オーブvsゼウスト
「おい、そこにいるんだろ? ラシェット。返事をしろ」
「ああ、聞こえてるよ。久しぶりだな、クラウス」
僕はナーウッドの後ろから身を乗り出し、無線機を手に取って応えた。その声にナーウッドは
「やっぱり知り合いだったのか」
と呟いている。僕はそれに軽く苦笑いを返して、無線機に向かい
「ところで、何で僕がここに乗っているとわかった?」
と聞いた。すると、クラウスは
「そんなことはどうでもいいだろ」
と言う。情報源を教えてくれる気はないようだ。
「それよりも、ラシェット。一応、元同僚のよしみだ。君に最後のチャンスをやろう。今すぐこちらに投降し、大人しく兄様の指揮下につけ。そうすれば、全て見逃してやる」
「はぁ?」
クラウスはもっともらしくそう言うが、僕には彼の言っていることの意味がさっぱりわからなかった。なぜ、もうとっくの昔に軍人を辞めた僕がまたマクベス中佐の指揮下に入らなければならないのか?
いや、百歩譲って言いたいことはわかるとしよう。けど、彼は僕が「何かした」もしくは「何かようとしている」と勘違いしているようなのだ……。
「あのさぁ、そうは言うけど……いったい僕が何をしたっていうんだ?」
だから僕はそう質問してみた。
その理由がわからなければ、僕は投降のしようも、釈明のしようもない。
しかし、クラウスの奴はこっちの疑問など鼻にもかけず、
「はっ、なるほど。そうやって誤魔化す気か。でもな、あいにく今日は作戦中につき、時間がないんだ。質問は僕だけがする。さぁ、投降するかしないか、3秒以内に答えろ」
と重ねて言う。
それに僕は頭を掻いた。が、当然迷うことなく、ほんの一秒ほどで
「もちろん、答えはノーだ。僕は何もしちゃいない」
そうきっぱりと答えてみせた。
だって、そうとしか言いようがない。僕にはまだやらなければならないことがたくさんあるのだ。
するとクラウスは
「そうか……わかった。残念だが、だったら僕も容赦はしない。ここでリッツ王子共々、ボートバルの未来のために死んでくれ」
と言って、一方的に無線を切ってしまった。
「あっ…」
僕は益々頭がこんがらがり、しばし無線機を見つめた。けど、それもすぐに諦めて
「はぁ…何が残念だ、だ。本当は嬉しいくせに…」
と思いながら、ナーウッドに無線機を返す。
「なんなんだ、さっきのは。聞いてるこっちもよくわからなかったぞ?」
「ああ、まぁ…仕方ないよ。昔から思い込みが激しいタイプだったんだ。特に、兄様が言ったことは絶対で、全て正しいと思い込んでる…きっと何か吹き込まれたんだろう」
「へぇ。ブラコンなのか?」
「まぁね。男でもそういうのがあるのかわからないけど…でも、それを指摘するとすごく怒るんだ」
「ふーん、何か、おめでたいやつだな」
僕とナーウッドがそんなたわいのない話をしていると、それを聞いていたタミラが、
「ほらほら、無駄話してないで。ラシェットさんが交渉下手なせいで、ブラコンくんが来るわよ。このスピードじゃあ、後ろを取られるのは確実だから、ちゃんと牽制よろしくね」
と言う。それで僕達は
「了解!」
と、緊張感を取り戻し、それぞれに準備を再開した。
ゼウストは横にそれつつも飛空艇に近づこうとしているタミラの操縦につかず離れず、平行に付いて来ている。
さすがに正面からは当たって来ない様子だ。なんなら、このまま飛空艇が落ちるまで僕達を近づけさせないつもりらしい。
そして、もし近づこうをしたならば、すかさず背後を取る。そんなところか。
ナーウッドは大きな対戦車ライフルを座席の後ろに向かって構えていた。それはゼウストがいる方向とは違っていたけれど、さすがにこの風では真横に撃っても当たりはしない。やはり勝負するなら、後ろを取られた時と踏んだのだろう。それだけ見てもナーウッドがこういった空中戦に慣れているのがわかった。
僕のいる右側に長い銃身が突き出されたから、僕はそれを避け、何の武器が役に立ちそうか考える。けど、空中戦で使えそうな武器などあまりない……辛うじで<小型ミサイルランチャー>というものはあるが、それでもこんな空中で放てるのか、疑問が残った。
僕がそう悩みながら氷砂糖を齧っていると、タミラが
「えっ? なになに、あれ? なんか、あのデカブツのハッチが開いたんだけど!」
と言う。
それに、僕とナーウッドはちょっとゼウストから視線を外し、振り向いた。
すると、確かに飛空艇の後部。その下のところの装甲がゆっくりと開いている。
タミラの言う通り、ハッチのように思えた。ということは…まさか、あそこから飛行機が離着陸を?
