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砂漠の星 郵便飛行機乗り  作者: 降瀬さとる
第4章 動く世界・三人の友情編
111/136

三つ巴 2

僕が目を覚ました時、飛行機は暗い海の上にいた。


周りには何もない。島もなければ、船も、光も。


肌に触れる風は少し冷たく湿り、見上げた空はどんよりと曇っている。


よくある夜間飛行の光景だ。だが、僕はここが夢か仮想現実なのではないかと思った。


なぜなら、今僕の目の前で、そんな何もない空中から、突然大きなハッチの扉が姿を現したからである。


いや……違う。むしろ逆かもしれない。

僕は、そんな突拍子もないものを見つけ、やっと今の状況を思い出すことができたのかもしれない。


つまり、僕達は飛空艇との合流ポイントまで来たのだと。


「お待ちしておりました。どうぞお入りください」

「オッケー。じゃ、遠慮なくお邪魔するわ」


そんなやり取りが無線から聞こえてきた。あのヤクーバというご老人の通信士とタミラの声だ。

僕は寝ぼけた頭のままその声を聞く。

僕は起き上がってもよかったのだが、とりあえず飛行機があの飛空艇に着艦するまでは、このままぼーっとしていることにした。



「オーライ、オーライ」


整備士と思われる男性兵士の誘導灯に従い、タミラの飛行機はゆっくりと着艦する。


滑り込んだ艦内は〈光学迷彩〉に多くの電力を摂られているせいか、夜の割に電気がろくに点いておらず、薄暗かった。


「オーライ、オーライ……はい、オーケイ、ストップ! お疲れ様です!」


タミラの機体が、無事に格納場所に収まると、兵士はそう言って操縦席に駆け寄ってきた。そして、素早くステップを設定し、敬礼をする。


彼は黄色い砂漠色の軍服を着ていた。ラース兵だ。

それを見て僕はやはり「どういう事情でこの飛空艇にラース兵が乗ることになったのか」がすごく気になった。


兵士はタミラと一言二言、言葉を交わすと、今度は僕達の方にやってきてステップを置き、敬礼をする。


「ご苦労様です! 暗いので足元にお気をつけください」

「あ、どうも。ありがとうございます」

「いえいえ。ところで、お疲れのところ大変恐縮なのですが……あちらでリッツ・ボートバル氏がお待ちです」

「ん、リッツが?」


そう寝ぼけ眼でラース兵が促した先を見ると、確かにリッツが格納庫の入口に一人で立っていた。


腰に手を置き、仄暗い非常灯に照らされたその表情は、心なしか城にいた時よりも穏やかにみえる。

さすがの彼も無事に皆を救出できてほっとしたというところか。


僕とナーウッドは兵士に軽く会釈をし、飛行機を降りると、早速リッツの元へ向かった。なぜここにラース兵がいるかについて聞くのは後回しだ。

金属板でできた床は僕達が歩く度にコツコツと音を発てる。


「わざわざお出迎え光栄ですと、言えばいいんですかね? 他の皆さんは?」


僕が周りを見回して言うと、リッツはため息をついて


「皆忙しいんだよ。なにせギリギリの人数しか乗っていないからね。手が放せないんだ。城で負傷した者もいるしね」


と言う。

なに? 負傷とは聞き捨てならない。


「負傷って、大丈夫なんですか?」

「まぁね。命に別条はないよ。でも、出迎えに行けないって悔しがってたから、あとで見舞いに行ってやるといい」


そう言ってリッツはすぐに僕達を連れて歩き出そうとする。

すると、


「おい、リッツ」


とナーウッドがその背中を呼び止めた。それにリッツは体半分だけ振り返る。


「なんだい? ナーウッド」

「なんだじゃねぇだろ。俺にも、こいつにも何か言うことがあるだろう?」


ナーウッドがそう言うと、リッツはふっと笑った。そして、僕とナーウッドの顔を見ながら


「さすがに、しぶといね」


とだけ言って、やっぱりさっさと歩き出してしまった。


