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砂漠の星 郵便飛行機乗り  作者: 降瀬さとる
第1章 ラシェット・クロード 旅立ち編
26/136

アリ 1

わざわざ玄関まで出迎えに来てくれた、バルムヘイム・アリ大統領はつかつかと僕の前まで歩み寄ってくると、すっと手を差し出した。


肩まで伸びた茶色いしなやかな髪をオールバックに撫でつけ、顔を露わにしている大統領の目は蠱惑的な黒い瞳をしており、その奥には野生の本能と深い知性という相反する両方のものを感じる。体つきこそ、ナジとは正反対だったが、雰囲気はその上をゆくほどの迫力を持っていた。


バルムヘイム・アリ。80年以上前、当時ラース周辺をはじめ、大陸東側のほとんどを植民地支配していたアストリア王国に対して反旗を翻し、民族解放へと導いた革命家達のリーダー、アユタスト・アリ初代大統領を曽祖父に持ち、4年前父親であり、前大統領でもあったナハール・アリの急死に伴い、後を継ぐ形で連邦国大統領に就任した若きリーダー。


僕は今までアリ大統領のその経歴、肩書きに対してこれと言った感想は持っていなかった。というより、この当たり前のように続く大統領の世襲劇にああ、またかと思う程度だった。

だからバルムヘイム・アリという、かの英雄の曾孫が真にどんな人物であるかなど、全く知ろうともしなかった。それは、先代も先先代の大統領もあまり魅力的な人物とはいえなかったことも理由のひとつだった。どうせ次もそうだろうと。


しかし、僕は今目の前にいるこの人物を見て、その評価を改めるべきかもしれないと思う。

そのことだけはすぐにわかった。

彼は決して家柄だけの人物ではないし、ただのお飾りでもないのだと。


もしかしたら彼は80年来このグランダン大陸が待ち焦がれていた、民族一致を実現し得るカリスマなのではないかと僕は感じていた。


僕は差し出された手を見た。

僕は戸惑いつつも、握手に応じる。アリ大統領の手はほっそりしていたが、その握手はとても力強く、大統領は僕を真っ直ぐ見て微笑む。

僕は益々、困惑した。なんで、僕みたいなしがない郵便飛行機乗りに対して、このようなに大統領自ら歓迎してくれるのだろうか? と。


それにこの力強い握手と微笑み。これには何か、絶対に裏があるという気配がする。それは僕の勘というよりも、この若きリーダー、アリ大統領の挑戦的な目を見れば簡単にわかることだった。

大統領はおそらく、そのことを僕に気づかせようとしているのだ。そして僕を試している。これは極初歩的な駆け引きだった。


大統領はきっと、僕のことを、果たして真面目に話し合うべき相手かどうか秤にかけている……そのこともすぐに理解した。


僕はそれでもなんとか微笑み返す。が、うまくできている自信は全くない。


僕はまたもや、新種の厄介事が始まるのかと戦々恐々としつつも

「はぁ、もう駆け引きなんてたくさんだ」

とどこか、ヤケクソな気持ちになった。


だから


「恐れ入りますが、大統領。僕の名前は先ほどナジ大佐に伝言をした兵士からお聞きになったのですか?」


と自分から話を切り出した。


すると、大統領はふっと笑い

「そうです。と、言いたいところですが、あなたはもうお分りなのでしょう?ラシェットさん。そういうことです。我々にも独自の情報網がある」

と握手の手を離しながら言った。

僕はそれに関して特に驚きも感心もしなかった。しかし、普通に話しに応じてくれたことには、少なからず、ほっとしていた。

「僕に関してはどのようにお聞きで?」

僕はいささか正直すぎると思いつつも聞いた。それを聞くと、大統領はまたも笑い

「ふっ、それは部屋で食事でもとりながら、ゆっくりと話そうじゃないか。案内しましょう。ついてきてください」

と言った。


大統領とその取り巻き5人は階段の方へと歩き出す。それを見て

「さ、どうぞ」

とナジも僕達を促す。

僕は困ったなという感じでキミを見てみると、キミはなにやら不満らしく、腕を組んでいる。キミは僕の視線に気づいて

「私のことを無視なんて、失礼しちゃうわね」

と言った。

確かに、キミの存在に触れないなんて、あんなに丁寧に出迎えてくれたにしては少し配慮に欠ける気がした。

なぜだ?

