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異世界釣り暮らし  作者: 三上康明


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釣り大会3日目・真打ち登場

「……残り時間はあと3時間というところです。ほんとうに大丈夫なんですか、ハヤトさん」


 釣り人の入場口までついてきたリィンがおれにそう言い、


「ハヤト、あんなのを使わなきゃいけないほどの釣りなの?」


 心配そうにスノゥも言う。


「ハヤト様ぁぁぁぁ!」


 関係者席からこちらにダッシュしてくるイヌミミの少女は当然カルアだ。おれにタックルするみたいに抱きついてくる。


「だ、だだ、大丈夫なんですかぁ!?」


 めっちゃ涙目で言われる。

 ……おれ、そんなに信用ないかな?

 や、まー、昼過ぎまで時間使って調査してたら心配されるのも当然か。


「ランディー様も、危なかったんですよぉ!」

「……どういうことだ?」


 おれが想像していた心配とは違うらしい。

 そしておれはカルアから一部始終を聞く——アガーのバカ釣り人がランディーを刺そうとしたこと、ディルアナがランディーを突き飛ばすことで事なきを得たこと、しかし釣ろうとしていた魚を——魔鯛を逃してしまったこと。


「……そうか」


 頭が冷たくなっていくのを感じる。


「ハ、ハヤト様……?」

「ありがとうな、カルア。ただ見守るだけなのはつらかっただろ」

「い、いいえっ、それがハヤト様の望んだことですからっ……!」

「スノゥもありがとう。これ(・・)、使わせてもらうわ」

「ん……ハヤトもがんばれ」

「リィン」

「——もはやなにも言いません。ここが危険だとわかっていても、あなたは行きます。そしてきっと、とんでもない魚を釣り上げるんでしょう」


 ここから先、リィンは手出しできない。釣り人しか入れないエリアだ。

 だからこそ歯がゆいのだろう。

 リィンの、泣きそうな顔なんて初めて見た。


「ああ」


 おれはみんなに背を向けた。


「釣ってくる」


 だけどその前に、やらなきゃいけないことがある。



『おおっとぉ! 会場の混乱はまだ続いていますが、ハヤト=ウシオ選手が到着したようです! 欠席かとも思われましたが、ついにやってきましたね』

『身体の具合が悪そうというわけではないようですが……』

『釣りの準備かですかねー。ハヤト選手はランディー選手のところへ行くようですよ。確かこの2選手は行動をともにしていたはずです。ふたりがかわしている言葉はここからは聞こえませんが——っと、ハヤト選手はそのまま湾の入口まで行くようですね!』

『あちらは釣り座がもうありませんが、潮の様子を見る——というわけではないみたいですね』

『んんん!? ハヤト選手、アガー君主国の選手たちになにか話しかけていますね!』



「あんたたち、恥ずかしいとは思わないのかよ」


 おれは湾の入口を占拠している、アガーの連中のところへやってきていた。

 先日、おれの釣った魚を横取りしたいけ好かない感じの男が口の端をゆがめる。


「恥ずかしい? なんのことだね? 大体不敬だぞ、私は爵位を持つ貴族だ」

「あんたたちがやったことは、人の釣った魚を横取りしたり、人の釣りを邪魔したりっていう卑劣なことだ。釣り人が努力して、努力して、ようやく掛けた1尾をフイにしたんだ」