僕とナーウッドはそんなリッツの後ろ姿を見つめながら


「照れ屋なのか?」

「根性がひねくれてんだよ」


と全く別々の感想を持ったのだった。



タミラは格納庫に残って、整備士と補給とメンテナンスについて、打ち合わせがしたいと言ったので、僕とナーウッドだけでリッツの後をついていくことになった。


外から見ても随分大きな艦だったが、中も相当広い。


なんてったって、飛行機が離着陸できるほどのスペースを割いてもこれなのだ。仕組みを知っていても、こんなものがふわふわと宙に浮いていることが、気持ち的には理解できなかった。


そうだ。格納庫と言えば、あそこにもう一機ゼウストがあるということだったが、つい寝ぼけていて見逃してしまったな…と考えていると、ナーウッドが


「ところで、ヤン達の様態は?」


とリッツに聞いた。

それで、僕もそっちに耳がいく。


「大丈夫だ。こちらもなんとか持ちこたえてくれたよ。あとは、少しずつ栄養を補い、リハビリをすれば、二ヶ月も経たないうちに元の生活に戻れるだろう」


「そうか…なら、よかった……」


ナーウッドはそれを聞いて絞り出すように言った。

しかし、今度はリッツがそれに嫌な顔をする。


「よかった……か。ねぇ、ナーウッド。君こそイリエッタ達に言うべきことがあるんじゃないのか?」


と。

なんだか、一触即発という感じがしてきた。

だから、僕はナーウッドの隣を歩きながら、なるべく気配を消す。


「なんだと? おい、リッツ。それはどういう意味だ!」


「ふんっ、何を。本当はわかっているくせに。だいたい、誰のせいでこんなことになったと思ってるんだ!」


「お、俺のせいだって言うのか! てめぇは」


「ああ、そうさ。それ以外に何がある? それとも、僕とサマルくんも同罪だと、君は言いたいのかい?」


「うっ……そ、それは……」


ナーウッドはリッツにそう言われると、言葉を詰まらせた。

二人とサマルの間にどんな事情があるかは、僕も少しくらいは把握しているが、細かいところまでは知らない。だから、僕はナーウッドに助け舟を出すこともできずにてくてくと隣を歩く。


「いや、確かにあれは……俺だ…俺が悪かったんだ」


「ほらね。自分でもちゃんとわかってるんじゃないか。サマルくんのこともイリエッタ達のことも、君の好奇心が招いた結果さ」


「そうだ。でも…だからこそっ。だからこそ俺は皆を助けたかったし、サマルのことだって……」


「サマルのこと? ふんっ、やっぱり、そうか。君はまだ考えを変えていないんだな? 散々迷惑をかけた挙げ句に、そのサマルくんまでも殺そうとしてる…それでも…それでも本当に友達と言えるのか!?」


「てめぇ……言わせておけば…てめぇこそ友達さえ助かりゃそれでいいのかよ!? そんなんじゃ、たとえサマル本人は助かったとしても、あいつは絶対に喜ばないぞ!」


「あ、あのー……ちょっといいかな?」


僕が、ちょっとヒートアップし過ぎだと思ったので二人の話に割って入ると、二人は


「ああ!?」


と、息ぴったりで僕を睨みつけてきた。

僕はそれを冷や汗を掻いて受け取る。

本当にこの二人は仲が良いのか悪いのかわからない。けど、僕は勇気を出して


「せ、責任のなすりつけ合いなんて、どうでもいいからさ。とりあえず、もっと前向きな話をしないかい? ヤンさん達も無事に救出したことだし…」


と、思ったことを言ってみたのだが……。

それにナーウッドもリッツも、ちょっとカチンときてしまったらしく


「なすりつけようだなんて、俺は思ってない! 俺はちょっとこいつの態度とか考え方が気に入らないだけで……」


「まったくです。それに、ラシェットさん、あなたは何か勘違いしているようだが、そもそも、なすりつけ合いなどない。初めから全て、このお調子者が悪いんだからね。あの時の研究で、一人だけ抜けがけしようとするから……」