僕にはよくわからなかった。

キミは不機嫌そうに歩き出す。僕はその後についていった。まぁ、いい。話をしてみればわかる。僕はそう思うことにした。


てっきり部屋とは、とても広い会食場で、長いテーブルがいくつも並んでいるような場所だと思っていたのだが、僕達が通されたのは大統領の私室だった。

そこには、既に豪華な食事が用意されており、テーブルも椅子もセッティング済みだった。しかし、不思議なことに椅子は3脚しかない。

見ると大統領と取り巻きがなにやら、ひそひそと話をしている。

「アリ様、困ります。我々も安全のために同席します」

「そうですよ。もしものことがあったら、どうするのです」

と、どうやら言われているらしい。それに対し、大統領は

「心配などない。私は腹を割って話したいだけだ。そんなに心配なら入り口にナジを立たせておく。それでいいだろう?」

と大きな声で言った。大統領はひそひそ話をするつもりはないようだ。


少しすると、5人の取り巻き達は渋々、部屋を出て行った。明らかに不満そうな顔の者もいれば、そうでない者もいる。

その全員が退出すると扉は閉ざされ、内側にナジ大佐が立ちはだかった。それを見て大統領は満足げに微笑む。先ほど僕に見せた微笑みよりも素直な笑い方だった。


大統領は僕達の方を見た。

「お待たせしてすまない。どうぞ座ってください。ラシェットさん。お嬢さん」

大統領は初めて、キミの存在に触れた。僕達は言われるままに腰を下ろす。キミについてのことも気になったが、その前に

「あの方々はよろしかったのですか?」

と僕は聞いた。

「ふふっ、お気遣い感謝する。しかし、気にすることはありません。大して役にも立たないくせに、親父の代から権力の座に居座り続けている連中です。本当はもっと信頼できる人材が欲しいのですが、なにせ私もまだこの座について日が浅い。それに彼らは老獪さにかけては一枚上手だ。自分の席を守るために色々な工作をしている。だから私もしがらみを断ち切れないでいる。情けない話だと思ってくれていい。本当なら、そういう連中すらも利用しなければならないのに、どうも私にはまだそのような奥行きが足りないらしい」

大統領は自嘲気味に言った。

僕はそれにどう答えていいのかわからなかったので、質問を重ねた。

「では、あの方々に聞かれてはまずいようなことを、これから僕達は話し合うのですか?」

と。すると大統領はニヤッと笑った。

「なかなか面白い言い方をなさる。確かにそうですね。しかし、それも君達次第です」

そう言うと大統領はワインのデキャンタを取り

「お好きですかな?」

と僕の方のグラスに注ごうとする。僕は恐縮しながらも

「はい。好きです。でも、できればウイスキーがあればありがたいのですが」

と言ってみた。すると大統領はまた満足げに笑い、よろしいお持ちしようと言って席を立った。

「お嬢さんはまだ酒は飲まれませんか?」

酒の入った棚を開けながら大統領が聞くと、キミは

「じゃあ、私もラシェットと同じものをもらうわ」

と言った。僕は呆れ、大統領は、はははと声を出し愉快そうに笑った。


「では改めて、ようこそラースに」

「乾杯」

僕達は乾杯をし、大統領はワインを飲んだ。

僕は砂漠にいる間、ずっと飲みたかったウイスキーをロックで飲んだ。初めて見るラベルで、くせの強い独特のブレンドだったが悪くない。甘みが先に立つが、後味はすっきりとし、確かな酒の味がした。

