表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
砂漠の星 郵便飛行機乗り  作者: 降瀬さとる
第2章 動く人達編
38/136

ニコ 1

「まさか海の上があんなに寒いだなんて……全然思わなかったわ」


キミはしかめっ面でそう言った。


僕はコックピットから降りて、キミに手を差し出す。

しかし、僕はその言葉に関しては特になんとも思わず「まさかと言えば、また海峡越えを夜間飛行でしなきゃいけなくなるなんて、まさかだよなぁ……でも、まぁ前回みたいに嵐に見舞われなかったからいいか」などと別のことを考えていた。


キミも僕の手を掴んでコックピットから降りる。

見ると、キミは僕の貸したジャケットを着、同じく貸したネックウォーマーに顔の半分を埋めながらガタガタ震えていた。

それで僕は、やっと先ほどのキミの言葉に思い至り

「え?そうだったかなぁ。今日は天気も良かったし、高度も低く飛べたから、そんなことないと思ったけど?」

と、寒そうにしているキミを尻目に言った。すると、キミは僕をじろっと睨みつけて

「もうっ!私は砂漠育ちなのっ!それにどこぞのエリート軍出身者みたいに、変な訓練は受けてないんだから。寒いなら寒いって事前に教えておいてよね」

と文句を並べ始めた。

「いやいや、ちゃんと教えたでしょ?ラースで。それで服を買う時に、どうせなら操縦服も買っちゃおうって言ったら、キミがダサいからヤダって言ったんじゃないか」

僕はそう反論する。すると、それを聞いたキミは益々ふくれっつらになり

「それは、ラシェットの言葉に真剣身が足りなかったからっ!」

と、なんと僕のせいにしてきた。

「ええー。そんなぁ……」

「ええー、じゃない。とにかくそうなの。だから今度から寒くないように、用事が済んだら、この街で私の操縦服を買っていくわ。いいわね?」

キミは僕の横をすたすたと通り過ぎながら言った。たぶんトイレだろう。なにせ15時間程ぶっ続けで飛び続けたのだ無理もない。その後姿を見送りながら僕は

「はいはい、わかりました」

と全然納得していなかったが、渋々そう答えた。


僕達がここ、サウストリアの第一飛行場に着いたのはKとの約束の日の午後5時過ぎだった。

入国審査を済ませ、無事に格納庫にレッドベルを収めたのがさらにその30分後だ。


結構飛ばして来たがこの時間だった。だから、たぶんアストリアを目指していたとしても、午後10時にはギリギリだっただろう。

それに久しぶりの長時間飛行に、さすがの僕も足元がフラフラする。これが、クラフトにつきものの飛行酔いだ。こんな状態では、とてもじゃないが取引などまともに出来なかったに違いない。


それに今思えば、今回の連続15時間飛行というのはレッドベルの燃料的にもほぼ限界の域だ。


「サウストリアにして正解だったかなぁ……」

ベンチに腰掛け、僕は自分に問うように呟く。そして考えた。


一応、僕とレッドベルのコンビでの限界までは飛んだのだと。

正解もなにもない。ここに寄るしかなかったのだ。そう思うことにしようと。僕はぼーっとする頭を使ってとりあえずそう決めた。


「おまたせ」

キミが帰って来た。

「手続きは済んだの?」

「ああ。大丈夫だよ。補給と点検も頼んだし、三日分の場所代も払ってきた」

僕はベンチから立ち上がる。僕達は出口に向かいながら話すことにした。

「三日もここにいるつもりなの?」

キミは不可解そうに言う。僕はそのように言うキミの真意も少しわかった。

「いや、念のためさ。もちろん、うまくニコ・エリオットと接触できたら、すぐにでもここを離れるよ。きっと、あんまり長いことここにいたら、ショットに気づかれてしまうだろうからね」

