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異世界釣り暮らし  作者: 三上康明


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釣り大会3日目・午前

   * 会場 *


 ランディーとディルアナはともに釣果の上がらないままじりじりと時間が過ぎていった。

 ディルアナのほうは10センチ程度の小魚が釣れていたが、「釣れてしまう」ということは本命にエサが届く前に小魚に取られてしまっている。小魚を寄せエサで引きつけられていないということだ。

 7時に満潮を迎えてしまうと、あちらこちらで釣り人が休憩がてら朝食を取る姿が見られた。


「うーむ……」


 ランディーもまたサンドイッチをぱくつきながら仕掛けを見つめる。

 丸まっていて、黒いマリモのようである。そこにうにょうにょしたものがくっついており、うにょうにょしたものに紛れて釣り針がある。

 昨晩、ランディーの狙いを聞いたハヤトが貸してくれた仕掛けである。


「ほんとうにそれで釣れるの?」


 ランディーの横にディルアナがやってきた。


「信じて釣るしかないね」

「ランディーが信じているのは仕掛け? それとも、ウシオ殿?」

「どっちもさ」


 ランディーはふふと笑う。

 実のところ、最終日までハヤトに仕掛けを借りるのはどうかという気持ちもあった。だけれどランディーはランディーでクロダイ——チヌ釣りの名人と言われる老人に話を聞いていた。

 その老人が使っていた仕掛けは、まさにハヤトのそれとよく似ていたのだ。

 問題は老人が小舟で釣っていたことで、堤防ではないということだったが——。

 ともあれ、ランディーがつかんだ情報とハヤトの仕掛けは偶然の一致だった。ならば、試してもいいかもしれない、この仕掛けに賭けてもいいかもしれない——そう思ったのだ。


「? ディルアナは食事にしないの?」

「ん……私はあっちだから」


 貴族は、使用人たちに食事を用意させているが、使用人は港に入れないのでディルアナは一度出なければならない。


「そう言えばそうだったね。いやほんとう、貴族を止めてよかったよ。こういうふうに自由にサンドイッチも食べられるしさ」


 貴族たる者、常に他者の視線に気をつけていなければならない。

 このような屋外で、地べたに座ってサンドイッチを食べるなんてあってはならないのだ。


「むむ……」

「そんな難しい顔をしてないで食べてきなよ」

「——そうだ。ランディーも来ない? いっしょに向こうでご飯にしよう」

「イヤだよ。この時間は休憩。あそこまで歩く時間ももったいない」


 ランディーはサンドイッチの最後のひとかけらを口に入れるとごろんと寝そべった。


「ずるいわ! 私に1つ残しておいてくれても良かったじゃない!」

「なに言ってるんだか。ディルアナはまだ貴族だ」


 ひらひらと手を振ってランディーはディルアナを追い払う。「むむ」と言いながらディルアナが離れていく。

 この港の大きさが仇になった。港の入口は遠く、歩いて10分以上掛かるだろう。往復すると思うと体力的に損だ。今日は1日かけて大物を釣らなければいけないのだから。


 ——釣れるのかな。


 帽子を取って胸に載せる。

 目を閉じたランディーは、それまで見せていた余裕はまったくなく苦しい表情になった。

 焦る。

 今日、結果を出せなければ大会は終わりだ。

 そしてアガー君主国は着実に上位を占めているし、今日の釣果如何によっては来年の釣り大会だってなくなってしまう可能性もある。

 ハヤトだけに任せるつもりはなかった。

 自分だって釣り人だ。釣りをするために身分を捨てたのだ。


 ——ハヤトにだって認めてもらいたい。


 それが正直なところだった。

 焦る。

 今すぐ立ち上がって仕掛けを海に投げたい気持ちに駆られる。

 だけれどそれはダメだ。

 潮止まりで食ってくるほどチヌはバカではない。

 それに長い釣り竿を振って仕掛けを投げるこの釣り方は、ランディーの身体に負担をかけていた。すでに腕の筋肉に疲労が溜まっているし、遠投に慣れていない指は皮がむけそうだ。