と、性懲りもなくそう言う。


僕はそんな言動こそがなすりつけ合い以外の何物でもないのでは? と思ったが、それはあえて言わないことにした。これ以上話をこじれさせたくなかったからだ。


だからその代わりに


「わかったわかった。二人に言い分があるのは、十分にわかったよ。でもさ、過ぎてしまったことは、もうどうにもならないことだし、言っても仕方がないだろう? それだったら、ここは一つ、互いにグッと堪えて協力し合えるところは協力できないものかな? さっき、城で力を合わせたみたいに。もちろん、僕も協力するからさ。どうかな? 今度は三人でサマルを助けよう」


と着地点を見出そうとした。

が、二人は僕の言葉に益々反発してしまい、


「協力だ? まぁ、してもいいが、もしそうなったら大将、サマルについての方針は俺の決めたことに従ってもらうぜ? それでも、いいんだな?」


「ふんっ、僕はどちらともお断りします。君達みたいなサマルくんを殺そうとしている奴らとは、これ以上は手を組めません」


などと言う。

ここから先は、僕にももう制御すらうまくできなくなってしまった。


「あのさ、そんなにいがみ合わなくても僕達の利害は一致しているはずだろう? 現にこうやって、結局は三人で協力したからこそ、ヤンさん達を助け出すことができたんだ。だから、次はサマルの番だ。それのどこがいけないっていうんだ?」


「いいや、いけないことだらけだな大将。まず、何度でも言うが、俺はそのサマルを助けるなんて考えを捨ててもらわないことには協力なんてできない。あんたも、よくあの手紙を思い出してみな?あそこに一言でも助けてくれなんて書いてあったか? なかっただろう? それがサマルの意思なんだ。だから、俺はその望みは叶えてやりたいと、今でもそう思ってる」


「はぁ、相変わらず考え方が浅いというか、表面しか捉えていないね、ナーウッドは。サマルくんが、本当に心から死を望んでいるなんて、そんなことあるはずないじゃないか。いくら自分に責任を感じても、他人を傷つけてしまうかもしれなくても、自分の命だよ? 生きていたいと思うに決まってる。それに、たとえサマルくんが生きる道がどんな困難なものになろうとも、僕はやっぱり生きていて欲しいと願う。友達だからね」


「けっ、それのどこが友達だよ。そんなもんは、俺だってサマルだって十分わかってんだよ。わかっててもなお、サマルは自ら命を断って、この世界を守ろうとしてるんだ。本当にお前が友達だって言うんならな、それを手助けするのが筋ってもんじゃねぇのか?あ?」


「いいや、違うね。それは絶対に違う。そんな「世界」だとか「守る」だとかは関係ない。そんなもの、二の次で僕は迷わずサマルくんの命を取るよ。それがサマルくんに救ってもらった、僕の通す筋だ。だからナーウッド、君がその考え方を改めない限り、僕は君とはもう組まないよ。皆のことは……君が蒔いた種だが、感謝する。けど、もうこれまでだ……ラシェットさん、あなたも」


「ぼ、僕とも協力できないっていうんですか? でも、僕はサマルを殺そうだなんて…」


僕がそう言うと、リッツは笑い、ナーウッドは気まずそうに目を逸らす。

ん? どうしたんだ?


僕はその微妙な空気の変化に気づき、戸惑った。


僕は今、何か変なことを言っただろうか?

すると、リッツは


「ふふふ、そうか。あなたはまだ、ご自身の内に仕組まれた、『運命の歯車』に気づかれていなかったのですね?」


と笑い、さらに


「なるほど。だからナーウッドはあなたと自然に行動を共にしていたと……その歯車が狂う可能性もあるのに……」


と、何かに納得したかのように漏らした。


「歯車…? 可能性…?」


でも、僕にはわけがわからなかった。

そんな言葉は、僕の頭の中にもない。ということは、古代技術に関する言葉でも、スーパーコンピューターに関する言葉でもないということか?


