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異世界釣り暮らし  作者: 三上康明


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109/113

海竜裁定

 いきなり現れた海竜に、その場に人たちはぽかんとなったけれども先に動き出したのはアガー君主国の連中だった。


「ッ! 怯むな! 要人さえ消せばこちらの勝ち——」

『吠えるな、人間よ』


 アガーの君主代理が命令を出そうとしたときだ。

 カッ、とクロェイラの叔父さんが口を開くやそこからほとばしる水流。

 強烈な水鉄砲……っていうか水レーザーが炎の壁をあっという間に鎮火する。

 その後も次々に鎮火していくと、先ほどまで異様な明るさだった周囲が、夕闇に包まれ始めた。


「うわああ、竜だ!」

「逃げろ!」


 恐れをなした襲撃者だったり、観客だったりが蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


「おい、てめぇら! 逃げるんじゃねえ! コラァ!」


 君主代理がチンピラみたく声を上げたが、連れてきた襲撃者の半分も残らない。


「——こうなったらしようがねぇ、今いるヤツらで特攻を仕掛け——」


 と、最後まで言い切ることはできなかった。

 君主代理の首元に突きつけられた刃。

 いつの間にか——ほんとにいつの間にか、おれの横から飛び出していたリィンがショートソードの切っ先を君主代理に突きつけていたのだ。

 それだけじゃない。

 騎士団長や藤岡さんの取り巻き、その他選りすぐりの騎士たちが君主代理の周囲にいた襲撃者の鼻先に刃を突きつけている。


「勝負あった——ということじゃの」


 ビグサークの王様が言った。




 襲撃者はさらに逃げ出そうとしたが、多くが捕らえられ、君主代理もまた捕縛され、その場に転がされた。


「そんで? この海竜はお前とどういう関係があるんだ?」


 まだクロェイラと叔父さんはひょっこりと首を出したままだ。クロェイラの口からはよだれがどどどどと滴っていて、おれの釣ったシーバスを凝視している。ダメだぞ。食ったら。

 おれはビグサークの王様、ノアイランの皇帝陛下に視線を向ける。彼らも小さくうなずいたので、海竜とのやりとりを話すことにした。


 まずこの海竜が、海竜の里の代表であること。

 事の発端は山国であるアガーが河川に重金属を流したこと。

 それによって川の魚や養殖の魚が大打撃を受けたこと。

 河口域の魚も当然影響を受け、それを食べた海竜が中毒症状を起こしたこと。

 海竜は人間に報復すると息巻いたが、悪事を働いたのはごく一部だし、その連中を告発するから待って欲しいとお願いしたこと——。


 おれの話を聞いた各国の首脳陣は、すぐに納得した人もいれば、様子見をしている人もいた。ただ当事者である海竜が目の前にいるので目立った反論は聞こえなかった。


『ハヤトよ。つまるところそこに転がっている男どもが、海竜に仇をなした者ということだな?』


 アガーの君主代理が憎々しげにおれをにらみつける。

 恨み骨髄に徹す、という目だ。

 おれはこのとき——初めて、この人にある感情(・・・・)を持った。


「……ええ、そうなります」

『ならば今すぐそれ相応の罰を——』

「でもそれだけじゃない」

『——なんだと?』


 おれがなにか付け加えるとは思わなかったのか、クロェイラの叔父さんが目を見開く。


「……人間は国家間の重要事を決めるのに、海釣りの大会結果を重視して、それによって発言力を決めてる。そうですよね」


 おれが聞くと、大賢者——藤岡さんがうなずいた。


「戦争するよりよほどマシだからな。俺と仲良くしてくれた国王たちが集まってまずそういう話になり、それから大陸全土に広がった。ここ10年くらいのことだけども、戦争は終息した」

「ええ……それ自体はすごくよかったと思います。戦争を止めるために代理の戦争を——血の流れない戦いを用意したというアイディアはすごい」

「褒めてる割りに納得してねぇな」

「……このシステムには、大きな不平等(・・・)があるからです」


 おれが言うと、国王たちがざわついた。大賢者の提案に不平等があるわけない、と——みんなそう思っているんだ。

 だけど大賢者本人は、わかっていたみたいだ。


海釣り(・・・)だから、だな?」

「はい」

「ど、どういうことじゃ」


 ビグサークの王様が聞いてくる。


「王様。アガー君主国の特徴をご存じですよね」

「無論じゃ。山国で、兵が強く好戦的。先の大戦後も軍備増強を続けている」

「それはアガーの一面だけでしょう。『アガーは強い』『アガーは虎視眈々と次の戦乱を狙っている』『アガーの野望を阻止せねば』という思惑は、今の王様だけでなく他の国の皆さんも持っているんだと思います。でも——裏を返すと、それはアガーにとって必要な……いや、それしか取り得ない生存戦略なんです」


 おれは言った。

 さっき、感じたアガーの君主代理に感じたある感情(・・・・)

 それは「同情」だ。

 君主代理に対してじゃない——彼の向こう側にいる、国の人たちへの「同情」。


「彼らの国に海はない。海がないことが、海釣りの大会でどれだけ不利になるかなんて言うまでもないですよね。……みんなそれを知っていたにもかかわらず、見なかったことにした。数の暴力でアガーの立場を封殺した」

