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砂漠の星 郵便飛行機乗り  作者: 降瀬さとる
第1章 ラシェット・クロード 旅立ち編
19/136

少女 1

夕焼けが美しかった。


そして、その夕日を背中に受けて浮かび上がるその人のシルエットも。

神々しいほどに美しい。


そんな感動が僕の胸をしめつけた。


「大丈夫?立てる?」

サングラスをかけたその人は、幼い少女の声でそう言い、僕に手を差し伸べる。僕はその手を掴んだ。


僕は3日ぶりにたっぷりと水を飲み、なんとか起き上がれるまでには回復していたが、まだ自分の思うように筋肉を動かせなかった。

「いつっ…」

思わずよろめくと

「あっ」

と言って、咄嗟にその人が肩をかしてくれる。だいぶ低い肩だった。触れた肩もほっそりとしていて華奢だ。やはりこの人はまだ幼い少女のようだ。

重そうに僕の体を支えてくれる少女に、僕が

「ありがとう」

と声を絞り出して言うと、少女は

「大丈夫。だから無理にしゃべらないで」

と言ってくれた。僕は心の中でありがとうと繰り返した。


「ラクダ、一人で乗れる?」

少女がこちらを見て言った。僕は無言でうんと頷くと彼女の肩から手を離し、ラクダに付いている鞍の縁に手をかけた。そして、力いっぱい片足で踏み切り、ジャンプをし、両手で体をラクダの上まで持っていく。少女が僕のお尻を押してサポートしてくれたから、なんとか登ることができた。

「いいわ。上手よ。じゃあ、しばらくそこに座ってて。一時間くらいで家に着くから」

そう言うと彼女はもう一頭のラクダの方へ歩き出したが、

「あ、そうだ」

と言って振り返り、僕の方へ皮袋を投げて寄越した。

「水。好きに飲んでいいから」

そう言うと、今度こそ彼女はもう一頭のラクダのところへ行き、飛び乗った。

僕は手の中にある皮袋のぶにぶにとした感触を確かめる。ぬるく、冷たく、じめじめしていたが、その感じがここ砂漠ではなんとも気持ち良かった。僕はこの感触を一生忘れないだろうなと思った。


2頭のラクダは紐で繋がれていたため、僕は本当にただ落ちないように乗っていればよかった。

僕はコンパスを取り出して見てみた。そのくらいの思考能力は僕の中に戻って来つつあるようだ。どうやら、ラクダは西に向かっているらしい。

ラクダを見ると2頭とも体中に、たっぷり膨らんだ皮袋を提げている。そこから察するに少女はこのラクダで水汲みをしに行って、その帰りに僕を発見してくれたということなのだろう。まさに奇跡のタイミングだったのだ。

ということはあと少し歩けばオアシスがあったのかもしれない。しかし、僕はどんなに近くにあろうとも、正確な位置を知っていなければ決して辿り着けやしない、この砂漠での旅の難しさというものを既に骨身に沁みて理解していた。


「大丈夫?辛くない?」

少女がこちらに振り向き尋ねた。

「うん。ありがとう。何とかいけそうだよ」

僕がそう言うと

「よかった。ずいぶん声もまともになったわね」

と少女は言い、微笑んだ。といっても顔は完全に隠れていたから、見えたわけじゃない。でも、それはなんとなくわかった。

「それもこれも君のおかげだよ。本当にありがとう。なんと言ってお礼をすればいいか…」

「いいのよ別に。困った時はお互い様じゃない?それが砂漠の決まりだもの」

と彼女はそっけなく言い

「でも、本当に行き倒れてる人なんて、私初めて見たわ。あなた、よっぽど間が抜けてるのね」

と付け足した後、くすっと笑った。

「ははは。そんなこと初めて言われたよ。でも、ここのところ災難続きだったから、もしかしたらそうなのかもしれないな」

冗談を言ってくれる彼女の明るさに、少しだけ先ほどまでの張り詰めていたものが解れていく感じがする。

僕の命を救ってくれる人はいつも、こういった雰囲気を持っている人な気がした。


「でもあなた、なんであんな場所で倒れていたの?見たところ、ゲリラでも軍人でもなさそうだけど」

彼女は言った。まぁ、厳密に言えば僕は元軍人なわけだが、確かに昔から軍人顏ではないと言われ続けてきていたから仕方がない。それにあんな砂漠の真ん中に倒れている人間の事情など、聞いてみなければわからないことだ。