僕はなんとなくそう考える。リッツもまだ何かを考えている様子で


「…いや、しかし、問題はむしろナーウッド、君の方だね。君はサマルくんから、なるべくラシェットさんとは直接、接触しないようにと、キツく言われていたのではなかったっけ? で、ないとラシェットさんの歯車が狂うからと…」


と今度はナーウッドに話を向けてきた。


「そ、それは……」


そう言われると、ナーウッドは頬を掻いた。

珍しく、これ以上ないくらい困っているようにみえる。


「ちょっとした行き違いだ。仕方なかったんだ」


「へぇ……まぁ、ならいいんだ。ひょっとしたら、君も運命に逆らおうとしているんじゃないかなってね、嬉しく思っただけさ。君がラシェットさんに接触することによって、ラシェットさんがサマルくんを撃ち殺すという「確定した未来」を変えようとしているのかもなってね」


「えっ…?」

「ちっ……」


そのリッツが言ったことに、僕は固まり、ナーウッドは吐き捨てるように舌打ちをした。


けど、そんな全ての言葉や風景が、どこか遠くの国の出来事のように、僕には感じられた。


だって……僕がサマルを撃ち殺すって? そんなこと……


「なんだよそれ……そんなことはない…あるはずがないっ! 僕は決してそんなことはしない!」


気が付くと、僕はリッツに向かって叫んでいた。


そんな僕の様子をリッツは平然として見ている。

なんだか、さっきよりも冷たい目になっている気がした。


「そうですね。気持ちとしてはそうなのでしょう。それは先ほどのお話を聞いただけでもわかりますし、あなたのことを色々と調べさせてもらったことからもわかります。しかしですね、これは結論なんです。「あなたはサマルくんを撃ち殺す」。それが、サマルくんが僕に見せてくれた未来でした。そして、それはずっと昔からこの世界の遺跡や書物や、様々な所に刻み込まれていた、変えられない「運命」なんです」


「運命だって…? そんな、バカな。そんなものがあるわけない! 何かが予め決まっているなんてことは、どんな世界でもあり得ないことだ!」


僕は精一杯の理性でそう言った。とても感情的になっていたが、僕は間違ったことを言っていない。そんなギリギリの線の言葉だった。


すると、リッツは意外にも僕の意見にすんなり


「ええ、その通りですね」


と、同意してくれた。

でも、その同意には何か裏がありそうな感じがした。少なくとも、僕にとっては全く良くない種類の裏が。


「そんなものはあってはならない。だからこそ、僕はその運命に抗おうとしているのです。ラシェットさん、あなたがサマルくんを撃ち殺さなくて済むようにと。それにあなたは、僕の期待以上に応えてくれました。ですが、まだ足りません。まだ、この世界の理を越えるには、何かが足りないんです。それがわかるまでは、すいませんが、ラシェットさん。僕はあなたをサマルくんのいる場所に近づけたくないんですよ。この意味がわかりますか?」


