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異世界釣り暮らし  作者: 三上康明


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111/113

公平な釣りの条件なんてのは最初からないんだ

 大賢者藤岡さんは聴衆のざわつきが収まるのをじっと待ってから、こう言った。


『来年の釣り大会は、ルシア教王国にて開催することは同じとする。しかしながら、釣りの対象を変える。すなわち——海水魚から、淡水魚へ』


 拡声器を通して聞こえた言葉は、一言一句この場にいる全員に聞こえたはずだ。

 小さなざわめきは、やがて反響し大きなざわめきへと変わっていく。

 おれは、藤岡さんの後ろに控えている各国の王たちが渋い顔をしているのに気づいた。ごく少数、顔色が明るいのもいる。たぶんその国は海が少なく、山がちの国家なんだろうな。


 海水魚から淡水魚へ。

 それは、同じ「釣り」で、どの国も平等になるものだ。

 古来より日本の釣りの文化は淡水魚が対象だった。釣りってのは趣味としてたしなむもので、生計を立てる釣りはどちらかというと漁の色合いが強い。


 日本で消費される魚食の文化だって、ほとんどが海水魚だ。

 アジもサバも鮭もマグロも、全部海の魚だ。まあ、鮭は川で産卵するから川で獲るけどな。


 もちろん淡水魚を食べないワケじゃない。マスに鮎、ヤマメにイワナ、この辺の魚は食べれば美味しい川魚である。ただ、どっちかっていうと「珍しがって食べる」魚だよな。


『みなの動揺はわかる。川釣り、湖釣りと海釣りはまったく違う。淡水魚のほうが釣るのが難しくサイズも伸びない。だのになぜ今さら淡水魚を釣るのか——そう思うだろう?』


 うんうんとうなずいている釣り人が多い。


『答えは簡単。難しいからだ』


 え? と虚を突かれたような空気が流れる。


『難しいから釣らないなんてのは、釣り人あるまじき行為だ。俺だって淡水魚はあまり得意じゃない。だが、だからこそ挑戦する価値がある——なぁ、考えてみなよ。来年が淡水魚釣りの初回大会だ。これには俺も参戦させてもらう。誰にも、最初の王者になれる可能性がある』


 藤岡さんのあおり(・・・)は効果てきめんだった。

 戸惑いがちだった釣り人たちの表情は、すぐさま野心に満ちたものに変わる。


『この大賢者に勝ってみせろ』


 ウオオオオ——と歓声が上がり、藤岡さんはにやりと手を振って降壇した。




 興奮冷めやらぬ会場で、おれは肉を食っていた。みんなこぞって魚をつついていたが、おれは肉だ。肉肉肉ぅ! 釣りが終わるとやたら肉を食いたくなるんだよな。あとラーメン。あれはいったい何なんだろうな……。


「ハヤト様、あそこにラムチョップが……!」

「行くぞ、カルア!」

「はいぃ!」


 おれとカルアはテーブルからテーブルを渡り鳥のように移動し、肉を食いまくっていた。

 呆れたようにリィンがついてきているが、ランディーはディルアナを見つけてそこで話し込んでいるし、スノゥはじいちゃんと話し込んでいる。


「ハヤトさん……あんな重大発表があったというのに、落ち着いていますね」

「そりゃそうだよ、リィン。おれが藤岡さんと話して決めたんだし」

「先ほどそう大賢者様もおっしゃってましたし、その場にわたくしもいましたが……実際にそう決まってみると、驚くというか、なんというか。ハヤトさんは湖や川での釣りにも自信があるんですね」

「いや、2、3回しかやったことない」

「そうなのですか!? なら、なんであんな提案を——きっと川釣りがすごく得意な方とかいると思いますよ!?」

「そりゃそうだよ」


 おれはラムチョップを2本確保したが、カルアは3本だった。この子の小さなお腹にどうしてそんなにいっぱい入るのん……? ハッ、もしかしてこの子のお腹にはもうひとりいるとか!? 誰の子、誰の子よ!?

 なんてくだらないことを考えつつおれはリィンに答える。


「でもその『川釣りが得意な人』は、海釣りは得意じゃないよな」

「それは——たぶんそうでしょうね」

「最初から、公平な条件の釣りなんてないんだ。そもそも開催国が変わることからして、地元の人間のほうが有利に決まってるわけだし。そんなら、海だけじゃなくて川や湖もターゲットにしないともっと不公平だ」

「……ハヤトさん、アガー君主国は山国ですね」

「ああ。大きな湖があるんだって?」

「ハヤトさんはもしかして——」

「いや、違うよ」


 おれはリィンの考えに先んじて言った。

 アガー君主国は確かに追い詰められていた。そりゃもう、釣り大会で各国首脳を抹殺だなんていう、アホ極まりないことをやろうとしたほどに。

 でもこうなってしまったことには釣り大会の影響も大きいとおれは思う。

 海がない国の釣り人はどこで経験を積めばいいんだ? 彼らは合理的に考えて、他人の魚をかすめ取る方法に至ったんだ。


 もちろん、許されることじゃねーけどな。

 でも他に方法がなかったこともわかる。


「ほんとうなら、こんなことになる前に……彼らは正直に苦しい懐事情を話すべきだった。藤岡さんも言ってたよ。そこまで追い詰められていたとは知らなかった、って」

「大賢者様が」

「——同じ人間だよ。大賢者ってのは周りが勝手に言ってることで、藤岡さん自身も苦しみながらいろんなこと考えてる。そんな柄じゃないんだけどね、あの人は」


 おれはラムチョップにかぶりついた。

 肉汁があふれてうまい。うますぎる——。

 ……こんなに簡単に、この世界では美味い肉にありつけるんだと、おれも簡単に考えてた。

 でも、アガー君主国では違った。


「……今回の実行犯の君主代理やその他の人たちは、処刑されるんだろうな」

「はい、そうだと思います。各国が一致団結してアガー君主国を攻め滅ぼすことだって十分あり得る事態ですのに、それを大賢者様のとりなしで、彼らの処刑だけで済ませるということでしたから」