僕の隣で同じものを口にしたキミは、渋い顔をして舌を出した。

そんな僕達の様子を見て大統領は

「ふふっ、私の注ぐ酒よりも、飲みたい酒を選ぶ方は初めてだ。私は我を通す方が好きですよ。見ていて気持ちがいい」

と言った。僕はその様子を見

「恐れ入りますが、大統領」

と言って話を始めた。

「大統領は堅苦しい。バルとでも、アリとでと呼んでくれて構わない」

「で、ではアリさん」

僕はそう言われ、仕方なくそう呼ぶことにした。

「アリさんは、僕が追われていた理由をご存じのようですが、それではなぜ僕達をこうも歓迎してくれるのですか?」

それを聞いてアリはなるほどと呟き

「どうやら、ラシェットさん。君はご自分がなぜ追われているのか、その理由を知らないのですね?」

と言った。

「はい。いや、正確に言えば詳しくは知らないといいますか……」

僕はそう答えるが、それ以上どう説明しようか迷った。というよりも「手紙」というキーワードを出すべきか否か、僕は判断しかねていた。すると


「あの手紙なら、もうここには無いわよ。砂漠に隠してしまったから」


とキミが言った。


「なっ」

なんで躊躇いもなく、さらっとと僕が驚いていると

「それは本当かい?……」

とアリが反応した。

「キミよ。キミ・エールグレイン」

「ああ、すまないキミさん。先ほどは気を悪くさせてしまったね。しかし、私はあの場であなたのサングラスを外させるようなことにはしたくなかったのだ。それをわかっていただきたい」

アリは申し訳なさそうに言う。

「ええ。大丈夫よ。今はもうわかったから。あなたがそのくらいの思慮は持っているって」

それに対して、キミは素っ気なく答える。

「ふふ、わかっていただけてありがたい。私は違うが、ここにはまだ砂漠の古い風習や言い伝えに過敏に反応する者もいるのでね」

僕には何のことか、さっぱりわからなかった。キミもこれに関しては何も言うつもりはないらしい。だから僕が話を引き受けた。

「アリさんは、僕が依頼を受けたあの手紙の内容をご存じなのですか?」

「いや、確かな情報はない。しかし、私どもは誰が君に依頼をしたのか。そして、誰に手紙を届けさせようとしていたのかを推量できる材料はありましたからね。それで自然とその内容もわかってきたと」


僕はその言葉に耳を疑った。

依頼人とKの正体がわかる?


「け、Kをご存じなのですか?」

僕は思わず声をあげた。しかし、アリはいたって冷静に

「コードネームまでは知らないが、そんなものにはなんの意味もないよ。彼は知る人ぞ知る人物だ。私も一度しか会ったことがない。なにせ、突如として現れた天才科学者で、前歴も何もないまま、いきなり中枢機関の幹部に重用されたからね。誰も顔すら見る機会がなかったのだ」


僕は息をのんだ。


「彼の名はジース・ショット。そして、その彼に手紙を届けるよう君に依頼したのは、おそらくリッツ・ボートバル王子。まず、間違いないだろう」


「なっ、リッツ王子が!?」


その名前はKの本名よりも、僕に衝撃を与えた。

リッツ王子。現国王ミハイル・ボートバルの実子。ダウェン・ボートバル、グリフィス・ボートバルに次ぐ王位継承権第三位をもつ王家の人物だ。僕も何度か顔を見たことがある。

リッツ王子の印象は兄弟の中でも特に美男子であり、優男という感じがした。タカ派で帝国主義の色が濃い兄ダウェンと、生まれつき体が弱くずっと城に籠っている兄グリフィスの印象が強く、常に影の薄いイメージでもある。それに、確かにコスモかどこかの大学に留学していたか何かで、ずっと国にいなかったものだから余計に印象が薄くなってしまったのかもしれない。


そのリッツ王子がアストリアの幹部に手紙を?

なぜ?なんのために?

それに、だとするとあのトカゲの本当の雇い主はリッツ王子ということになる。

なぜだ?なぜ、リッツ王子は元アストリアの諜報部員などと関わり合いを持っているのだ?


僕の頭の中は軽いパニック状態に陥ってしまい、思考がKの正体のことについてまで、行き着かなかった。


「元第1空団のラシェットさんならリッツ王子のことはご存じですね?では、彼がここ一年あまり不穏な動きをしているのはご存じでしたか?」

不穏な動き?そんなことはちっとも知らない。いや、もはや僕は昔みたいに城の中枢にいるわけではないから、知らなくて当然だった。

「い、いいえ」

僕は答えた。アリはそれを見て頷いた。


「リッツ王子は慎重な方のようです。なかなか尻尾を現しません。しかし、私共がつぶさに調べていくと、一年前からまるで人が変わったように、様々な工作と組織作りを開始していたことがわかったのです」