僕はそう思った。が、まさに、そのまさかだった。
ハッチが開いたかと思うと、そこから一機の飛行機が飛び出したのである。
「あっ、あれは…っ」
僕の目はその茶色い、サンドカラーの飛行機に釘付けになった。
飛空艇の回りを旋回しながら攻撃をしていた敵機達もその突然の増援の登場に、慌てて距離をとる。
あの砂漠色の《オーブ》はラース軍のものだ。ということは、あれに乗っているのは、きっと……。
「タミラさんっ、あの機体と連絡を取りたい! 近づいてください!」
僕は咄嗟に判断し言った。
その僕の判断にタミラは
「なに? あの機体も知り合いなの?」
と聞いてくる。
だから、僕は彼女には見えないけど、力強く頷き
「ええ、彼も味方です。だから協力したい。そうすれば、ここも乗り切れるかもしれません」
と言った。
「お、なんか策があるのね?」
「いえ、策という程のものは何も……でも、このままではジリ貧です。危険でも、早く城から離れた方がいい」
僕がそう言うと、ナーウッドも
「なるほどな。それだけなら協力すればできるってわけか」
と賛同してくれる。
「はい……だと思います」
「オーライ。わかったわ。じゃ、まずはここを突破ねっ!」
「うわっと……」
僕の意見を受け入れてくれた、ナーウッドとタミラの判断も早かった。
方向性が決まると、すぐに操縦桿を、クラウスの駆るゼウストの方へと倒したのである。
その急な行動に、ずっと立ち塞がっていたゼウストも思わず減速する。
その隙をタミラは見逃さず突き、さらに飛行機を急上昇させ、上からの突破を試みる。
これで雲があればもっとよかったが、今日はあいにくの快晴だった。雲を利用することはできない。
だから、ゼウストはタイミングをずらされても、機動力でなんなく追いついてきた。それでも、ひとつ突破の足がかりを作れたのはすごいのだが、機体はもう少しでゼウストに後ろを取られそうなギリギリの位置取りをしていた。
「ナーウッドッ!」
「おうよ!」
そこでタミラの指示が飛ぶ。
それを受けてナーウッドは、ほぼ反射的に銃身の方向を変え、ライフルを斜め下に向けて構えた。
そして、彼は僕に向かい
「ちょっと足を抑えててくれ」
と言い、体をぐいっと機体の外へと乗り出す。
「あ、りょ、了解!」
僕は焦って必死にナーウッドの足を抑えた。本当に、命知らずとはナーウッドのことを言う……
タミラは大きな円の軌道を描き、飛行機を操っている。
飛空艇に行くには遠回りだが、ゼウストに簡単に後ろを取られないための措置だ。
けど、クラウスはというと、こちらがまさか座席からスナイパーで狙っていると思わないからか、エンジンを全開にして、追いすがってきていた。
ゼウストの真っ黒い流線型のフォルムが、風を切り、ぐいぐいとこちらに迫る。
「よし……来い、もっと、来い……」
ナーウッドは口の中で小さく言う。その声が、なぜか必死に足を抑える僕のところまで届いていた。そして、敵機がギリギリ射程内に入ったタイミングで、
「今だ…っ!」
と、引き金を引いたのだが、その弾道は風によって流され、惜しくもゼウストの機体を掠めるように逸れていってしまった。
「ちっ…外したか!」
ナーウッドの射撃は確かに惜しくも外れた。けど、一定の効果はあったようでゼウストは減速する。
「ああ、外したな……でも確実に時間は稼げてる。この調子で、すぐに第二射だ!」
「おう」
僕達は言い合う。
しかし、怯んだと思ったゼウストは、こちらのボルトアクション式の武装の隙に気づき、かえって距離を詰めてきた。
その動きを見て僕は直感的に、
「右だっ!タミラさんっ!」
と叫ぶ。