「なにを言っているのかさっぱりわからんなあ。誰かこの平民の言葉を通訳してくれ」


 すると「我らにもわかりませんなあ」などと周りの連中が追従してあざ笑う。


「そもそも貴様は釣りの話をしたが、今の順位はいくつだ? 私よりもずっと下だろう? 釣りについて語りたいならせめて私を超えてくれ」

「……あんたには絶対負けない」

「弱い犬ほどよく吠えるな」

「…………」


 おれがヤツらに背を向けると、また笑い声が聞こえた——が、


「若いの! よう言った!」


 おれにそう声をかけてくる厳ついオッサンがいた。上位の釣り人でアガーばっかりのところにディルアナ子爵と並んで食い込んでるオッサンだ。

 それだけじゃない。


「この若造の言うとおりだ。あんな汚い連中に負けられっかよ!」

「まだ時間はあるぞ! これから夕マヅメだ!」

「アイツらに一泡吹かせてやる!」


 他の釣り人たちも口々に賛同し始める。


「……ハヤト、はらはらしたぞ。お前がなにかまたしでかすのではないかと思ってな」


 ランディーのところに戻ると、そう言われた。

 彼女はもう釣りをしていない。朝から投げすぎで、手に力が入らないのだそうだ。

 その横ではディルアナが、痛ましそうな顔でランディーを見ている。

 苦労の1尾——それが魔鯛ならなおさらだ。

 だけどランディーは「いるのがわかったのだ。また釣ればいい」と言う。


「ほんとは釣りでこういうことを言いたくないんだけど……おれがランディーのぶんまで釣るよ。勝つのはおれたちだ」

「ハヤト、顔が固いぞ。そんな顔では魚が逃げる」

「はは……ランディーに言われるとはね。ランディーだって釣れない時間が続くと眉間に皺が寄ってるぞ」

「そ、そうなのか?」


 彼女は震える指先で眉間をごしごしやりながら、


「……こんな時間までかかったのだ。ハヤト、なにか優勝を狙える方法を思いついたのだろうな?」


 おれはニヤッと笑った。

 だいぶ心にも余裕が戻ってきたみたいだ。それが他ならぬランディーのおかげなんだから、参るよな。


「もちろんだ」



『おや? ハヤト選手はランディー選手たちの近くで釣りをするのかと思いきや、また離れていきましたね。湾の入口と中間地点のちょうど間くらいですか』

『不思議ですね。あのあたりは潮の流れが早くてあまり魚が居着かないはずなんですが……ただ小舟で釣りをする漁師の方々にはいいみたいですね』



 おれはスノゥに頼んでおいた——今日、おれが情報収集をしている間に作っておいてもらったある装備(・・・・)を横に置いた。

 みんな、足下——ヘチで釣っている。ヘチ釣りをするにはここの潮流は早い。ちょうど湾の入口から入り込んでくる潮が、海底の形状によってこの場所に寄せられてくるようだ。

 ここに仕掛けを投入したらすぐに流されてしまい、他の人の釣り糸に引っかかる、いわゆる「お祭り」になるだろう。


「だけど、ここでいい」


 おれは、ルアーケースからいちばん大きいものを取り出した。おれのロッドが耐えられる限界である60グラムのシンキングペンシルだ。

 ロッドがしなり、手応えが伝わってくる。

 しなりのままにルアーを投げると——。



『うわああああ!? み、見ましたか!? ハヤト選手、なんですかあの釣りは!』

『飛びましたね! まるで鳥が飛んでいったようですよ! これはまるで——』



 観客席からもどよめきが湧き上がっていたけれども、それもまた耳に入らなくなっていく。

 スピニングリールから吐き出されるフワフラ糸。みんなで作った糸だ。

 やがてシンキングペンシルは矢が突き刺さるように着水する。

 心の中でカウントしながらおれは待つ——そう、あそここそが、おれが釣るべき魚のいる場所だ。


 ——「夕闇の巨大魚(モンスター)」。アイツは厄介だぞぉ。なんせ釣れる根がある場所を荒らしていくんだからな。夕暮れどきになると現れて、アイツが出てくるとまったく釣れなくなるもんじゃからワシらも帰る。釣る? 冗談じゃあない。糸をパツッと切られてお終いよ。


 ベテラン漁師が言っていた。

 そのモンスターがなんなのか、おれには心当たりがある。

 そして狙いはそいつただ1尾だ。


「!」


 シンキングペンシルが着底する。こつん、という固い感触はそこに根がある証拠だ。湾内のほとんどは砂泥地だけどランディーが釣っていた場所や、おれが今投げたところには岩がある。

 そこに居着く魚を狙って、モンスターはやってくるのだ。



『おや? ハヤト選手……仕掛けを回収した後に座り込みましたね。なにもしていないようですが……』

『そうですねえ。1投しただけで終わりとは、ちょっと目的がわかりませんね』

『おおっと、ここで湾の入口に動きがありましたよ! 回遊魚が入ってきたようです!』



 湾の入口では竿がどんどんしなっていく。

 釣れているのは——小さいな。カタクチイワシかウルメイワシだろうか?