「僕は郵便飛行機乗りなんだ。仕事でアストリアに向かっていたんだけど、飛行機が故障しちゃって。それでこの砂漠に不時着したんだけど、飛べるまでに修理するには部品が足りなかった。だから、仕方なくモンドール目指して歩くことにしたんだけど…」

「辿り着けずに、倒れちゃったわけね」

「そう」

僕は力なく答えた。少女と言えども、女の子に自分の失敗を語るのは、やはり恥ずかしい。


「ふーん。飛行機乗りなのね。そういう仕事の人にも初めて会ったわ。ま、砂漠にはそんなに人が来ないってのもあるけどね」

「君はここで生まれたのかい?」

「そうよ。生まれも育ちもグランスール砂漠のミリト集落。この砂漠から出たこともないわ」

ラクダを上手に操り、砂丘を越えていく少女は言った。生まれてからずっとここに住んでいるのか…と僕は思う。でも、僕にはそれがどういうことなのか、うまく想像ができなかった。

「じゃあ、今はそのミリト集落に向かっているのかい?」

「そう。でも、集落って言っても今は私一人しか住んでいないから、もう集落とは言えないわね」

「えっ?君ひとりで?」

僕は驚いた。

「お父さんや、お母さんは?」

僕がそう聞くと、少女はちらっと僕の方を見たが、すぐに前に向き直って

「母は西側のゲリラに殺されたわ。父は東側の志願兵になって戦争に行って以来帰って来ない。三年前に集落が襲われたの。それからだんだんと皆集落を離れて、今では私一人になっちゃったのよ」

と平気なように言った。


「あっ……」

僕はそれを聞いて黙ってしまった。


僕だって元軍人だ。そういった血生臭く、胸糞悪い話はたくさん聞いてきたし、実際に目にもしてきた。

しかし、僕の命を救ってくれたこの優しい少女のか弱くも、力強くラクダを操り、水汲みをしている姿を見てしまっては、僕のそんな見識や経験など、なんの意味も成さなかった。

簡単に慰めの言葉など口にはできなかった。

きっと彼女は彼女なりの方法で、既に色々な気持ちに整理をつけてきたはずなのだ。でもこの砂漠に残っているということは、まだ整理のついていない気持ちもあるのではないかと僕は感じた。

彼女はまだ幼い。しかし、そんな境遇でも、この過酷な砂漠に一人で生きている彼女に、僕が言える言葉なんて何もないと思われた。


「いいのよ。気にしないで。聞かれたから答えただけなんだから。それに、言って傷つくことだったら、内緒にしていたわ」

僕が考えていると、彼女はきっぱりとそう言った。

「そうか…」

僕はつぶやいた。でも、それ以上の言葉は続かなかった。

すると彼女は振り返り、


「はい。この話はおしまい」


ときっぱり宣言するように言った。

僕はその姿を見て、また少し頬を緩めた。

そして、この子は本当に強い子なんだろうなと心から感心した。

「ところで、おじさん名前は?」

話題を変えるべく彼女は聞いたのだが、僕はお、おじさんだって?と軽く衝撃を受けた。

僕はまだ20代半ばだぞ。おじさんはいくらなんでもひどい。しかし、このくらいの年齢の子から見れば僕はもう十分におじさんに見えるのだろう。でも、自分をおじさんだと認めることにはまだ抵抗があった。