「オッケーッ!」
そう言って、タミラがすぐに操縦桿を切ってくれたお陰で、僕達はなんとかゼウストのばら撒いた機関銃を回避することができた。
僕は軍学校時代の同期と、第1空団の同僚達の操縦の癖はひと通り把握していたのだ。だから、避けることができたわけだが、それにしても、思わぬところで昔の研究の成果が役に立ったものだ。
「よかった…クラウスの癖が変わってなくて……」
「大将、安心するのはまだ早いぜ。こちらの武器が知られたんだ。きっと、次はライフルの死角から来るぞ?」
と。その時。
「加速、回避してください、伍長」
という無線が唐突に飛び込んできた。
「え?」
僕とナーウッドは周りを見渡す。
しかし、影はない。
そして、その無線はタミラの方にも入っていたようで、機体は急激に速度を上げる。
すると、僕達のほぼ真下。
そこから、僕達とゼウストの間へと機関銃をばら撒きながら、砂漠色のオーブが割り込んできた。
大胆な戦法だ。それに、あの機体に、あの声。
間違いない。
「カシム軍曹っ!」
僕はナーウッドの足を離し、無線を手に取り言う。それに相変わらず、少年らしからぬ落ち着いた声で
「ラシェット伍長。やはり、そこにいましたか」
という返答が来た。
僕はその声を聞き、色々とお礼を言いたくなったのだが、時間がないから手短に
「はい、なんとか。それよりも、カシム軍曹、今すぐ飛空艇に発進するように伝えて下さい」
と言った。
それを聞いたカシムは、
「了解しました。それは戦況を見ての判断ですか?」
とあっさりと僕の提案を受け入れてくれた。
「ええ、そうです。このままここにいてはただいたずらに敵を増やすだけだ。だったら今の内に、僕達とカシム軍曹の援護で飛空艇をアストリアから遠ざけることを考えるべきです。こんな市街地では敵機も迂闊に撃墜できませんし、今のこの三つ巴の状況なら、まだ隙があるはずです」
僕はカシムの質問に対し、考えた理由も簡単に述べてみた。そんな僕の考えにカシムは
「一理ありますね。ではその旨、すぐにリッツ王子に信号で伝えましょう」
と言ってくれた。
僕はその一言でちょっとホッとした。
「ありがとう、助かります」
僕はそう言ったのだが、戦況はそうのんびりとはさせてくれないみたいで、ゼウストがすぐにこちらの背後に迫る。
それを確認したのか、カシムが
「ボートバル第1空団のゼウスト…それも、例の黒い機体か…ラシェット伍長。よければ、あれはこちらで引き受けさせてください。伍長達はあちらの脱出の援護を」
と言った。
確かに、その方が互いに適任かと思われた。だから僕達は
「そうですね。では、よろしくお願いします」
と、遠慮なくこちらはカシムにお願いしてしまうことにした。
そうと決まれば、あとは任せたと言わんばかりに、タミラがゼウストの射程から離脱にかかる。すると、その去り際にカシムが
「ところで、伍長。あの黒い機体のパイロットはエリサ・ランスロットですか?」
とエリサの名前を出してきたから、僕は条件反射でびっくりしてしまった。
「えっ!? エリサ? い、いや違います。でも、あれにはクラウス・オッドというエリサの同僚が搭乗していますが……それがどうか?」
「そうですか……いえ、なんでも。そのクラウスという男とエリサ・ランスロットでは、どちらが腕が立ちますか?」
「う、腕ですか? うーん ……戦闘ならエリサに軍配が上がると思いますが、空中戦ならクラウスも引けを取らないと思います」
僕はちょっと考えてそう言った。
すると、それを聞いたカシムも満足したようで
「ふっ、了解しました。なら相手に不足はない。ではご武運を」