「うおあ!?」


 その直後、小さな悲鳴が上がった。仕掛けが横に走って隣の釣り人とお祭りになっていったのだ。


「コマセだ! コマセをまけ!」


 あわてたようにライヒが叫んでいる。


「え、え? なんでですか。イワシを留めるんですか?」

「バカ者! これは——」


 湾の中腹でも竿がしなり出す。


「うお! 引くぞお! でかいぞこいつは!」

「ふんぬう!」


 厳ついオッサンが力任せに引っ張り上げた——それは、


「ゴマサバだ!」


 イワシを追ってきたゴマサバだ。

 オッサンが上げたゴマサバは、相当デカイ。40オーバーは確実だ。

 なんだイワシか、とぼんやりしてコマセを使わなかったアガーの釣り人たち。ゴマサバはイワシを追って湾内に入り込んで、他の釣り人たちがどんどんサイズアップしていく。



『ゴマサバラッシュですね! 係員が走り回っていますが、集計で順位が大きく入れ替わることもありそうです!』

『マサバのほうが味はいいと言われていますが、ゴマサバでも十分美味しいと私は思いますけどねえ』

『これだけ釣れていますから、かなりお安くなって市場に流通しそうですよ!』



 わっはっはと高笑いを上げながら、釣り上げたゴマサバをアガー君主国の釣り人たちに向けている他国の釣り人たち。

 アガーの釣り人は、固まって釣りをしすぎなんだ。

 あんなに固まってたら、サバやソーダガツオがかかると横に走ってお祭りになるに決まってる。

 他国の釣り人を妨害しようにも、これだけ多くの魚が一度に掛かってしまうと無理だ。

 とはいえ。

 おれは待つ。まだ、投げどきじゃない。ここぞというときに投げるんだ。

 ルアーっていうものは奥が深くて、魚が最初に目にしたときにいちばんアピールする。2度3度とそいつの目の前にちらつかせると、見向きもしなくなったりする。

 もちろん、しつこく、ねちっこく攻めると食ってきたりもするんだけど——一般的にはあまり見せない方がいい。

 5回投げたら、違うルアーに変えるとかいう人もいるくらいだ。

 おれの狙っている魚は、まだ来ていない。

 長年同じところで釣っている漁師から聞いた情報だから間違いないし、今のおれにできるのはそれを信じることだけだ。



『いやー、先ほどのゴマサバラッシュはすごかったですねえ。速報ですが、50センチ超えが2尾出ていて、暫定1位だったディルアナ子爵は3位になりました』

『クロダイで50センチオーバーってのはとんでもないことではあるんですが、今大会は魚の大きさが勝負ですから、仕方ありませんね』

『時刻はそろそろ夕暮れ。日没まであと——30分くらいですか』

『夕マヅメの時間ですね。ただ、この首都港は夕マヅメはまったく釣れないという話なんです。ひょっとしたらゴマサバが最後の釣果になるかもしれません』



 青かった海面が、だんだん黒くなっていく。周囲の釣り人はまったく釣れなくなって静かなものだ。

 ゴマサバもとっくに去っていった。


「……よし」


 釣りの時間だ。

1回ぶん更新をスキップしてしまいました……申し訳ありません。先週は忙しくて……いろいろな、あれやこれやが……!


最近は水中カメラで海底の様子を撮影したりしています。今日はサーフに投げ込んでみようかと思います。勉強になります(すべて釣りのため)。

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