僕が言うとキミは


「ねぇ、さっきの手続きって全部本名でしたの?」

と聞いてきた。


「そうだよ。旅券と機体識別番号の確認があるからね、誤魔化しがきかないんだ」

僕がそう答えると、キミは呆れ顔になり


「ふーっ。それじゃあたぶん、すぐに見つかっちゃうわね。三日なんていられないと思うわ」

と言った。

僕も同感だった。


「だね。とすると、やっぱり今夜だな、ニコと接触するのに絶好のチャンスは」

僕は腕組みをして考える。するとキミも自然と腕組みをして

「ねぇねぇ、でもラシェットはそのニコさんの住んでる場所知ってるの?それにサマルさんの仲間なら、家に住んでないで、どこか特別な牢屋か何かに閉じ込められてたりしないのかなぁ?」

と疑問を口にした。

「うーん、リーの手紙には書いてなかったからなぁ。僕もニコの住んでいる場所まではわからない。でも、どっかに閉じ込められてるってことはないと思うよ?」

「どうして?」

「だって、もしニコがリーの読み通り、誰かを捕まえるための罠だったとしたら、閉じ込めちゃったら意味ないからね。そんなんじゃ、誰も罠に引っ掛からなくなる。だから、誰でも接触しやすいような環境にはいると思うんだ」

僕はそう自分の考えを述べた。それ対してはキミも、それはそうねと頷いてくれた。


「でも、肝心の居場所がわからないのはどうするのよ。今から探すにしても相当時間が掛かるわよ?」

僕が格納庫の扉に手を掛けると、キミは言った。僕は振り返ってキミを見ると、ニッと笑い

「それにはちょっと考えがある」

と言った。

「考え?」

キミは首を傾ける。

「うん。まぁ、うまくいくかわからないけどね。たまには自分の職業も役に立つものさ」

僕がそう言うと、キミもわかってくれたみたいで

「あっ!」

と声を上げた。


「ふふ。そう、僕はなんてったって、空飛ぶ郵便屋さんだからね」


僕はそう言うと、ぐいっと格納庫の扉を開け、夕焼け色に染まるサウストリアへ足を踏み出したのだった。



ニコの居場所を探すにあたり、僕達はまず寝床となるホテルを探した。

僕は今日に限っては、キミにはここで待っていてもらうつもりだった。


これは当然の措置だと思う。なにせ、罠の可能性が極めて高い場所へ自ら赴くのだ。そんなところにキミは連れて行けない。それに、いざとなったときにキミがいると、こう言っちゃ悪いがかなり身動きがとり難くなってしまう。


だから、わざわざキミの好きなデザートがたくさんあって、さらにセキュリティーレベルの良さそうな高級ホテルをとったというのに、キミはお姫様が寝るようなベッドに腰掛けながらも、ものすごく不機嫌な様子で

「子供扱いしないでよっ!」

とさっきから、まるで僕の言うことを聞いてくれない。


「子供だからとかそういうんじゃなくて、これは大人でも危ないことなんだよ。だから今回はわかってくれないか?」

「ふんっ」

僕は必死にキミを説得しようとするが、キミはそっぽを向いてしまう。僕ははぁ、と肩を落とした。


一体、いつの間にキミはこんなにわがままになってしまったのか。最初に会った頃はこんなんではなかったはずだ……誰がこの子をこんなふうにしてしまったんだ?僕か?僕がキミにいつも甘いからか?


「ねぇ、どうしてだい?キミ。キミは僕の言っていることの意味がわからない子じゃないだろ?むしろ、もしかしたら僕なんかよりも、もっとその危険性について、気がついているんじゃないかい?」

僕が言うとキミはちらっとこっちを見て

「もちろん、危険なのは承知よ。でも、それとは別に私はこんな所に一人で置いていかれるのが嫌なの」

と言う。僕はこれに関してはただ謝る他なさそうだった。

「ごめん、置いていくのは心苦しいし、謝るけど、やっぱりキミは連れていけないよ。どうかここで、僕の帰りを待っていて欲しい。お願い!絶対にすぐ戻って来るから」

僕は両手を合わせてお願いする。

しかし、キミからの返事はなかった。だから僕は黙って待つことにした。もう残って欲しい理由は散々言ったし、僕も考えを変えるつもりもはなかったからだ。


時刻は午後7時を回った。刻一刻とKとの約束の時間は近づいている。それにしたがって僕の使える時間も、おそらく減っていっているのだろう。しかし、今はキミがここに残ってくれるようにするのが先決だ。僕は思っていた。