と言い残し、僕達から離れて行った。
僕は何がそんなに嬉しいのか、珍しく笑ったカシムのことを不思議に思ったけれど、すぐに頭を切り替えて飛空艇の方を見やった。
今はそれぞれの役割を果たすしかない。そう思って。
ーー「行ったか……」
カシムは離れていくラシェット達の機体を見送って呟いた。
そして、すかさず手元の引き金で、ボシュンッと赤い煙状の信号弾を上空に向けて発射する。
それが、飛空艇への合図だった。
これでラシェットの提案通り、飛空艇は城を離れ、脱出を始めてくれるだろう。その後のことはラシェット達の援護にかかっている。だからカシムは少しも心配などしていなかった。
それよりも今は自分のことに集中だ。
やはり…先にラシェットに接触しておいてよかった。目先がチラつかなくて済む。そうも思った。
カシムは信号弾が無事に上がったのを確認すると、すぐに飛行機を切り返し、ラシェット達を追おうとしていたゼウストの正面へと切り込む。
「行かせはせんっ」
両者はすれ違いざまに機関銃を放った。
しかし、それらは互いに機体を捉えることなく、空中へと消えて行く。
「誰だい? 僕の邪魔をする目障りな奴は」
「そちらこそ、作戦遂行の障害でしかない。悪いが、今すぐに消えろ」
まるで火花がバチバチと飛ぶような言い方だったから、通信はそれだけで十分だった。
クラウスはカシムの狙い通り、ターゲットをまずカシムへと定め直したのだ。
ゼウストはスピードを緩めずに、横方向に小さなターンを決める。それを目の端に捉えたカシムも同じ方向にターンをした。
「小賢しいっ!」
クラウスは歯を食いしばり、一人吐き捨てた。
あえて真正面から撃ち合おうとするカシムの好戦的な態度が透けて見えて、イラっとしたからだ。
クラウスは操縦桿についた引き金を握る。
カシムも口をギュッと結びながら、クラウスの動きを注視し、引き金に指を掛けていた。
そして、猛スピードで接近し……
再びすれ違いざまに両者の機関銃が火を吹く。
しかし、結果は先ほどと同じだった。
あのスピードで接近し合いながらでは、相当な腕があっても弾など当たりはしないのだ。いや、そもそも、敵の射線上にあえて突っ込むなど、完全に空中戦のセオリーからは外れた無茶な戦い方だった。
しかし、それでも両者に引く様子は全くない。
また同方向にターンすべく操縦桿を倒していた。
「舐めた真似をっ……それともスピード勝負では勝てないと踏んでの、自爆戦法か?」
クラウスは言う。そんな彼の苛立ちとは逆に、カシムは表情を変えぬまま、冷静に敵機を観察していた。
そして、また発砲。
すると、今度はカシムが放った弾丸が数発、ゼウストの右主翼を捉えた。
だが、その数発だけではゼウストの装甲にとっては致命傷どころか、性能を下げるまでにも至らなかった。
しかし、それよりも大切な効果は確かにあったようだ。
それは、カシムの放ったその弾丸が、ますますクラウスを焦らせたことである。
これでもうクラウスはこの真正面の撃ち合いから、自分からは降りられなくなった。
そんなことをすれば、飛行機乗りのプライドに関わるからだ。
だから……
「次が勝負だな…」
カシムはより一層目つきを鋭くし、ゼウストの動きに合わせ機体を旋回させた。
勝負は一瞬で決まる。
そう思っていたのだ。
そして、再びゼウストが鋭くターンしたのに合わせ、その真正面を突く。
狙いは決まっていた。
先ほど撃ち抜いた右主翼だ。
カシムは意識を集中し、機体を加速させながら、照準を合わせた。
しかし、その時。
ゼウストが両主翼に内臓されていた、ミサイルを放ってきたのだ……っ!
