63 モンスター? の調理
ようやく体調が回復してきたので原稿活動再開します。いやほんと、この歳になって手足口病にかかるとは思いもしませんでした……。
まだ発疹が手足と喉に残っているのがしんどいです。ああ、もう、若くはないのです。(逆にめっちゃ若いとかかるけど)
宿に入っていくと奥からランディーの声が聞こえてくる。
厨房のほうらしい。
リィンとともに厨房にまで入ると——どーんとまな板の上に、いや、まな板からはみ出すようにして80センチほどの物体が乗っかっていた。
「お客さん、これは食えませんって。海魔でしょ。モンスターですよ」
「なにを言う! モンスターのわけがないだろう! どう見ても魚だ!」
「どう見ても?」
「……どう見ても魚だ!」
ランディー、一瞬迷ったぞ。
まあ、知らなければ迷うのも無理はないと思う。
長さ80センチ。見た目は、うん、シワっぽい黄色と茶の蛇?
その周囲をぬめぬめした液体が覆っている。
口は鋭い歯がぎっちり詰まっていて、ついたあだ名が「海のギャング」。
そう、
「ウツボかぁ」
おれが来たことに気づいたのか、
「ハヤト!」
「ハヤト、ようやく帰ってきた」
「ご主人様」
喜ぶランディーと、ほっとした様子のちびっ子ふたり。
「ウツボがどうしたの?」
「それがな、店主がどうしてもさばきたくないというのだ」
「いやぁ、お客さん。これはウツボってモンスターなんですか? モンスターは食えませんよ。毒があったらシャレにならんでしょ」
「あー、モンスターっぽく見えるけど、モンスターじゃないよ。厨房さえ貸してくれればおれがさばくけど」
「まぁ、貸すのは構いませんが……」
ほんとにモンスターじゃないの? ほんとはモンスターでしょ? という顔でこっちをちらちら見ながら宿の主は去っていった。
「しかしまぁ、よくも釣り上げたもんだな。引いたろ?」
「ふふん。よくぞ聞いてくれたな。引くも引いたぞ。このランディー、いつバラすかとハラハラしたものだ」
「ランディーはひどい」
「ちょっ、スノゥ!?」
「ランディーはあたしのカニを海に放り込んだ」
「い、いやアレはだな……」
ランディーがしどろもどろになっている。
どうも聞いてみると魚釣りに行ったものの全然釣れない。近くの磯で遊んでいたスノゥが捕まえたカニをランディーに見せたところ、ランディーがそれをエサにして海にぶっ込んだのだとか。そうして釣れたのがこのウツボ。
う〜む、容易に想像できるぜ。釣りに夢中になってちびっ子の楽しみを奪ったランディーの姿が……。
「ランディー、スノゥに謝ったか?」
「う……すまなかった、スノゥ。あんまり大きなものが釣れたのでうれしくて、謝罪が後回しになっていた」
「……ちゃんと謝ったから、許す」
「あぅ〜」
カルアがいちばん心配していたみたいだな。おれが頭をなでてやるとうれしそうにはにかんだ。
しかし、おれだって他人事ではない。おれもいつかやりかねないな……。気をつけよう。みんなが楽しんでこその釣りだもんな。
「それで、ハヤトさん。この魚……? を、さばけるのですか」
リィンに聞かれておれはおおいにうなずいた。
「もちろん。美味いんだぜ、こいつは」
「美味しい……?」
リィンの目が疑わしげに曇る。だ、ダメですよ、天使が人を疑ったらぁ! もう!