すると、やがてキミが諦めたようにため息をつき、こちらに向き直った。そして


「いいわよ」


と言ってくれた。いかにも仕方ないといった感じだったが。


「ここで待っていてあげる」

僕はそれを聞いて、素直に

「ありがとう」

と言った。キミはバツの悪そうな顔をする。しかしすぐにいつもの表情に戻して

「待っててあげるけど、さっき言ってた通り、ちゃんとすぐに戻ってくるのよ?私、ここにきて何か嫌な予感がするんだから。さっきまではあまり感じなかった不吉な予感が」

と僕を見ていった。

「だから、僕が一人で行くのに反対してたのかい?」

僕はそう思ったので聞いた。僕の言葉にキミは少しだけ頷く。

「うん。それもあるわ。でも私、なぜか今日は一人になるのが、ちょっと怖くて……」

キミはそう言うと言葉を切り


「なんか、やっぱり変よね。ついこの間まで砂漠の真ん中で一人で暮らしていたのにね」


と漏らした。僕はそんな様子のキミを見て、ううんを首を横に振った。

「全然変じゃないよ。むしろ、良い傾向だと思う」

僕はそう言うとキミの横に座った。そして、キミの顔を見る。よかった、泣いているわけではなさそうだ。

「人がいなくて寂しくなるってことは、人と一緒にいることの楽しさとか、大切さを改めてキミが感じているということなんだよ。そして、それが当たり前なんだ。だから何も変じゃない」

「本当?」

「本当さ。それに、これは子供だから寂しいとか、大人だから寂しくないとかそういう問題でもないんだ。大人だって寂しくなる。きっと……サマルだって寂しく思ってるに決まってる」

僕は言った。キミも目を合わせて頷いてくれた。


「そうね。じゃあ、早く見つけてあげないとね。わかったわ。そのためにも、私はここで待つ。だから、ラシェットは絶対にニコさんと接触するのよ。私をここに置いてって、失敗なんかしたら許さないからね」

僕はそのキミの言葉に大きく頷き、

「うん。わかった。約束する。必ず成功させて戻ってくるよ」

とキミに宣言した。



僕はホテルから、あえて操縦服を着て出てきた。

手には一通の手紙。宛名はニコ・エリオット。住所はもちろんサウストリアとしか書いていない。

僕の首からはケースに入った「郵便飛行協会・会員証」がこれ見よがしにぶら下がり、さらに肩には普段は決して付けていない「優秀会員バッジ」が誇らしげに付いている。


これで見た目は完全に、手紙を届けようにも住所がわからずに困っている郵便飛行機乗り、そのものであると、少なくとも僕は思った。


「さて、聞き込み開始といきますか」


僕は小声で一人気合を入れると、まずは目についたタバコ屋から聞き込みを開始した。


開始してすぐにわかったことだが、会員証とバッジの効果は驚くほどに絶大だった。僕は毎年、高い会員料を払わされてイライラしていたが、初めて郵便飛行協会に感謝した。

しかし、人というのは、本当に見た目というか肩書きというかに騙されやすい。僕はそのことを再認識させられる思いだった。人はパリッとしたスーツを着ている人間がまともで、よれよれのスーツを着ている人間は信用できないと思ってしまうものなのだ(まぁ、これは大体合っている場合が多いが……)。僕も今度からは格好にも気を配ろうと思った。


一時間以上聞き込みを続けると、だんだんと範囲が狭められてきた。

色々な人の話によると、ニコ・エリオットはこの町ではなかなかに有名人らしい。だから、彼の勤める研究室の住所はわりとすぐにわかった。しかし、天才エンジン技師としては有名だけれども、彼はいつも研究室にこもりっきりで、姿は全く見たことがないと言う。よって、住所を知っている人はおろか、どの辺りに住んでいるのかすら、知る人はなかなか現れなかった。