カシムはそれを視認すると
「ちっ…! 隠し武器か!」
と咄嗟にスロットルを戻し、勢い良く操縦桿を捻る。
二発のミサイルのうち、一発は当たらない角度だと一瞬で判断したが、もう一発は当たりそうなコースだったからだ。
オーブは水平に保っていた主翼を、斜めにし、なんとかミサイルを避けた。
が、それでもスピードを落とした機体は敵機のいい的になってしまった。
そして、またすれ違いざまに
「沈めっ!」
と、クラウスがばら撒いた機関銃が、今度こそオーブの胴体を掠め、風防を砕き、右主翼の先を貫く。
「くっ…!」
カシムは必死に操縦桿を操ったが、その損傷に抑えるのが精一杯だった。
砕けた風防が彼の頬を切り、鮮血が滴り落ちる。
しかし、カシムの頭の中は、そんなことよりも機体の状態を把握するのに集中していた。
「エンジン出力、燃料タンク問題なし。バランス良好。翼損傷軽微……まだいけるな」
そう認めると、カシムはゼウストに隙を与えぬよう追い、すかさずターンする。
そんな様子のオーブをクラウスは、口元を緩めて見ていた。
「そうだな。そちらが仕掛けてきた勝負だ。やはり、降りられはしないよな…」
と。それは勝利が近いと思っている顔だった。
なぜなら、ゼウストにはまだ二発のミサイルが積んであるからである。
クラウスは、それで留めを刺すつもりだった。
ここでミサイルを使い切るのは心許ない気もしたが、あのオーブさえ撃墜してしまえば、残るはあの鈍重な二人乗り飛行機と飛空艇だけなのだ。
後ろに乗っていたスナイパーは厄介そうだが、あの飛行機が相手なら、こちらに分があると踏んでいた。
「さぁ…手間取ったが、これで終わりにしてやろう」
そう言うとクラウスは、スロットルを入れ、急激にターンをする。そして、オーブと直線上に入ると、スコープを覗き、
「じゃあな」
と先ほどよりも、さらに早めのタイミングでミサイルを放った。
今度は二発とも完璧にロックオンしていた。 外すことはない。
スコープで見続けているとミサイルはクラウスの思い描いた通り、真っ直ぐオーブに吸い込まれるように進んでいく。
そして、着弾、爆発。
決着など呆気ないものだった。
その様子を最後まで見届けると、クラウスはふんっと笑った。
「なかなか度胸はあったが、戦法がバカのひとつ覚えではな……さて、次はラシェット、お前の番だ…」
クラウスが、そう思って引き返そうとした時だ。
その視線の向こう。ミサイルが起こした真っ黒い爆風の上から、落としたはずのオーブが勢い良く姿を現した。
そして、通信が入る。
「同じ手を二度も使うとは、舐められたものだな」
「な、なにっ!?」
クラウスは確かにミサイルが爆発したところを見たのに…と動揺した。
けど、実はカシムはそのミサイルの攻撃を読んでいて、直前で撃ち落としていたのである。そして、その爆風に機体を乗せ、ゼウストの上を取ったのだ。
クラウスは上を取られたままではまずいと思い、機体を上昇させようとした。
しかし、またしてもそのまま突っ込んでくるオーブを見て、上昇などすれば正面衝突すると思い、回避行動を旋回へと切り替えた。
が、それこそがカシムの狙いだった。
カシムは素早い切り返しで、真正面からの撃ち合いから逃げたゼウストの背後を取った。
「し、しまっ…」
「残念だったな。逃げた時点でお前の負けだ」
そう言って、カシムが容赦なく引き金を引くと、ゼウストの尾翼はズタズタに引き裂かれた。
これで勝負あった。
「くっ…堕ちるっ…すいません、兄様……」
ゼウストは大きくバランスを崩し、急激に高度を下げていく。
けど、なんとか墜落はせずに持ちこたえているようなので、あれなら適当な場所へ不時着できるだろうとカシムは思った。
戦闘の途中ではそんなことにまで気を遣えなかったが、ラシェットの言っていた通り、ここは市街地なのだ。この状況なら市民の避難は進んでいるだろうが、それでもあんなものに墜落させては困る。
そんなことを考えながら、カシムはまた頭を別の任務へと切り替えた。
そして、数分ぶりに飛空艇を見てみると、あの巨大船はもう城を離れ、市街地の上空を西へと移動し始めていた。
その周りではアストリアのネージュと、ボートバルの黒い機体、そしてラシェット達を乗せた飛行機が、互いにターゲットを絞り切れぬまま、激しい戦闘を繰り広げている。
今のところ、ラシェットの思惑通りの展開になっているようだった。
それを見てカシムは
「やはり伍長の言葉には、耳を傾けるだけの価値がある」
と思う。
そして、ひとまず自分の役割を果たせたことに胸を撫で下ろすと、飛空艇の援護に駆けつけるべく、スロットルをフルに入れた。
自分の役割はもちろん果たす。だが、任務全体の完遂。それが達成されるまで、カシムは全力で駆け抜けるつもりだった。




