(島津家討伐)13
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島津義久は目の前の討伐軍をジッと見ていた。
小西家の軍が中核で、各大名家の軍が左右に広く展開していた。
この地に収まり切れぬ軍は山向こうに控えているのだろう。
見事な采配だ。
軍気の高まりも感じ取れて、実に羨ましい限り。
これまでの消極的な姿勢が嘘のようだ。
あの日、弟の島津義弘が内城救出へ向かってからというもの、
様相が一変した。
それまでは、ぬらりくらりだったのが、挑戦的な姿勢に転じた。
こちらへ誘いかけるような動きも見せつ、大軍の利を活かし、
包囲殲滅をせんとした。
かと言って無謀な事は避けていた。
こちらの釣り野伏りを警戒し、着実に押して来た。
義弘からの最初の使番が驚きの報せを運んできた。
内城の留守を任せていた島津忠恒戦死。
まずこれに驚かされた。
最後方を任し、比較的に安全だとばかり思っていた。
最初に逝くとすれば我、次に弟、のつもりでいた。
なのに・・・。
内城の目の前に強襲上陸したのが立花宗茂本人と知り、
何故か腑に落ちた。
してやられた。
討伐軍本隊がそちらで、こちらの目の前には囮の軍。
かと言って、馬鹿にはできない。
主力はむこうだろうが、こちらも数はあった。
しかも采配が見事の一言。
下手な動きをすれば足元を簡単に掬われそうだ。
あの牛若丸にしても、精強な無勢を率いていても、
常にお味方多勢を別動隊として配していた。
奇策奇策で敵勢を翻弄した上で、その多勢でもって仕留めた。
生憎、義久には精強な無勢はあれど、
圧倒的なお味方多勢が無かった。
義弘からは律儀に使番が毎日送られて来た。
それにより状況がより鮮明に掴めた。
殊に女子の扱い・・・。
亀寿を女大名に任じた、と聞いた時には驚きを通り越した。
いっだましが抜くっほど、たまげたたまげた。
公儀は島津姓を持つ家を大隅薩摩の地から消し去るもの、
そうとばかり思っていた。
なのに女大名・・・。
暫定的な処遇ではあるとは思うが、
それを大将が己の裁量で決めた。
実に理解し難い。
今回の討伐軍においては大枠は決められているが。
細かな事は大将に委ねられている、
そう義弘の書状に記されていた。
前回は太閤殿下が自ら九州討伐軍を率いて来れられた。
為に、太閤殿下の懐に飛び込んだ。
義弘が。
敗戦ではあったが、それにより多くを勝ち取った、そう言えた。
が、今回は。
細かな事は大将の裁量に委ねられている、だと。
公儀としての意志か、それとも上様・・・。
六才の。
そして思い至った。
六才の背後に蠢く女達。
母である淀様、その実妹である初様。
乳母であるお松様。
そして北政所様。
公儀の大人達同様に彼女達の意志も反映されるのか。
交渉の相手方は誰か・・・。
義弘の最後の書状が届けられた。
我等は天地人に見棄てられた、と短く記されていた。
無駄もそれ相応の働きをするものですよ兄上、
そう言っていた弟からの無駄を省いた一文。
その弟は、天の時、地の利、人の和、その三つを尊んでいた。
真っ先に思い浮かんだのは地の利。
大隅薩摩はかつては鄙な地であったが、
前の九州討伐軍により素っ裸にされてしまった。
破壊された城も砦も再建したものの、旧来の物とそう違わなかった。
今回の討伐軍は地形も何もかも熟知していた。
人の和にしてもそう。
代表例が伊集院家。
伊集院家討伐により、縁戚の家々が島津家から離反した。
伊集院家と親しくしていた同輩等が島津と距離を空けた。
極め付けは島津家水軍の外海衆であろう。
大挙して押し寄せて来た討伐軍水軍の存在を知らせなかった。
天の時・・・。
気候と同じで、移ろい易きもの、そう聞いた。
そうか、島津家からは失われてしまった、というのか。
しかし、太閤殿下は黒田孝高に下均しをさせた上で、
足利義昭や木食応其等を仲介者として派手に舞わせた。
のみならず、天敵であった浄土真宗まで引き込んだ。
ところが今回はそれらは影も形もなかった。
上様は討伐を決断されたのみ。
それら子細は大将に委ねたのか。
ああ、そうか。
伊集院家が頑強に抵抗した裏には上様があったのか。
その時点で島津家の処分を上様は決められた。
そして周到に準備され、討伐に至った。
まったく鬼子ではないか。
猿の子が鬼子であったとは。
義久は弟の最後の書状を綺麗に折り畳み、近習に命じた。
「直ちに供回りを集めよ。
数は少なくとも構わない。
義弘の下へ急ぎ向かう」
陣幕内の桂忠詮と視線が重なった。
「桂、代配を任せた」
桂が床几から下りて片膝ついた。
「殿、義弘様の下へは某が走りますけん」
「桂、済まぬが我儘を聞いてくれ。
あの義弘の事だ。
敵本陣に供回りと共に斬り込むはず。
これを見逃しては歳久や家久に笑われる。
そうは思わんか」
「しかしとのー」
「兄として加勢してやろうと思う。
間に合わぬ場合も、そのまま斬り込む。
済まぬが、誠に済まぬが、公儀との遣り取りは任せた」
時間が惜しい。
桂の発言を制し、言葉を重ねた。
「桂、これが最後の我儘じゃ。
尻ぬぐいをさせて悪いが、宜しく頼み入る」
義久は立ち上がると供回りを率いて陣幕を後にした。




