものはいくらでも作れるが、とりあえずこれも信用できるかなと思った。


「……あなたがリー・サンダース少尉でやんすね?」


と、リーが名刺を見ていると、ボッシュは聞いてきた。なので、リーは


「ええ。そうですが」


と答える。そして、


「なぜそれを? それに、どうしてここに?」


と単刀直入に聞き返した。

その問いにボッシュは、へへへと笑う。


「へぇ。ちょいと取材を進めるうちに、あなたのことを知りやしてね。そいで、あっし達、もしかしたら協力し合えるんじゃないかと」


「協力?」

「へぇ」


そこで、ボッシュは言葉を切った。

そして


「リー・サンダースさん、あっしと一緒に特ダネを掴みやせんか?」


と、真剣な顔で言ったのだった。



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