リッツは言う。

僕にはそんな意味なんて、一秒も掛からずにわかった。


「つまり、僕はここで捕まるか、また何処かに行かされるかするわけですね? 僕がサマルに近づいたら、殺してしまうかもしれないから……」


僕がそう言うと、リッツは少し俯いて


「ええ、そうです。でも…手っ取り早く、ここで殺してしまうという手もあります」


と言った。


僕はその言葉を聞いてやっと目が覚めた気がした。


そうか…ここは味方の艦だとばかり思っていたけれど、どうやらそうでもないらしいと……。


「けっ…用心深いね。運命なんて、信じないんじゃなかったのかい?」

「……一応、念のためってやつですよ。ここまで来たら、悪い芽は摘んでおくのもいいと思ってね」


そう言うとリッツは、何をするつもりか、左手を後ろ下段に構えた。

それで、僕も右手に<光剣>をイメージする。

なんとなく、鋭い殺気を感じたのだ。僕はここでリッツを倒そうなどとは思っていないが、倒されるつもりはもっとない。だから、本気で行くつもりだった。


「さぁ、準備はいいかい?」

「そっちこそ。実戦向きじゃない、ひょろひょろの王族剣技が、本気でこの僕に通用すると思っているのか?」


僕は成り行きとは言え、よもや自分とリッツが一触即発状態になったことに呆れつつも、踏み込む足に力を入れた。

それを横で見ているナーウッドはと言うと、特に止めるつもりもないらしく、腕を組んで傍観している。


僕はそれをちらっと横目で確認し、リッツがその動きに気づき釣られ、切り込もうとしてきたところをカウンターするつもりでいたら、それよりも一瞬早く、


ガラガラッ


と、僕達のいる場所の横の扉が開いたので、僕達はそれでピタッと動きを止めてしまった。


見ると、そこには物凄い形相でこちらを見下ろしているリンダが立っていた。


「さっきから、ぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあと……煩いのよ! ここは病室の前! 見舞いに来たなら、さっさと入る! でなければ、喧嘩は余所でやりな!」


そう一喝されると、僕とリッツはそおっと姿勢を元に戻した。


そして、小さな声で

「あ、はい。す、すいませんでした」

と言うと、ぺこりと頭を下げた。

そして、僕とリッツは目を合わせる。


なんだか、とんでもなく気まずい。


というか、ここ病室の前だったんだ。だったら、そう言ってくれよリッツ…と僕は思わないでもなかった。


そんな風にしょぼくれている僕とリッツを、他人事のように見ていたナーウッドは、リンダに向かい、

「病室って、ヤン達か?」

と聞いている。

僕はお前だって騒いでた一員だぞと思ったが、それも胸に仕舞っておいた。何か、こんなもやもやした気持ちも久しぶりだ。


「ああ、それと負傷した兵士も何人かいる。だから、静かにしてくれなきゃ傷に響くんだ」

「そうか、そいつは悪かったな…なぁ、じゃあちょっとだけ顔を見せていってもいいか?」

「ああ、構わない。でも、本当に短めでお願いね。まだ、皆ちゃんとは動けないんだから」


リンダにそう言われるとナーウッドは

「…わかった。ありがとう」

と言い、一人でさっさと病室に入って行ってしまった。

それを見て僕も後を追おうとしたが、リッツだけは踵を返し、廊下を進もうとした。だから、僕は


「おい、あんたは、顔を見せて行かないのか?」


と、ぶっきらぼうに聞いてみたのだが、リッツは歩を止めぬまま


「いや、いい。さっき顔を見せたばかりだからね。それに…ナーウッドがいると、つい言わなくてもいいことまで言ってしまいそうだ。僕はブリッジでミーティングでもしてるよ」


と言い残し、行ってしまった。

ほんと、皆、勝手な奴が多すぎる。もっと団体行動というものを心掛ける奴はいないのかと僕は、その去って行く背中を見て思った。


「ははは、王子らしいな……」

「まったくだ」

「ところで、ラシェット、お前は顔を見せていくんだろう?」

「ん? ああ、そうだな。見せていくよ。でも、その前に…」


僕はそう言うと、リンダに向き直った。そして、改めて


「ありがとうな、リンダ。あんな所まで助けに来てくれて」


とお礼を言った。

すると、僕よりも20センチ近く身長が高い、見慣れた顔がみるみるうちに赤くなった。

僕はそれに笑いそうになってしまったけど、そりゃ、こんなふうに改めて礼を言われたら、恥ずかしくもなるよなと思い、必死で堪えた。


「ば、ばかっ、誰が…あれは任務だ。当然の事をしたまでだ。礼なら王子に言ってくれ。あの方が、お前を救出しに行ってもいいと、許可を出してくれたんだからな」


「え? そうなのか?」


僕はそれを聞き、余計に混乱した。

リッツの考えていることが、僕には読めそうでなかなか読めない、もしや、僕の思っている以上に、彼は色々な状況を想定して動いているのかもしれない。


「そうだぞ。もっと、感謝しろ? それと、リーにもだ。あいつが、バルムへイム・アリ大統領と話しをつけてくれたお陰で、ラース兵の協力を得ることができたんだぞ」


「へぇ。リーのやつが」


なるほど。いったいどんな話し合いをすれば、そんなウルトラCを実現できたのかわからないが、リーのことだ、きっと僕の考えていることよりも、もっと凄い事を考えついたのだろう。とにかく、それでこの艦にラース兵が乗り込んでいる意味がやっと理解できた。