しかし、研究室の近くの本屋で聞き込みとしたところ、なんと一度本を自宅まで届けたことがあるという人が現れた。そのおじいさん曰く、ニコは研究室の近くの小さめの寮に住んでいるとのことだった。残念ながら、部屋番号までは覚えていらっしゃらなかったが、比較的新しい情報だったので、とりあえずその寮に探りを入れてみようかと僕は思った。


本屋から寮までは歩いて10分程の距離しかなかった。

僕はもの影からちらっと様子を伺う。暗闇でよくは見えないが、入り口には一人、門番と思わしき兵士が立っていた。

「兵士か……いや、仕方がない。ここは行くしかないんだ。あとは、僕の顔が割れてないことを祈ろう」

僕はそう決心すると、物陰から、さも自然な様子で現れ、手紙と寮を交互に見比べ、辺りをうろつく演技をした。すると、案の定

「おいっ、貴様!そこで何うろちょろしているっ!」

と門番の兵士が言ってきた。僕は内心ドキドキしながらも、なるべく平常心を装って

「あ、いえ、この辺りにこちらの手紙の宛先人、ニコ・エリオットさんがお住まいだと伺いまして。なにせ住所が正確に書かれていないもので、僕も困ってまして……」

と僕が言うと、兵士は眉間に皺を寄せて

「ニコ・エリオット宛だと?」

と怪訝な顔をした。そして

「おい、郵便屋。その手紙見せてみろ」

と僕に向かって手を差し出す。僕は冷汗を掻いた。しかし

「い、いいえ。それはできません。これは郵便屋の義務ですので」

と強い気持ちで突っぱね、逆に兵士に

「ニコさんをご存知のようですが、もしかして、こちらにお住まいなのですか?」

と聞いてやった。すると、兵士は意外と素直なのか

「それには答えることはできない。さ、手紙を見せろ」

と言った。


その瞬間僕は直感した。

間違いない、ニコはここのどこかの部屋にいると。


僕は兵士に渋々といった感じで、手紙を差し出した。

「わ、わかりましたよ。手紙はお見せしますよ。でも、もしここにいらっしゃるなら、せめてポストに投函させてください。直接渡そうなんて思いませんから」

「ああ。わかったよ。でも、それは手紙の内容次第だ」

兵士はそう言って手紙を受け取る。これで、多少態度を軟化させられた。

そしてそれに輪をかけるように、この手紙の内容がさらに兵士の態度を軟化させた。そのくらい、どうでもいい、くだらない内容を書き連ねてやったのだ。

兵士は読み終わると手紙を僕に返してくれ、さらに

「わかった。まぁ、これくらいならいいだろう。ポストに入れて行け。304号室だ」

と、ポストの番号まで教えてくれた。

僕はすぐさま、ありがとうございます、では失礼します、と言いながら玄関に入り、ポストに手紙を投函する。そして、横目で一階の部屋番号の配置をそれとなく見た。

「手前から101、102の順ね……なるほど」

僕はその作業をすばやく終わらせると、兵士の立つ入り口に戻り、そそくさとその場を後にした。



「よっと」

僕はその三十分後に再び、寮に戻った。しかし、今度は正面ではない。側面の塀によじ登ったのだ。

そうしたあと、僕は部屋数を数える。

「あそこだな、304は」

僕は寮を眺めながら呟いた。そして、辺りを見渡す。僕は中庭の木に目を付けた。

そこに飛び移ると、木のてっぺんまで登る。そうすると寮の屋根になんとか届いた。僕はすばやく、そっと屋根に乗る。そして、そーっと歩いた。ちょうど304号室の真上にくる位置まで。

「ここ、かな?」

僕は下を覗き込み、もう一度目視で確認すると、リュックからロープとフックを取り出し、屋根に引っ掛けた。


「よしっ、じゃあ、いざ行かん」


僕は気合いを入れると、ニコの部屋目がけて、スルスルスルーと慎重にロープを降りていった。


目的の窓に着く。僕は


コンコンコン


と窓を軽く叩いた。


すると、かなり小さな音だったのにも関わらず、部屋の中から


「だ、誰なの?」


と微かに声が聞こえた。僕はそれがニコの声であるかなんてわからなかったが、


「夜分にすいません。郵便屋です。お届けにまいりました」


と同じく小声で返事をした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