「それじゃあ——おれがさばいてもいいか、ランディー?」
「もちろんだ! むしろ望むところ! これはなにで食べる? 刺身か?」
ゲッ、という顔でスノゥがのけぞる。
そういやスノゥは、ランディーにメジナの白子を食わされたというつらい思い出があったな……。
「蒲焼きだな。ウナギとかアナゴに近いんだよ、ウツボって」
おれが言うと、スノゥやカルアの目がぱぁっと輝く。
そう言えばジャークラ公国に来る旅路で、一度だけアナゴを釣って蒲焼きを作ったことがあったんだよなあ。
「ちょっと手間が掛かるからみんな手伝ってくれるか? リィンは火をおこして蒲焼き用の串を持ってきてくれ。カルアはタレを作って。ランディーとスノゥは身の処理の手伝い」
「わかりました」
「かしこまりました!」
「承知したぞ」
「うん」
リィンとカルアが離れていく。
「じゃあランディー、はい」
「?」
おれはランディーに塩の入った壺を渡した。
「塩をかけてごしごしこすって。ぬめり落としが最初。おれとスノゥは包丁持ってくるから」
「あ、ああ……」
きょとんとしているランディーを背に、おれはスノゥとともに一度厨房を出た。
「ランディーのこと、許してやれよ」
「許したと言った」
「おれだって釣りに夢中になると失敗するんだ。ランディーだってそうなんだ」
「ハヤトも……?」
「おお。おれなんて失敗ばっかりだぞ」
「そうなんだ。……ん、ランディーにはもう怒ってない」
「よかった。スノゥもいつの間にか結構ランディーと打ち解けてるんだな」
「?」
「前はランディー『様』って言ってたじゃないか」
「…………」
スノゥはアゴに人差し指を当てて考えるようにしている。
「……うん、ランディーには『様』付けなんて必要ないとわかったからかも。ハヤトと同じくらいの釣りバカだし」
「わっはっは。おれたちはそういうふうに言われると喜ぶから注意しろよ」
「変なの」
そう言いつつもスノゥは楽しそうだ。
おれとスノゥは、スノゥのお祖父ちゃんが打ったという出刃包丁を持って厨房へと戻った。ランディーはぜぇぜぇと肩で息をしながらウツボのぬめりをそぎ落としているところだった。
「お疲れ、ランディー。それくらいでいいよ」
「はぁ。はぁ。あ、ああ……」
いくぶんぬめりの薄れたウツボを受け取る。
おれは包丁を握りウツボの頭を落とす。ケツの穴から刃を入れて腹を割いていく。この辺は魚をさばくのといっしょだな。
それを横からランディーがのぞき込んでくる。タフだなランディー。
「ふぅむ……こうして見ると、魚のようには見えないな……」
「お前がそれを言うの?」
まあ確かに、ちょっと蛇っぽいんだよな。身だってピンクっぽいし。
おれは内臓を掻き出して、中骨にまとわりついている血合いをブラシでこそぎ落としていく。
ここからが大変だ。
まず3枚におろすんだけど、とにかく骨、皮が頑丈。それでも出刃の切れ味が鋭いから以前おれがウツボをさばいたときよりか、はるかに簡単に身が分かれていく。
「ウツボの旬は秋から冬でさ、ウツボを専門に釣る人もいるくらい美味しい食材なんだ」
「ほう」
「成長すると1メートルを超えてくる。そうなると脂もすごくて身も厚いんだが、今度は骨が硬かったりするんだよね。だからこれくらいのサイズでよかった」
「こ、これで小さいのか……」
「いやまぁ、小さいとまでは言わないけど。もっと大きくなる」
背ビレ側に小骨が多い。全部で数百本だ。骨抜きでも抜きにくいので包丁を入れ込んでその部分の肉ごと落としていくしかない。幸い包丁が切れるからそこそこうまく落とせたと思う。
下半身に行くにしたがって身が少なくなって骨ばかりになるので、ある程度から先は切り落として食べない。
「ハヤト。どうして身に包丁を入れる? 刺身にするの?」
「違うよスノゥ。皮の手前までしか包丁を入れてない。あらかた小骨は取れたはずなんだけど、まだ残ってる可能性があるからさ、こうして骨切りのために包丁を入れるんだ」
「へぇ……」
興味津々という目でスノゥも見てくる。
そう言えばスノゥはこういう経験も積みたいからおれについてくるって言ったんだよな。
ちょうどいいタイミングでリィンが戻ってきた。おれは串を受け取ると、蒲焼きサイズに切り分けた身に串を刺していく。
「ちょっと待てハヤト! 皮をまだ剥いでないぞ」
「や、皮はそのままだぞ?」
「ええぇ……あんなヌルヌルだったのに……」
「もうほとんど残ってないし、焼けば消えるし。ていうかウツボは皮が美味いんだぜ」
「うぅむ……」
信用してないランディーの顔。
いや、これ食べるって最初に言ってたのお前だからな?
まあ確かに他の魚と比べるとグロテスクだけども。
そしておれは焼き場へとやってきた。
「ハヤト様! タレです!」
尻尾を振りながらカルアが大皿に入れたタレを持ってくる。
1回やって終わりだから壺に入れるほど作ってもしょうがないんだよな。
味見するとちょうどいいあんばい。
「おー、サンキュな、カルア」
「はい!」
先にウツボの身は蒸し器に入れる。関東風蒲焼きってやつか。いきなり焼いてもいいんだけど、脂がのりきっていない時期だし、身が縮むと固くなるから先に蒸す。
蒸し器から取り出したウツボを確認する。……うん、ちゃんと火は通ってるな。それから身をタレにつける。ひたひた。ひたひた。そしたら炭火の上に渡された2本の鉄棒へとドーンを載せる! じゅわぁぁ〜。煙が上がっていく。この、タレの焦げるニオイがたまらんな。そこに脂が落ちるとさらに……。
ていうかほんと、この世界は料理のレベルが高くてよかった。さらに言えば醤油やみりんもちゃんとあってよかった。こうして炭火焼きだってできる。
おれがタレをつけては焼いて、焼いてはつけて、と何度かやっていると厨房中にいいニオイが籠もっていく。
「…………」
あ、宿の主が陰からこっちをうかがってる。ほら、美味しそうに見えてきただろ?