 今は、休む。

 潮が動き出したらまた投げる。

 投げられる数が限られているのなら、少しでも釣れる確率を上げるために——。



 潮が動き出してから釣り人たちはまた動き出す。ディルアナも戻ってきてランディーの隣で釣りを始めた。

 再開して早々、動きがあった。

 ダツが釣れ出したのだ。

 ダツは歯のギザギザが鋭く細長い肉食魚で、さばいてみると中骨がブルーなので「え、これマジで食えるの?」と若干引いてしまう魚である。

 サイズは30センチ超え。40センチほどの個体もある。

 だが歯が鋭いために釣り糸を切られる釣り人が続出し、観客を大いに沸かせた。


『ダツを釣るのは難しそうですね、解説のタガリさん』

『釣っている釣り人はかなり太いハリスを使っているようですね。最初から大物狙いだったということでしょう』

『今から太いハリスに替える釣り人もいそうです』

『ダツを狙うならワイヤーがいいでしょうね。極細の鋼線をより合わせたもので、ダツやタチウオといった魚を狙うのには非常に有効です』


 ハヤトが聞いたら「ダツ狙いの釣り人なんていないだろ……」と思わず突っ込みそうになる言葉である。


『タチウオですか!? 私、タチウオ見たことありません! 立って泳ぐからタチウオとも、太刀のような形だからタチウオとも言いますね』

『しかし、ダツがいるということは捕食対象(ベイト)となる小魚が港に入ってきているのでしょう。ひょっとしたらそれにつられて大型魚が来ることもあり得ますよ』

『ますます楽しみになってきました!』


 実況と解説も観客の期待値を高める。


「…………」


 だが、ランディーは黙々と投げては仕掛けを回収していた。

 チヌ釣り名人の老人は「釣れなかったらすぐに場所を変える」と言っていたが、堤防釣りではそうはいかない。

 疑似餌(ルアー)を使うデメリットは、エサが持つ「ニオイ」がないことだ。

 だから、ルアーを投げた場所に魚がいなければ釣れない。

 投げ続けても釣れない。

 だけれどもランディーは投げている——それは。


(ディルアナ……利用させてもらうよ!)


 ディルアナが寄せエサを投げ続けているのだ。そのニオイにチヌが寄ってくる可能性は十分ある。

 しかもこの先には「根」がある。ランディーは仕掛けを海底に這わせながら、「根」の場所を確認していた。

 狙いはバッチリ。

 あとは、タイミングだけ——。


「!」


 コツン、という感触。

 海底の岩に触れたのとはまったく違う。

 思わず釣り竿を合わせて引いたが、スカッた。


「〜〜〜〜!!」


 いた。

 確かに、魚がいた。

 だけれど食わせられなかった。

 もう一度。もう一度投げないと——と思ったときだ。


「か、かかった……っ!!」


 ディルアナの竿が大きく曲がった。

 ぐん、ぐんぐんっ、と竿先が海へと引きずり込まれそうになる。


「ディルアナ! 大丈夫!?」

「こ、これはマズイかも」


 ディルアナのリールには「ドラグ」の機能がない。ドラグとはリールに過度の負荷が掛かったときに糸を送り出す機能で、いわゆる大物がかかると「ジィィィ」と音が鳴るアレだ。