 胸が重い。肉を食い過ぎたせいじゃない。

 国境でも紛争が起きるかもしれなかったが、今は早馬が飛んで防備を固めているらしい。


「今回の釣り大会の結果通知にあわせて、アガー君主には退位を要求する。次期君主を選抜する前に、各国の派遣する使節が一時的にアガー君主国を統治下に置くことになった」

「騎士団長!」


 やってきて騎士団長レガード=オルサードに、リィンは敬礼する。

 いっしょにやってきたのはビグサーク国王と、キャロル王女、それにノアイラン帝国皇帝に騎士たちだ。


「王様。それで、アガーの国民は救われるんですか?」


 おれが聞くと、王様は相変わらずのえびす顔でうなずく。


「ウシオの言っている『救い』が飢えや生命の危機からの脱出であるのなら、間違いなく救われるであろう。ま、アガーの君主も抵抗するじゃろうし、あの国の高官どもも反発するじゃろうが、押さえ込むことはできると踏んでおる」


 よかった……胸のつかえが下りたような気分だ。

 きっとその過程でも少なくない血が流れるんだろう。だけどそこまで、おれは責任を負えない。


「聞きたいことはそれだけか?」

「あ……はい、大丈夫です。後はよろしくお願いします」

「ほっほっ、ウシオは不思議じゃなあ……今回の決定はウシオ殿がそう言ったから決まったんじゃが、ウシオはてっきりアガー君主国を憎んでいるのかと」


 おれは、すでに「予定1位」として今回の決定に口を挟ませてもらった。大賢者様のとりなしと、今回1位のとりなしのおかげでアガー君主国がなんとかなったとも言える。

 ま、あとは海竜に悪影響を与えた毒物の調査団も入ることになった。それでクロェイラのイケメンおじさんを納得させたってのがある。

 クロェイラとイケメンおじさんは今日釣れた釣果をいくらかもらって「しょうがねぇな」って感じで帰っていった。いや、なんかそれって「今月のショバ代もらってねぇぞ」ってやってくるヤのつく自由業みたいじゃね? って思ったけど言わないでおいたよ。


「ウシオが望めば、莫大な富を手に入れることもできたというのに」

「おれは釣りがしたいだけですから」

「淡水魚にも自信があるということかね?」

「それはないです。さっきリィンにも聞かれましたけど、マス釣りは2、3回しかやったことないですから」

「——ハヤト、それならノアイランに来ませんか? ノアイランには巨大湖を始め、渓流も多いのですよ」


 横から口を挟んできたのは帝国皇帝。


「来年の釣り大会は国家所属でないと参加できませんから、ノアイランならちょうどいいでしょう?」


 そう、来年の釣り大会は国家所属で、なおかつ各国参加人数を絞り込む必要があるのだ。

 なぜかと言えば、淡水魚は海水魚に比べて数が少ない。釣り場も限られているから、乱獲されないようにするためだ。

 今回のおれみたいに、国家未所属が参加することはできない——そのせいで不満が出る可能性は否定できない。

 まぁ、藤岡さんが「大賢者枠」を作るとか言い張ってたけど、どうなるかな。


「それならウシオ殿はビグサークにいらっしゃるべきですわ! ね? ハゼ釣り大会にも来てくださるのでしょう?」


 横からキャロル王女が言ってくる。相変わらずふんわりした感じで可愛い。おれも包み込まれたい。


「あっ、落ちハゼですね。約束しましたもんね」

「ビグサークにはノアイラン帝国にはないほどの大きな川があるんですのよ」


 当てつけなのか、自然と出てしまった言葉なのかはわからないが、キャロル王女がそう言うと、


「あら? 確かビグサークには湖がないのではなかったかしら?」


 帝国皇帝が言い返す。


「…………」

「…………」


 バチバチと視線と視線がぶつかり合って火花が散る。

 うん。あのね、おれもこの世界に来て結構経ったからわかりました。

 あれです。釣り人の取り合いです。わかります。


「あ、あのー……おれはほんと淡水魚は素人同然なんですが……」

「ウシオ殿は黙っていらして」

「ハヤトはちょっと口を閉じててね」

「ヒィッ」


 にっこりしながらもふたりの背後に夜叉が見える……!

 レガード騎士団長がおれの肩に手を置いた。そして首を横に振った。


「ここは俺らに任せて、会場から出とけ。この後もこんな感じだぞ……ほら、あれ」


 ちらとアゴでしゃくられた方角には、この国のトップであるジャークラ公爵。


「あらぁ〜? どこかしら、うちのハヤトきゅん」


 くねりんくねりんしながら、誰かを探してる。誰かを。誰だろう、ハヤトキュンて人。おれは知らない。知らないったら知らない。


「後はよろしくお願いします!」

「任せとけ」


 肉に夢中のカルアも騎士団長に一時的に任せて、おれは気配を消す。そういうの得意だから。会社の飲み会とかで気配消して店の外に出て、目立たないところでスマホゲーとかポチポチやるの得意だから。

 だけどリィンにだけはしっかり捕捉されて、会場をなんとか抜け出した。


そんなわけで釣りの変更内容は、「淡水魚も追加」でした。

次回は、ふたりきりになったハヤトとリィンのお話です。ようやく……ようやくここまで来たんだぜ……!


別途連載している「察知されない最強職」の書籍版が昨日発売されました。もし書店でお見かけの場合はよろしくお願いします!

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