「あの、国政のことにはまるで興味を示さなかったリッツ王子が?」


僕は言った。それに対してもアリは頷いて答える。

リッツ王子はダウェン王子とは対照的に普通の感性の中でお育ちになったという感じがしていた。帝王学にも政治学にも触れることなく、ただ城の中の夢のような世界で伸び伸びと育ったのだと聞く。それが、工作や組織作りとはいったい……


僕が考えこんでいると、アリが口を開いた。

「ラシェットさんは、この国の内戦の状況をご存じかな?」

「え、ええ。話は聞いていましたし、実際に上空を飛んできましたから。それで…」

「あの黒い機体に襲われた」

アリが口を挟み、僕に

「ラシェットさんは、あの黒い機体の正体がわかりましたか?」

と聞いてきた。だから僕は

「あれは……おそらく帝国の息がかかったものかと」

と正直に話した。アリはまた頷く。

「やはり、お気づきでしたか。では、あの黒い機体を送りこみ、西側のゲリラを援助しているのは誰がお分かりですか?」

「い、いいえ。わかりません」

僕はまた正直に言った。するとアリは


「そうですか。しかし、ラシェットさんなら、少し考えればお分かりになると思いますよ」

と言う。


少し考えたらわかる?


そんな気はしなかったが、僕は考えてみた。


リッツ王子が単に、アストリアにボートバルの不利益になりそうな手紙を送るとは考えにくい。だとすると、国というよりも個人的に益がある行動なのだ。リッツ王子は国政に興味を持ち始めた。今回のあの手紙が誰かにとって不都合な内容のものだったとしたら?リッツ王子は誰を陥れようとした?きっと、それはリッツ王子にとっての邪魔者なのだ。邪魔者…国政…


……まさか!


「お分かりになりましたかな?」


「…ダウェン王子」


僕の呟きに、アリはその通りと微笑んだ。

「そんな、バカな。」

いくら帝国主義者のダウェン王子とはいえ、そこまではしないと思っていた。内戦に加担するなど、そんなことがもし露呈したならばただでは済まない。

「しかし、そんな証拠どこにも」

僕は言った。するとアリは我が意を得たりと言う感じで


「その証拠だったとしたらどうです?あの手紙が」

と言った。


「あっ!」

そうか。それなら辻褄が合う気がする。

リッツ王子がアストリアに手紙を送る理由も、僕が黒い軍団に襲われた理由も。

「リッツ王子はダウェン王子の失脚を狙っている?」

僕が聞くと、アリは答える。

「そうです。どういう風の吹き回しか、リッツ・ボートバルはボートバル帝国というものを自分で動かしたくなったようです。ダウェンさえいなくなれば、グリフィスには病気があるからね。自分に王位継承権が転がり込んでくる」

アリはワインを飲んだ。僕もウイスキーで喉を湿らす。

「そのために彼は、ショットを使おうとした。ショットはこの国の内戦に大手を振って参戦できる大義名分をここ一年ずっと探していたからね。利害が一致したわけさ。ショットは兵器の実験を実戦でしたかった。リッツは誰でもいいから兄を潰して欲しかった」


そこまで言うとアリは苦々しい表情を浮かべた。

「代理戦争だよ。おそらく場合によっては内戦よりもひどいことになる。しかし、私は私の国をそんなくだらない争いの場にするつもりは毛頭ない」

アリはそう宣言した。


すると、ずっと横で黙って聞いていたキミが

「でも、手紙は隠したわ。だから大丈夫よ」

と羊のローストを食べながら言った。

「ああそうだったね。それを聞いて少しは安心したが、まぁ、まずは食事を楽しもうか。詳しくはその後だ」


……

僕はお腹が空いていたので、バクバクと食べた。そして、食べながら考えていた。


ジース・ショット。リッツ・ボートバル。彼らの目的が仮にアリの推量通りだったとして、だとしたらいったいどこに僕とサマルの関わる余地があるのか。


なぜ僕を利用しようとしたのか。

トカゲは僕とKをなぜ接触させようとしていたのか。

トカゲはなぜ僕にサマルを探させようとしているのか。


もしかしたらリッツ王子はサマルのことを知っていて、サマルに何が起こったのか、全てを承知しているのではないか?


しかし、いくら考えてもわからない。

新たな情報が入ってきても、謎はまた深まるばかりだったし、まだまだ挙げきれないほどの疑問が残っている。


まぁ、いい。僕はとにかく今は食べることに専念することにした。


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