「ラシェット。ラシェット・クロード。一応まだおじさんって年齢じゃないよ。君の名前は?」

「キミ」

「え?」

僕は聞き直した。

「だ・か・ら、私の名前。キミっていうの。キミ・エールグレイン。年は今年で13歳よ。だから私から見たら、あなたは十分におじさんなの」

キミはそう呆れたように言った。13歳か、確かにもう娘のように感じてしまう世代かもしれない。

「私のことは、キミって呼んで。おじさんのことはなんて呼んだらいいの?」

「ラシェットでいいよ。とにかくおじさんは勘弁だな。僕はまだ結婚もしてないんだから」

僕は言った。

「ふふ。わかったわ、ラシェット。よろしくね。じゃあもう少しだから、スピードあげるわよ。落ちないようにしててね」

そう言うとキミは前に向き直り、またラクダを上手に操り始めた。


僕はまたラクダに揺られるに任せた。

そして、キミの背中を見ながらこの不思議な縁のことを思い、砂漠の厳しくも雄大な景色を見るともなく見つめていた。



ミリト集落に着くと、辺りはもう暗くなりかけていた。

そこにはいくつもの、レンガや土で建てらた古い家々が並んでいた。そして、その間には石を敷き詰めた道が出来ている。

意外なことに、砂漠の真ん中にある割には家も道もほとんど砂に埋もれていなかった。

通りには街路樹の代わりか、サボテンがいくつか生えている。それが僕が久しぶりに見た唯一の緑だった。あとは草一本生えていない。


僕はそんな初めて見る景色を、ぽかんとして眺めていた。すると、キミはラクダをとある家の前まで導いて行き、そこでラクダから降りた。

「ここが私の家よ。ここで降りて座ってて。汲んできた水をまず家に入れちゃうから」

キミは腰に手を当てながら言う。僕はそれを聞いて、よっ、とラクダから飛び降りた。

「おっとっと」

着地した際に少しよろめいたが、なんとか持ち堪えた。大丈夫そうだ。少しずつ回復してきている。

「僕も手伝うよ」

そう言うと、キミは難色を示し

「ダメよ。病人はじっとしていなさい」

と言う。そう言われると思ったから、僕はそれを無視してスタスタとラクダの所まで歩き、皮袋に手をかけた。

「どこに運べばいいんだい?」

「無視するのね?命の恩人の言うことを」

キミはちょっと怒っているようだ。でも、その仕草は怖いと言うよりも、やはり可愛らしいと言った方が正確だった。

「だからこそだよ。このくらい手伝わせてくれないと、申し訳なくて堪らないんだ。だからお願いだよキミ、僕にも手伝わせてくれないか?」

僕は困ったように言った。その様子をみてキミはため息をついた。

「はぁ、わかったわ。じゃあこっちに運び込んで、そこの甕に水を入れて頂戴。でも、絶対に無理しちゃダメよ。砂漠の脱水症状ってそんなにすぐには治らないんだから」

そう言ってキミは家の扉を開けた。

僕はニコッと笑った。

「ありがとう」

ラクダに繋いでいた皮袋の紐をはずし持ってみると、思っていたよりもずっと重たかった。こんな作業をキミはいつもしているのかと僕はまた驚いた。この子には本当に頭が下がることばかりだ。

「け、結構重いね」

僕がそう言うと

「ふふ。ラシェットってなんか変な人ね。強気なことを言ったと思ったら、すぐに弱音を吐くんだから」

とキミは言って笑いながら、僕の隣で楽々と皮袋を肩に担いで見せた。

「こっちよ。さっさと終わらせちゃいましょ」

「ああ。そうだね」

キミと話していると、一体どっちが年上なのか一瞬わからなくなる。それはキミが僕の命の恩人だという意識から来ている部分もあったが、それよりもキミの生来持っている雰囲気がそう思わせていると感じた。しかも、それが不思議と不快ではないのだ。いや、むしろキミが馴れ馴れしくしてくれることを僕は嬉しくも思った。そんな子に出会ったのは初めてのことだった。


水を全て運び込むと、ラクダを隣にある小屋に戻して繋いだ。

キミはラクダにエサをあげている。干草やサボテンのぶつ切りや岩塩などだ。ラクダはそれを美味しそうにむしゃむしゃと食べた。

僕は自分を乗せてくれたラクダのお腹を撫で

「今日はありがとな。お前のおかげで助かったよ」

と言った。するとエサをやりながら、その様子を見ていたキミが

「ローっていうのよ。その子の名前。で、こっちの子がケム。ケムとロー」

と紹介してくれた。

「そっか。良い名前だね。ケム、ロー。いっぱい食べて、ゆっくりお休み」

僕がそう言うと、キミが

「そのセリフを私はそのままあなたに贈るわ、ラシェット。あなたこそ、いっぱい食べてゆっくり休むべきよ」

とまたもや呆れた様子で言うのだった。


そうして僕達は全ての日課を終えて、家に入った。


家の中は思っていたよりも、ずっと広く小ざっぱりしていた。

入ってすぐ左側に煮炊きをするための窯と料理台、水の入った甕があり、入って右側はダイニングになっている。ダイニングには綺麗な民族紋様が入ったラグが敷いてあり、その上に小さめのテーブルと椅子が3脚置いてあった。その奥はリビングと寝室を兼ねているようで、一番奥にベッド、その手前の右側にソファ、その足元にはまたラグが敷いてあり、左奥には大きな書棚と小さめのタンスが置いてあった。書棚には大小様々な大きさの本がびっしり並んでおり、ソファに読みかけの本が伏せてあることから、この本達がキミの退屈を凌がせているひとつ要因だと僕は察することができた。