 その機能がない以上は、釣り竿自体の柔らかさと、釣り糸の柔らかさで暴れる魚を押さえ込まなければならない。

 ディルアナの釣り竿も、釣り糸も一級品だ。

 ならばあとは、


「私の腕が試されているということね……!」


 苦しそうな顔をしながらも、ディルアナは不敵に笑う。

 その横でランディーは自分の仕掛けを回収する。そして釣り竿を遠ざけた。


「? ランディー、な、なにを……」

玉網(タモ)は任せて」

「っ!?」


 ディルアナの顔が驚愕に歪む。

 ランディーはこう言ったのだ——「魚を引き揚げるのを助ける」と。

 この、釣り人同士が覇を競う大会で。

 自分の時間を犠牲にして。

 しかもディルアナの針に魚が掛かったということは、海底にはディルアナが撒き続けたエサのニオイが十分広がっており、他の魚——大型魚も寄ってきている可能性が高い。

 そんな絶好の機会を見逃して手伝うと言うのだ。

 ランディーのほうが下位であるにもかかわらず——。


「ダ、ダメ、よ、ランディー……あなたは、自分の釣りに集中——ッ!」


 あまりに強い引きに、ディルアナが前のめりになる。


「ディルアナ! 一度糸を送り出せ!」


 後ろからランディーが彼女の腰をつかむ。

 ディルアナが糸を自分の手で送り出し、彼女も体勢を立て直す。


『おっとぉ? ディルアナ子爵に大物が掛かったようですよ!』


 大歓声が聞こえてくるが、ディルアナもランディーもそちらに気を配る余裕もない。


「海面まで上げられるか?」

「な、なんとかっ……!」

「よし、がんばれ!」


 ランディーは網を取りに走る。4メートルほどの長さの網を持ってくるとディルアナの隣に立つ。

 その間にもディルアナは、魚を泳がせ、隙を突いて糸を巻き取る。

 やがて、そいつ(・・・)は海面に姿を現す——。


『見えました! 銀色の魚影です!』

『チヌですね! とんでもないサイズですよ!!』


 とげとげの背ビレが海面を切る。

 くねる、いぶし銀の身体は紛う方なきクロダイだ。

 大きい。

 50センチほど——ひょっとした超えているかもしれない。

 この、50センチを超えるチヌを「年無し」と呼ぶ。

 これは「何年生きているかわからない個体」だからだ。

 10年は確実に生きている——。


「気をつけて! 暴れるよ!」

「わかっ、てるっ!」


 バシャッ! と水を跳ね上げ、チヌは最後の抵抗をする。

 ここで釣り針が外れることが圧倒的に多い。

 だがディルアナの針は、見事にチヌの口に掛かっていた。


「ランディー! お願い!」

「任せろ!!」


 ディルアナが釣り竿を立てる。

 ランディーが網を突っ込む。


 そして——。


『入った! 入った入った! 入りましたよおおおおおお!!』

『すごい! すごいサイズだ!「年無し」じゃないですかアレ!?』


 大歓声が上がる。


「お、重いっ!」


 網に入ったチヌだったが、ランディーひとりではぎりぎりようやく、引き上げることができるという重さだった。


「はあっ、はあ、はぁっ」

「う、ぐ、つ、疲れた……」


 へたり込むディルアナと、なんとか網を地面に下ろすことができたランディー。

 ふたりの間には——日の光を浴びて、銀色の鱗を輝かせる魚体があった。

 チヌはびちびちっ、と跳ねている。


「は、はは……すごい、すごいわ、ランディー。こんなの釣ったの初めてよ」

「やったな、ディルアナ」


 ランディは微笑むと、立ち上がった。

 今ので体力を削られた。

 でも、


「次は私の番だ」


 釣らなければならない。

 ランディーは釣り竿を構えた。




「あのバカども……!」


 ライヒ=トングは歯ぎしりした。

 なにかあれば「釣り糸を切れ」と命じていたのだ。

 だが釣った場所が悪かった。アガーの釣り人は港の入口に集中。ランディーたちは港の中ほどだ。だから彼らが駈けつけるより前に、ディルアナは釣り上げてしまった。

 しかも予想外のサイズで。

 ディルアナの釣ったクロダイは、50.1センチ。

 ここで彼女は暫定1位となる。


手に入れた電動リールにPEライン巻こうとしたんですけど、自分でやると全然きつめに巻けなくて苦労しました……。

会社の同僚がスプールを固定してテンションかけながら送り出せるやつを買ったというので借りたところすんなり巻けて、俺の苦労はなんだったのかと。

ライン巻くのは、お店に頼もうと思いました。はい。

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