「ん? じゃあ、この艦にリーも乗っているのか?」

「いや、残念だが、あいつは今別行動をしている。詳細は不明だがな」

「ふーん……」


詳細不明か。まぁ、まだやることがあるんだろう。あいつは時間を無駄にしない男だからな、と僕は思った。


「さぁ、見舞いに入るなら、さっさと入ってくれないか? 私はそろそろ交代の時間なんだ。直に代わりが来るから、お前達がいてくれるのなら、私はもう行く」


リンダは扉を抑えながらそう言った。それに僕は


「え? なんだよ。せっかく、久しぶりに会えたんだ。もっと、話そうよ」


と言った。


「は、話す? しかし、そんな時間は…」

「休憩なんだろ? 見舞いが終わったら、そっちに行くよ。こんなに広いんだ。食堂みたいなところはないの?」

「あ、あるにはある…軽食を食べられる場所がな。そこでよければ……この先を左に行ったところだ」

「よし、わかった。じゃあ、そこに集合だ。休憩は二時間くらいか?」

「まぁ、臨機応変だが、だいたい三時間くらいだ」

「うん。なら、余裕を持って一時間後に、そこで落ち合おう。それでいいか?」

「あ、ああ。私は構わないが…」

「なら、決まりだ」


僕はそう言うと、ニッと笑った。

それで、リンダもようやく笑顔を見せてくれた。呆れたといった感じの笑顔だったけれど、そのくらいがちょうどいい。彼女の大きな青い瞳も、金色の長いポニーテールも、印象的なそばかすも、色白な肌も、全てが懐かしい。僕はなんだか、ウキウキしていた。