とにかく、印象としては綺麗に片付いた可愛らしい部屋だなと思った。


「ちょっと待っててね。今から料理作るから。と言っても簡単なものしか作れないけど」

キミはそう言って、エプロンを付け、顔を覆っていた布を取った。

すると布の中から、長く真っ直ぐな黒い髪がさらっと出現した。その髪は背中の半ばまでも伸びている。キミは今度はその髪の毛を紐で、後ろにひとつにまとめた。

キミの肌は少し日に焼けていたが、褐色ではなかった。もとはきっと白い肌をしているのだろう。砂漠の民にしては珍しい肌の色ではないかと思った。だから、極力日に焼かないように布で覆っているのかもしれない。

しかし、そこまでしたがキミはサングラスだけは外さないようだった。サングラスをかけたまま料理を始めたからだ。


その様子を椅子に座って見ていたら、僕の視線に気づいたらしくキミはこちらを見た。

「あ、これね。あんまり気にしないで。ちょっと事情があってサングラスは外せないの。もうずっとこうやって生活してきてるから、私は慣れちゃったけど、ハタから見るとおかしいわよね?」

「あ、いや別におかしくはないよ。ただ、なんでかなって疑問に思っただけで…」

僕は慌てて言った。

「いいのよ。正直に言って。でも、なんでかって質問には答えられないの。さっきも言ったけど、それには言えない事情があるのよ。まぁ、ラシェットに話しても問題はないって、個人的には思うけど、でも決まりだし、私にも色々とあるから…あなたと同じようにね」

キミはジャガイモを切りながら言う。キミの横には材料であろう、根菜と干し肉、スパイスの入った壺などが並んでいる。

「うん。わかった、大丈夫もう何も聞かないよ。でも、本当におかしいだなんて思っていないよ。よく似合ってるし、それがキミの可愛さを損なってもいない。本当にそう思う」

僕は素直にそう言った。最もぼくはキミの素顔を見たことがないのだから、彼女からしたら適当なことを言っていると思うかもしれない。それでも僕は真剣にそう言ったのだ。

すると、キミはくすっと笑った。

「ありがとう。お世辞でも嬉しいわ。でも、おだてたからって料理が美味しくなるわけじゃないわよ」

キミは言った。でも、僕はお世辞で言ったのではなかった。キミは本当に今まで見たこともないほどの美しい少女だったのだ。それはサングラスなんか取らなくったってわかった。

しかし、僕が本気でそう言っても彼女が真面目に受け取ってくれないのは、僕の言葉にいやらしさみたいなものが含まれていないからだろう。それは僕がキミにはもう恋をしないという事実からきていた。あまりにも年が離れすぎているのだ。もし、キミが僕と何歳かしか年が離れていなかったら、きっと僕は恋に落ちていただろうと思う。でも、実際のところはそうはならなかった。僕はそれを残念に思うと共に少しほっとしてもいた。


キミが作ってくれたのは、この集落の伝統的なスパイスの調合で煮たというカレーだった。

一緒に、朝焼いたというパンも出してくれた。

「いただきます」

「どうぞ。召し上がれ」

僕はカレーを一口食べた。

「うっ…」

でも、僕はうまく飲み込めなかった。久しぶりに食べるまともな食事に、胃と食道が受付られなかったのだ。

「あーあー、もう。急いで食べるからよ」

「ごほっ、ごほっ、ごめん。でも美味しいよ。すごくね」

「まったく。ほんと、なんか子供みたいね」

キミは言った。僕は困り顔のキミを見て笑った。

僕は今日、何回キミを呆れさせたのかわからなかった。


「この食糧はどこから仕入れているんだい?」

僕はパンをちぎりながら尋ねた。先ほどからずっと気になっていたのだ。

「半年に一回、知り合いのキャラバンが来てくれるの。その時にまとめて買って、倉庫に備蓄してるのよ。ジャガイモとか根菜とか穀物や調味料。あとラクダのエサとか、コーヒーとかお菓子もね。水はここから二時間くらい行った所にあるオアシスに汲みに行ってるの。それはなんとなくわかったでしょ?」