「海のない国などいくらでもある!」


 という反対意見が上がった。


「わかっています。でも、アガーほど大きく、存在感のある国はない。海がない国だとしても小国ならば、海釣りでいい成績を残せば発言力が増す。一発逆転があるんですよ。一方でアガーは、単に不利になっただけ——不満が溜まるのも当然でしょう」


 おれを見るアガーの君主代理の目が、変わっていた。こいつはなにを言い出したのかと不審そうな顔だ。

 おれは純粋にアガーをフォローしているだけなのだけれど、彼にとっては不気味にしか見えないんだろう。

 それくらい、アガーの人たちの不信は根深い。


「だからって、重金属を川に流していいわけがない。釣り大会で不正をしていいわけでもない。ましてやこうして武力を投入してお偉いさんたちを殺していいわけもない。——でも、おれたちは彼らが追い詰められていたことも考えなきゃいけない」


 おれがそこまで言うと、この国を治めるジャークラ公爵が口を開いた。


「アガーの食糧自給は相当危険な水準まで落ちているそうねぇ。海や川で魚が獲れるようになったあたしたちと比べて、アガーは干ばつがちょっと続くと危うくなるのよ」

「つまり? アガーのために我々が譲歩しろと、そう言いたいのかな? あり得んよ。条件は同じであるにも関わらず、不正に手を染めたのはアガーが先だ」


 どこの国かわからないけど、お偉いさんのひとりが言った。それに応じて他の人たちもうなずいている。

 そのあたりの意見が大勢なんだろう。


「……譲歩しろとは言いませんよ。でも、アガーが追い詰められてやらかしたことで、海竜の怒りを買った。これはアガーだけのせいじゃないんじゃないか、海釣りに偏重しすぎた国々全体の問題なんじゃないかとおれは言いたいだけです」


 おれの言葉に「こいつはアガーの人間なのか?」とかいう声まで聞こえてきた。

 ふざけんな。魚を粗末にする連中といっしょにするな。

 そう言いたいけど、君主代理やライヒ=トングみたいにやらかしたバカたちと違って、アガーの国民に罪はないと思うんだ。

 ここでアガーが悪い、となったら、各国の非難の矛先がアガーに集中する。そうなったらアガーの、罪のない人たちまで影響が出る。


『話はわかった』


 あーだこーだ言い出した各国代表たちは、クロェイラの叔父さんが言うと、しんと静まり返った。


『聞きたいことはひとつだ……人間は再度、愚かなことを繰り返すのか? ならば、「竜人文書」があるとはいえ我ら海竜は人間の敵となるぞ』


 すると、


「繰り返すことはありません! 人間の問題は人間の問題、アガー君主国にきっちりと謝罪させますので!」

「左様!『人竜文書』の約定を我らは違えておりません!」

「約束を破ったのはアガー君主国のみ! そちらだけ罰していただければ——」


 口々に発せられるアガー君主国への罵倒。

 当然、なんだろうか。

 アイツらのやったこと、おれだってまだ許せてない。ていうか謝ってもらってないし。

 だけど——。


『…………』


 それを聞いていたクロェイラの叔父さんが、おれに視線を向けていた。

 おれはハッとする。

 その視線にあったのは——それこそ「同情」だったからだ。


「ルールを変えるべきです。海釣りだけで国家の発言力を決めるなんて間違ってる」


 おれが言い出すと、「なにを言うか」「やはりアガーの回し者」とかいろいろな言葉が聞こえてきた。

 だけど、だけどさ——わからないのかよ。

 アンタたちの答えじゃ海竜は納得しないんだよ。

 アガーと同じ問題はきっとまた起きる。そう、クロェイラの叔父さんは言いたいんだ。

 でも彼がそれを言ったら「海竜の決定」になる。つまり「海竜は人間に納得せず、人間の敵になる」という決定になってしまうんだ。

 まだ今はチャンスタイム。


 おれは、文句を言うお偉いさんたちに向かって声を上げた。


「おれは、そこにあるスズキを釣った今大会の優勝者です! そしておれは『国家無所属』! この場ではおれの発言力がいちばんあるはずです! それが、あなたたちのルールなんでしょ!?」


 言ってやった。

 胸がバクバクしている。

 誰かに向かってこんな強気なこと言って、マウントを取ろうなんて、まったくおれらしくない。


『ルールを変えるとな? 言ってみるがよい』


 するとクロェイラの叔父さんが面白がって言う。どうやらおれは、「不正解」から一歩離れることができたらしい。

 でも、いいんだろうか?

 おれなんてただの釣りバカで、今は勢いに任せて言っただけだ。

 周りが沈黙してる以上、おれは確かに「発言力がいちばんある」ってことになってしまった。


「……大丈夫ですよ、ハヤトさん」


 近くに来たリィンが、そう言ってくれた。


「たぶん、お前の考えてることと俺の考えてることは、同じだ——賢者の名において、俺は牛尾くんの後見となろう」


 にやりとして藤岡さんも後押ししてくれる。「後見となる」って意味がよくわからないけど、他国のお偉いさんたちはざわざわした。


「じゃ、じゃあ、言わせてもらいます」


 おれはそうして、クロェイラの叔父さんに向かって、こう言った——。

連載しているもう1作品である「察知されない最強職ルール・ブレイカー」が書籍化されることとなりました。

4/28、ヒーロー文庫より発売予定です。

活動報告に詳細を書いておりますので、もし書店でお見かけの際は、よろしくお願いします。

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