交代の女性兵士が廊下を歩いてくると、リンダは部屋へと戻り、僕は病室へと入った。


そこは大部屋で、一つ一つのベッドがカーテンで仕切られていた。

ベットは全部で10ある。一つ一つのベッドは普通のものよりは小さいものの、それが10あるということ、それだけでもかなり広い部屋だ。


その、カーテンの端っこに手書きの名札が付けられている。

どれもこれも知らない名前だ。ラース兵の人達だろう。挨拶をしたいが、していいものか迷う。

と、


「あ」


僕は一番奥に行き着く前にその名前に気がついた。

ダン・サーストン上等兵。


「サーストンさん?」

「あ、ラ、ラシェットさん!?」


僕がカーテン越しにそう言うと返事があったので、そっと内側に入る。

すると、そこには足を釣っているサーストンの姿があった。どうやら、足を負傷したらしい。城の階段のところで会った時は元気だったから、きっとその後だろう。

しかし、それ以外は概ね、元気そうなので、僕はちょっと安心した。

僕はサーストンの枕元まで歩み寄る。


「サーストンさん…よかった…お元気そうで」

「いやはや、お恥ずかしい。つい目を逸らした隙に脚を撃たれましてね。そこを、ベットーレ氏に助けてもらったので、命拾いしました」

「ほー、ベットーレが……」


僕は意外な名前の登場に驚いたが、そう言えばあいつもこの艦にいるのだな、と頭の片隅に入れておいた。


「それよりも、ラシェットさん…」

「ん?」

「無事なご帰還、何よりです」


サーストンは自分のことを置いて、そう言ってくれた。それに僕は


「ありがとうございます。これも、サーストンさんのお陰です」


と応える。


「そ、そんな…私は何も…」

「リーに手紙を届けてくれたんですよね?」

「え、ええ。いや、でもあれは…私一人の力では…」

「そうか。そういえば、どこかで見たと思ったら、カシム軍曹と二人で新聞に載っていましたよね?」


僕がそう言うと、サーストンはよくご存知ですね、と言って、その写真の現物を棚から取り出して見せてくれた。


「な、なんでこんなものがここに?」

「はい、私も驚きましたが、この写真を撮った、スコール・ディ・ボッシュさんという新聞記者の方が、リー少尉の所に訪ねてきたんですよ。それで、この写真を記念にとくれました。彼は今、この艦にも乗っているはずですよ?」

「へぇ…スコール・ディ・ボッシュさん…」


僕はどっかで見たか聞いたことのある名前だなと思ったが、それ以上は思い出せなかった。


「しかし…不思議なご縁ですよね。まさか、ここで会うのが二回目だとは、とても思えません」

僕が写真を見つめていると、サーストンは言った。


「いや、むしろこうやって落ち着いて話をするのは、今日が初めてですよ」

「ははは、違いありませんね。なのに、なぜでしょう。私はあなたの顔を見て、ホッとしました」

「やめてくださいよ。僕はそんなジジ臭いのは勘弁ですよ」


僕はそんな冗談を言い合ってひとしきり笑った。

そして、サーストンの奥さんのことや、子供さんの自慢話などをたくさん聞き、最後に


「リーさんからの伝言を預かっています」


とサーストンは言った。

リーから伝言。

僕からではなく、リーからだ。サーストンを介して方向が逆になったわけだ。


「なんでしょう?」

「はい。「こっちは俺達に任せておけ。お前はお前のやりたいようにやれ」とのことです」

「ははっ、わかった。その言いつけ、必ず守ろう」


僕はそう言うとサーストンのベッドから離れた。



そして、その後。


この部屋の一番奥にある、三つの大きな装置が付いたベッドに行ったのだけれど、ちょっと覗くと、イリエッタとケーンに背中を擦られながら、泣きじゃくっているナーウッドの姿が見えたのでそっと退散することにした。

しかし、その去り際をベッドからナーウッド達のことを、優しく見守っていたヤンに見つかってしまう。

けど、彼女も僕の気持ちを察してくれたようで、僕にウインクをくれた。

そっとしておいてあげて。そういうことらしい。

僕もそれに同感だったので、ヤンに向かって頷いた。


それでお見舞いも終わってしまったので、大部屋の外に出てみると、なんとそこにリッツがいた。


「お!?」

「あっ…」


彼もまさか僕がこんなに早くここから出てくるとは思わなかったらしく、びっくりしている。

なんでここにいるのだろうか? ブリッジでミーティングではなかったのか?


「ちょ、ちょっと時間ができたからな。様子でも見ようと思ったのさ」

「へぇ」


けど、それで僕はわかってしまった。

なんだかんだ言って、リッツはナーウッドとあの三人がうまくいくか心配だったのだ。

ほんと、何度も思うが素直じゃない。


僕がそんな目で見つめていると、リッツはバツの悪そうな顔をし、

「な、何がおかしい?」

と言う。

「いや、別に何も?」


それにリッツは苦虫を噛み潰したような顔になる。

けど、すぐにそれを表情から消し去ると、何かを考えたあと


「……ちょっと付き合ってくれませんか?」


と言ってきた。


「へ? 付き合うって、まさかまた決闘ですか?」

「違う。今度は僕の話に付き合ってくれってことです。一対一で。ナーウッド抜きでね」

「は、はぁ……」


僕は気のない返事をしたが、リッツはそれを一方的に了承ととったらしく、歩き出す。

僕はそれを慌てて追いながら、


「そんなことよりも…僕は今はリンダに会いに行きたいんだけども……」


と思わないでもなかった。


なぜなら、僕にはこの時間が本当に束の間の休息に思えてならなかったからだ。


窓の外を見ると、止まっているように思える飛空艇はまだゆっくりと移動を続けていた。



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