「うん」

キミはカレーを食べながらそう教えてくれた。

「ということは、キミは半年間誰とも会わずにずっとここで一人で過ごしているのかい?」

「そう。でも別に苦じゃないわ。読む本はあるし、ケムとローもいるしね」

キミはそっけなく答えた。

「お金はどうしてるの?」

「両親が残してくれたお金と、集落のみんなが分けてくれたお金がまだあるわ。と言ってもあと一年くらいしか保たない計算だけど。その後のことは考えてないわ」

「か、考えてないの?」

「そうよ。考えても仕方のないことだもの」

「うーん…」

今までの様子や言葉を聞く限り、かなり思慮深いと思われるキミが、先のことを何も考えていないなんて、僕には不自然なことに思えた。しかし、実際にキミにはどうしようもない問題なのかもしれない。つい忘れてしまいがちだったが、彼女はまだ13歳なのだ。

「でも、なんでそこまでして、この集落に残るんだい?他の人達みたいに他所に移住したいとは思わないのかい?」

僕はまた疑問を口にした。するとキミは

「それは…」

と返答に窮したように、少し考え込み

「ま、いいじゃないなんでも」

と言ってはぐらかした。僕はキミにそう言われてしまうと、もうこれ以上何も聞けなかった。


食事を済ませ、食器をかたずけると、キミがコーヒーを淹れてくれた。そして、そのコーヒーを飲みながらキミは

「これを飲んだら、今日はもう寝なさい。あなたは自分が思っている以上に消耗しているはずよ」

と言った。だから僕はその言葉に素直に従うことにした。


「ベッド使っていいから。私はソファで寝るわ」

布団を整えながらキミは言った。

「そ、そんなのは良くないよ。僕はソファで十分だよ」

僕が必死に断ろうとすると、キミはまたちょっと怒った感じになった。

「じゃあ、これは命の恩人からの命令よ。いいからさっさとベッドに潜って寝てしまいなさい」

「うっ…」

僕はやっぱり断わりきれなかった。

僕が仕方なくベッドに潜り込むと、キミは満足そうに微笑んだ。

「よしよし。じゃあ、おやすみなさい、ラシェット」

「ありがとう。おやすみ、キミ」

そう言った後、僕は

「ねぇ。もうひとつ聞きたいんだけど、なんでキミは見ず知らずの僕を家にまで連れてきてくれたんだい?危険だとは思わなかったのかい?」

と最後に今までずっと疑問に思っていたことを口にした。するとキミはふふっと笑い

「そんなの、ラシェットが悪い人には見えなかったからに決まってるじゃない。私、そういうのはすぐわかるのよ。それに、ラシェットみたいな人が悪人だったら、いよいよ世の中終わりだわ。あなた、もう一度じっくり鏡を見てみたら?」

と言った。そして、キミはまたダイニングの方へ戻って行った。

僕はその姿を見送ったあと、目を閉じた。

すると、思っていたよりもずっと早く眠りがやってきたのだった。



……

夜。

僕は目を覚ました。

なぜかはわからないが、目が覚めてしまったのだ。

少し起き上がり周りを見てみると、ソファに寝転がりながら、小さな明かりを灯してキミはまだ読書をし起きていた。彼女と目が合った。彼女はサングラスを外していた。


彼女の目は深く透き通った緋色をしていた。


僕は寝ぼけて見間違えたのかと思った。

あんなに綺麗な瞳は見たことがなかったからだ。


すると、キミは慌ててサングラスを掛け、何事もなかったかのように

「あ、ごめん。明るかったかしら?起こしちゃたわね」

と言った。僕はすぐに察して、瞳のことは見ていないフリをすることにした。

「いや、そうじゃないよ。なんとなく目が覚めちゃったんだ」

僕が言うとキミは本を置いた。

「何の本を読んでいるんだい?」

「古典文学よ。うちにはこういう硬い本が多いの」

キミは言った。

「ねぇ、起きちゃったなら何かお話してくれない?」

「お話?昔話かい?」

「違うわ。あなたの話。それと外の世界の話。私、ここの砂漠から出たことないでしょ?だから興味あるの。それに…やっぱり久しぶりに人に会えたから、本当はもっとお話してみたかったの。いいでしょ?」

キミが初めて子供らしく言った。僕はそれを聞いて、やっぱりキミにだって寂しい気持ちはあるのだなと気付き、また胸をしめつけられる思いがした。だから

「もちろん。僕なんかの話で良かったら、いくらでもするよ」

と言った。

「ふふ。ありがとう」

そう言うと、キミは嬉しそうに枕を抱えてベッドの側に集合した。僕はベッドから体を起こし、縁に腰掛けた。


そうして僕達は一晩、色々なことをお話しし合った。


僕は久しぶりにできた、年の離れたこの友人に意外なほどの居心地の良さを感じていた。



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